第1話「魔物少女」

 夕方近くになって、小さな町に着いた。
 少女は、怯えたようにして、青年の腕にしがみついていた。
 小さな町とはいえ、今までいた村よりもはるかに人が多く、様々な建物が立ち並んでいる。
 それらを、まるで恐ろしいものでも見るかのような目で、少女は見ていた。
「こいつを、綺麗にしてやってもらいたいんだが。」
 青年は、宿屋の主人に、金の入った袋と一緒に少女を押し付けた。
「はあ…。」
 訝しげに、宿の主人は、真っ黒い体をしたぼろきれのような少女を見た。少女はびくりとして、青年の後ろに隠れようとしたが、既に青年の姿はなかった。
 風呂に入れられ、全身を洗われて、清潔な白いワンピースを着せられると、少女は見違えるほど綺麗になった。
 ぼさぼさだった黒い髪も、肩よりも少し短めに、きれいに切り揃えられた。
 白い肌に、大きな黒い目と、赤い唇。
 鏡の中に映っている自分の姿を、少女は不思議そうにして見つめていた。
 そして、やっと青年のいる部屋に連れて来られた。
 青年の姿を見て、少女はほっとした。
「人間らしくなったじゃないか。」
 青年は、少女を見て笑った。
「あの姿じゃ、誰にも引き取ってもらえなかっただろうな。」
 人形のように、少女は黙って青年を見つめている。
 何か言おうとしているようにも見えた。
「…俺は魔物の心を読めるんだが、人の心はさっぱり読めないんだ。」
「ア…ア…。」
 少女は何か言葉を発しようとしていた。
 長いこと、言葉を話していないかのようだった。
「アリス…。」
 やっとのことで、少女はそれだけを言った。
「…それがお前の名前なのか?」
 こくりと少女は頷いた。
「俺はフィン。」
「フィ…ン…。」
「変な名前だろ。アリスってのは、なかなかいい名前じゃないか。」
 アリスは、少しだけ微笑みを浮かべた。
「俺の言ってることは分かるんだな。ただ、しゃべってなかっただけで。」
 アリスは、大きな目から、大粒の涙を流した。
「な、何だ?何か悪いことでも言ったかな?」
 フィンは少し、戸惑ったようにまばたきした。
 泣きながら、アリスはフィンに抱きついてきた。
 言いたい言葉があるような気がしたが、出てこなかった。
 ただ、涙がとめどもなく溢れ出てきて、止まらなかった。
 抱きついたフィンの体は、温かかった。
 長いこと、感じていなかったぬくもりが、アリスの体を包んだ。
 そのまま、アリスはいつしか眠りに落ちていった。

 翌朝。
 宿を後にした二人は、目的の村の近くまで、馬車で行くことにした。
「一体、どこへ行こうってんです?ここから先は、何もありやせんぜ。」
 御者の男は、フィンとアリスを訝しげに見て言ったが、フィンから金を受け取ると、それ以上何も聞いてはこなかった。
 馬車の中でも、アリスはフィンにしがみついていた。
 それを特に気にしたふうもなく、フィンは馬車の窓から外を眺めていた。
「昔、この辺にこんな大きな町なんてなかったんだけどな…。」
 フィンは呟くように言ったが、アリスは外も見ず、ただフィンにしがみついて目を閉じていた。
「…アリス。」
 フィンに呼びかけられると、アリスは顔を上げてフィンを見つめた。
「心配するなって。今度の所はお前を受け入れてくれる。誰もお前をいじめたりしないさ。」
 潤んだ漆黒の大きな瞳は、何かを訴えるようにフィンに向けられていた。
 そして、アリスは首を振った。
 一層強く、フィンにしがみついて離れない。
「…参ったな。」
 フィンは困ったような顔をして、アリスの頭に手を置いた。
 過ぎ去っていく景色は、青空からだんだんとオレンジの夕日へと、その色を変えていった。
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