とどめのさん、にい、いち
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3人でいることが好きだった。面白かったことを伝えて、美味しいものを共有して、夜中まで子供みたいに遊んで。学生の頃と何ら変わりない、3人だけの、私の大好きな空間。
「男女の友情なんて成立しない」だなんて言葉もあるし、実際に言われたこともある。けれど、私たちは例外だと思っていた。
だから、それが崩れることなんて、有り得ないと信じ込んでいたのだ。
とある春の夜。二人とも、何も変わった様子は無かった。仕事終わりの私を聖臣が迎えに来て、助手席には元也がいる。私は後部座席に乗り込んで、久しぶりに会ったんだからと宅飲みを持ち掛ける。そうしてコンビニで酒やらつまみやらを買って、聖臣の家でプルタブを開ける音を響かせる。いつも通りの、楽しい日常。私の愚痴を2人に聞かせる。元也は大体同調して慰めてくれるけど、聖臣はちょっと手厳しい。だけど、それも私の為だと分かっているから大丈夫。一通り話しきって満足したら、今度はふたりの話を強請る。沢山話すのは元也の方で、チームメイトの角名選手の名前もよく出てくる。私は彼の話に興味を引かれなかったことなんて無くて、ついつい大きな声をあげて笑ってしまう。それから聖臣も、酔いが回ってくるとぽつぽつと話し出す。彼のチームメイトは皆個性的で面白い。十二分に酔っているのが相まって、私はきゃらきゃらと笑い続ける。そんな私に、元也は面白がる様な、聖臣は呆れを多分に含んだ視線を向ける。
あれもこれもそれも、全部変わらない。けれど、だからこそ。私には何処で運命の歯車が狂い始めたのか分からない。
分かるのは、この日で歯車が壊れてしまったことだけだ。
きっかけは、元也の一言だった。
「萌はさぁ、ポリアモリーってわかる?」
「え、なにそれ」
突然放られたカタカナの羅列に首を傾げる。ぽりあもりー、ポリアモリー。なんだろう、全く想像がつかない。ちらりと聖臣を見るものの、彼は静かにグラスを傾けるだけで助け舟を出してくれそうな気配は無い。仕方ないから諦めて、元也の話を聞く。
「簡単に言うと、関係者全員の同意を得て複数人で付き合うって感じなんだけど」
関係者、同意、複数人。酔っ払いには少し難しい単語が並べられる。それでもなんとか理解して、私は首を傾げた。つまり、何故突然こんな話題を振ってきたのか分からない。
「元也の近くにその、ポリアモリー?の人がいるの?」
思いついた可能性を口に出してみる。けれどそれは、直ぐに否定された。
「いや、そうじゃなくて。俺たちがそれにならない?って話」
思考が、止まった。脳内が疑問符で埋め尽くされて、ゆっくりと文章を噛み砕いて。そうして、私は理解することを拒否した。だって、私たちは「親友」なのだ。
「冗談だよね、元也飲み過ぎなんじゃないの、あ、水取ってくるから私」
「萌」
聖臣が私を呼び止める。その声を無視して立ち上がった。キッチンに行き、コップに水を注ぐ。大丈夫、戻ったら普通に話せば良い。ついさっきの話なんか忘れたように、新たな話題を出せば良い。
そんな私の甘い考えは、直ぐに打ち砕かれた。
ことりとコップをテーブルに置く。そういえばさ、の「そ」の音に被せるように聖臣が私の名前を口にした。決して大きくはない、けれど私の動きを止めるには十分なそれ。その一瞬に、彼は私の世界を壊した。
「なぁ、俺らが友達でいなきゃいけない理由ってなに」
「……え」
り、ゆう?
「なんで、そんなのがいるの」
思考を纏めないままに言葉を紡ぐ。だって、私たちは昔からの親友で、これからもそうあって然るべきなのだ。そこに理由がいるだなんて、誰が思う?
「ね、萌。俺たちが恋人になってもなーんにも変わんない。ただ、名前がちょっぴり違うだけ」
元也が割って入る。そうして聖臣から言葉を引き継いだ彼は、淡々と語った。まるで、親が駄々をこねる子供に言い聞かせるみたいに。教師が生徒を諭すみたいに。
「萌はさ、俺たちのこと好きでしょ」
そうだよ、元也も聖臣も同じように好き。
「例えば、キスも俺たちとならできる」
そうかもしれない。もしも世間が親友とのキスを普通だとするならば、私はきっと受け入れる。
「そんでもって、3人で、一緒にいる時間が一番大切」
その通りだ。招待チケットが2枚しかないならば、私はお金を払ってでも“3人”を選ぶ。誰か他の人の奢りで食べるご飯よりも、3人で割り勘して食べるご飯を選ぶ。私は、佐藤萌は、そういう人間だ。
「もし俺たちが恋人になればさ、萌の一番大切なものが壊れる心配はなくなるんだよ」
……どうして?
視線で気付いたのか、元也は説明しかけた。が、直ぐに口を噤む。私は首を傾げた。聖臣が口を開く。
「元也」
「はいはい、分かってるって。んじゃ萌、こっからは聖臣にバトンタッチね」
あまり会話の意味が分からなかった。けれど、そんな小さな疑問は直ぐに何処かへ溶けて消える。
「萌は、あんま考えたことなかっただろうけど」
「うん?」
「俺らが友達で居続けるってことは、いつか誰かに恋人が出来たら何にも文句は言えないってことなんだよ」
「……つまり、どういうこと?」
溜息を吐かれる。酔いは覚めてきているものの、素面のときと同じ思考速度と聞かれれば否なのだ。少しくらい許してほしい。
「だから。例えば元也に彼女ができたとする。そうしたら、元也は彼女の方を優先しなきゃいけない時も出てくる。で、必然的に俺ら3人の時間は減る。俺に彼女ができた場合も一緒。ここまで分かった?」
こく、と頷く。なんとなく、この話の結末を理解したけれど、自ら口にしたくはなくて、黙って聖臣の話を聞き続ける。
「でも、俺らが付き合うなら、そんなのは絶対に起こらない。俺も元也も萌を優先するし、もし他の女を優先したらお前はそれに文句を言える権利がある。何故なら、佐藤萌は古森元也と佐久早聖臣の恋人だから」
理解できたか、そう問う聖臣に首を縦に振った。つまるところ、2人は言外に私を脅しているのだ。私が一番大切なものを守りたいのならば、「親友」の形を壊せと。
頭がくらくらする。手酷く裏切られた気分だ。2人とも、真夜中のトランプタワーより私とのキスやその先を取っただなんて。男女の友情は存在しなかった、していると思っていたのは私だけ。ふっと、そこで思考が逸れた。
もしここで、2人の望みを受け入れたらどうなるだろう。彼らはきっと、今まで以上に私を優先する。呑みの頻度も増えるだろうし、恋人らしく昼間にデートするかもしれない。そこで私は気付いた、気付いてしまった。私にとって悪いことはひとつもないことに。会う頻度が増えるなら願ったり叶ったりだし、デート、なんてものも上っ面の名前を変えただけで、実質的にはきっと普段出掛けるときと何も変わらない。手を繋ぐだとか、そういう恋人らしいも別に彼ら相手なら嫌じゃない。キスだって出来てしまうだろう。そして、私のこの世で一番大切なものの永久が約束される。……なら、それなら。私たちが「親友」である理由は、無いのだろうか?
「考え、まとまった?」
元也の質問に、答えは返せない。きっと、この日この時で全てが変わってしまう。絶えず心が揺れ動く。意地を貫くか、大切なものを守るか。ゆらゆら、ふらふら。結論は出ない。いっそ誰かが答えを代わりに出してくれたら良いに、なんて馬鹿らしいことを考えた。その刹那。
「そんなに迷うなら、お試し、とかどう?」
「……え」
元也の声に、弾かれる様に顔を上げた。二対の瞳に見詰められる。何方からも、感情は読み取れない。
「お試し、って、どういうこと」
必死に絞り出した声は掠れて上手く音にならなかった。
「今さ、萌は迷ってんでしょ?俺たちとは友達だと思ってたし、これからもずっとそうだと思ってた。けど、今日俺たちの話を聞いて、どうするべきか分かんなくなってる」
元也の言うことは、全てその通りだった。私はどうすれば良いのか分からない。一度決めてしまえば、もう元の関係に戻れなくなるかもしれないという恐怖もある。けれど、恋人になることのメリットには心惹かれる。そんな幾つもの感情の狭間で、私は彷徨っている。
いつの間にか、すっかり酔いは覚めていた。
元也の声が鼓膜を揺らす。
「一ヶ月だけ付き合おうよ。一ヶ月過ごしてみて、友達の方が良いと思ったなら俺たちは大人しく引き下がる。でも、恋人でも変わんないなって思ったんなら、そのままでいよう。どう、これなら良い?」
私はゆっくりと首肯を示した。
そうしたら、ふたりとも嬉しそうに口元を緩めるものだから。この選択は間違いじゃないって、そう思ってしまった。
「男女の友情なんて成立しない」だなんて言葉もあるし、実際に言われたこともある。けれど、私たちは例外だと思っていた。
だから、それが崩れることなんて、有り得ないと信じ込んでいたのだ。
とある春の夜。二人とも、何も変わった様子は無かった。仕事終わりの私を聖臣が迎えに来て、助手席には元也がいる。私は後部座席に乗り込んで、久しぶりに会ったんだからと宅飲みを持ち掛ける。そうしてコンビニで酒やらつまみやらを買って、聖臣の家でプルタブを開ける音を響かせる。いつも通りの、楽しい日常。私の愚痴を2人に聞かせる。元也は大体同調して慰めてくれるけど、聖臣はちょっと手厳しい。だけど、それも私の為だと分かっているから大丈夫。一通り話しきって満足したら、今度はふたりの話を強請る。沢山話すのは元也の方で、チームメイトの角名選手の名前もよく出てくる。私は彼の話に興味を引かれなかったことなんて無くて、ついつい大きな声をあげて笑ってしまう。それから聖臣も、酔いが回ってくるとぽつぽつと話し出す。彼のチームメイトは皆個性的で面白い。十二分に酔っているのが相まって、私はきゃらきゃらと笑い続ける。そんな私に、元也は面白がる様な、聖臣は呆れを多分に含んだ視線を向ける。
あれもこれもそれも、全部変わらない。けれど、だからこそ。私には何処で運命の歯車が狂い始めたのか分からない。
分かるのは、この日で歯車が壊れてしまったことだけだ。
きっかけは、元也の一言だった。
「萌はさぁ、ポリアモリーってわかる?」
「え、なにそれ」
突然放られたカタカナの羅列に首を傾げる。ぽりあもりー、ポリアモリー。なんだろう、全く想像がつかない。ちらりと聖臣を見るものの、彼は静かにグラスを傾けるだけで助け舟を出してくれそうな気配は無い。仕方ないから諦めて、元也の話を聞く。
「簡単に言うと、関係者全員の同意を得て複数人で付き合うって感じなんだけど」
関係者、同意、複数人。酔っ払いには少し難しい単語が並べられる。それでもなんとか理解して、私は首を傾げた。つまり、何故突然こんな話題を振ってきたのか分からない。
「元也の近くにその、ポリアモリー?の人がいるの?」
思いついた可能性を口に出してみる。けれどそれは、直ぐに否定された。
「いや、そうじゃなくて。俺たちがそれにならない?って話」
思考が、止まった。脳内が疑問符で埋め尽くされて、ゆっくりと文章を噛み砕いて。そうして、私は理解することを拒否した。だって、私たちは「親友」なのだ。
「冗談だよね、元也飲み過ぎなんじゃないの、あ、水取ってくるから私」
「萌」
聖臣が私を呼び止める。その声を無視して立ち上がった。キッチンに行き、コップに水を注ぐ。大丈夫、戻ったら普通に話せば良い。ついさっきの話なんか忘れたように、新たな話題を出せば良い。
そんな私の甘い考えは、直ぐに打ち砕かれた。
ことりとコップをテーブルに置く。そういえばさ、の「そ」の音に被せるように聖臣が私の名前を口にした。決して大きくはない、けれど私の動きを止めるには十分なそれ。その一瞬に、彼は私の世界を壊した。
「なぁ、俺らが友達でいなきゃいけない理由ってなに」
「……え」
り、ゆう?
「なんで、そんなのがいるの」
思考を纏めないままに言葉を紡ぐ。だって、私たちは昔からの親友で、これからもそうあって然るべきなのだ。そこに理由がいるだなんて、誰が思う?
「ね、萌。俺たちが恋人になってもなーんにも変わんない。ただ、名前がちょっぴり違うだけ」
元也が割って入る。そうして聖臣から言葉を引き継いだ彼は、淡々と語った。まるで、親が駄々をこねる子供に言い聞かせるみたいに。教師が生徒を諭すみたいに。
「萌はさ、俺たちのこと好きでしょ」
そうだよ、元也も聖臣も同じように好き。
「例えば、キスも俺たちとならできる」
そうかもしれない。もしも世間が親友とのキスを普通だとするならば、私はきっと受け入れる。
「そんでもって、3人で、一緒にいる時間が一番大切」
その通りだ。招待チケットが2枚しかないならば、私はお金を払ってでも“3人”を選ぶ。誰か他の人の奢りで食べるご飯よりも、3人で割り勘して食べるご飯を選ぶ。私は、佐藤萌は、そういう人間だ。
「もし俺たちが恋人になればさ、萌の一番大切なものが壊れる心配はなくなるんだよ」
……どうして?
視線で気付いたのか、元也は説明しかけた。が、直ぐに口を噤む。私は首を傾げた。聖臣が口を開く。
「元也」
「はいはい、分かってるって。んじゃ萌、こっからは聖臣にバトンタッチね」
あまり会話の意味が分からなかった。けれど、そんな小さな疑問は直ぐに何処かへ溶けて消える。
「萌は、あんま考えたことなかっただろうけど」
「うん?」
「俺らが友達で居続けるってことは、いつか誰かに恋人が出来たら何にも文句は言えないってことなんだよ」
「……つまり、どういうこと?」
溜息を吐かれる。酔いは覚めてきているものの、素面のときと同じ思考速度と聞かれれば否なのだ。少しくらい許してほしい。
「だから。例えば元也に彼女ができたとする。そうしたら、元也は彼女の方を優先しなきゃいけない時も出てくる。で、必然的に俺ら3人の時間は減る。俺に彼女ができた場合も一緒。ここまで分かった?」
こく、と頷く。なんとなく、この話の結末を理解したけれど、自ら口にしたくはなくて、黙って聖臣の話を聞き続ける。
「でも、俺らが付き合うなら、そんなのは絶対に起こらない。俺も元也も萌を優先するし、もし他の女を優先したらお前はそれに文句を言える権利がある。何故なら、佐藤萌は古森元也と佐久早聖臣の恋人だから」
理解できたか、そう問う聖臣に首を縦に振った。つまるところ、2人は言外に私を脅しているのだ。私が一番大切なものを守りたいのならば、「親友」の形を壊せと。
頭がくらくらする。手酷く裏切られた気分だ。2人とも、真夜中のトランプタワーより私とのキスやその先を取っただなんて。男女の友情は存在しなかった、していると思っていたのは私だけ。ふっと、そこで思考が逸れた。
もしここで、2人の望みを受け入れたらどうなるだろう。彼らはきっと、今まで以上に私を優先する。呑みの頻度も増えるだろうし、恋人らしく昼間にデートするかもしれない。そこで私は気付いた、気付いてしまった。私にとって悪いことはひとつもないことに。会う頻度が増えるなら願ったり叶ったりだし、デート、なんてものも上っ面の名前を変えただけで、実質的にはきっと普段出掛けるときと何も変わらない。手を繋ぐだとか、そういう恋人らしいも別に彼ら相手なら嫌じゃない。キスだって出来てしまうだろう。そして、私のこの世で一番大切なものの永久が約束される。……なら、それなら。私たちが「親友」である理由は、無いのだろうか?
「考え、まとまった?」
元也の質問に、答えは返せない。きっと、この日この時で全てが変わってしまう。絶えず心が揺れ動く。意地を貫くか、大切なものを守るか。ゆらゆら、ふらふら。結論は出ない。いっそ誰かが答えを代わりに出してくれたら良いに、なんて馬鹿らしいことを考えた。その刹那。
「そんなに迷うなら、お試し、とかどう?」
「……え」
元也の声に、弾かれる様に顔を上げた。二対の瞳に見詰められる。何方からも、感情は読み取れない。
「お試し、って、どういうこと」
必死に絞り出した声は掠れて上手く音にならなかった。
「今さ、萌は迷ってんでしょ?俺たちとは友達だと思ってたし、これからもずっとそうだと思ってた。けど、今日俺たちの話を聞いて、どうするべきか分かんなくなってる」
元也の言うことは、全てその通りだった。私はどうすれば良いのか分からない。一度決めてしまえば、もう元の関係に戻れなくなるかもしれないという恐怖もある。けれど、恋人になることのメリットには心惹かれる。そんな幾つもの感情の狭間で、私は彷徨っている。
いつの間にか、すっかり酔いは覚めていた。
元也の声が鼓膜を揺らす。
「一ヶ月だけ付き合おうよ。一ヶ月過ごしてみて、友達の方が良いと思ったなら俺たちは大人しく引き下がる。でも、恋人でも変わんないなって思ったんなら、そのままでいよう。どう、これなら良い?」
私はゆっくりと首肯を示した。
そうしたら、ふたりとも嬉しそうに口元を緩めるものだから。この選択は間違いじゃないって、そう思ってしまった。
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