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夢のような休日を過ごしてしまったが、現実はあっさりと戻るものだ。
月曜日になれば、常と変わらず出勤になる。
週初めの職員会議を終えて、副担任をしているクラスへ朝のHRに向かう。今日は担任の先生が欠勤しているため、俺が担任の務めをしなければならない日だ。
教室までの廊下を歩いていれば、遅刻ギリギリで登校してくる生徒がへらへらと暢気に挨拶をしてくる。
「あ、麗先生じゃん。はよーざーす、朝からラッキー」
「おはようございます。ちょっと遅刻ギリギリすぎだぞー」
「うーい」
「あとベルト緩すぎ。流石にもうすこしあげなさい」
「麗先生こういうの嫌い?」
「足が短く見えるからね、かっこわるいじゃん」
「じゃあ上げるわ」
いそいそと直すおちゃらけた男子生徒は、見た目はこんなだがなかなか可愛いと思う。
教室前の廊下でたむろしている生徒達は、他の先生にどやされると渋々教室に入っていく。今日も平和だ。
自らが副担任として受け持っているクラスに入れば、ガヤガヤしていた教室内が一層騒がしくなった。
「おはようございまーす。HRしますよ、席着いてー」
「あれ?あれ?今日ハゲは?」
「こら、ハゲとか言わない」
「ハゲ休み?やったあ!紅雅先生とか月曜日からめっちゃテンションあがる~」
「ふ、そんなこと言って、調子良いんだからなあ」
全員が席に座ったのを確認して、出席をとる。
座ってはいるが教室はざわざわと騒がしい。
隣のクラスはなかなか厳格な先生だから、HRをしている今の時間は静まりかえっていることだろう。
そう考えると多分俺は相当なめられているとは思うが、しかしまあこれはこれで悪い気はしないから良いと思っている。生徒がどんなことでも相談しやすい空気をつくるのだって、大切なことだと思うから。
騒がしいと言ってもうるさいと注意する程ではないし、話だって聞いているのだから良しとしていいだろう。
今週入っている全校集会の曜日と時間、期限がある提出物などの連絡を一通りすませて、ではでは今日も一日頑張りましょう で、HRは終了だ。
1限から授業がある為、教室を出ようとしたら窓際の前に座る女子生徒3人から呼び止められた。
「ね、麗せんせ、スカウトとかいっぱいされるでしょ」
「これ、これ見て!先生絶対ジャニーズいけたよ!」
声がしたほうを振り向く。校則違反ぶっちぎりのスカート丈とメイクをした三人が俺にむかって開いている雑誌は、俺が愛してやまないあの人達が載っているアイドル誌だった。
開いているページはジャンプじゃないが、しかし職場でその人達を見るのは駄目だ。完全に、顔が、緩む!!!
それでなくてもこの前の土曜日は衝撃的な事があったというのに、誌面とはいえ高木君を見るのは本当に避けたかった。
「あは、お世辞でも嬉しいよ」
それだけ言って、逃げるように教室を出た。
扉を閉める直前、
「あ~麗先生ほんとかっこいい・・なんかファンサもらっちゃった気分」
「そういえばジャンプ、また新曲だすね」
「今日予約しに行く?」
なんて話し始めた女子生徒に、
あ、俺もう予約してきた。今回TU●AYAで予約すると特典で生写真がつくらしいぞー
と、言わなかった自分を盛大に褒めてやりたい。
*どうしてこんなにもトラップが職場にあるのかと*(紅雅視点
「まったく、どういうつもりで学校に来ているんだか・・・」
不機嫌丸出しの呟きに、何事かと目を向ける。職員室に入ってきた、俺と同学年を受け持っているその先生は手元の“何か”に目線を落としながらなにやら独り言を呟いていた。
授業中の今、職員室には極数人の教師しかいない。この時間に担当英語の授業がない俺もその一人で、デスクで小テストの採点をしていたわけなのだが・・顔を上げたばかりに、バチリとしっかりと目があってしまった。
・・今更逸らすこともできないな。
「どうかされたんですか?」
「ああ、聞いてくださいよ紅雅先生。2年5組の生徒がたった今の授業サボって、視聴覚室でこんなの見てやがってですねえ」
“こんなの”とデスクに置かれた物にフリーズする。
「ばれないとでも思っていたのか・・映写機で映して騒いでやがって・・ったく・・・」
透明なCDケースに入っているディスク面には、『JUMPurty』と書いてあった。
こ れ は ! !
CD購入者限定応募の抽選であたるDVD!!!!
「・・俺、9枚買って応募しても当たらなかったのに・・・・・」
「え?」
「あ、すみませんなんでもないです。それにしても授業ふけて鑑賞会なんて、なかなかの度胸ですね」
羨ましい。
最後の一言は勿論飲み込んだ。
「本当ですよ。悪知恵ばっかり働かせて・・その意欲を勉強に注いでくれりゃあ良いんだがなあ」
「あは、ある意味健全ですよ」
「あー・・・ゴホン それはそうと紅雅先生、教員生活は慣れました?」
「いえ、まだ全然です。日々学ばせてもらってます」
「じゃあ、ですね、今週末良かったら一杯どうですか。これからが大変になってきますし、自分で良ければいろいろと」
先生の言葉を遮るように終業のベルが鳴り響いた。と、直後に泣きそうな顔をした女子生徒が5人ほどで職員室に連れだって入ってくる。
「楠崎先生!DVD返して下さい!!」
ああ、授業中に鑑賞会をしていた生徒達のようだ。
見終わったらこのDVD、先生にも貸して?
と言いたい。言えないけれど。
「お前ら・・ったく、こんなもんなあ、校則違反で捨てられたって文句言えないんだぞ!」
「はあっ?捨てるとか!!それがどれだけ貴重なものかわかってんの?!ふざけないでよ!!」
「教師に向かってそういう態度を取るって事は反省していないんだろうが!これは俺が没収する。卒業まで返さんからな」
「ええ!!?」
「そんなの無理です!」
「毎日だって見たいのに卒業までなんて・・ったえられない!大ちゃんを返してください~!」
ああ・・若いな。すごく若い。そんな風に堂々と好きな物を好きだと言えるのが羨ましい。俺がここで『心のメモリーに高木君を保存したいので返してやってください』なんて言ったらブリザードが吹き荒ぶのは間違いないだろう。
「これ以上ここで喚くなら本当に処分するからな」
「そんなあ・・」
「・・・・クズ崎め」
ボソリと呟かれた嫌悪を孕んだそのあだ名。小声とは言え本人を前にして言うとは、本当に若い。まあ、高校生だし当たり前か。
確かに悪い事は悪い。しかし卒業まで没収することはないのではとも、思う。この学校は基本的に校則が緩いから、反省文くらいで勘弁してあげても良い気がした。
古文のおじいちゃん先生は授業中にオンラインゲームの通信対戦をしていた生徒に対して、
それ休み時間にしてよー
の一言だけで終了だと聞いた。
新米教師が口出しするなと言われたらそれまでだが、自分自身は楠崎先生には悪く思われていないようだし、ここは助け船を出してあげようか。
「んー・・確かに授業中にDVDを見るのは良くないなあ」
「うう・・麗先生まで・・・」
「悪いことだってわからない年齢じゃないだろ?・・・お父さんやお母さんが働いたお金で学校に来れているんだよ。ちゃんと授業は受けないと、ね。大好きな人達のDVDなら尚更、やることちゃんとやってから楽しまないとさ。後ろめたさなんて感じながら見たら、失礼だと思いませんか?」
「・・・・・はい」
「すみませんでした・・・」
途端にしおらしくなって謝った生徒達に、怒っていた先生は拍子抜けしたように肩を竦めた。
「先生、この子達も反省してるみたいですし・・。反省文提出で、返してあげてもらえないでしょうか。俺からもお願いします」
こんなことを新任教師が言うのは立場を分かっていないのかもしれない。しかし、罰則にも限度というものはあるだろう。
緩く首を傾げて見上げると、なんと、渋々ではあるが頷いてくれた。
「・・・・、・・・お前ら。紅雅先生に感謝しろよ」
「やったあ!」
「ありがとうございます!」
次の授業があるのだろう、先生はDVDを俺に渡して、あとはお願いします と、そそくさと職員室を出ていってしまった。
「麗ちゃん先生~ほんとにありがとうございます~!」
「反省文、ちゃんと書いてくるね!」
「ん、みんなが提出したらDVD返すからな。以後気を付けるように」
「はあい!先生ありがと!大好き!」
「あは、現金だなあ。ほら、授業遅れるぞ」
促せば、バタバタと忙しなく出ていった。原稿用紙は後で担任の先生に渡してもらおう。
と、手元にきたDVDをはたと見つめる。
反省文を今日明日で仕上げてくるなんてことはないだろう。ということは、持って帰って・・見れちゃったり、する?
「・・・棚からぼたもち、かな」
*不審者じゃないよ*(髙木視点
二日酔いで仕事に行った日は散々だった。
浮腫んだ顔をみんなに笑われ、メイクさんには引きつった顔をされ、薮君に『おいおい、さすがに勘弁してくれよ』と注意されてしまった。その日は必死でOS1を飲んで何とか乗り切ったけど、体調が本調子に戻っても気持ちの面では一向に回復しなかった。
あの日からもう2週間だ。
平日の夜、時間が空けばあの日と同じ電車に乗った。都心の電車だ、5分に1本は出ている。1本でもずれれば会えることはないのだろうが、それでも諦められなかった。
どうしてもお礼を言って、謝りたい。そして、駄目にしたスーツを弁償させて欲しい。ホテル代だってきっちり渡したいし、なにより・・いや、これは考えないようにしよう。
ぐるりと車内を見渡してみるが、今日もあの人は見つけられそうになかった。
・・・繰り返すが、もう2週間も経つのだ。
そろそろ諦めるべきなのかもしれない。もしかしたら電車通勤じゃない可能性だってある。
次の停車駅を告げるアナウンスが流れた。そういえば、この駅近に美味しいラーメンがあると教えてもらった覚えがある。
次で降りて、食べてから帰ろうかな。こんな時間にラーメンなんて、18時以降は食べないという山田とのダイエット協定を破ることになるけど・・まあ、もったのなんてたったの1日だから今更だろう。継続してる山田は本当にすごいと思う。
停車したホームに降れば僅かな喧噪。明日は土曜日だ。皆が皆カレンダー通りに休日があるわけではないが、金曜の夜というだけでどこか浮き足だった空気を感じる。
「期末がはじまるよー・・どうするー・・」
「今回の、俺もう捨ててっから」
「俺も。つか今遊んでる時点でアウトだってことに気付けよ」
前方からきた制服姿の男子高校生も、楽しそうに、しかしどこか憂鬱そうにダラダラと歩いている。
高校かー・・一番勝手が出来て楽しい時期だった気がする。仕事があったから挫折して中退しちゃったけど、やっぱり卒業はしたかったなと今になって思ったりするし。
「まあでも麗ちゃんの教科だけはあえて赤取るけどね」
「補習目当てだろソレ」
「それ以外に何があんだよ」
「そういう奴大量にいるしな、麗先生も大変だわ」
「・・え、てか、あれ麗ちゃんじゃね?」
「おわ!マジだ!!せんせいー!!」
俺の横を通り過ぎて、高校生達が駆けていった。
「あれ、ちょ、こらこらこら、こんな時間になにしてんの。月曜日から期末だって知ってる?」
ビタリと、地面に足が縫いつけられたように動かなくなった。
忘れるはずのない、声。恐ろしいほどよく似ているその声に、慌てて振り向く。
「うん知ってる!」
「先生今帰りっすか?飯は?飯食べにいこ!!」
「あは、行きたいけどだめ。テスト週間なんだから、帰って勉強してくださいな」
男子高校生に囲まれて、笑う、その姿。発作が起きたかのように心臓が跳ね上がった。
ゴウッ と次の電車が入ってくる。
声を出しても届かない。というか、焦って足が満足に動かない。
俺がもたついている間に、件の人は高校生と連れだって電車に乗り込んでしまった。無情にもドアはすぐに閉まる。
発車した電車は見送るしかなかったが、それでも気持ちは高揚していた。
高校生が来ていた制服を完全に頭にインプットする。あの人のことを、先生 と呼んでいた。
完全に糸口は掴んだ。
ああ、やっと、やっと
「見つけた!!」
夜のホーム。サングラスをかけて帽子を目深に被った怪しい男が突然大声でそんなことを叫んだものだから。
近くを通ったOLさんに、今にも通報されるんじゃないかってくらいの目を向けられた。
*ストーカーじゃない、断じて*(髙木視点
一般的な高校の終業時間はおそらく16時過ぎ。変則なスケジュールではその時間に待ち伏せをするのはなかなかに厳しく、行きたい気持ちはやまやまだったが、実現できない日が続いていた。
駅のホームであの人を見つけた日から、一週間程経った今日。
14時に仕事に片がついた。移動時間を考慮しても余裕で間に合うだろう。少ない荷物を引っ付かんで、挨拶もそこそこに楽屋を出た。それが三時間程前のことだ。
「・・多分、ここ・・・のはずだけど、あー・・・」
あの日見た、生徒が着ていた学生服と校章を頼りに見つけ出した公立の高等学校。
グラウンドがあって、体育館らしき建物になんの変哲もない校舎。よくある普通の学校だ。
ここに、あの人がいる・・はず。
直接見かけたわけではないから、まだ確証はない。でも、もうこの場で待ち伏せをしてみることしか他に手掛かりはないのだ。
校門で立っているのはさすがに仕事柄的にも、怪しまれるという意味でも良くない為、少し離れた所にあるカフェの窓際に座った。
ここからなら出てくる姿がよく見える。
終業時間を迎えたのか、先程から学校に用がなくなった生徒たちが見えはじめている。制服を確認して、やはりこの高校で間違いないはなさそうだと安堵し、今までの事を思い出す。
コンサートで見かけたあの日も、酔っぱらってやらかしたあの日も、ホームで見かけたあの日も・・・すぐに思い出せるくらいに、綺麗な顔をした件の人は麗、という名前らしい。
麗ちゃん、麗先生と、あの男子高校生たちは言っていた。随分と慕われているように思えた。若く見えるが、教員生活は長いのか。年齢はいくつだろう。コンサートに来てくれていたけど、俺のことを知っているのだろうか。
会って、謝って、スーツとホテル代を弁償する・・その為に探していたはずなのに、何故かあの人のことを知りたいと思ってしまっている自分がいた。不思議な気持ちだ。
時計の針はどんどん進んでいく。外も暗くなってきた。先程から教員らしき人も見えたが、その中にあの人の影はない。
残業だってありえるし、何時までが勤務時間なのかがわからない。部活動の顧問でもしていれば、帰宅時間は更に遅くなるだろう。でも、どれだけ時間が過ぎようとここを動く気はなかった。
空になったカップを横目にぼーっと門の出入り口を見ていたが、
「・・・・・!き、きた・・!!」
待っていた姿が、そこに見えた。
遠目でもわかる特徴に、急いで会計を済ませて店から出る。
見覚えのあるミルクティーブラウンの髪がサラリと風に揺れている。ドキドキと痛いほどに心臓が高鳴る。男性的ではあるのにしなやかな華奢な身体だ。自分と反対方向に歩いていくその後ろ姿に、いざ目の前にしたはいいが声が出てこなくなった。
大体、なんて声をかければいいんだ。
名前を呼ぶ?いや待て、どうして名前を知っているのかと怪しまれるのは避けたい。
普通に すみません って言うのが正解なのか。それで、そのあとは?どう切り出せばいいんだ。
声をかけられずにただ後を追っていたら件の人が突然、振り向いた。思わずビタリと歩みを止める。
「・・・・・」
「・・・・・」
相手も同じように足を止める。
今の俺は帽子を被ってサングラスという誤魔化しスタイル。職業柄ならではの格好だが、一見すれば完全に不審者だ。ストーカーだと思われてもおかしくない。
通報される前に何か言わないと・・・!
「あの、」
と、俺が口を開く前に声が聞こえた。
「俺になにか、ご用ですか?」
あの日と同じ、優しく耳に心地好い声。
ブワッ と、背中が熱くなる。そんな、自分でも説明できない熱を必死に殺した。警戒されないように、ゆったりと近付いて帽子とサングラスを取る。
「あー・・ども、すみません。この前・・ってかだいぶ前に、酔っ払いのお世話してもらったと思うんですけど・・・俺のこと覚えてますか?」
少し声が裏返った。めちゃくちゃ恥ずかしい!!
でもなんとか言えた。これで不審者だとは思われないだろう。と、やりきった感に包まれている俺をその人は
「────・・・」
一言も発せず、ただただ立ち尽くして見つめていた。
あ、すげえ睫毛長い。
*夢かと、おもった*(紅雅視点
仕事を終えて帰路につく。校門から出て数歩進んだところで、追われるような気配を感じた。生徒だろうかと足を止めて振り返ると、その人物も同じように足をとめる。
教え子ではない。目深に被った帽子と、夜なのにサングラスをかけてこちらを見るその風貌は一見するととても怪しい。
警察を呼ぶ事態だろうかとスマホに手を伸ばしつつ、何か用かと訪ねてみた。
のだが
「俺のこと覚えてますか?」
そう言って帽子とサングラスを取った目の前の人に、呼吸がとまるかと思った。
街灯に照らされるその容姿。見覚えがありすぎて頭が真っ白になる。
なんで、どうして、
髙木くんが、こんなところに・・・!!!
茫然と立ち竦んでいると髙木君はさらに距離を詰めてくる。思わず一歩後ずさってしまった。そんな俺に髙木君は少し、戸惑った表情を見せて目の前で脚を止めた。
見間違えかとも思ったが、遊ばせた毛先も気だるげな瞳の中に見える男っぽさも掠れた心地好い低音ボイスも
間違いなく、髙木雄也君だ。
「・・・」
「・・・」
頭が真っ白になりながら、何か言わなければとカラカラに渇いた口をなんとか動かす。
「・・体調は、大丈夫ですか?」
なんて、やっと絞り出した言葉がコレである。
すごく恥ずかしい。今すぐ逃げたい。穴があったら入りたい・・!!
そんな俺に
「もう大丈夫です、あの時は本当にすみません、でした・・・」
と、髙木君は軽く頭を下げた。
かっっっこいい・・・!!
叫びそうになるのをなんとか堪えて、こっそりと深呼吸。
「どうしても謝りたくて、お礼もしたかったんで・・その、待ち伏せ?みたいな。すみませんこんなこと」
「いや、とんでもないです。お礼なんて、気にしないでください・・でもよくわかりましたね、ここにいるって」
「ああ、それは・・・まあ、いろいろ?うん、がんばったっていうか」
何が一番信じられないかって、こうして髙木くんと普通に会話してしまっている自分自身だ。やばい奴だと思われたくなくて、努めて普通に・・平静を装う。
いろいろ頑張ったというのはどういうことだろう。芸能人特有の情報網でもあるのだろうか。
それにしても心臓に悪い。俺には刺激が強すぎる。
ゆるりと見上げると、バチリと目が合う。本当に心臓に悪い。かっこいい。助けてモブ。俺は今日ここで絶命する運命なのかもしれない。
いくら平静を装っても、頬の赤みは隠せない。
あのホテルの時も、今日も、信じられない状況なのだ。こんなにも近距離で髙木くんを見れて、しかも見られてる。
もっとちゃんと鏡チェックしてくれば良かった・・・。
何も言えなくなってしまった俺に、髙木君は
「・・俺、高木雄也っていいます」
と、律儀に自己紹介をしてくれた。
知ってます。すごく知ってます。大ファンです。
とは言わない。
「紅雅麗です」
名乗られたら名乗るのが礼儀だ。
緩く頭を下げる。
「・・この前、服ダメにしちゃったし、ホテル代まで払ってくれましたよね?これ、足りるかわからないけど・・・」
そう言って、お金が入っているのだろう茶封筒を差し出してくる髙木くんに、受け取れないと首を振った。
「いや、俺が勝手にやったことなので、受け取れません。本当に気にしないでください・・」
それでも髙木くんは食い下がってくれなかった。
おもむろに手を取られ、無理やり封筒を握らされる。
手、手が・・!手が触れてる・・・!!
「いいから。・・お願いだから、取っといてください」
心の中だから何度でも言う。
本当にかっこいいです。助けて。
*いい匂いもしました*(髙木視点
わかってはいたけど、すんなりと受け取ってはくれなかった。
それでも食い下がるわけにはいかない。10万入った封筒を無理矢理握らせると、その瞳には戸惑いの色がわかりやすいほどに浮かんでいた。
「いや、本当に・・申し訳ないので・・・」
見上げてくるその容姿に、改めて度肝を抜かれる。
普段から容姿が秀でた連中と仕事をしてはいるが、こんなにも心臓をもっていかれるような感覚は初めてだ。
目を反らすことが出来ない。
遠慮がちに紡がれるその声すらも、甘く心地がいい。
こう言っては失礼かもしれないが、本当にただの高校教師なのだろうか。
こんなにも魅力的な人が先生をしているって、生徒がなんとも羨ましい・・。
「・・連絡先、教えて・・もらえたり、なんて・・・っあ!!」
考えるよりも先に言葉が口をついて出た。
お金を返して謝って、それで済む話だとは思うのだが、この人との関わりをここで終わりにしたくないと思ってしまっていた。
だからといって、現金を渡しておきながらこんなことを言う男には不信感しか抱かないだろう。
完全に順序を間違えた。
「いや、あー・・っと、そう、もし現金が受け取れないってことなら、一緒に買いに行くってのはどうかなーって・・?飯もお詫びを含めて奢るし、スーツ代も俺が出すし、だから連絡先教えてほしいなー・・なんて・・・思いました」
取り繕うようにベラベラとしゃべる俺に、麗さんはキョトンと瞳を瞬かせている。
すげーはずかしい!!
「・・・恐れ多いです」
「え?なんて?」
「あ、いや・・それもまた、髙木さんのご迷惑になってしまうんじゃ・・・」
「全然。全然そんなことないから。これ、俺のラインのID」
もうこうなったら押して押して押すしかない。
スマホを出すように促して、素早く操作する。
「番号もあとで送ります」
「は、はい」
「そのお金は担保として持っておいてください」
「・・は、はい」
「麗さん」
初めて、名前を呼んでみる。
驚いたように見つめてくる瞳には、必死すぎる自分の形相が映っていた。
「絶対、連絡します」
*担保がネック*(紅雅視点
何度も何度も幾度となく
画面に表示されるその名前を見ては、あの日の事は夢じゃなかったのだとぶわりと胸が熱くなる。これはよくない事態だ落ち着け と自分を律するが、心を落ち着けようにも自室には髙木君の写真やらグッズやらDVDが所畝ましと並んでいる為にとてもじゃないが意識を反らせることなど出来ない。お気に入りの写真をそっと手にし、じーっと見つめ、そして溜め息。
かっこいいなあと写真を眺めていられるだけで幸せなのだ。耳が溶けるような甘く掠れた歌声も、クールに見えて子供っぽく笑う可愛さも、メディアを通して堪能できる日々で充分に満たされている。芸能人とはそういうものだ。一人のファンとして応援したいだけであって、本人に認知されたいなどと思ったことなど一度だってない。なのに、
ーー絶対、連絡します
じっと見つめられ、手まで握られ、そんなのファンサービスでもやらないだろうという程の事をされたのだ。思い出して顔が火照るのは仕方のないことだろう。しかしLINEのIDは交換したものの今のところ連絡はきていない。それを残念だとは微塵も思わず、むしろ安堵してしまっているのはこの先もただのファンとして見ていたいが為に他ならない。
担保だと言われ預けられた現金十万円だけはどうにかして返したいものだが、本当にそれだけだった。
こちらからコンタクトを取るつもりは毛頭ないので、この際連絡先も消してしまおうかと思ったのだが
軽快な音を立てて通知されたメッセージに表情も思考も停止した。
〔 おつかれさまです。
髙木です。
この前の事ですが、今度の日曜って
空いていますか?
オフになったので麗さんさえ
良ければその日にスーツとか買いに
どうかなって思ってます。
もし用事とかあったら別の日で調整
するので遠慮せずに言ってください 〕
「・・・・・・・・・・」
カシャリと、思わずスクリーンショットで保存。
連絡が、きた。
きてしまった・・!!
「、どうしよう」
文面だけでかっこいいとか反則なのでは・・?って違う。そんなことを考えている場合ではない。髙木君側に既読は付いてしまっているのだから、はやく返さないと失礼にあたる。
〔 お疲れさまです。
気を遣っていただいてありがとう
ございます。日曜日、あいてます
髙木さんの貴重なお休みを割いて
しまうのが心苦しいですが、お言
葉に甘えてよろしいでしょうか 〕
当たり障りなく、厚かましくならないように。一緒に出掛けるなど、そんなの絶対に平常心でいられなくなりそうだ。本当なら断りたい。それでも髙木君にしてみれば、さっさとスーツを弁償して厄介事を清算したいという気持ちがあるのかもしれない。その気持ちはとてもわかる。ならばここはもう素直に買ってもらって、金輪際直接関わることがなくなればそれでいいのだ。
〔全然だいじょうぶです!よかった!
そしたら時間と場所きめましょう〕
即座に返ってきたメッセージに、持たなくなりそうな心臓の鍛え方を検索したくなった。
*デートじゃあるまいし*(髙木視点
清々しく晴れた日曜日の朝。
あれでもないこれでもないと着る服を吟味し、よしこれで行こう!と着替えては やっぱりなんか違う と脱ぎ捨てる。かれこれもう30分は同じことを繰り返していた。
そうしているうちに、何で同じような服ばかり持っているのだろうかと普段は気にしないようなことまで考えてしまう。とにもかくにも、この前と同じ服だけは着ないようにしなければならない。あの人がそこまで気にするタイプだとは思わないが、単純に自分が嫌なのだ。
「・・あーー・・・帽子、は無しにしよう・・スーツの店だし、あんまりカジュアルなのは・・・って、やっべ!!時間!!!」
あまりに悩みすぎて、気付けば時刻は待ち合わせ時間の一時間前を示している。タクシーで向かうとしても、渋滞につかまれば一時間以上かかる可能性もある距離だ。結局黒のチノパンとシンプルなシャツにテーラードジャケットを羽織って、髪だけはしっかりとセットして家を出た。見ばれ防止に度無しの眼鏡をかけて駅前まで行けば、ちらちらと見てくる視線はあれども話しかけてくる気配はない。眼鏡一つでも印象操作はできるものだ。
脇目もふらずタクシーを拾って目的地を告げる。最短で着く道でお願いしますと言えば、気の良い運転手は軽やかに返事を一つして、パネルを操作することもなく慣れたように車線を進んでいった。
スマホを開き、やり取りしたメッセージを見返して時間と場所に間違いがないかを再確認。よし、大丈夫。
しかしこんなにも身支度に時間がかかるなど初めてのことだった。最近はめっきり女性関係のお付き合いはないが、それでも昔は彼女がいた時期もあったのだ。しかしその時にだって、デートだからといって服に悩むようなことはなかった。
そういえばと思い起こせば皆が、
雄也の気分に振り回されるのがいや
だとか
一緒にいると疲れる
もしくは
私よりも友達とばっかり遊んで、惨めなんだけど
などと言われ、大切にしていたつもりでもやはり自分の性格的なところで相手に不満がうまれて破局する。更に言えば、それほど好きではない相手の我が儘ややきもちが全く可愛らしいと思えずに、絆されることが出来ない自分にも原因があるのだろう。詰まるところ本気で愛せる人に出会ったことがないのだ。
ラインのトークはジャンプのメンバーであったり、プライベートの友人ばかりで色気のあるメッセージなど最近は全くない。
その中にある新しく登録されたアカウントを指でなぞった。
紅雅麗 と表示されているそのトーク画面を読み返す。昨夜自分が送った、
〔明日はよろしくお願いします
楽しみです 〕
というメッセージに
〔こちらこそよろしくお願いします
今夜は冷え込みますね、
季節の変わり目なので
温かくして寝てくださいね
俺も、楽しみです
おやすみなさい 〕
と返信されたメッセージにじわりと胸が温かくなる。文面からも穏やかさが伝わってくるようだ。こんな風にさりげなく気遣ってくれるタイプは周りにはいないなあと、ついつい口許も弛んでしまう。
あの人は、・・・麗さんは、一体どんな気持ちでこのメッセージを返してくれているのだろうか。
どんな寝間着なのだろうとか、
どんなところに住んでいるのだろうかとか、
きっと部屋はとても片付いているんだろうなとか、
一人の時間をどんな風にすごしているんだろうとか、
そんなことを悶々と考えて、思わずハッと我に返る。相手は一般人だというのに、まるで麗さんのファンのようにプライベートを模索してしまうのだ。こんなことは今までに一度だってない。
仕事柄、自分の事を模索されることはあっても、自分がそれをするなんて・・
「はい、到着ですー」
そうしてもう一度我に返らせたのは到着を告げる運転手の一言だった。結局着いてみれば待ち合わせ10分前の時刻。ベストな時間だろう。
カードで料金精算をしてタクシーを降りる。後ろ手に扉の閉まる音を聞きつつ約束の場所まで歩みを進めた。日曜日のせいか、いつもながらの喧騒が浮き足立っているかのようにも思う。案の時学生も多い。ずっとこちらを見ている女性の集団は視界にいれないようにして、件の人との待ち合わせ場所に向かった。
もし俺の方が早く着いたとすれば、留まって待っていようものなら声をかけられるかもしれない。そしたら麗さんにも迷惑がかかってしまうだろう。
それは嫌だな と思っていたら、目指していた場所にはすでに見知った姿があった。
もしや随分と待たせてしまっただろうかと焦ったが、それよりも。
麗さんに話しかけている二人組の男が気になった。
知り合いだろうか。しかし、麗さんが困ったように眉尻を下げているところを見るに見知らぬ他人であろうと推察した。もしかして俗に言うナンパってやつだろうか。
・・・・いやいや、麗さんも男だろう。
ナンパって、俺は何を考えているんだ。
「いいじゃんいいじゃん、ちょっと遊ぼうってだけだって」
「待ちぼうけくらわせてる奴よりも絶対楽しませるからさ!」
「・・てかお兄さんほんとに綺麗だね」
「あとなんか、めっちゃいい匂いしねぇ?」
「する!やっべーわ、男でも全然イケる」
「・・・・・・」
前言撤回。間違いなくナンパだ。しかも質が悪いやつ。
「んー・・、ごめんなさい。約束やぶりたくないんです」
そうしてやんわりと慣れたようにかわしているところを見るに、こういう類いの誘いは良くあることなのだろう。仕方なさそうに笑う麗さんに、男達は惚けて息をつめた。
「っ・・じゃ、じゃあさ、連絡先教えてよ。今日じゃなくてもいいからさ、今度・・・・」
「麗さん」
熱に浮かされるように距離を詰めた男に我慢ならずに声をかければその綺麗な瞳が俺を写した。その事に安堵してすかさず間に割って入れば、男達は苛立ちを隠すことなく俺を睨んできた。しかしあからさまな敵意など相手にしてられない。
職業柄、プライベートでは人目につくようなことは避けなければならないのだ。
「ごめんなさい。待たせちゃった、かな」
「・・いえ、全然、大丈夫ですよ。はりきって早く着きすぎちゃいました」
「えー、それ嬉しい」
するりと肩に手を置いて、揉め事が起こらないようにとするりとその場を離れた。後ろから
・・おい、あれジャニーズの
まじかよ。じゃああの人も芸能人だったとか?
と聞こえたが、振り返らずに歩みを進めた。
「・・すみません、助かりました」
「あ、いや、ぜんぜん。・・その、ああいうのよくあるんですか?」
「んー・・そうですね。普段はスーツだから声かけられることも少なくなったんですが、やっぱり私服だと多いかな」
麗さんはホワイトのゆったりしたニットにグレーのシックなジャケットを羽織って、ベージュのチノパンを合わせている。淡い色合いとゆるりとした雰囲気が、美しさの中にあだっぽさも見えてなんとも目を奪われる。ノンケの男もぐらつく魅力とは、こういう人のことを言うのかもしれない。
チラチラと周りから向けられる視線は、俺が髙木雄也だと気付いてのものだけではない。麗さんに目を奪われている老若男女に、山田ですらここまで見られることはないのにと同メンバーのセンターを引き合いに出してしまうのは仕方のないことだろう。
「・・・麗さん、すげぇ綺麗だもんね」
「え」
え
って、見上げてきたその頬がほんのりとぴんくに染まって、そうすると今度は可愛らしさも溢れてなんとも罪作りな人だなとまじまじと凝視してしまう。
「髙木さんも、すごくかっこいいです。眼鏡も似合いますね」
「え」
そう称賛し返されると、言われ慣れている言葉なのにどうしようもなく嬉しくなる。
男同士で何を言っているのかと、互いに吹き出すように笑った。無意識に張っていた緊張の糸がゆるりとたゆんだ心地だった。
目的の店までの道すがら、車が行き交う交差点で足を止めれば高層ビルの大きな液晶が目にはいる。派手な女優を使った新色ルージュの広告であったり、同業者の新曲であったり、それはもう様々な映像が流されている。と、何の気なしに見ていたら移り変わった液晶に自分の姿が映し出された。山田の顔面がそれはもう大きく映り、新曲の広告が平然と流されていた。
ジャンプの新曲だ~予約した?
まだしてない。これからしに行こうと思って
聞こえる若い女の子の声に、ありがたいなあと思いつつも隣の麗さんの反応が気になってしまうのは仕方のないことだろう。
もしかしたらジャニーズの髙木雄也なんて、知らないかもしれない。前にコンサートで見かけた姿は間違いなく麗さんだったと思うけど、隣にいた友人らしき男性の付き添いだった可能性もあるのだ。そうだとすれば曲くらいは知っていたとしても名前まで覚えてはいないだろう。
ちらりと横を伺えば、麗さんの視線の先には新曲の宣伝をする俺達が写っている。9人いる内の1人ではあるが、よくよく見れば同じ顔だとわかるはずだ。
この際聞いてみようかな、とも思う。俺のこと知ってますか?なんて、自意識過剰な問い掛けをしてみようか。
しかしそれで麗さんの態度が変わってしまったら嫌だなと、そんな風にも思っていた。
「・・・・・あの、」
「、はい?」
言いかけた自分に、麗さんは視線をくれる。
どうしよう
なんて言おう
やっぱり聞かないでおこうか
悶々悶々と考えて、そのまま口を閉じた俺に麗さんは何を聞き返すわけでもなく、ゆったりと言葉を紡いだ。
「・・知っていますよ」
「え、」
「髙木さんは、・・Hey!Say!JUMPの髙木雄也さん、ですよね」
どきり と心臓が跳ねた。
何故言いたいことがわかったのだろうか、という意味でも
やっぱり気付いていたのか、という意味でも
俺を見つめるその瞳が溶けるように潤んだように見えて勘違いしてしまいそうになる、という意味でも。
「そう、です。・・なんか、ごめんね」
「、?どうして謝るんですか?」
「いや、うん・・麗さんに迷惑かけそうだから、はやめに謝っとこうと思って」
プライベートだと気付いていても声をかけてくるファンは当然いる。俺の友人達はそんな様子に、
おいおいまたかよー、お前プライベートないじゃん。ファンの質とかもう少しどうにかなんねぇの?
と、呆れるのが常だ。気心知れた連中だから、言い方はどうあれ心配してくれているのはわかるので
ごめんごめん
と誤魔化すように笑って返すのだが。しかし麗さんはそんな友人達とは括りが違う。出掛けるのだって今日が初めてで、ファンが声をかけてくれば当然気を気を遣うだろう。
「・・迷惑だなんて、」
「何で俺のこと知ってくれてるんですか?」
迷惑だなんて思っていないと言おうとしたのであろう。
麗さんを遮って言葉を重ねた。これ以上気を使わせないようにと、つとめて明るく話題を変える。
「・・生徒にファンの子がいっぱいいるんです。それにテレビでもお見かけしますし」
「あ、ああ、うん、そっか、そうだよね、」
なるほどやはり、麗さんがファンというわけではないのだ。ファンだなんて言われたらそりゃあ舞い上がるくらいに嬉しいけど、そもそも考えてみれば当初ホテルで介抱してもらった時だってそんな素振りは微塵も感じられなかったのだ。こうして隣に並んで話をしていてもそれは同様で、やはりあのコンサートも友人の付き添いだったのだろう。
・・目が合ったように感じたのも、きっと俺の錯覚だ。
いやしかし魅せる側が錯覚するだなんて、とんだ笑い話じゃないか。
なんて物思いに耽っていれば
「・・・髙木さん、」
潜めるように名前を呼ばれた。
「こうして人混みにいては、お休みの日でも心から休めないですよね。申し訳ないです」
「え!ッや、いやいやいや!麗さんが謝ることないから!」
やばいやばい。心ここにあらずでいたせいか、結局気を遣わせてしまった。必死に弁解しようとする俺に、麗さんはそっと目を伏せてゆるりと首を横に振る。
「・・尊敬します」
「・・・・へ、」
そうして、柔く笑んだその容姿から目を離すことができなくなる。優しい微笑みはあまりにも綺麗で、間抜けに口を開いたまま硬直してしまった。
この近距離だからこそだろう。破壊力がすさまじい。
「お休みの日でも、たくさんたくさん気を遣って、Hey!Say!JUMPの髙木雄也くんでいようとしてくれている髙木さん、本当にすごいなって思います」
それに加えて、涙が出るような言葉がじわりと心を潤すようだった。そんな風に言われたのは初めてだ。
ファンは大切にしたいけれど、プライベートにまで踏み込んでくる人達を煩わしいと思ってしまっていたのは否めない。それでもメディアに出ている以上、常に取り繕っていたのは紛れもない事実だ。
それを、麗さんはわかってくれるのか。
「・・・やばい、泣いちゃいそう」
「あは、そしたら俺が泣かせちゃったみたいじゃないですか」
そう、気負う必要はないのだというように朗らかに笑う様も気持ちを楽にしてくれる。
不思議な人だ
共にいる心地よさから抜け出せなくなりそうな
とろりと甘えさせてくれる雰囲気に溺れてしまいたくなる
なんて思いながら、オーダースーツを仕立ててくれる店へ足を進めた。
*こんなの聞いてない*(紅雅視点
「麗さん、ここ。この店で良い?」
「・・・・・・」
髙木君に連れられるままに足を動かしてきたわけだが、たどり着いた店は外からでもわかる程に高級感のあるものだった。落ち着いたシックな雰囲気に、重厚な木の扉。窓ガラス越しにも、扱っているスーツの品の良さがわかる。
弁償すると言われた元のスーツなど、仕事用だと割りきったビジネススーツだ。高校教師ということもあって、学校という職場であるからにそこまで値の張る物ではなかった。自分は大手企業の営業マンではないのだ。第一には生徒への教育と指導であり、スーツで魅せる必要などないのである。
「・・あの、髙木さん。俺は量販店のスーツで充分なんですが、」
「うん、まあ、でもお詫びも含めてだからさ」
そう言って入るのを促すように、然り気無く抱かれた肩が火が出たかと思うほどに熱くなる。びくりと跳ねそうになる身体を抑えるのに必死で、まるでエスコートするように店内へ歩みを進める髙木君に促されるままであった。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた接客の声がかけられる。不審に思われないように店内を見れば、数万円の手頃なスーツからイタリアブランドの数十万円もする品も揃っている。髙木君だって、お詫びとは言ってもまさかゼロが何個も着くようなスーツを買おうとなど思ってはいないだろう。
しかし髙木君はといえば店に並ぶスーツを物色する様子すらない。どうしたのかと隣を見上げれば
「この人にオーダースーツ、お願いします」
と、予想を遥かに上回ることを平然と口にした。
「かしこまりました。ご案内させていただきます、どうぞこちらへ」
彫りが深く鼻筋の通った接客員は、日本人でないながらにとても流暢な日本語を話した。顎に生やした髭がとてもダイディで、情熱的な男の色気がすさまじい。南イタリアの方だろうか
と、そんなことを考えている場合ではないのだ。
髙木君のプライドも考えて、店員さんの前では言わなかったが、オーダースーツなどとてもじゃないが受け取れない。案内されながらも、小さな声で
「・・オーダースーツだなんて、申し訳ないです。俺は既製品で充分なのに、」
「いや俺も初めてなんだけどさ、オーダースーツってどんな感じなのか知りたかったんですよ。だから麗さんに付き合ってもらえて良かったなーって」
いやいやいや、むしろそれならば自分用に仕立ててもらえばいいではないか。
しかし髙木君はこれ以上俺に気を使わせないようにと、そんな風に言っているのかもしれない。
オーダースーツの値段自体は二万程度から作ることが出来るのは知っていた。選ぶ生地等で価格は変わる。オーダーといっても諸々を手頃に抑えてしまえば、それだけ髙木君の負担も減るということなのだ。
座り心地の良いソファーに案内され、異国の店員さんに名刺を渡される。見れば、彼の出身はイタリアであった。スーツのトップブランドが数多く名を連ねる国だ。
さてそれではご要望を伺います、と じっと見つめられたが、自分は買ってもらう側であるので率先して注文をつけれるような立場ではない。
ちらりと髙木君に目を向ければ
「せっかくなんで、パターンから良いですか?麗さんにぴったりというか・・しっくり、合うように」
と、こちらが予想もしていなかったことを淡々と口にしてみせたので、今度こそ卒倒しかけたのであった。
パターンというのは生地を裁断する際に合わせる型紙のことだ。人によって骨格や体型は異なるので、パターンから起こすとなると文字通りのオーダーメイドということになる。それはあまりにも手を掛けすぎだと、流石にだんまりではいられなかった。
「髙木さん、パターンって・・・そこまでしてもらうわけにはいきません。俺、既存の物でも着れますから、」
「うん?んー・・でも、麗さんスタイル良いからもったいないよ」
そんなことを言って。
頬杖を付き、首を傾げて顔を覗き込まれる。
「・・ね、お願い。俺の気の済むようにさせてもらえませんか?」
ばっくん と、心臓が痛いほど跳ねた。
低いながらにも甘く掠れたずるい声で、心の奥まで暴いてくるかのようなアンニュイな瞳で、なによりこんなにも至近距離で、生涯の推しにそんなことを言われて平気な人間がいるだろうか。あまりの衝撃に脳がヒートし、ふるりと身体が震える。瞳が水を溜め込むのが自分でもわかった。しかしこんなところで突然涙を流せば確実に周りからは白い目で見られるだろう。一緒にいる髙木君に恥をかかせる事だけは絶対にあってはならない。
溢れそうな高揚を抑え込んで、どうにか言葉を振り絞る。
「その言い方は、・・ずるいです」
頬は赤くなってはいないだろうか。とてもじゃないが目を合わせることなど出来なかった。失礼にならないよう、ゆるりと視線は反らした。
そんな自分をいまだに じっ と見つめている髙木君の視線があまりにも熱くて、陽の下の氷のように溶けてなくなってしまいそうだった。