気づいた時にはもう遅い。妖怪は今にも食わんとするようにアリスに襲いかかる。

　アリスに襲ってきた感情は恐怖なんかではなかった。

　前にもこんなことがあったな、と。そのときは彼が、ナナシが手に持った木刀で助けてくれたのだ。結局ナナシはその妖怪には勝てなかったけれど、それでもアリスにとってその姿はまさに英雄のようだった。

　しかしその英雄も、もういない。

　アリスの目からは自然と涙がこぼれていた。急に恐くなったわけではない。今のこの状況が無性に寂しかった。

　結局私は一人だったのだ。

　誰にも救ってもらえず、唯一手をさしのべてくれた英雄も私が殺してしまった。

　そして何も残らなかった。

「助けてよっ！　ナナシっ！」

　前みたいに。そう、私がいじめられていた時のように、かっこよく私を助けてほしい。

　しかしそんな夢のようなことが叶うわけがない。アリスは抵抗する気力もなく、涙にまみれた目を思い切り瞑った。






　しかし、感じるはずの痛みはない。何秒、何分経ってもくるはずの痛みはこなかった。

　不思議に思い、アリスは目を開けた。





　目の前には黒いコートを身にまとった者が立っていた。不思議な鍵のような武器を両手に持ち、その者は両手に持つ武器で妖怪の勢いを完全に止めていた。

「大丈夫？」

「ッ！？」

　黒いコートを羽織っているため顔はおろか性別すらわからない。しかしそのものから発せられた声にアリスは懐かしさを覚えた。

　昔はいつものように聞いた声。そのときと比べて少し低くなった声。しかしアリスの耳はその声を聞き違えない。

「ナナシ......？」

　消えていくか細い声に青年は何も答えなかったが、その言葉が彼と妖怪の戦闘の合図となった。