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小説家に形容し難いものはあっても良いのか?

「はい、桐ケ谷だが」
いくつか相槌を打って、大きくため息を吐いた。電話のコードをくるくると指でいじる。
「…後処理はそちらに任せるよ、それに彼とは縁を切ったと言っただろう…」
その背中を不安そうに見つめる、りな。携帯の電話帳のタブを落として画面を暗くした。
「なんだと、まったく、そんな事を書いたのか?あぁ、そうか…分かったよ。仕方がない」
失礼する、と受話器をガチャンと置いて、いそいそと、真っ白な原稿、万年筆をファイルにまとめて、鞄に入れる。
「どんな内容だったんです?」
恐る恐る訪ねる。既にぬるくなった紅茶をぐっと飲み干して、先生は答える。
「親父が死んだ」
まぁ…と口を両手で覆う女学生とは対照に、淡々と言った。
「私は彼とは縁を切っていたが、奴の遺書に財産の6割を私に受け渡すとあったらしくてなあ…。それもあってか、顔出せと叔父がうるさいのだよ、それに、あの膨大な土地をどうにかしないと」
「それは大変ですね」
縁を切っている、とか膨大な土地、とか突っ込みたい所を突っ込むか否かで約0.5秒審議した結果、一言で済ませる事にした様だ。
「しかし、長旅になりそうだな…締め切りに間に合いそうにないと東に伝えておいてくれないか」
「はぁ…良いですけど」
流石に身内の不幸だから許してくれるだろう、そう思い、素早く携帯で編集者までメールを送った。送った後に、身内と縁を切っていたんだっけ、と思い出した。
「いつ頃お戻りになるんです?」
「さあな。早くて一週間程じゃないか」
一週間…。彼女にとってその一週間が長く感じられるのは安易に想像できた。むむむ、と顔をしかめる女学生。どうやって一週間過ごそうか悩んでいるのだ。例えば、読書、ゲーム、読書、たまに勉強…いや勉強なんか身に入るはずがない。
「悩んでいる所すまないが、君も来てもらうぞ」
「はい?…なんと?」
「家まで来い」
「何故です?!学校はどうしろと?」
「休め。勉強など何処でもできるだろう。私は、あんな気まずく面白味のない空間に一人で行く事が嫌なのだ」
先生にも気まずいとかあるんだ…と驚く。それを察したのか顔をしかめる先生。
「すぐに出発したい。1時間以内には荷物をまとめてここに戻ってくる事。良いな」
「無理無理むりです先生!無茶です!親を説得する時間も含めて1時間は無理です!せめて一日頂かないと…!」
「親への説得は私がしている」
現在進行形を使われ、丸い目を更に丸っこくする。
ほら、と携帯の画面を見せられ、覗くと、女学生の両親からの返信があった。ありがたいお話ですが、学校もありますし、と書かれていた。
「先生って私の親と知り合ってましたっけ?」
「あぁ。この前本を出した時には差し入れを持ってきてくれたぞ」
「それ結構前から知り合ってますね?!」
フン、と鼻を鳴らし、素早く返信を打った。
「では今から1時間以内にここへ戻ってこい。良いな」
「ひえーん!無理ですよ!」
「つべこべ言わずにさっさとしろ!」
彼女の襟首を掴み、書斎から女学生を追い出した。放り投げられた彼女は、半べそを書きながら、襟を正す。
ごしごしと目をこすり、再びドタドタと騒がしく走っていった。
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