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幸せとは

施設から電車で30分、目的の駅に着いて活動場所へ向かう。
駅前のロータリーは人通りも多く、募金活動にはうってつけだ。
通行の邪魔にならないように看板を設置し、募金箱を手に持つと活動を開始した。

朝11時から夜19時まで、街頭に立ち募金活動と里親の呼びかけをするのだが、殆どの人が通り過ぎて行く中、足を止めて募金してくださる方がいる。
中には疑いながらも募金してくれる人もいるが、理由はどうあれ素直に嬉しい。

午前中は千円札3枚と小銭が少し、まずまず順調だ。

「悲しい目に遭っているワンちゃん猫ちゃんの為に募金活動にご協力下さい」

活動中は交互に声出しをしているので殆ど会話がない。
私にとってはその方がありがたいが、退屈に感じる人もいるようだ。

「それじゃ休憩にしましょう」
「ありがとうございます。お先に休憩してきます」

1時間に1回20分の休憩を回す。
先に陽子さんを休憩に入れると活動を再開した。

陽子さんが休憩に出て5分くらい経った頃だろうか、1人の男性が近づいてくるなり怒鳴り散らした。

「どこの団体だ!?どうせ詐欺団体だろう!!集めた金、自分たちで使ってんだよな!!」
「違います。ちゃんとワンちゃんや猫ちゃんの為に使ってます。詐欺団体じゃありません」
「嘘つくな!知ってんだぞ!!飲み食いに使ってんだろ!!」

全くこっちの話を聞こうとしない。
何を言っても嘘をつくなの一点張り。こうなるともう何を言っても無駄だ。

「やめて下さい。いい加減にしないと警察呼びますよ」
「上等だよ!呼べよ警察!!」

荒々しい男の声に通行人もざわつく。
収まりそうにないので警察へ連絡を入れた。
警察がくるまで散々罵倒されたが、頭のおかしい人の言う事など何とも思わない。
ただ、中にはこういうクレーマーが原因で精神的に参ってしまうスタッフもいる。
私たちだって同じ人間なのだ。

警察のおかげで男は去り、事態は収束したが、また戻ってこないとも限らないと、しばらく留まってくれると言う。
そのタイミングで陽子さんが戻ってきた。

「あの…何かあったんですか?」

チラチラ警察を見ながら尋ねる陽子さんに事の経緯を説明した。

「響子さん大変でしたね。大丈夫ですか?」
「私は全然大丈夫です。周りに悪い印象を与えてないかの方が心配です」

強いですね、と言った陽子さんに笑顔で応えて休憩に入った。

時間は16時を回り、これといったトラブルもなく募金も順調に集まっていた。
ふとロータリーを見渡すと、60代くらいの女性がこちらを見ながら近づいてくる。

またクレーマーだったらめんどくさいな。

少し身構えて挨拶をした。

「こんにちは」
「これ、保護犬?」
「はい、そうです。ワンちゃんと、猫ちゃんの里親も探しています」

クレームかな?どっちだろう。
とりあえず活動内容を説明して様子を見る。
すると、少し沈んだ顔で話し始めた。

「ウチね保護犬がいたのよ」
「そうなんですか。今はいらっしゃらないんですか?」
「今年の3月に亡くなっちゃって…」

そう言って言葉を詰まらせた。

「そうだったんですか…。おいくつだったんですか?」

陽子さんが優しく問う。

「8歳です。元々心臓が弱かったみたいなんだけど、ウチに来て元気になってね。お散歩も大好きで…本当に家族の一員でした」

女性の頬を涙が伝う。それを見た陽子さんも瞳を潤ませていた。
それからしばらく、ワンちゃんの思い出話しに花が咲いた。
一緒に旅行に行った話し、悪さして叱った話し、尻尾を噛む癖、愛らしい顔。
愛犬を失った深い悲しみと、それ以上に大きな愛を感じた。

「長話ししちゃってごめんなさいね。今はまだ飼う気になれないけど、新しい家族を迎え入れる気になれたら連絡させてちょうだい」

そう言って取り出した5千円を募金箱に入れると、ありがとうと言って立ち去った。

「ご協力ありがとうございます!」

慌てて陽子さんがお礼を言い、2人して深々と頭を下げた。

「今の方、良い人でしたね。あんなに愛されて、ワンちゃんも幸せだったろうなぁ」

まだ少し涙目の陽子さんに、そうですねと言おうとしたとき、高校生が近づき素早く募金箱にお金を入れると足早に立ち去った。

「あ…ありがとうございます」

咄嗟のことに声がうわずる。

「今の高校生早かったですね」

陽子さんが笑いながら言う。
いつもの落ち着きが戻ったみたいだ。
活動終わりまでもう少し、頑張りましょうと励まして再開した。

「そろそろ時間ですね。あと1回声出しして終わりましょう」
「はい!」
「悲しい目に遭っているワンちゃん猫ちゃんの為に募金活動にご協力下さい」

言葉の終わりに頭を下げる。
誰も近づいてくる気配はない。

「それじゃ、終わりましょう」
「はい!響子さん、代表から連絡ありました?」
「あ、いえ、まだ無いです」
「そうですか…」

ビー太郎、検査が長引いているのか、何かあったのか、何事もなければ良いのだけれど。

「こんにちは」

陽子さんの声に顔を上げると女性が目に入り慌てて会釈する。

「これってどういう活動なんですか?」
「保健所にいるワンちゃん猫ちゃんは殺処分されてしまうんです」

驚いた様子で私たちの話を聞く女性の表情はとても悲しそうで、今にも泣き出しそうだった。

「私たちの施設でも面倒は見れるのですが限度がありますし、やっぱり飼い主さんと一緒に暮らしていけるのがワンちゃん猫ちゃんにとっても幸せだと思うんです」

陽子さんのこの言葉に、女性の涙腺は崩壊した。

「あ…あの…大丈夫ですか?」
「すみません…大丈夫です…頑張ってください」

それだけ言うとお財布を取り出し、千円札を募金箱に入れて立ち去った。

「あ…!ご協力ありがとうございます!」

深々と頭を下げる。

「今の人、何かあったのかな?」
「ですかね。あ、電話…」

代表からの電話だ。
ビーちゃんの事かな、陽子さんも心配そうにこちらを見る。

「はい。はい。そうですか。わかりました。連絡ありがとうございます」
「ビーちゃんどうでした!?」
「特に問題ないみたいです。一昨日からご飯を変えてたらしくて、それが合わなかっただけだそうです」
「なんだ〜!!」

安堵の表情を浮かべて陽子さんが笑う。
私も安心して笑った。
募金してくれた方の亡くなったワンちゃんの話を思い返す。
私たちは施設にいるワンちゃん猫ちゃんに対して、一心に愛情を注ぐ事は出来ない。
私たちは飼い主では無いからだ。
それでも、この施設にいる彼ら、彼女らには幸せであって欲しいし、それが私の幸せでもある。

「それじゃ、戻りましょうか」

ニッコリと微笑む陽子さんの先を歩き今日の活動を終えた。
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