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幸せとは

バイト先へ向かう電車に揺られているとクラスの奴からLINEが鳴った。

社畜乙 笑

ラウワンで遊ぶ写真付き。

「寒いスコア見せんなし。明日最下位のヤツおごりな」

まぁ、なんだかんだアイツらと遊ぶのも楽しいんだよな。

目的の駅に着いて改札を出ると女性2人が立てかけた看板の間に立ち、1人は涙ぐんでいた。
何かよくわからず看板に目をやる。

「犬猫救済募金」

…小銭、あったかな?
財布に入ってた小銭を握りしめて募金箱に投入。

「あ…ありがとうございます」

か細い声が聞こえたが恥ずかしかったのでバイトへ急ぐ。

ばぁちゃん家で飼ってた犬、去年死んじゃったんだよな…。
よく懐いてて、遊びに行くとベロベロ顔舐めてきたっけ。

駅前のロータリーを左に曲がりバイト先のコンビニへ。

「おざまぁ〜す」

慣れた挨拶で店内へと入りチラリとレジを見る。
今日ケンさんか〜…あの人仕事何も終わらせないんだよなぁ…。
今日は忙しくなるな、なんて思いながらバックヤードへ入ると珍しく店長がいた。

「おう!佑おはよう!」
「おざまっす!今日珍しいッスね」

最近夜勤の人数が減って夜中から昼くらいまで働いてるのに、この時間に居るって事は今日なんかあるのかな?

「今日新人来るからさ。佑頼むな」
「マジっすか!?昼勤ケンさんじゃ作業しながら新人見るのキツいっすよ」
「悪りぃな。作業は残しても良いからさ」
「やれるとこまではやりますよ」
「おう。助かる」

そんな会話をしながら荷物をロッカーにしまい、制服を着ていると見慣れない女性が入ってきた。

「おはよござます」

カタコト…また外国人かよ…。
指導すんの俺か…はぁ…。

「フェンさんおはよう!今日からよろしく!」
「おねがいします」

さりげなく見ていた俺に気づくと軽く会釈した。

「フェンです。おねがいします」
「! 佑樹です。よろしくお願いします」

ちょっと可愛いな、と思ったのはここだけの秘密だ。

「フェンさん今日はとりあえずレジだけしっかり覚えて。わかんないことは佑に聞けばいいから」
「はい」

それって俺に丸投げじゃねーかよ。
恨めしそうに見る俺に気づき、店長はニヤリと笑い返してきた。
確信犯か…この借りは高くつくぜ、店長。

時間になり店内に出る。
フェンさんを連れてレジへ入ると、昼勤の2人へ交代の挨拶をした。

「お疲れ様でーす」
「佑君、僕少し残るから」

今日の夕勤が俺と新人しか居ないので、ケンさんが少し残ってくれるらしい。

「ありがとうございます」

お前の残した作業がなければ余裕なんだけどな、と心の中で毒づきながら、ある程度ケンさんに任せて、新人にレジを教える所から今日の仕事がスタートした。

1時間くらい隣についてレジをみてみたけど、この新人は使える。
ケンさんはもうあがっちゃったけど、これなら任せて自分は作業に出ても良いな。

「フェンさん。こっち作業するんで、レジ任せて大丈夫ですか?」
「あ、だいじょぶ、です」

何か分からないこととかあったら呼んで下さい、と告げてレジを離れる。
今日はお菓子の搬入があるので在庫を出せるだけ出しておきたい。

バックヤードから積み上がったお菓子の段ボールを店内に持ってくると、上から順に出せるものをチェックしていった。

「すみません。おねがいします」

不意にレジから声がした。
何か分からない事でもあったかな?
ひょいとレジを見ると、イラだったお客さんを前に困った顔でこちらを見る新人と目が合う。
すみません!とお客さんに伝え、どうしました?と訊ねる。

「タバコだよ!メビウス1mm!そこにあんだろ!」

すでにキレていた。

「クソめんどくせー客め。番号書いてあんだから番号で教えてやれよ」

と心の中で毒吐き、すみません!こちらですね!失礼しました!と希望のタバコをスキャンして渡す。

「ありがとうございます!またお越しください!」

不機嫌な客を帰すと、新人に対処の仕方を教える間も無く次のお客さんがやってきた。

「作業に戻るので、また何かあったら呼んで下さい」

そう言ってレジを任せ、やりかけの仕事へ取り掛かる。
しばらくするとまた、すみません。おねがいします。と声がした。
慌てて戻ると、今度は宅急便の受け付けで止まっていた。

レジを代わり手際よく対応する。
すると隣のレジからエラー音が鳴り響いた。

マジかよ…今日は最悪の日だ…。

レジを済ます、呼ばれる、レジを済ます、エラーが鳴る、レジを済ます…呼ばれる…の繰り返し。
新人のフォローに手を焼いている内に、レジ待ちの列が出来てきていた。

こりゃ急がないとヤバいな…。
それからしばらく対応に追われた…。

ようやく店内も落ち着き、ホッと一息入れたところで女性客が1人入ってくるのが見えた。

「しゃいませ〜」

思わず今の心境が出てしまった。
もう今日はゆっくりやろう…疲れた。
肩の力を抜こうと軽くストレッチをしていた時、ドタっという音とバサバサッと何かが落ちる音がして、慌てて店内に出て見ると、女性客が商品のお菓子を床にひっくり返していた。

「大丈夫ですか?やっときますからいいですよ」
「あ…いえ、すみません。私も手伝います」

出そうとしていたお菓子の段ボールが隣の棚に移動しているのを見て、置きっ放しにしていた箱に躓いたのだと気づく。

「すみません。僕が置きっ放しにしちゃったから…。お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。私もよそ見しながら歩いちゃって」

完全にクレーム案件なのに、なんて優しいお姉さんなんだ。
だいぶ片付いたところでお礼を言い、大丈夫ですから、と告げて作業を続けた。

ひと段落してレジに戻ると、支払いにやって来たのはさっきのお姉さんだった。

「さっきはすみませんでした。ダメになった商品があったら買いますから」
「あ〜、いえ、大丈夫です!ウチ返品ききますから!」

今日イチの良いお客さん。
こういうお客さんばっかりだったら最高なのになぁ。

「お会計が276円になります」

顔を上げると後ろに列ができ始めているのが見えた。
やっぱり今日は並ぶなぁ…ゆっくり接客も出来ない。

「724円のお返しですね!ありがとうございます!」

急ぎ気味にお釣りを渡し、次のお客さんを呼ぶ。
今日はひたすらレジに追われる日だ。
対応を終えたお客さんをチラリと追うと、さっきのお姉さんが視界に入る。

あれ、まだいる…なんかやっちゃったかな…。

そんな不安を感じながら並んだお客さんを捌ききると、お姉さんが申し訳なさそうに話しかけてきた。

「あの…お釣り、500円足りないんですけど…」
「え!?あ!!すみません!!」

しまったー!!やっちまった!!
慌てて500円を渡す。
お菓子で転ばせてお釣りもミスる、これ終わったわ…と思った俺に対してお姉さんは意外な一言をくれた。

「いえ。お菓子すみませんでした。お仕事頑張って下さい」

肩の力がすっと抜けた気がした。
この後特に大きな問題もなく、新人の教育と作業をこなしてこの日のバイトは終わった。

帰り道缶コーヒーを飲みながら思い返す。
安い時給に見合わない仕事量、理不尽なクレーム、ホントなんで続けてんだろって自分でも疑問に思う。
でも、あの一言のおかげで、もう少し働いても良いかなって思える。

明日はいつもの連中とラウワン行くし、俺、何だかんだ充実してるのかもな。
今日は少しだけ幸せな気分で家に帰れそうだ。
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