05 君とまつり
あなたのお名前は
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
自分はあまり人が多い所は好きではない
夏祭りというイベントにテンション高めな人々、そんな雰囲気に馴染めずなんだか居心地の悪さを感じてしまう
練習が午前で切り上げられたので、午後は自主トレーニングに励もうと思っていたが
レギュラーは強制参加だとかで、
わざわざ桃城と越前が家まで呼びに来た
まあ、手塚部長が休息も時には大事だというので、仕方がない
集合場所に連れられると、
この辺りでは1番大きな祭り、ということあって
想像よりもすごい人の入りようだった
なんだか身の置き所がない…
入口の方から葵がやって来たのが見えた
いつものジャージや制服姿とは違い、
薄い水色の浴衣が彼女の柔らかい雰囲気によく似合っていた
髪の毛もいつもとは違い、なんだかふわふわとまとめられている
彼女を目で追っていると、ふと葵がこちらを振り向いた
慌てて海堂は視線を逸らす
見ているのを気づかれただろうか、
(気持ちわりいとか、思われたくねえな…)
ちらりと彼女に視線を戻してみるが、特に変わりない様子でマネージャーと話している
杞憂だったようだ
それから祭りを回ることになったが、自分はもちろんレギュラーの先輩たちと共に行動していた
この人ごみの中を歩くのはなかなか体力がいる
もう途中で抜けてしまおうか、自分が居なくとも特に支障はないだろう
だがら帰る前にもう一度くらい彼女の浴衣姿をみたい
… なんて、葵のことを無意識に考えてしまう自分に少し戸惑いを覚えていた
そんなことを考えながら歩いていると、視界の隅に何かがうつる
大通りから外れた小道の先に、水色の浴衣をきた栗色の髪が目に入る
隣に一緒に回っていたマネージャーの姿は見当たらない
迷子か、また気分が優れないのではないか
海堂の足は迷うことなく葵に向かっていた
葵に近づくが、俯いているためこちらに気づいていない
「おい柏木大丈夫か、また具合が悪いのか」
「せん…ぱい……」
こちらを見上げる葵の顔は今にも泣きそうだった
泣いている女子に何て言えばいいのか、
海堂は内心焦っていた
「私、先輩たちとはぐれちゃって、
荷物も持ってもらってたから連絡も出来ないし
なんかもう情けなくて、」
すみません、と小さく言い葵は鼻をずっとすすった
この辺りは土地勘がないと言っていたので、きっと1人で心細かっただろう
頭を撫でそうになった手を、はっと気づき戻す
「お前は背も低いし、この人通りじゃしょうがねえだろ
もう泣くんじゃねえ」
海堂的には精一杯の優しい言葉をかけたつもりだった
「はい、でも海堂先輩と会えたのでよかったです」
葵がこちらを見上げて笑う
少し涙に濡れた瞳がキラキラとして綺麗だった
ポケットに入れたスマホが鳴った
見ると、30分後に鳥居のところに集合だという連絡だった
「30分後に集合だと連絡がきた
俺が連れてってやる、荷物はマネージャーが持ってるんだろ?」
「はい、ありがとうございます
私、道分かんないし助かります」
ここから鳥居までは結構距離がある
さっそく行くか、と大通りに出る瞬間
くっと着ていたシャツの後ろが引っ張られる
何事かと振り返ると、葵が顔を赤らめて海堂のシャツを掴んでいた
「あの、先輩とはぐれたら困るので、つかんでてもいいですか…」
消え入りそうな声で言ってくるので
「別に、いい」と短く返し、足を進めた
きっと自分の顔も彼女のように真っ赤なのだろう
控えめに引っ張られる感触が、非常に彼女らしいと感じた
しばらく行った所で、後ろからうわっと声が聞こえ
シャツがぐっと、引っ張られる
「危ねえ!」
転びそうになった葵をとっさに支えた
「すみません、ありがとうございます」
葵は背も低いので、当然自分とは歩幅も違う
加えて今日は着慣れていないであろう浴衣
それなのに、照れ隠しもあってかずんずんと歩みを進めていた自分に腹がった
「悪い、歩くの早かったな」
パーン
大きな音と光が目に入る、
「あ、花火…」
なんとなく離しそびれた右手が熱い
初めて握った彼女の手は細く、力を込めたら今にも折れそうだ
「きれいですね」
そんな風に笑う彼女の方が綺麗だと、まるで恋愛映画の定番のようなことを思ってしまった
「ああ…」
どうして、テニス一筋なはずなのに
なぜか彼女が気になる、目で追ってしまう
その気持ちが何なのか、まだ答えはわからない
「行くか」
集合時間まであまり時間が無いため、花火はまだ上がっていたが歩みを進める
…繋いだ右手はそのままに
鳥居の近くまでやって来ると、遠くから背の高い部員の頭がちらほら見えだした
そろそろこの手を離さないと、
こんな所を見られたら死ぬほどからかわれるだろう
きっとそれは彼女もいい気持ちにはならないはず
名残惜しいが、手を離そうとした瞬間
小さな手にギュッと力が入る
驚いて振り向くと、葵がさっきよりも顔を真っ赤に染めてこちらを真っ直ぐ見つめていた
繋がれままの彼女の左手が少し震えているように感じた
緊張した面持ちの葵にこちらも力が入る
「あの!…あの、海堂先輩、あの、
今度の休みよかったら、2人でお出かけ出来ませんか、
先輩と行きたい所があるんです」
吃りながら言った葵の言葉が頭の中で反芻する
(この俺と、2人で、出かけたいと)
もしかして、彼女も自分に好意を持ってくれているのでは?
真っ赤な彼女の顔を見ていると、自惚れそうになる
不安げな顔で自分の返事を待っている葵
「…楽しみにしとく」
そう返すと、彼女がぱあっと笑顔になる
「はい!期待しててください!」
「葵ちゃーん!」
マネージャーの声が聞こえた
ぱっとお互い手を離した
行ってこい、と目配せをすると葵はぺこりと頭を下げマネージャーの方へ向かう
と、くるりとこちらを振り返り
「海堂先輩!来週!約束ですよ、絶対ですからね!」
海堂が頷くと、笑顔を見せ
今度こそマネージャーの方へ走っていった
祭りなんて、来る気はなかったが
今となってはわざわざ迎えに来てくれた桃城と越前に感謝だ
柄にもなくそんなことを思った
海堂の右手には熱が残っていた
3/3ページ