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短編

「君は本当に何をしても怒らないな」

10分ほど前に運ばれてきた私の注文したサンドイッチをもぐもぐと咀嚼しながら私の目の前に座る男、岸辺露伴は言った。

「そうですか?」

ちなみに先生(彼が漫画家だと知った時からそう呼んでいる)はついさっき自分が頼んだスパゲティを食べ終わったところだ。

「あぁ。今だって君のサンドイッチを僕は何の断りもなく食べているじゃないか。普通は怒るだろう?」

「んー…でももうお腹いっぱいだからそのサンドイッチは先生にあげようと思ってたしそもそもサンドイッチくらいで怒りませんよ」

「変わってるな君は」

「先生の方が変わってますよ」

そのジグザグのバンダナとか、大人気ないところとか、挙げたらキリがないくらいに。

「今までに怒ったことなんかあるのか?」

空っぽになった先生のスパゲティのお皿が下げられる。

「そりゃあありますよ」

「へぇ!気になるな、どうしてだ?」

サンドイッチを食べ終わった先生は目を輝かせて身を乗り出す。
まだサンドイッチを食べ終わっていない私はなんとなく男女の差を感じた気がした。

「えーっと…なんでだっけ…」

「忘れたのか!?」

「覚えてますよ!ちょっと待ってくださいね」

うーん…と唸り出した私を見て先生は少し呆れた顔になった。

「やれやれ…君はおっちょこちょいだと言われないか?」

「おっちょこちょいですか?あんまり無いですね…おっとり、とかはよく言われますけど」

「おっとり、なぁ。良く言いすぎなんじゃないのか?誰が言ったんだ?」

「失礼ですね。えっと、誰だっけ。」

「それも忘れたのか?」

「仗助くんです!今度はちゃんと思い出しましたよ」

途端にうげ、と苦い顔になる先生。

「あいつか…というより仲良いのか?」

「はい。おかげで一部の女子からあんまり良い印象持たれてないらしいんですけどね…」

仗助くんかっこいいから…と店のベランダから外を見れば車道を挟んだ向かいの歩道に当人である仗助くんと仗助くんと仲の良い億泰くんがいた。

「あ、仗助くんと億泰くんだ」

「なんだって!?おい、大きな声を出すなよ。奴らに気づかれるな」

おーい、と手を振ろうとした私を抑えて先生が言った。

「え?なんでですか?別に良いですけど」

「あいつらと居たら禄なことがない。顔背けてろ」

彼らの姿を目で追っているとぐい、と顔の方向を無理に変えられた。先生も私と同じ方を向いていて傍から見ると不自然な2人組だ。

「それよりもあいつとどうやって知り合ったんだ」

彼らが道を通り過ぎるまでずっとこのままでいるつもりなのか、先生は話を再開した。

「たしか…バスで私が痴漢されてて、その時に助けてくれた人が仗助くんの親戚だった、みたいな感じです。バス降りてお礼言ってたらそこに仗助くんと億泰くんと康一くんが通りかかってそこからですね」

「痴漢されたことあるのか!?なんですぐに僕に言わないんだ!」

「え、だってその時は先生と知り合いじゃなかったですよ」

「なんだって!?つまり僕よりあいつらの方が先に君と知り合ったってことか?」

「まぁ、はい。そうなりますね」

はぁ、と先生は息を吐いてからテーブルに立てた手におでこを乗せ、頭をふるふると横に降った。

「そうだったのか…くそ…負けた気になるな…」

「ふふ、何に負けるんですか」

「なんとなくだよ。フィーリングだ」

滅多に見られない先生の悔しがる姿を笑いながら見ていると、私の影がなにかほかの影に覆い隠された。
影をたどって見てみるとそこには純日本人とは思えない綺麗な顔をした体格の良い不良と肌が浅黒く、目の鋭い、けれども愛嬌のある顔をしたヤンキーがいた。

「あ」

「ん?…あぁ……くそ」

思わず出た声に先生も気づいたのか、心底嫌そうな顔をしたのが目に入った。

「2人とも知り合いだったのかよ!?」

「知らなかったぜ」

彼等は目を丸くして私たちを交互に見る。
彼らの、特に億泰くんの素っ頓狂な顔につい笑ってしまうが、先生は相変わらず苦々しい顔をしている。

彼らと先生の間に何があったのかは知らないけど、きっと先生は知らないのだろう。
相手が先生であることを伏せた私の恋愛相談に乗ってくれほど2人が優しいということを。
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