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スピカを置き去り

 その後、あの赤い女はミナトに新しい小麦の作り方を教えた。その方法は長年農業をやっていたミナトでも知らない方法だった。女は知恵だけではなく、必要な道具や器具を与えた。赤い女はしばらくして村を去った。
 そして月日がたち、ようやく彼が求めていた小麦ができた。
 それはあの2株の小麦をかけ合わせてできた究極の形だった。
 彼はそれを「スピカ」と名付けた。ミナトはスピカを村人に与えた。スピカは悪天候や病気に強く、また多くの量の小麦が採れた。村人たちは大いに喜んだ。ミナトもまた、胸がいっぱいになった。ただ、一つスピカには欠点があった。それは初めてスピカを植えた次の年になって分かった。スピカからとった種からできた小麦は姿形がバラバラなのだ。村人たちは困り果ててミナトに詰め寄った。
「毎年、スピカは僕が用意しよう。ほかのみんなは小麦を作るのに専念してくれ」
 それからミナトは自分の畑でスピカの種を作り、村人に売り始めた。
 始めは安い価格で売り始めたが、だんだんとミナトの中で意地汚い欲がぽつぽつと芽吹き 始めた。村人はこれがないと小麦が作れない、利益が生み出せない。スピカをうまく利用すれば富を独占することができることに気が付いた。彼がこの村の独裁者となるのには時間がかからなかった。
 ミナトは自分にたてつくもの、いうことを聞かないものにはスピカを売らなかったり、高い値段で売りつけたりした。村人はスピカがないと生活ができない。村人はミナトの言いなりになった。
 いくつかの季節が過ぎ、彼は大きな富と権力を持つようになった。
 彼はひそかに甘い瓜を作っていた。彼はあの約束をずっと忘れなかった。あの赤い女の知恵を少し借りて、ようやく完成したのだ。
 多くの富を持ち村の有力者となった自分。そしていつかの約束を守った自分。ミナトの心は決まっていた。彼は金色の麦畑にサラを呼び出した。
「ミナトどうしたの?こんなところに呼び出して……」
 彼女はなぜか暗い顔をしていた。ミナトがスピカを村人たちに与え始めたあたりからサラとはあまり会えない日々か続いていた。
「サラ、前に約束しただろう?君の好きな甘い瓜を何年かかってもの作ってみせるって。ようやくできたんだ。一番に君に食べてもらいたくて」
「覚えてくれたの?」
「ああ。ほら、真っ赤でおいしそうだろ?」
 ミナトは切った果実を皿に盛り、サラに渡した。
「……本当においしそうね」
 サラは果実が乗った皿を受け取り一口食べた。みずみずしく、甘い果実だった。
「甘いわ。うん……本当においしいわ」
「よかった」
 ミナトはサラの様子を見て安心した。そしてサラが食べ終わり、二人で後片付けをした。サラがお茶を入れ、二人が一息ついたときミナトは口を開いた。
「あと、もう一つ話したいことがあるんだ」
 彼女がお茶に口をつけようと瞬間。ミナトは一呼吸おいて言った。
「結婚してほしい」
「えっ……」
 彼女の手からカップが滑り落ちた。カップは割れ、破片は一面に飛び散った。
「君のためにお金持ちになった。この村で一番の発言権を持った。誰も邪魔はしない。君を幸せにできる。結婚して欲しい」
「……」
 サラは俯いたままだった。
「……ごめんなさい。それはできない」
 彼女の予想外の言葉にミナトは固まった。
「もうあの頃のミナトじゃない。貧しくても幸せだったあの頃の……。今のあなたは気に入らないものを追い出して、村の利益を独占するただの独裁者よ。私は独裁者の妻になりたくない。だから、ごめんなさい。結婚はできないわ」
 サラは体を震わせながら言った。
 ミナトの中で何かがはじける音がした。
 彼女のために新しい小麦を作りお金を稼いだこと。
 彼女のためにスピカを盾に村での発言権を持ったこと。
 そして、彼女のために約束を守ったこと。
 彼女のために行ったことが頭の中によぎる。
 頭が真っ白になった彼は、金の麦畑に彼女を押し倒しその首を絞めた。
「アっ…ガッ……」
 苦しい声が聞こえるがそれでも手の力は緩めない。やがて、苦しみから逃れるため暴れていた彼女はおとなしくなった。
「はあはぁ…」
 ミナトはかつて愛した女だったものを見る。乱れた服。泣きはらした顔。抵抗するため力を入れるために握りしめたのだろう手に握られたスピカ。
「ふふふふっ…。あははっ」
 彼は笑った。瞳からあふれる涙に気づかないフリをして。
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