スピカを置き去り
次の日、銀星は大学の講義に出ていた。この日は座学ではなく医学部の教授による学生実験の講義だ。授業を受ける学生と教授の講義を手伝う学生たちで実験室は賑わっていた。
しかし、銀星はこの数日間に起こったことで頭が一杯で実験どころではなかった。上の空の銀星に男が寄って肩に触れた。
「ちゃんと講義は受けてね。銀星くん」
「……司さん。すみません」
司(つかさ)と言う男は、医学部の学生で銀星が所属しているサークルの先輩だ。金色の髪を持ち、目鼻立ちはスッとしていて品のある顔立ちをしている。彼の表情一つ一つは春の風を感じるような温かみがあった。しかし、凍てつく菫色の瞳で見つめられると心が暴かれているようで、銀星は彼の目線が少し苦手だった。司はその心を見透かす目線を銀星に送った。
「少し、顔色が悪いね。大丈夫かい?」
司は銀星の頬に触れた。
「あっ、いえ。バイトで疲れているだけですから」
銀星は、司の女の肌に触るような手つきに顔を赤くした。
「そう……無理しないでね」
「ありがとうございます」
そういって銀星は気を取り直して実験を進めようとした。すると一緒の班の学生に声をかけられた。
「すまない。曙君、そこの薬品をとってくれないか」
机を挟んで向かい側に座っている男子学生は銀星の手元にある薬品を取ってほしいと頼んだ。
「ああ、これか」
銀星が薬品を取ろうとした瞬間、またあの雷鳴が鳴り響く。
「いッ……痛っ!」
頭が絞め付けられるような痛みがした。立っていられず床に倒れこむ。
「銀星くん!」
司の声を遠くで聞きながら銀星の意識は遠のいた。
*******
銀星が目を開けると白い天井が目に飛び込んできた。
「ここは……?」
体を起こしてあたりを見る。するとベッドを仕切るカーテンの向こうから人影が現れた。
「目が覚めたんだね。ここは大学の保健室だよ」
「司さん……。すみません。俺、講義中に倒れて……」
「気にしないで。それより体はどう?」
「大丈夫です。少し寝ていたら大分よくなりました」
「それはよかった。アルバイトもいいけど自分の体も大切にね」
「はい……」
しばらく沈黙が続いた。すると、遠慮がちに保健室のドアを誰かがノックした。
「はい、どうぞ」
司が答えると、一人の男が入ってきた。
「烙純(らくすみ)先輩。水買ってきました」
司は入ってきた男子学生からペットボトルの水を受け取った。
「ありがとう、小野寺くん。あと、悪いが講義をした教授に曙くんの体調は大丈夫ですって伝えてくれないか」
「わかりました」
彼は司と銀星に軽く会釈をすると足早に保健室から出ていった。
「はい、これ飲んで。喉が渇いただろう」
そう言って司は男子学生が買ってきた水を渡した。銀星はお礼を言って受け取り、一口飲んだ。
「うん。顔色がさっきより良くなったね」
銀星は先ほど実験室で司に触れられたように優しく頬を撫でられた。
「ありがとうございます。俺、皆に迷惑をかけて」
「気に病むことではないよ。教授も今日の講義は出席扱いにするって言っていたし」
「そうですか……」
「それより、どうしたんだい。アルバイトで何かあったのかい?」
司はまるで銀背の心を除くような目線で見つめた。
「司さんに隠し事はできませんね……」
銀星はこの数日のことを司に包み隠さず話した。
「……俺はあの絵の呪いのせいだと思うんです。俺は知りたいんですあの絵のことを」
呪い。だなんて、この時代にあるわけない、信じてもらえないと銀星は半ば諦めの気持ちでいた。しかし、司は真剣に銀背の話を聞いていた。
話が終わるとしばらく司は考え込んで、銀星を見つめた。
「……銀星くんの頭痛は呪いが原因かどう分からないが、俺は呪いと言う存在はあるとおもうよ」
「えっ」
司の意外な言葉に銀星は驚いた。
「俺が銀星くんにこんなことを言うのは変だと思うかもしれないが、呪いと言う因果は確実に存在するよ」
「因果?それはどういうことですか?」
「呪いと言うものは何か行動を起こした結果にすぎない。いいことにしても、悪いことにしても何か行動をして得られた結果がその人にとって悪い方向に向かったらそれは呪いと呼ぶだろうね。」
「……」
銀星は黙って司の話を聞いていた。何か行動を起こす。それがもし呪いという結果になろうとも銀星は真実を知りたかった。
「司さん。俺、湊に聞いてみます。それがどんな結果になっても」
「……そうか。銀星くんが決めたのだから俺は止めないよ」
銀星はベッドから出て、保健室から飛び出した。
そんな銀星の背中を司は見つめる。
「……呪い、という存在を甘く見てはいけないよ。それは重く永遠に外すことができない鎖のような、後悔なのだからね」
しかし、銀星はこの数日間に起こったことで頭が一杯で実験どころではなかった。上の空の銀星に男が寄って肩に触れた。
「ちゃんと講義は受けてね。銀星くん」
「……司さん。すみません」
司(つかさ)と言う男は、医学部の学生で銀星が所属しているサークルの先輩だ。金色の髪を持ち、目鼻立ちはスッとしていて品のある顔立ちをしている。彼の表情一つ一つは春の風を感じるような温かみがあった。しかし、凍てつく菫色の瞳で見つめられると心が暴かれているようで、銀星は彼の目線が少し苦手だった。司はその心を見透かす目線を銀星に送った。
「少し、顔色が悪いね。大丈夫かい?」
司は銀星の頬に触れた。
「あっ、いえ。バイトで疲れているだけですから」
銀星は、司の女の肌に触るような手つきに顔を赤くした。
「そう……無理しないでね」
「ありがとうございます」
そういって銀星は気を取り直して実験を進めようとした。すると一緒の班の学生に声をかけられた。
「すまない。曙君、そこの薬品をとってくれないか」
机を挟んで向かい側に座っている男子学生は銀星の手元にある薬品を取ってほしいと頼んだ。
「ああ、これか」
銀星が薬品を取ろうとした瞬間、またあの雷鳴が鳴り響く。
「いッ……痛っ!」
頭が絞め付けられるような痛みがした。立っていられず床に倒れこむ。
「銀星くん!」
司の声を遠くで聞きながら銀星の意識は遠のいた。
*******
銀星が目を開けると白い天井が目に飛び込んできた。
「ここは……?」
体を起こしてあたりを見る。するとベッドを仕切るカーテンの向こうから人影が現れた。
「目が覚めたんだね。ここは大学の保健室だよ」
「司さん……。すみません。俺、講義中に倒れて……」
「気にしないで。それより体はどう?」
「大丈夫です。少し寝ていたら大分よくなりました」
「それはよかった。アルバイトもいいけど自分の体も大切にね」
「はい……」
しばらく沈黙が続いた。すると、遠慮がちに保健室のドアを誰かがノックした。
「はい、どうぞ」
司が答えると、一人の男が入ってきた。
「烙純(らくすみ)先輩。水買ってきました」
司は入ってきた男子学生からペットボトルの水を受け取った。
「ありがとう、小野寺くん。あと、悪いが講義をした教授に曙くんの体調は大丈夫ですって伝えてくれないか」
「わかりました」
彼は司と銀星に軽く会釈をすると足早に保健室から出ていった。
「はい、これ飲んで。喉が渇いただろう」
そう言って司は男子学生が買ってきた水を渡した。銀星はお礼を言って受け取り、一口飲んだ。
「うん。顔色がさっきより良くなったね」
銀星は先ほど実験室で司に触れられたように優しく頬を撫でられた。
「ありがとうございます。俺、皆に迷惑をかけて」
「気に病むことではないよ。教授も今日の講義は出席扱いにするって言っていたし」
「そうですか……」
「それより、どうしたんだい。アルバイトで何かあったのかい?」
司はまるで銀背の心を除くような目線で見つめた。
「司さんに隠し事はできませんね……」
銀星はこの数日のことを司に包み隠さず話した。
「……俺はあの絵の呪いのせいだと思うんです。俺は知りたいんですあの絵のことを」
呪い。だなんて、この時代にあるわけない、信じてもらえないと銀星は半ば諦めの気持ちでいた。しかし、司は真剣に銀背の話を聞いていた。
話が終わるとしばらく司は考え込んで、銀星を見つめた。
「……銀星くんの頭痛は呪いが原因かどう分からないが、俺は呪いと言う存在はあるとおもうよ」
「えっ」
司の意外な言葉に銀星は驚いた。
「俺が銀星くんにこんなことを言うのは変だと思うかもしれないが、呪いと言う因果は確実に存在するよ」
「因果?それはどういうことですか?」
「呪いと言うものは何か行動を起こした結果にすぎない。いいことにしても、悪いことにしても何か行動をして得られた結果がその人にとって悪い方向に向かったらそれは呪いと呼ぶだろうね。」
「……」
銀星は黙って司の話を聞いていた。何か行動を起こす。それがもし呪いという結果になろうとも銀星は真実を知りたかった。
「司さん。俺、湊に聞いてみます。それがどんな結果になっても」
「……そうか。銀星くんが決めたのだから俺は止めないよ」
銀星はベッドから出て、保健室から飛び出した。
そんな銀星の背中を司は見つめる。
「……呪い、という存在を甘く見てはいけないよ。それは重く永遠に外すことができない鎖のような、後悔なのだからね」