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掌篇集

 その地は楽園と呼ばれていた。
「うああああ〜涼しい〜〜〜〜」
「今どき教室にクーラーないのマジ拷問だって」
「うるさいよ〜。涼むのはいいけど、静かにしなさい」
 司書教諭に注意され、生徒たちは首を竦めて顔を見合わせた。
 校内で、学生が使用できる施設で唯一クーラーの設置された場所、それが図書室。夏場のうだるような暑さは生徒たちの体力をガリガリと削っていき、限界が来た生徒たちが入れ代わり立ち代わり図書館でつかの間の休息を得ていくのだ。
 生徒たちは、図書館を楽園と呼んだ。
 楽園の管理者たる司書教諭は、真っ当な利用者の邪魔をしない限りは涼みに来る生徒たちを黙認してくれている。
 なにせ、友達と喋ることもできず手持ち無沙汰の生徒たちは、本棚を眺めるともなしに眺めて気になった本を借りていくようになった。司書教諭としては、嬉しい効果である。
 だが、昨今の夏の気温上昇は命の危険さえ感じる程だ。熱中症で倒れる生徒でも出てしまったら問題で、クーラーの各教室への設置は可及的速やかに解決されるべき課題である。まだ生徒たちには知らせていないが、設置の方向で学校も動いている。
 そうなれば、この図書館の賑わいもおさまるだろう。つかの間の楽園である。
 図書室に来なくなる生徒は多いだろうが、この冷房をきっかけに本に触れたものも居る。
 司書教諭は、要望数の増えた本の購入リクエストに目を通しながら微笑む。
 この図書室は涼を求めるための楽園でなくなるかもしれないが、本を求める者にとっては変わらず楽園であり続けるのだ。
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