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掌篇集

 視界の外から迫ってきた軽自動車。
 あ、と思った次の瞬間、空を飛んでいた。

「いやー、生きててよかったな!」
 ケラケラと笑う友人は、自分で持ってきた土産の果物をもりもり食べている。
 空を飛んだ俺は運良く歩道に落ち、全治ニヶ月の骨折と打撲と擦過傷で入院するだけで済んだ。
「相手の運転手、心臓発作だったんだって?」
「向こうのほうが重症なんだよ……。手術してまだ意識戻らないって言うし」
「ふーん……。お前は被害者だからな。あんまり気にすることないぞ」
 葡萄をひと粒口に放り込んだ友人は、思ったより真面目な顔をしていた。
「お前も人がいいからな。自分は生きてたから、とか思ってるかもしれんが、ちゃんと貰うもんは貰えよ」
「わかってるよ。俺もそこまでお人好しじゃない。交渉は保険会社の方に任せてるから大丈夫だよ」
「ならいいけどな。なんかあったら言えよ」
「おう」
 心配性な友人は、いつも我が事のように俺のことも心配してくれる。いいやつだが、お前持ってきた果物自分で食い尽くす気か。俺一口も食ってないんだが。
「お前、それ俺への見舞いじゃねぇのかよ」
「ん、なんか思ったより元気そうで安心したら腹減っちまってな」
「俺にもよこせ」
 口を開けると、一口大に切ったメロンが放り込まれる。うまい。
 飲み込んで口を開け、また果物を放り込まれる流れを繰り返す。
「ほういえばはぁ」
「飲み込んでから喋れよ。何言ってんのかわかんねぇ」
「空飛んだ時にさ、走馬灯っぽいものを見たわけよ。今までの人生がばーっと。今思うと、それがほとんどお前と一緒でさぁ。笑っちまうよな。どんだけ一緒にいるんだっての」
「……これからもぜってぇ離れねぇけどな」
「え、なんか言った?」
「いや? ほら、こっちも食えよ美味いぞ」
 口にパイナップルを突っ込まれて大人しく咀嚼する。
「めちゃくちゃうまい」
「だろ。次もうまいもん持ってきてやるよ」
「やった〜。助かる〜」
 食事制限がなくてよかった。友人の選ぶ食い物に外れはない。入院中の楽しみになりそうだ。
 まさか、こいつがこれから毎日おやつを持って見舞いに来て、退院の日にはレンタカーで迎えに来て、いつの間にか一緒に暮らすことになるとはこの時の俺は想像もしていなかったのだった。
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