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掌篇集

 ずっと希望していた研究室に入る事が出来て、よーし研究頑張っちゃうぞーと浮かれていた私ですが、只今絶賛班長に怒られ中です。
「冷蔵庫内の食品は、名前の書いてあるものは勝手に食べちゃ駄目って、初日に教わりませんでしたか?」
「教わりました……」
「なんで食べちゃったの」
「プリンに浮かれて……よく見てなくて……」
 私、プリン大好きなんで……。
 プリン狂が増えたなぁって、室長どういう事ですか。
 ため息をついた班長は、半分ほど食べたプリンを前に小さくなっている私を見下ろした。
「ごめんね、私もこんな事で怒りたくないんだけど、プリンについてはほんと面倒くさい奴がいるから気をつけてほしい。プリン以外は、全然大丈夫なんだけど、プリンは駄目」
「え、プリンが駄目なんです? 人の食べちゃったのが駄目なんじゃなくて?」
「間違える事は誰にでもあるから、反省してもらえればいいわ。私も徹夜明けでぼーっとしてて室長のお昼ご飯と取り違えたことあるし」
「色々佳境に入るとみんな研究以外に頭働かなくなってくるからねぇ。そこら辺はほら、わざとじゃなければお互い様でね」
 班長と室長はうなずき合う。
「でもプリンは駄目」
「なぜ」
「俺のプリン!!!!!!!!」
 理由を尋ねようとした私の声に被さる大音声。
 声の主は部屋の入口で絶望に顔を青ざめさせている先輩。
「あ、あの、すみません、私がうっかり食べちゃって」
「何故だ!!!! 俺の唯一の楽しみが!!!! こんな酷いことがあっていいのか!!!! いや、良くない!!!!」
「うるさ」
 班長が顔を顰めてつぶやいている声がかろうじて聞こえる。先輩は、まるで舞台上でスポットライトを浴びているかのように大仰な身振りでプリンを私に食べられた悲しみを表現している。たぶん。
「彼、プリンさえ関わらなければいい研究者なんだけどねぇ」
 しみじみと室長が言って、お茶をすする。班長と室長はもう慣れっこなのか、平然としている。いや、班長はとてもうるさがっているけども。
「しばらくプリンに対する愛とプリンを食べられない悲しみの語りが続くから、今のうちに同じの買ってきな。坂の上のケーキ屋さんのやつだから、それ」
「あ、はい」
 班長が裏口を示して教えてくれたので、私は財布を持ってケーキ屋さんに急ぐ。
「相手を責めないのはえらいんだけど、声がでかいからひたすらにうるさいのよね」
 私を見送ってくれた班長の言葉に、『プリンは駄目』の理由を理解した。
 冷蔵庫のプリンには触るべからず。班長と室長の分も買ったプリン片手に、私は研究室のルールを心に刻みつけるのだった。
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