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掌篇集

 私には、君を幸せにする義務がある。
 そう、義務だ。君の命の終わりまで面倒を見ると決めた時から、それは私の至上命題であり、何を持ってしても達成すべき目的になった。
「ケダマちゃーん。診察室へどうぞー」
 私の返事より前に、怒りに満ちた唸り声がキャリーケースの中から応える。
 いそいそと診察室の中に入ってキャリーケースを開けると、今度はびったりとケースの奥に張り付いて出てこない。
 AHTさんと二人がかりでケダマを引きずりだして、ついでに副産物としていくつかの赤い筋を腕に貰って、何度目かの健康診断と相成った。
「うん、いい感じに体重増えてきてるね。6.3㎏」
 小太りでメガネの獣医師は、気の優しそうな顔でそう言いながらケダマの全身をチェックした。怪我をしていた後ろ足周りは念入りに。
「6.3㎏……太り過ぎとかはないですか」
 一般的にオス猫でも大きめサイズの体重である。ケダマは毛量が多いため、なかなか外見で肉付きがわからない。そしてまだ気軽に体を触らせてもらえない。念のため確認すると、獣医師は明るく否定した。
「ぜーんぜん平気。この子多分もうちょっと大きくなるね。毛並みからいっても大型種の血が入ってるし、足も大きいから」
 そっかぁ……まだまだでっかくなるか。私は、手持ちのキャリーケースをリュック型のもう一回り大きいものに買い替えることを決めた。
「あ、あの、ケダマ、うちの子にすることに決めました」
「あ、ほんとに? そっかー、よかったなケダマ。……ケダマって名前はそのまま?」
「当然ですが? え、なにか思うところがお有りで?」
「いや、何もないです……」
 もの言いたげな獣医師に圧をかけると、カルテに視線を落として誤魔化された。
 かわいいだろうがケダマ。見た目そのままで。
「ケダマくん、野良歴長いから打ち解けるまで時間かかるかもしれないけど、根気強く頑張ってね」
「大丈夫です。最近、触っても嵐吹くだけで猫パンチは飛んでこなくなったんで」
「うん、大丈夫そうだね」
 噛まれたらちゃんと人間の医者に行くように、と念を押されて、健康診断は終わった。
「健康体だって。よかったねぇ、ケダマ」
 抗議に鳴き喚いていた行きと大違いで、むっすりとだまりこくったケダマに話しかける。
 ケダマの体格だとそこそこ運動したほうがいいから、マンション暮らしならば上下運動ができるような家具配置にするといいと言われ、模様替えとともにキャットタワーの購入も決意した。
「ケダマ、一緒に幸せになろうね。めいっぱい、幸せにするからね」
 それは祈りであり、私の負った義務であり、そして決意である。
 この小さくて大きな命を、私は幸せにするのだ。
 ケダマはうんともすんとも言わなかったし、家についてから怒りの運動会でけりぐるみが一つボロ雑巾になったが、それは些細なことである。
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