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掌篇集

「…………………………………」
 彼女はそっと鍋の蓋を閉めた。
「あれ、どうしたの?」
「いや……今日ってさ、魚、一人一尾?」
 台所に入ってきた母に、彼女はそう尋ねる。彼女が覗いた鍋の中には、鰯の生姜煮が敷き詰められていた。
「んー、一人2尾くらいはあるけど。……なんで?」
 逡巡した後に顔をしかめた彼女は、絞り出すように答えた。
「頭、無理……」
「はぁー? あんたそんな繊細だった?」
「だってこっち見てるじゃん! 見てるじゃん!」
 これから食べるものに見られながら美味しく食べられるほど、自分は図太くないのだと彼女は訴える。
 彼女を呆れた顔で見ていた母は、それでも「あんたの分は頭とってあげるわよ……」と約束してくれた。
 憂いのなくなった夕飯は大変に美味しかった。
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