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掌篇集

「志望校に合格できますように」
 偶々カバンの中にあった饅頭を備えて両手を合わせたのは、裏山で見つけた小さな祠。
 それから一年後、僕は見事第一志望の学校に合格した。
 コツコツ勉強した結果である。
「あんた、お願いしたんだからお礼行きんさい」
 炬燵の上の饅頭を見て、裏山の祠のことを思い出して祖母に言ったところ、返ってきたのはそんな言葉だった。
「えー、でも僕が頑張ったんだよ」
「かみさんはあんたが頑張れるように見守ってくださるんよ。それに、裏山のかみさんは蛇神さまやけ、お礼せんと怒られるよ」
「……はぁい」
 そうして、僕は祖母が用意してくれた赤飯をもって、裏山に登ることになったわけである。
「おかげさまで第一志望に合格する事ができました。有難うございました」
 赤飯の包みをお供えして、両手を合わせる。
「あいてっ」
 上からなにか降ってきて、頭に当たって地面に落ちた。
「……石?」
 どこから?
 上を見ても、祠のある場所は少し開けた場所にあって、石が落ちてくるような崖やらはない。
 落ちてきた石は、つるりとしてひし形に整っている。まるで、鱗のような形だ。
「…………なんてな」
 僕は石を拾い上げ、祠と見比べる。
「これ、もらっていいんですか?」
 反応はない。当たり前だけれど。
 当たり前だけれど、ホッとしたような残念なような奇妙な気持ちで、僕は石をポケットに入れた。
「頂いていきます。有難うございます」
 一礼して山を降り、祖母に事の次第を報告した。
「あんれま、あんた気に入られたね」
「まじかー……やっぱそういうアレかー……」
 実のところ、そうかなーとは思っていた。
「ばあちゃん、もうお山に登るのもしんどいけぇ、来月からあんたがお世話しな」
「え、あの祠うちのなの?」
「そりゃそうよ。うちの山にあるんやけ、うちがお祀りせななぁ。頼んだで」
 なし崩し的に祠の管理を押し付けられたわけだが、なんとなく僕もそうしなければならない気がしていた。
 不思議なことに、あの祠に行ってから、なんとなく運がいい。
 宝くじが当たるような運ではない。急いで駅に駆け込んだら、ほんの少しだけ電車が遅れてて滑り込め、遅刻せずに済んだとか。なんとなく折りたたみ傘を持って出ると雨が降るとか。食べたかったパンがギリギリ買えたたか。
 そういう、些細だけれどちょっと嬉しくなる幸運が……幸運なのか? わからないけれど、そういうものが僕の生活の一部になっていた。
 多分、祠の世話をしてほしいから奮発したんではなかろうか。だって僕、合格しかお願いしてないし。
 祠の世話は正直面倒ではあるが、もともと裏山は僕の散歩コースでいつも登っているのだ。そのついでにちょこちょこ手を入れれば文句もないだろう。
 ねぇ、神様。
 だからもう、夢に出てきてなにか言いたげな目で僕を見るのやめてくださいね。
 いいことがあるたびに「どうだ!」と言わんばかりの目で見つめてきて。
 でかい蛇に見つめられるのは、結構居心地が悪い。
 けれど、だんだんドヤ顔の蛇が可愛く見えてきてもいて、ため息をつく。
「なんか段々ペットみたいな感じしてきたんだよな……」
 その日見た夢では蛇神様はご立腹だった。ペット扱いは嫌だったらしい。
 僕は夢の中で平謝りして、起きてから饅頭と煎餅を御供えに行く羽目になったのである。
 神様って、難しいなぁ……。
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