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掌篇集

「ねぇねぇ、披露宴でこれ流すのどう?」
 目の下をクマで真っ黒にした男は、そう言いながら私にパソコンの画面を見せた。
 エンターを押すと、私と彼の子供時代からの写真のスライドショーとともに、柔らかな男声の歌声が流れてくる。
「どう見ても生命会社のCMだからやめなさい」
 そもそも披露宴の予定はないし、さらに言えば結婚の予定も今のところない。
「ていうか、君、仕事の納期じゃなかったの? 明日締め切りって言ってなかったっけ」
「ううん。締切は今日中。明日の始業までは今日」
 真顔で何か真っ黒々な事を言っている。
 この男、普段はリビングで仕事をしているが、締切が近づいてきたり修羅場になると普段物置にしている小部屋に籠もりだす。通称缶詰部屋。そこにはノートパソコンとマグカップがギリギリ乗るサイズの机と、背もたれのない椅子だけが荷物の隙間に置かれている。
 その缶詰部屋から出てきたから仕事が終わったのかと思いきや、作っていたのは全然関係ないスライドショーだったらしい。ほんとに何やってんだ。
「うええええもう疲れたよぉおおおお終わらないよぉおおおお」
 ソファに座る私の腰に抱きついて駄々をこね始めたあたり、限界も近い。そういえば、8割がた終わってたのにクライアントの上層部の一声で全部ひっくり返ったとか言ってたな。
「君、もう締切延ばす方に力注いだほうがいいんじゃないの」
「もうやった。だめだった」
 もう二度とあそこと仕事しない……と呻く恋人の頭を撫でて、どうしたもんか、と空を仰ぐ。もちろん見えるのは我が家の天井であるが。
 同業でもなく、同業であっても守秘義務という物があり、私が彼の仕事を手伝う事は出来ない。
「明日、終わったら一緒に寝てあげるから頑張れ。それで、起きたら角のレストランでディナーコース食べよう」
 明日は平日で、本来私は仕事に行く。在宅仕事の彼と違って私は出社が必要なのだ。普段はそれで問題ないのだが、こういうメンタルが弱ったときは一人が寂しいと泣き出すので、今回は先手を打って有給をとる事にした。私、とても優しいのでは?
「ほんとに? 一緒に居てくれる?」
「いいよ。有給消化しろってこないだ怒られたところだし。だから頑張りな。君ならなんとか出来るさ」
「うう、頑張る……。僕なら出来る……出来る……」
 虚ろに呟きながら缶詰部屋に戻っていった後ろ姿はさながら幽鬼だったが、なんとか集中力が戻ったのならばいいことである。
 あそこまでの修羅場は数年に一度レベルなので、今回は本当に案件運が悪かったのだろう。
 後で眠気覚まし用の苦いコーヒーでも持って行ってやろうと思いながら、私は夜更かしの為に読みさしの本を開くのだった。
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