掌篇集
祖母の部屋に入るなり目に飛び込んできた光景に、沙綾は立ち竦んだ。
「すごい」
一言だけこぼれ落ちた声に、祖母はおかしそうに笑う。
「まぁ、普段着ばかりだけどねぇ。数だけはあるのよ」
祖母が箪笥から引っ張り出してきたのは、祖母や祖母の姉妹たちが娘時代に着ていた着物たちだ。
着物が着てみたいと言った沙綾のために、奥に仕舞い込んでいたものを出してくれたのだ。
「まだまだあるけど、今日はね、春のお花だけにしといたわ」
そう言って、一枚一枚広げて見せてくれる。
山吹色の地に真っ赤な椿がぽんぽんと咲いている紬、紫の地に大きな白い牡丹の花をモチーフにした銘仙、空色の地に友禅で桜が描かれた付下げ、濃紺の地に小さな梅の花が散りばめられた可愛らしいウール、次々と引き出される着物たちに沙綾の目が輝く。
「すごいね、おばあちゃん、ここだけ春みたい」
この家の辺りにはまだ春の訪れは遠いが、座る祖母と沙綾の周りには沢山の着物が広げられ、まるで花畑の中に居るような華やかさだった。
「そうよ。春は短いからね。着るもので楽しまないと損でしょ」
祖母はそう言って、着物に合わせる帯や帯揚げ、帯締め、帯留め、半衿を見せてくれる。
そうなれば、それから始まるのは実際に羽織ってみてのファッションショーだ。
「あら、丈は大丈夫だけど、裄が少し足りないわねぇ。今の子は腕が長いのね」
「あ、大丈夫だよ。こういうの着けると可愛いでしょ」
沙綾が祖母に見せた画面には、レースとフリルで作られたアームカバーが映し出されている。着用モデルの女性は着物姿で、着物の袖口からレースがチラ見えするのが可愛いのだと沙綾は力説した。
「まぁまぁ、よく考えるのねぇ。こっちはブラウスを下に着ているのね? まぁまぁまぁ」
感心して何度もうなずきながら、祖母はまじまじとモデルの写真を見つめる。
「いいわねぇ。帽子を被るのも可愛いわねぇ」
「でしょ? おばあちゃんもこういうの好きだと思ったんだー」
好感触に、沙綾もまたにこにこと笑う。自分の好きなものを、近しい人に認めてもらえるのは嬉しいものだ。
「ねぇ、来週おばあちゃんも一緒に着物着てデートしようよ。デパート行ってさ、パフェ食べるの」
「あら、沙綾ちゃんはパフェを奢ってほしいでしょう」
ぺろりと舌を出す孫を小突いて、だが祖母は嬉しそうに頷いた。
「最近、遠出もしていなかったものね。デートしましょ」
「うん! じゃぁ来週着る着物選ばなきゃ」
祖母と孫がまるで同年代のようにきゃっきゃと遊んでいると、仕事から帰ってきた母が突撃してきたり、「なにそれお母さんも行く!」と言い出したり、最終的に何故か祖母と沙綾の友人まで一緒にパフェを食べに行くことになっていた。
そして、5人で着物で遊びに行く会はその後も定期的に開催され、その会ごとにテーマを決めるようになった。例えば、夏ならば「祭り」、水族館に行くときは「魚」といったようなものである。
「ねぇ沙綾、次の着物会のテーマはどうしようか。お花見だけど、桜じゃありきたりだし」
母に尋ねられた沙綾は、少し考えてからぴっと人差し指を立てた。
「春爛漫! で、どうでしょ?」
「すごい」
一言だけこぼれ落ちた声に、祖母はおかしそうに笑う。
「まぁ、普段着ばかりだけどねぇ。数だけはあるのよ」
祖母が箪笥から引っ張り出してきたのは、祖母や祖母の姉妹たちが娘時代に着ていた着物たちだ。
着物が着てみたいと言った沙綾のために、奥に仕舞い込んでいたものを出してくれたのだ。
「まだまだあるけど、今日はね、春のお花だけにしといたわ」
そう言って、一枚一枚広げて見せてくれる。
山吹色の地に真っ赤な椿がぽんぽんと咲いている紬、紫の地に大きな白い牡丹の花をモチーフにした銘仙、空色の地に友禅で桜が描かれた付下げ、濃紺の地に小さな梅の花が散りばめられた可愛らしいウール、次々と引き出される着物たちに沙綾の目が輝く。
「すごいね、おばあちゃん、ここだけ春みたい」
この家の辺りにはまだ春の訪れは遠いが、座る祖母と沙綾の周りには沢山の着物が広げられ、まるで花畑の中に居るような華やかさだった。
「そうよ。春は短いからね。着るもので楽しまないと損でしょ」
祖母はそう言って、着物に合わせる帯や帯揚げ、帯締め、帯留め、半衿を見せてくれる。
そうなれば、それから始まるのは実際に羽織ってみてのファッションショーだ。
「あら、丈は大丈夫だけど、裄が少し足りないわねぇ。今の子は腕が長いのね」
「あ、大丈夫だよ。こういうの着けると可愛いでしょ」
沙綾が祖母に見せた画面には、レースとフリルで作られたアームカバーが映し出されている。着用モデルの女性は着物姿で、着物の袖口からレースがチラ見えするのが可愛いのだと沙綾は力説した。
「まぁまぁ、よく考えるのねぇ。こっちはブラウスを下に着ているのね? まぁまぁまぁ」
感心して何度もうなずきながら、祖母はまじまじとモデルの写真を見つめる。
「いいわねぇ。帽子を被るのも可愛いわねぇ」
「でしょ? おばあちゃんもこういうの好きだと思ったんだー」
好感触に、沙綾もまたにこにこと笑う。自分の好きなものを、近しい人に認めてもらえるのは嬉しいものだ。
「ねぇ、来週おばあちゃんも一緒に着物着てデートしようよ。デパート行ってさ、パフェ食べるの」
「あら、沙綾ちゃんはパフェを奢ってほしいでしょう」
ぺろりと舌を出す孫を小突いて、だが祖母は嬉しそうに頷いた。
「最近、遠出もしていなかったものね。デートしましょ」
「うん! じゃぁ来週着る着物選ばなきゃ」
祖母と孫がまるで同年代のようにきゃっきゃと遊んでいると、仕事から帰ってきた母が突撃してきたり、「なにそれお母さんも行く!」と言い出したり、最終的に何故か祖母と沙綾の友人まで一緒にパフェを食べに行くことになっていた。
そして、5人で着物で遊びに行く会はその後も定期的に開催され、その会ごとにテーマを決めるようになった。例えば、夏ならば「祭り」、水族館に行くときは「魚」といったようなものである。
「ねぇ沙綾、次の着物会のテーマはどうしようか。お花見だけど、桜じゃありきたりだし」
母に尋ねられた沙綾は、少し考えてからぴっと人差し指を立てた。
「春爛漫! で、どうでしょ?」