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掌篇集

「どちらがいい?」
 そうきかれて、「そっちでいいよ」と何気なく答えた。
 確か、ペットボトルの飲み物だとか、そんな他愛ないものだった。
 特に深い考えもなく出た言葉に、彼は少しだけ寂しそうに笑った。
「君は、いつも『それ“で”いい』と言うよね」
 僕は本当に何も考えずに出た言葉だったから、彼の言葉に虚を衝かれて黙り込んでしまった。
 そして考える。そんな事を言っていただろうか、と。
 しかし、思い当たるほどに深い考えがあったわけでもなく、僕は首を傾げる他なかった。
 君はそんな僕を責めるでもなく、ただ微笑む。
「ごめんね、僕が気にし過ぎなんだと思う。『それ“で”いい』って言われると、君がちゃんと欲しい物を望んでくれてるのか心配になっちゃって」
 僕が譲ってばかりいるのではないかと、心配なのだと彼は言った。
 とても、優しい人だった。
 僕の、優柔不断故の適当な言葉すら憂える程に。
 とても、優しくて、いいやつで。
 そんなだから、神様に愛されてしまった。

 いつも、彼の命日は雲ひとつない晴れだ。
 彼の家名の彫られた御影石の前に線香を供える。安い白檀の匂いは彼には似合わなかった。
 仏花もどうにも彼のイメージに合わなくて、白いマーガレットを選んだ。
 灰色の石に相対して、目を閉じて両手を合わせる。祈りはしない。安らかに、だなんて。
 僕を置いていきやがって。
「僕は、君とずっと一緒が良かったよ」
 既に居ない彼に、届くはずもないけれど。
 たった一つの望みを呟いて、僕は墓前をあとにした。
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