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掌篇集

 ぴかぴかに磨いた爪。校則違反だけど、センセイにバレないように塗ったベージュピンクのネイル。
 ビューラーとマスカラで上げたまつげに、プチプラだけど昨日買ったばかりの新色のリップ。
 テンションの上がる、あたしの『カワイイ』ものたち。
「ね、今日のあたし、めっちゃ盛れてない?」
 きれいに引けたアイラインと新しいリップが嬉しくて、隣のあの人にウザ絡みしちゃう。
 でも、あの人は優しいから、読んでいた本から顔を上げて、ふんわりと笑って「ほんとだ、可愛いね」って言ってくれた。
 でしょー、って笑って、あたしは本に視線を戻したあの人の横顔を盗み見る。
 優等生で、校則違反なんてしないあの人は化粧もしない。ネイルなんて塗らないし、マスカラもしないしアイラインだって引かない。
 でも、リップだけは色付きのリップクリームをしてる。だって、あたしとお揃いで買ったんだもん。
 今日は新色のリップが嬉しくてつけてきたけど、普段はあたしもお揃いのリップをつけてる。
 おそろいって、いい響きだよね。トクベツって感じ。
 くふん、と笑ったあたしの声が聞こえたのか、あの人がまた顔を上げた。
「リップ、新色?」
「うん。昨日買ったの」
 くすくすと笑って、「だからそんなに嬉しそうなんだ」ってつぶやく。
 そりゃ新色のリップはあたしの『カワイイ』を大変に刺激してくれたお気に入りだけど。
 あたしがこんなに浮かれてるのは、あなたに『カワイイ』って言ってもらえたからだよ。
 だけどあたしは、口に出さずににっこりわらって肯定する。嘘じゃないけど、ホントでもない。
「ふーん……。ね、前のリップはもう使わないの?」
「え、めっちゃ使うし。今日はね、新色リップ使いたかったの!」
「そっか」
 そんな、ほっとしたみたいな顔しないでよ。お揃いのリップが『トクベツ』なのは、あたしだけじゃないんだって嬉しくなっちゃうじゃん。
「ねぇ、今週末空いてる? 昨日新しいカフェ出来てるの見つけたんだぁ」
 浮かれた気持ちのままに言葉を紡げば、彼女は眉尻を下げた。
「ごめんね、週末は予定があるから」
 そのはにかんだ表情で、あ、彼氏だなって、わかった。冷水を浴びせられたみたいに、一気に頭が冷えた。
「そっかぁ。じゃあ仕方ないなぁ。あ、じゃあカフェの場所教えてあげるよ」
 ちゃんと笑えてるかな、あたし。
 彼女は首を振って、最初はあたしと一緒に行きたいから、って申し出を断った。
 あたしは泣きたくなって、唐突に「トイレ!」って叫んで教室から駆け出した。途中でセンセイに会ったけど、やっぱり「トイレ!」って叫んだら何も言われなかった。後でなんか言われるかもしれないけどどうでもいい。
 トイレの中で、きれいに引けたアイラインが歪まないように必死で涙をこらえる。
 ああ、たしかにあたしは『トクベツ』なんだ。
 彼女の中で、あたしは『トクベツ』。
 『トクベツ』な、友達。
 別の『トクベツ』が欲しいあたしの欲張りな心は、今日もないものねだりに泣いている。
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