君たちに会いに
幾度か、彼らの姿を見た。
調べて見れば、彼らの制服は市内の中学のもので、笑えるくらい近くに居たものだと三郎は唇を歪ませた。
小学生や中学生の行動範囲などたかが知れていて、合併続きで広さだけは県下一のこの町で、学区が異なればそう顔を合わせる事もなかったのだ。
そうとわかってみれば、少し行動範囲をずらすだけで容易に彼らの生活圏に入り込めた。
けれど、声をかけることは出来なかった。
遠くから見た彼らは、昔と変わらずに馬鹿をやって笑って、じゃれあっていて。
だからこそ、近寄ることすら出来なかったのだ。
彼らの世界はそこだけで完結していて、三郎が入る隙間はないように見えた。
(……私は、必要ないのかも知れない)
そもそも、彼らは本当に自分のことを覚えているのだろうか。
……素顔すら見せることのなかった自分のことを?
息苦しさを感じ、三郎は胸を押さえた。
それから、三郎は彼らの様子を見に行くことをやめた。
拒絶が怖かった。彼らが、未知のものを見る目で自分を見ることが。
それを想像するだけで胸が苦しくて、三郎は全てを遮断した。
彼らがまたこの世に生まれ、かいま見れただけでよかったと思おう。
そう念じて、三郎はそっと目と耳を塞いだのだった。
春になり、三郎は、市外の進学高に入学した。
入学式に見慣れた顔があった事に、三郎は息が止まりそうになった。
何故、と問いたいくらいだった。
まさか、あいつらまで一緒だなんて!
幸か不幸かクラスは離れたが、三郎は息を潜めて学校生活を過ごすようになった。
関わることが恐ろしい。「他人」と認識されることが、恐ろしくてたまらなかった。
けれど、街とは違い狭い校内。学年も同じならば、近づかずにいることは難しい。
その日三郎は、移動教室の為に進む廊下の先に、見知った顔を見つけた。
不破雷蔵。三郎が、学園時代の大半で顔を借りていた友だ。
三郎はできる限り気配を消した。
だが、その三郎の努力をあざ笑うかのように、ふざけあっていた生徒が三郎にぶつかり、玉突きに雷蔵へとぶつかった。
「あっ、ごめん!」
申し訳なさそうに謝る同窓に首を振り、三郎は雷蔵に早口で謝罪する。
「ぶつかって、すまない」
舌打ちをこらえながら、三郎は取り落とした学習道具を拾うため、そして顔を見られない為にしゃがみ込む。
「僕は平気だよ。大丈夫だった?」
だが、雷蔵は広がった三郎の道具を集めようと同じようにしゃがみ込む。
「大丈夫だから。……もう、本鈴鳴るから」
「うん、でも……」
雷蔵の目が、三郎の顔を正面からとらえた。
努めて表情を変えないように、三郎は彼から道具を受け取ろうと手を伸ばす。
記憶を探るように、雷蔵の顔がわずかにしかめられる。
「……さぶろう?」
三郎は息を飲んだ。
無意識で引こうとした手を、雷蔵の手が掴む。
「三郎、だよね?」
頭が真っ白になった三郎は、気付けばなりふり構わずその場から逃げ出していた。
背後から雷蔵の声。
「ちょ、ば、なんで逃げるのさ!」
足音が即座に追いかけてきて、三郎は泣きそうに顔を歪ませた。
(なんで、こういうときに限って迷わないんだ!)
がむしゃらに逃げたことで自分が下手を打ったと気付いたのは、技術棟の端まで逃げた時だった。この先は屋上へ上がる階段しかない。
けれど足音は追いかけてきていて、三郎は止まることも出来ずに二段抜かしで階段を駆け上がった。
一縷の望みをかけて屋上へ繋がる扉に手をかけるけれど、当然のように鍵がかけられており逃げ道は断たれた。
「つか……まえ、た……」
雷蔵の手が、三郎の腕を掴み、ぐるりとその体を回転させる。屋上へつながる鉄製の扉を背に、三郎は雷蔵と対峙することになった。
雷蔵の手は、三郎を逃がすまいとその腕を掴んでいるものの、彼自身は鉄の味のするつばを飲み込んで、息を整えることに必死だった。膝にあいた手を突き、二人分の爪先を見ながら深呼吸を繰り返す。
三郎も対して変わらない状況で、扉に寄りかかり、うるさいくらいに鳴る心臓とふいごのような肺を落ち着けるのに精一杯だった。
「……ねぇ、三郎。三郎だよね? なんで、逃げるんだよ……」
先に何とか呼気を押さえ込んだのは雷蔵で、体を起こしまっすぐに三郎を見つめた。
三郎は、その視線にさらされることを恐れるように、ずるずると座り込む。頭のどこか冷静な部分が、背中が汚れるだろうと場違いな事を考えていた。
「……なんで、わかったんだよ。私はお前にこの顔を見せた事なんてなかっただろう」
それは求めていた答えではなく、雷蔵はわずかに顔をしかめたが、一つため息をついてきっぱりと言った。
「わかるに決まってるだろう! 僕が三郎のことわからないなんて、あるはずないじゃないか!」
そして三郎を追うようにその前にしゃがみ込み、俯いたその顔をのぞき込んで笑う。
「お前、そんな顔だったんだね。かっこいいじゃないか」
さらりと、雷蔵は言った。
何でもないことのように。
「確かに、僕は三郎の顔は知らなかったけどさ。でも、三郎の事知らなかったかって言ったら、違うだろ」
胸が熱い。視界が滲み、汗ではない滴が床に次々と落ちていく。
「ごめん……、雷蔵、ごめん……。私は……」
「うん」
雷蔵は、促すでもなく一つ頷き、三郎の隣に座ってただ待ってくれていた。
傍らにある熱が、こんなにも心安らぐものだったか。
三郎は鼻をすすりながら、雷蔵たちを街中で見つけてからの事をぽつりぽつりと語った。
雷蔵はそれに口出しせずに、時々相槌を打ちながら聞いていた。
「成る程ねー……」
全て聞き終わった雷蔵は、一つため息をついた。
「いっこ言っていい?」
「……うん」
「三郎のばぁーか!」
「うっ……、だ、だからごめんって……」
「だーめ、そんなんじゃ許さないからね。だろ、みんな」
「だな!」
「一回や二回謝られた位じゃ許せないね!」
三郎から死角となる、階下の踊り場から顔をのぞかせたのは、見慣れた三人だった。
「!? お、おまえら……!」
驚愕している三郎に、雷蔵たち四人はいたずらっ子の笑みを浮かべた。
「三郎は気づいてなかったけど、途中からみんな踊り場に居たんだよ」
三郎は顔を膝に埋めていたせいで気づいていなかったが、雷蔵は階段の下から顔だけ覗かせた竹谷とアイコンタクトをとっていた。
「三郎、おまえは俺たちの事見くびりすぎだぜ!」
竹谷はぐりぐりと三郎の頭を撫でつけた。
「ちょ、や、やめろ恥ずかしい!」
「俺たち、確かにおまえの素顔なんてみたことなかったけどさ。おまえが変装してたって、鉢屋三郎だって、わかっただろ」
おまえ、修行不足だーって、不満そうだったけどな。
そう言って、竹谷は笑う。
「兵助なんか、外したことなかったよなぁ?」
「ん? ああ……三郎はもう、顔とかどうでもいいっていうか……なんとなくわかる」
「どうでもいいっておまえ……」
なんとなくで自分の渾身の変装が見破られていたのかと思うと、少々脱力する三郎だった。
「三郎ってば、昔ーっからそうだよね。もうちょっと、俺たちのこともおまえ自身のことも信じていいと思うよ」
勘右衛門がそう言って、三郎の肩を叩く。
温かかった。
温かくて、優しくて、苦しかった。
三郎は一つ大きく息を吸った。
今は、あの頃とは違う。友と呼んだ者すら信じられず、また裏切ることを頭の片隅に置きながら生きていたあの頃とは。
三郎は一つ鼻をすする。
信じようと思った。
自分を、彼らを、そして彼らの中の自分の位置を。
「なぁ」
4人が三郎をまっすぐに見た。
三郎はもう、その視線から顔を逸らすことはしない。
「……私も、おまえたちと一緒にいたい。だから……どうしたら、許してもらえる?」
4人は顔を見合わせ、目配せをしあっている。
にやりと笑ったその表情に、嫌な予感がこみ上げてくる。
「じゃぁ、罰ゲームね」
にかっと笑った勘右衛門が、ぴんと人差し指をたてる。
とても逃げたかったが、三郎は神妙な顔で頷いた。
後を引き継いで、雷蔵が口を開く。
「鉢屋三郎は、僕らとずーっと友達で居ること! 期限は一生、ね」
三郎は目を丸くした。
竹谷が吹き出す。
「罰ゲームになってねー!」
「とりあえず、アホなこと考えた罰に肉まんおごれよ」
「まだ売ってるかぁ? もう4月だぜ」
「じゃぁファミチキ」
「兵助、コンビニにも豆腐売ってるよ」
「勘ちゃんそれを早く言って!」
「やだよなんでコンビニでわざわざ豆腐食うんだよ! 勘右衛門余計なこと言うなよ」
やいのやいのといいながら、八左ヱ門たちはいざコンビニへ向かうべく階段を降り始めた。雷蔵もまた立ち上がって階段へ向かい、そして振り返った。
「三郎、行こう」
何の躊躇いもなしに差し伸べられた手。
沸き上がる幸福感に、胸が詰まる。
「っ……子供じゃあるまいし」
三郎は、顔を赤くしながらも雷蔵の手をしっかりと握りしめたのだった。
「……私たち、なんか忘れてないか?」
「え? ……あっ、授業……!」
「心配無用!」
「い組舐めんな」
入学早々さぼってしまった、と顔を見合わせた三郎と雷蔵に、勘右衛門と兵助が企み顔で笑う。
「三郎は体調不良で早退、雷蔵はその付き添い、俺は貧血で兵助はその付き添いで保健室に居るよ」
「……あれ、俺は?」
「さっきウサギ小屋からウサギと鶏全部解き放ってきた」
「おおおおおおおい! ふざけんな兵助このやろおおおおおお!」
猛ダッシュで飼育小屋に向かう八左ヱ門を見送り、4人は動物大脱走の混乱をいいことに学校を抜け出したのだった。
* *
「馬鹿らしい。死んだらそれで終わりだ。来世も何もないだろう」
下らないとばかりに言い捨てた三郎に、話題を振った八左ヱ門は苦笑する。
「現実主義だなー、三郎は」
「来世で幸福になっても、今の私にはなんの意味もないからな」
「ま、それもそうだな。死んだ後の事より、今は明日の試験が大事だ」
勘右衛門が笑う。
違いないと皆で頷き合う。ふと、雷蔵がぽつりと言葉を落とした。
「でも、もしも生まれ変わって、またみんな一緒に居られたら、楽しそうだね」
ね? と微笑まれて、三郎は目を丸くした。
横にいた勘右衛門が小さく声を上げて笑う。
「退屈はしないね、確実に」
「やかましいのも確かだけどな」
「でしょ? 竹谷もそう思わない?」
「面白いだろうな。でも、そんな先もお前の面倒みるのはごめんだぜー」
肩を小突かれた三郎はお返しにと八左ヱ門の脇腹に拳を入れる。
「こっちの台詞だ! 私がいつお前に面倒を見られたって言うんだ」
「色々あるだろ」
「お前ら本当に仲良いなー」
小突き合う二人にしみじみと勘右衛門が言えば、二人同時に「「仲良くない!」」と返ってくる。
「説得力がないのだ。そんな事より、そろそろ食堂に行こう。夕飯の時間だぞ」
あきれ顔の兵助は、返事を待たずにさっさと行ってしまう。
「今日の献立何?」
「麻婆豆腐と担々麺……」
「だから兵助が素早いのか……」
4人は相も変わらず豆腐馬鹿の友人の後を追う。
その最後尾で、雷蔵は三郎の肩を叩いた。
「三郎は、どう?」
それがさっきの生まれ変わりの話だと、三郎は直ぐに見当が付いた。
唇を挽き結んで黙り込む三郎に、雷蔵はせかさずただ隣を歩く。
「…………悪くは、ないな」
くぐもった呟くような答えに、雷蔵は声を出さずに笑う。
自分の横を歩くこの男が、首もとまで紅くして居るだろう事が予測できたからだ。
きっと顔を見られるのは嫌がるだろうから、雷蔵は振り向かない。
もしも。
もしも、本当に来世というものがあるとしたら。
存外に優しいこの男が、刃など持つ事なく。
その姿を偽ることもなく。
そうして、また友となれたらと、雷蔵は願う。
400年の時を越え、その願いは、叶う。
調べて見れば、彼らの制服は市内の中学のもので、笑えるくらい近くに居たものだと三郎は唇を歪ませた。
小学生や中学生の行動範囲などたかが知れていて、合併続きで広さだけは県下一のこの町で、学区が異なればそう顔を合わせる事もなかったのだ。
そうとわかってみれば、少し行動範囲をずらすだけで容易に彼らの生活圏に入り込めた。
けれど、声をかけることは出来なかった。
遠くから見た彼らは、昔と変わらずに馬鹿をやって笑って、じゃれあっていて。
だからこそ、近寄ることすら出来なかったのだ。
彼らの世界はそこだけで完結していて、三郎が入る隙間はないように見えた。
(……私は、必要ないのかも知れない)
そもそも、彼らは本当に自分のことを覚えているのだろうか。
……素顔すら見せることのなかった自分のことを?
息苦しさを感じ、三郎は胸を押さえた。
それから、三郎は彼らの様子を見に行くことをやめた。
拒絶が怖かった。彼らが、未知のものを見る目で自分を見ることが。
それを想像するだけで胸が苦しくて、三郎は全てを遮断した。
彼らがまたこの世に生まれ、かいま見れただけでよかったと思おう。
そう念じて、三郎はそっと目と耳を塞いだのだった。
春になり、三郎は、市外の進学高に入学した。
入学式に見慣れた顔があった事に、三郎は息が止まりそうになった。
何故、と問いたいくらいだった。
まさか、あいつらまで一緒だなんて!
幸か不幸かクラスは離れたが、三郎は息を潜めて学校生活を過ごすようになった。
関わることが恐ろしい。「他人」と認識されることが、恐ろしくてたまらなかった。
けれど、街とは違い狭い校内。学年も同じならば、近づかずにいることは難しい。
その日三郎は、移動教室の為に進む廊下の先に、見知った顔を見つけた。
不破雷蔵。三郎が、学園時代の大半で顔を借りていた友だ。
三郎はできる限り気配を消した。
だが、その三郎の努力をあざ笑うかのように、ふざけあっていた生徒が三郎にぶつかり、玉突きに雷蔵へとぶつかった。
「あっ、ごめん!」
申し訳なさそうに謝る同窓に首を振り、三郎は雷蔵に早口で謝罪する。
「ぶつかって、すまない」
舌打ちをこらえながら、三郎は取り落とした学習道具を拾うため、そして顔を見られない為にしゃがみ込む。
「僕は平気だよ。大丈夫だった?」
だが、雷蔵は広がった三郎の道具を集めようと同じようにしゃがみ込む。
「大丈夫だから。……もう、本鈴鳴るから」
「うん、でも……」
雷蔵の目が、三郎の顔を正面からとらえた。
努めて表情を変えないように、三郎は彼から道具を受け取ろうと手を伸ばす。
記憶を探るように、雷蔵の顔がわずかにしかめられる。
「……さぶろう?」
三郎は息を飲んだ。
無意識で引こうとした手を、雷蔵の手が掴む。
「三郎、だよね?」
頭が真っ白になった三郎は、気付けばなりふり構わずその場から逃げ出していた。
背後から雷蔵の声。
「ちょ、ば、なんで逃げるのさ!」
足音が即座に追いかけてきて、三郎は泣きそうに顔を歪ませた。
(なんで、こういうときに限って迷わないんだ!)
がむしゃらに逃げたことで自分が下手を打ったと気付いたのは、技術棟の端まで逃げた時だった。この先は屋上へ上がる階段しかない。
けれど足音は追いかけてきていて、三郎は止まることも出来ずに二段抜かしで階段を駆け上がった。
一縷の望みをかけて屋上へ繋がる扉に手をかけるけれど、当然のように鍵がかけられており逃げ道は断たれた。
「つか……まえ、た……」
雷蔵の手が、三郎の腕を掴み、ぐるりとその体を回転させる。屋上へつながる鉄製の扉を背に、三郎は雷蔵と対峙することになった。
雷蔵の手は、三郎を逃がすまいとその腕を掴んでいるものの、彼自身は鉄の味のするつばを飲み込んで、息を整えることに必死だった。膝にあいた手を突き、二人分の爪先を見ながら深呼吸を繰り返す。
三郎も対して変わらない状況で、扉に寄りかかり、うるさいくらいに鳴る心臓とふいごのような肺を落ち着けるのに精一杯だった。
「……ねぇ、三郎。三郎だよね? なんで、逃げるんだよ……」
先に何とか呼気を押さえ込んだのは雷蔵で、体を起こしまっすぐに三郎を見つめた。
三郎は、その視線にさらされることを恐れるように、ずるずると座り込む。頭のどこか冷静な部分が、背中が汚れるだろうと場違いな事を考えていた。
「……なんで、わかったんだよ。私はお前にこの顔を見せた事なんてなかっただろう」
それは求めていた答えではなく、雷蔵はわずかに顔をしかめたが、一つため息をついてきっぱりと言った。
「わかるに決まってるだろう! 僕が三郎のことわからないなんて、あるはずないじゃないか!」
そして三郎を追うようにその前にしゃがみ込み、俯いたその顔をのぞき込んで笑う。
「お前、そんな顔だったんだね。かっこいいじゃないか」
さらりと、雷蔵は言った。
何でもないことのように。
「確かに、僕は三郎の顔は知らなかったけどさ。でも、三郎の事知らなかったかって言ったら、違うだろ」
胸が熱い。視界が滲み、汗ではない滴が床に次々と落ちていく。
「ごめん……、雷蔵、ごめん……。私は……」
「うん」
雷蔵は、促すでもなく一つ頷き、三郎の隣に座ってただ待ってくれていた。
傍らにある熱が、こんなにも心安らぐものだったか。
三郎は鼻をすすりながら、雷蔵たちを街中で見つけてからの事をぽつりぽつりと語った。
雷蔵はそれに口出しせずに、時々相槌を打ちながら聞いていた。
「成る程ねー……」
全て聞き終わった雷蔵は、一つため息をついた。
「いっこ言っていい?」
「……うん」
「三郎のばぁーか!」
「うっ……、だ、だからごめんって……」
「だーめ、そんなんじゃ許さないからね。だろ、みんな」
「だな!」
「一回や二回謝られた位じゃ許せないね!」
三郎から死角となる、階下の踊り場から顔をのぞかせたのは、見慣れた三人だった。
「!? お、おまえら……!」
驚愕している三郎に、雷蔵たち四人はいたずらっ子の笑みを浮かべた。
「三郎は気づいてなかったけど、途中からみんな踊り場に居たんだよ」
三郎は顔を膝に埋めていたせいで気づいていなかったが、雷蔵は階段の下から顔だけ覗かせた竹谷とアイコンタクトをとっていた。
「三郎、おまえは俺たちの事見くびりすぎだぜ!」
竹谷はぐりぐりと三郎の頭を撫でつけた。
「ちょ、や、やめろ恥ずかしい!」
「俺たち、確かにおまえの素顔なんてみたことなかったけどさ。おまえが変装してたって、鉢屋三郎だって、わかっただろ」
おまえ、修行不足だーって、不満そうだったけどな。
そう言って、竹谷は笑う。
「兵助なんか、外したことなかったよなぁ?」
「ん? ああ……三郎はもう、顔とかどうでもいいっていうか……なんとなくわかる」
「どうでもいいっておまえ……」
なんとなくで自分の渾身の変装が見破られていたのかと思うと、少々脱力する三郎だった。
「三郎ってば、昔ーっからそうだよね。もうちょっと、俺たちのこともおまえ自身のことも信じていいと思うよ」
勘右衛門がそう言って、三郎の肩を叩く。
温かかった。
温かくて、優しくて、苦しかった。
三郎は一つ大きく息を吸った。
今は、あの頃とは違う。友と呼んだ者すら信じられず、また裏切ることを頭の片隅に置きながら生きていたあの頃とは。
三郎は一つ鼻をすする。
信じようと思った。
自分を、彼らを、そして彼らの中の自分の位置を。
「なぁ」
4人が三郎をまっすぐに見た。
三郎はもう、その視線から顔を逸らすことはしない。
「……私も、おまえたちと一緒にいたい。だから……どうしたら、許してもらえる?」
4人は顔を見合わせ、目配せをしあっている。
にやりと笑ったその表情に、嫌な予感がこみ上げてくる。
「じゃぁ、罰ゲームね」
にかっと笑った勘右衛門が、ぴんと人差し指をたてる。
とても逃げたかったが、三郎は神妙な顔で頷いた。
後を引き継いで、雷蔵が口を開く。
「鉢屋三郎は、僕らとずーっと友達で居ること! 期限は一生、ね」
三郎は目を丸くした。
竹谷が吹き出す。
「罰ゲームになってねー!」
「とりあえず、アホなこと考えた罰に肉まんおごれよ」
「まだ売ってるかぁ? もう4月だぜ」
「じゃぁファミチキ」
「兵助、コンビニにも豆腐売ってるよ」
「勘ちゃんそれを早く言って!」
「やだよなんでコンビニでわざわざ豆腐食うんだよ! 勘右衛門余計なこと言うなよ」
やいのやいのといいながら、八左ヱ門たちはいざコンビニへ向かうべく階段を降り始めた。雷蔵もまた立ち上がって階段へ向かい、そして振り返った。
「三郎、行こう」
何の躊躇いもなしに差し伸べられた手。
沸き上がる幸福感に、胸が詰まる。
「っ……子供じゃあるまいし」
三郎は、顔を赤くしながらも雷蔵の手をしっかりと握りしめたのだった。
「……私たち、なんか忘れてないか?」
「え? ……あっ、授業……!」
「心配無用!」
「い組舐めんな」
入学早々さぼってしまった、と顔を見合わせた三郎と雷蔵に、勘右衛門と兵助が企み顔で笑う。
「三郎は体調不良で早退、雷蔵はその付き添い、俺は貧血で兵助はその付き添いで保健室に居るよ」
「……あれ、俺は?」
「さっきウサギ小屋からウサギと鶏全部解き放ってきた」
「おおおおおおおい! ふざけんな兵助このやろおおおおおお!」
猛ダッシュで飼育小屋に向かう八左ヱ門を見送り、4人は動物大脱走の混乱をいいことに学校を抜け出したのだった。
* *
「馬鹿らしい。死んだらそれで終わりだ。来世も何もないだろう」
下らないとばかりに言い捨てた三郎に、話題を振った八左ヱ門は苦笑する。
「現実主義だなー、三郎は」
「来世で幸福になっても、今の私にはなんの意味もないからな」
「ま、それもそうだな。死んだ後の事より、今は明日の試験が大事だ」
勘右衛門が笑う。
違いないと皆で頷き合う。ふと、雷蔵がぽつりと言葉を落とした。
「でも、もしも生まれ変わって、またみんな一緒に居られたら、楽しそうだね」
ね? と微笑まれて、三郎は目を丸くした。
横にいた勘右衛門が小さく声を上げて笑う。
「退屈はしないね、確実に」
「やかましいのも確かだけどな」
「でしょ? 竹谷もそう思わない?」
「面白いだろうな。でも、そんな先もお前の面倒みるのはごめんだぜー」
肩を小突かれた三郎はお返しにと八左ヱ門の脇腹に拳を入れる。
「こっちの台詞だ! 私がいつお前に面倒を見られたって言うんだ」
「色々あるだろ」
「お前ら本当に仲良いなー」
小突き合う二人にしみじみと勘右衛門が言えば、二人同時に「「仲良くない!」」と返ってくる。
「説得力がないのだ。そんな事より、そろそろ食堂に行こう。夕飯の時間だぞ」
あきれ顔の兵助は、返事を待たずにさっさと行ってしまう。
「今日の献立何?」
「麻婆豆腐と担々麺……」
「だから兵助が素早いのか……」
4人は相も変わらず豆腐馬鹿の友人の後を追う。
その最後尾で、雷蔵は三郎の肩を叩いた。
「三郎は、どう?」
それがさっきの生まれ変わりの話だと、三郎は直ぐに見当が付いた。
唇を挽き結んで黙り込む三郎に、雷蔵はせかさずただ隣を歩く。
「…………悪くは、ないな」
くぐもった呟くような答えに、雷蔵は声を出さずに笑う。
自分の横を歩くこの男が、首もとまで紅くして居るだろう事が予測できたからだ。
きっと顔を見られるのは嫌がるだろうから、雷蔵は振り向かない。
もしも。
もしも、本当に来世というものがあるとしたら。
存外に優しいこの男が、刃など持つ事なく。
その姿を偽ることもなく。
そうして、また友となれたらと、雷蔵は願う。
400年の時を越え、その願いは、叶う。
2/2ページ
