横暴な姉に虐げられる弟のなんだかんだ仲の良い話
こんにちは、僕です。
今日は何故か朝からキッチンに立つ羽目になっています。
……なんで、男の僕が姉さんのバレンタイン用チョコケーキ作りを手伝わなきゃいけないんだろう。
諸悪の根源である姉さんはメレンゲに力強くココアパウダー&薄力粉を混ぜ込んでいる。
「姉さん、そんな力強く混ぜたら泡全部つぶれるよ」
「大丈夫よ! あたしのメレンゲはそんな柔じゃないわ!」
その自信はどこから出てくるんですか。
姉さんが作っているのはココア味のスポンジ。
材料を全部力強く混ぜ込んで、姉さんは生地を型に入れてオーブンで焼いた。
まぁ、結果はぺしゃんこ。当たり前だけど。
「なーんーでーよー!」
「だから言ったじゃないか。混ぜるときは切るように混ぜるって書いてあるだろ」
人の話聞かないよね、本当に。
「よし、もう一回チャレンジよ。ほら、早く材料計ってよ」
人の話っていうか僕の話聞かないよね。いいけど。
僕は何も言わずに電子計量器で材料をきっちり量って準備した。一応15センチの焼き型5個分は作れるように材料買ってきたんだけど、足りるかな。足りなくなったらどうせ僕が買い出しに行かされるんだよね。
その後、3個分の材料を無駄にして、姉さんは『切るように混ぜる』という方法をマスターした。やっと。
自分で試行錯誤して学習するところは偉いと思うんだけど、僕の言うことちょっとでも耳に入れてれば……いや、そんな高望みはしない、せめてレシピ本の解説読んでくれれば犠牲は一個で済んでると思うんだよね。
「よしっ! 焼けたから切って」
「はいはい」
パン用のナイフでスポンジ生地を切り分ける。
「あ、三つに分けて」
……このギリギリふくらんでくれたスポンジ君になんて仕打ちを。
これを三層に分けるのって結構神業だよ。しかも素人が。
「姉さん、それちょっと無理」
「三つね」
「………………はい」
姉さんの手にはコップに入った水。そのコップの直下にはノートパソコン。僕が半年バイトして貯めた金で買ったノートパソコン。しかも開いた状態で置かれている。
……鬼。
「ん? なんか言った?」
「何にも言ってないよ!」
僕は必死でスポンジを三層に分けた。
……まぁ、姉さんにやらせたら多分二層にも分けられずにスポンジの固まりが出来上がるだけだからしょうがないか。
「………………出来た!」
すごいぞ僕、偉いぞ僕!
「あ、じゃぁ生クリーム泡立てて。あたし腕疲れたから」
………………はい…………。
もうちょっとさ、こう、なんか反応くれたって……。
あ、すいません、なんでもないです笑顔で睨まないでください。
僕は人力で生クリームを泡立てる。うちには電動泡立て器なんて便利なものはないのだ。いや、正確に言えば在ったんだけど壊したんだよね、姉さんが。
必死に生クリームを冷やしながら泡立てる。こういう単調な作業してると眠くなるよね。まぁ、眠くなっても腕の筋肉の悲鳴で起きるんだけどさ。ああ、僕明日筋肉痛じゃないかな、右腕だけ。
まぁでもなんというか暇なので(姉さんは今でテレビ見てるし)こんな事になった経緯でもお話しようと思う。ていうか、聞いてください、僕の被害状況を。
事の発端は一週間前の夜。
3年付き合っている彼氏とのデートから、姉さんが帰ってきたときから始まった。
この彼氏さん、3年もあの姉さんと(意味は深く考えないように)付き合える位だから、とっても広い心と頑強な肉体をもっている。是非とも結婚までこじつけて、姉さんを早く我が家から連れ出して欲しいと常々思ってる。
まぁ、それはどうでもいいんだ。いや良くないけど、いまはいいんだ。
デートから帰ってきた姉さんはやけに不機嫌だった。
そう言うときは触らぬ神に祟りなしで、僕は絶対に近寄らない。近づいたらチョークスリーパーだのコブラツイストだのが襲いかかってくる。
僕はさっさと寝ようと思ったんだ。だけど……。
「ちょっと、何処に行くのよ」
「え、いや、寝るんだけど……」
「傷心のお姉様相手に、その態度はないんじゃないの?」
「え、喧嘩したの!? まさかその場のノリと勢いで別れたとか言わないよね!?」
そんな! この姉を引き取ってくれる人なんて地球上捜してもあの彼氏さんしかいないのに!
あまりのショックに言ってはいけないことを口走り、はっと気付いたときには、目の前に般若が居た。
ひいいい、しくじった!
ああああ、姉さん、えび固めは痛いっていうか僕身体固いんだからいたたたたた!
「別に喧嘩なんかしてないわよ。ただあいつが馬鹿なこというから」
フローリングで死んでいる僕に、姉さんはちょっとすっきりした顔で言った。
「か、彼氏さんなんて……?」
「『お前、ケーキとかって作れる? バイト先の女の子がさ、チョコケーキ差し入れしてくれたんだけど、それが美味くってさ~』」
……な、なんて事を……。
それは姉さんじゃなくても怒る人は怒るんじゃ……。
「失礼しちゃうわよね! ケーキくらい作れるっての!」
「え、そこ!?」
普通違うとこに怒りの矛先向かない!?
姉さんは訝しげに僕を見下ろした。
「他に何があるって言うの?」
「え? い、いや、ううん、何もないよね、ごめんなさい」
へたに言って気付かれてこじれるより、このままのほうがいいだろう。
絶対、彼氏さんのほうも深く考えて言ってないし。もしもその『バイト先の女の子』が彼氏さんに好意を抱いていたとしてもきっと絶対気付いてないし。うん。
「だから、バレンタインにチョコケーキ作るって約束したの! だから、あんた手伝いなさいよ」
「……え、僕が作るんじゃなくて?」
「何言ってんのよ、あんたが作ったんじゃ意味ないじゃない。お菓子作りって、結構体力遣うじゃない。あんたは力仕事要員よ」
「……絶対僕より姉さんのほうが力あると思……あああすいませんなんでもないです」
なんで聞こえるんだ、ものすごく小さい声で言ったのに。しかも僕は床の上で姉さんは立ってるのに。
「ま、そう言うことだから13日は付き合いなさい」
「……僕、テスト前だから、13日は友達の家で勉強す」
「お姉様より友達を選ぶような子に育てたっけ?」
「すいませんごめんなさい骨が骨がっ!」
肩胛骨に抉り込むように踵が!
すまん、岩田(仮名)、桜井(仮称)。勉強会と称したゲーム大会はお預けだ……!
ああ、やりたかった、ナイツ……! 岩田(仮名)しかWiiもってないのに。
「あ、材料買っといて。お金はあげるから」
姉さんが代金払うなんて……! 大学生だから僕より稼いでる癖にいつも僕に出させるのに……。何か起こらないだろうか。
「……いらないの?」
「あ、いりますいります」
……こうして、僕は今日、13日を迎えたのだった。
ああ、思い返すだに涙が……。僕のナイツ……。あいつら、僕抜きで楽しく遊んでるんだろうなぁ……。
「ねー、生クリーム出来た?」
おお、ゲームの出来ない悔しさをぶつけていたらいつの間にか六分だてになっていた。
「出来たよ」
「ん、よしよし。じゃぁ、これを塗ればいいのね」
「これ間に挟む苺」
「OK、OK」
姉さんは苺をざくざくと切っていった。スライスっていうより乱切りだよなぁ、あれ。まぁいいか、苺は苺だし。食べるの僕じゃないし。
あ、因みに、姉さんは料理が出来ない訳じゃない。むしろ、上手い方に入ると思う。
ただ、性格なのか気質なのか性質なのか、ものすごく大雑把なのだ。ザ・漢の料理って感じ。
だから、あり合わせの材料で何となくぱぱっと作るものは美味しいのだけれど、お菓子作りみたいに繊細なものには向いてない。
そもそも材料計るのだって、目分量で混ぜようとしたから僕が止めたんだし。クッキー程度ならいいけど、スポンジ作りでそれは致命的だ。
……あ、僕は別にお菓子作りが趣味とかいうわけじゃないからね。ただ根がちょっと几帳面ていうか神経質っていうかまぁ早い話姉さんと真逆だから、レシピ本の通りに作るっていうのが得意なだけ。
……本当だってば。
「あ、廻りに塗る奴はもっと固くするんだよ。もうちょっと混ぜるからちょっと待って」
「そうなの? めんどくさいなぁ、一緒でいいじゃん」
「それやると外見がどろどろで悲惨になるけど」
「よろしく!」
うん、それでこそ姉さんだよね。
僕は八分だてまで生クリームを泡立てて、姉さんに返した。
パレット(生クリーム塗るためのヘラ)なんてうちにはないので、食事用のナイフで代用。
……うーん、苺切ってるときも思ったけど、なんとなく刃物をもった姉さんと一緒の空間にいるのが怖いな。
微妙に緊張する時間が過ぎて、姉さんはクリームを塗り終わった。
意外に上手い。……そういえば、姉さん美術の成績いいもんな。何故か。
「よし、あとは飾り付けね!」
「はい。ホイップクリーム」
面倒くさかったので、飾り付けにはホイップされた奴を買っておいた。生クリームにも金口とか付いてたけど、ボウルの中を見たらなんだか目茶苦茶減ってるからこれでよかったんだろう。……でも、なんで直系15センチのケーキで1パック無くなるんだろ。
姉さんは鼻歌を歌いながらデコレーションしている。
……あれ、そういえば、焼き型に比べてケーキが大分でかい気が……。
………………。
……もしかして、生クリーム山盛りに塗りたくった? 直径変わる位。
………………………………。
……はは、あれ、生クリームの厚さ何センチあるんだろ。頑張れ、彼氏さん……。
バレンタインデー当日。
割とまともな外見の(生クリームとスポンジの比率があり得ないことになってそうだけど)チョコレートケーキをもって、姉さんはデートへと出かけていった。帰ってきたときは機嫌良かったから、きっと大丈夫だったんだろう。
……あれで大丈夫って本当に心広いよな、彼氏さん。
え、僕? ……母さんに貰っただけだよ悪かったね。
そんな事を思っていたら、僕の携帯に彼氏さんから電話が来た。
『もしもし?』
「あ、お久しぶりです。どうしたんですか?」
『うん、また、君に迷惑懸けちゃったかなーって思って』
…………あれ?
「えーっと、それって……」
『あいつさ、ケーキ作り、君に手伝って貰っただろ?』
「そ、ソンナコトナイデスヨ」
『棒読みだぞ。うん、そんな事じゃないかとは思ってたんだ、あいつ、お菓子作りみたいに繊細な事苦手だし』
……流石に伊達に3年付き合ってないな。姉さんの性格をよく把握してるや。
『俺としては、今までのバレンタインデーは毎回買ったやつだったから、偶には手作りして欲しいなーなんて思って我が儘言ったんだけどさ。君に迷惑かけたのは申し訳ないなーと思ってさ』
………………なんと。
「いや、僕はその…………いつものことですから」
『はは。こんど飯おごるよ。美味いラーメン屋知ってるんだ』
「え、そんな、悪いですよ」
『うん、気にしないでよ。これ、賄賂だから』
「……賄賂?」
『うん。これからも、よろしくな』
電話の向こうで、彼氏さんが、にやりと笑った、ような気がした。
電話が切れて、僕はちょっと呆然としてしまった。
うーん……。
もしかして、姉さん、彼氏さんの掌の上で踊ってた? 僕もだけど。
いやー……僕、彼氏さんの事見くびってたかも知れないなー……。
とっても心の広い、どんか……いや、にぶ……いやいや、おっとりした人だと思ってたんだけど。
どうやら、僕が考えてたより遙かに食えない人らしい。
この調子で姉さんの事掌の上でころころ転がしてくれたら少しは楽に……。いやまて、結局僕の所にしわ寄せが全部来る気が。しかも「これからもよろしく」って、彼氏さんわかってやってるよね。
……僕、もしかしてどんどん自分の状況追い込んでない?
「……うわぁ」
嫌な汗が背中を伝った。
中々最悪な気分で、人生で十何度目かのバレンタインデーの夜は更けていったのだった――。
……も、誰か助けて。
今日は何故か朝からキッチンに立つ羽目になっています。
……なんで、男の僕が姉さんのバレンタイン用チョコケーキ作りを手伝わなきゃいけないんだろう。
諸悪の根源である姉さんはメレンゲに力強くココアパウダー&薄力粉を混ぜ込んでいる。
「姉さん、そんな力強く混ぜたら泡全部つぶれるよ」
「大丈夫よ! あたしのメレンゲはそんな柔じゃないわ!」
その自信はどこから出てくるんですか。
姉さんが作っているのはココア味のスポンジ。
材料を全部力強く混ぜ込んで、姉さんは生地を型に入れてオーブンで焼いた。
まぁ、結果はぺしゃんこ。当たり前だけど。
「なーんーでーよー!」
「だから言ったじゃないか。混ぜるときは切るように混ぜるって書いてあるだろ」
人の話聞かないよね、本当に。
「よし、もう一回チャレンジよ。ほら、早く材料計ってよ」
人の話っていうか僕の話聞かないよね。いいけど。
僕は何も言わずに電子計量器で材料をきっちり量って準備した。一応15センチの焼き型5個分は作れるように材料買ってきたんだけど、足りるかな。足りなくなったらどうせ僕が買い出しに行かされるんだよね。
その後、3個分の材料を無駄にして、姉さんは『切るように混ぜる』という方法をマスターした。やっと。
自分で試行錯誤して学習するところは偉いと思うんだけど、僕の言うことちょっとでも耳に入れてれば……いや、そんな高望みはしない、せめてレシピ本の解説読んでくれれば犠牲は一個で済んでると思うんだよね。
「よしっ! 焼けたから切って」
「はいはい」
パン用のナイフでスポンジ生地を切り分ける。
「あ、三つに分けて」
……このギリギリふくらんでくれたスポンジ君になんて仕打ちを。
これを三層に分けるのって結構神業だよ。しかも素人が。
「姉さん、それちょっと無理」
「三つね」
「………………はい」
姉さんの手にはコップに入った水。そのコップの直下にはノートパソコン。僕が半年バイトして貯めた金で買ったノートパソコン。しかも開いた状態で置かれている。
……鬼。
「ん? なんか言った?」
「何にも言ってないよ!」
僕は必死でスポンジを三層に分けた。
……まぁ、姉さんにやらせたら多分二層にも分けられずにスポンジの固まりが出来上がるだけだからしょうがないか。
「………………出来た!」
すごいぞ僕、偉いぞ僕!
「あ、じゃぁ生クリーム泡立てて。あたし腕疲れたから」
………………はい…………。
もうちょっとさ、こう、なんか反応くれたって……。
あ、すいません、なんでもないです笑顔で睨まないでください。
僕は人力で生クリームを泡立てる。うちには電動泡立て器なんて便利なものはないのだ。いや、正確に言えば在ったんだけど壊したんだよね、姉さんが。
必死に生クリームを冷やしながら泡立てる。こういう単調な作業してると眠くなるよね。まぁ、眠くなっても腕の筋肉の悲鳴で起きるんだけどさ。ああ、僕明日筋肉痛じゃないかな、右腕だけ。
まぁでもなんというか暇なので(姉さんは今でテレビ見てるし)こんな事になった経緯でもお話しようと思う。ていうか、聞いてください、僕の被害状況を。
事の発端は一週間前の夜。
3年付き合っている彼氏とのデートから、姉さんが帰ってきたときから始まった。
この彼氏さん、3年もあの姉さんと(意味は深く考えないように)付き合える位だから、とっても広い心と頑強な肉体をもっている。是非とも結婚までこじつけて、姉さんを早く我が家から連れ出して欲しいと常々思ってる。
まぁ、それはどうでもいいんだ。いや良くないけど、いまはいいんだ。
デートから帰ってきた姉さんはやけに不機嫌だった。
そう言うときは触らぬ神に祟りなしで、僕は絶対に近寄らない。近づいたらチョークスリーパーだのコブラツイストだのが襲いかかってくる。
僕はさっさと寝ようと思ったんだ。だけど……。
「ちょっと、何処に行くのよ」
「え、いや、寝るんだけど……」
「傷心のお姉様相手に、その態度はないんじゃないの?」
「え、喧嘩したの!? まさかその場のノリと勢いで別れたとか言わないよね!?」
そんな! この姉を引き取ってくれる人なんて地球上捜してもあの彼氏さんしかいないのに!
あまりのショックに言ってはいけないことを口走り、はっと気付いたときには、目の前に般若が居た。
ひいいい、しくじった!
ああああ、姉さん、えび固めは痛いっていうか僕身体固いんだからいたたたたた!
「別に喧嘩なんかしてないわよ。ただあいつが馬鹿なこというから」
フローリングで死んでいる僕に、姉さんはちょっとすっきりした顔で言った。
「か、彼氏さんなんて……?」
「『お前、ケーキとかって作れる? バイト先の女の子がさ、チョコケーキ差し入れしてくれたんだけど、それが美味くってさ~』」
……な、なんて事を……。
それは姉さんじゃなくても怒る人は怒るんじゃ……。
「失礼しちゃうわよね! ケーキくらい作れるっての!」
「え、そこ!?」
普通違うとこに怒りの矛先向かない!?
姉さんは訝しげに僕を見下ろした。
「他に何があるって言うの?」
「え? い、いや、ううん、何もないよね、ごめんなさい」
へたに言って気付かれてこじれるより、このままのほうがいいだろう。
絶対、彼氏さんのほうも深く考えて言ってないし。もしもその『バイト先の女の子』が彼氏さんに好意を抱いていたとしてもきっと絶対気付いてないし。うん。
「だから、バレンタインにチョコケーキ作るって約束したの! だから、あんた手伝いなさいよ」
「……え、僕が作るんじゃなくて?」
「何言ってんのよ、あんたが作ったんじゃ意味ないじゃない。お菓子作りって、結構体力遣うじゃない。あんたは力仕事要員よ」
「……絶対僕より姉さんのほうが力あると思……あああすいませんなんでもないです」
なんで聞こえるんだ、ものすごく小さい声で言ったのに。しかも僕は床の上で姉さんは立ってるのに。
「ま、そう言うことだから13日は付き合いなさい」
「……僕、テスト前だから、13日は友達の家で勉強す」
「お姉様より友達を選ぶような子に育てたっけ?」
「すいませんごめんなさい骨が骨がっ!」
肩胛骨に抉り込むように踵が!
すまん、岩田(仮名)、桜井(仮称)。勉強会と称したゲーム大会はお預けだ……!
ああ、やりたかった、ナイツ……! 岩田(仮名)しかWiiもってないのに。
「あ、材料買っといて。お金はあげるから」
姉さんが代金払うなんて……! 大学生だから僕より稼いでる癖にいつも僕に出させるのに……。何か起こらないだろうか。
「……いらないの?」
「あ、いりますいります」
……こうして、僕は今日、13日を迎えたのだった。
ああ、思い返すだに涙が……。僕のナイツ……。あいつら、僕抜きで楽しく遊んでるんだろうなぁ……。
「ねー、生クリーム出来た?」
おお、ゲームの出来ない悔しさをぶつけていたらいつの間にか六分だてになっていた。
「出来たよ」
「ん、よしよし。じゃぁ、これを塗ればいいのね」
「これ間に挟む苺」
「OK、OK」
姉さんは苺をざくざくと切っていった。スライスっていうより乱切りだよなぁ、あれ。まぁいいか、苺は苺だし。食べるの僕じゃないし。
あ、因みに、姉さんは料理が出来ない訳じゃない。むしろ、上手い方に入ると思う。
ただ、性格なのか気質なのか性質なのか、ものすごく大雑把なのだ。ザ・漢の料理って感じ。
だから、あり合わせの材料で何となくぱぱっと作るものは美味しいのだけれど、お菓子作りみたいに繊細なものには向いてない。
そもそも材料計るのだって、目分量で混ぜようとしたから僕が止めたんだし。クッキー程度ならいいけど、スポンジ作りでそれは致命的だ。
……あ、僕は別にお菓子作りが趣味とかいうわけじゃないからね。ただ根がちょっと几帳面ていうか神経質っていうかまぁ早い話姉さんと真逆だから、レシピ本の通りに作るっていうのが得意なだけ。
……本当だってば。
「あ、廻りに塗る奴はもっと固くするんだよ。もうちょっと混ぜるからちょっと待って」
「そうなの? めんどくさいなぁ、一緒でいいじゃん」
「それやると外見がどろどろで悲惨になるけど」
「よろしく!」
うん、それでこそ姉さんだよね。
僕は八分だてまで生クリームを泡立てて、姉さんに返した。
パレット(生クリーム塗るためのヘラ)なんてうちにはないので、食事用のナイフで代用。
……うーん、苺切ってるときも思ったけど、なんとなく刃物をもった姉さんと一緒の空間にいるのが怖いな。
微妙に緊張する時間が過ぎて、姉さんはクリームを塗り終わった。
意外に上手い。……そういえば、姉さん美術の成績いいもんな。何故か。
「よし、あとは飾り付けね!」
「はい。ホイップクリーム」
面倒くさかったので、飾り付けにはホイップされた奴を買っておいた。生クリームにも金口とか付いてたけど、ボウルの中を見たらなんだか目茶苦茶減ってるからこれでよかったんだろう。……でも、なんで直系15センチのケーキで1パック無くなるんだろ。
姉さんは鼻歌を歌いながらデコレーションしている。
……あれ、そういえば、焼き型に比べてケーキが大分でかい気が……。
………………。
……もしかして、生クリーム山盛りに塗りたくった? 直径変わる位。
………………………………。
……はは、あれ、生クリームの厚さ何センチあるんだろ。頑張れ、彼氏さん……。
バレンタインデー当日。
割とまともな外見の(生クリームとスポンジの比率があり得ないことになってそうだけど)チョコレートケーキをもって、姉さんはデートへと出かけていった。帰ってきたときは機嫌良かったから、きっと大丈夫だったんだろう。
……あれで大丈夫って本当に心広いよな、彼氏さん。
え、僕? ……母さんに貰っただけだよ悪かったね。
そんな事を思っていたら、僕の携帯に彼氏さんから電話が来た。
『もしもし?』
「あ、お久しぶりです。どうしたんですか?」
『うん、また、君に迷惑懸けちゃったかなーって思って』
…………あれ?
「えーっと、それって……」
『あいつさ、ケーキ作り、君に手伝って貰っただろ?』
「そ、ソンナコトナイデスヨ」
『棒読みだぞ。うん、そんな事じゃないかとは思ってたんだ、あいつ、お菓子作りみたいに繊細な事苦手だし』
……流石に伊達に3年付き合ってないな。姉さんの性格をよく把握してるや。
『俺としては、今までのバレンタインデーは毎回買ったやつだったから、偶には手作りして欲しいなーなんて思って我が儘言ったんだけどさ。君に迷惑かけたのは申し訳ないなーと思ってさ』
………………なんと。
「いや、僕はその…………いつものことですから」
『はは。こんど飯おごるよ。美味いラーメン屋知ってるんだ』
「え、そんな、悪いですよ」
『うん、気にしないでよ。これ、賄賂だから』
「……賄賂?」
『うん。これからも、よろしくな』
電話の向こうで、彼氏さんが、にやりと笑った、ような気がした。
電話が切れて、僕はちょっと呆然としてしまった。
うーん……。
もしかして、姉さん、彼氏さんの掌の上で踊ってた? 僕もだけど。
いやー……僕、彼氏さんの事見くびってたかも知れないなー……。
とっても心の広い、どんか……いや、にぶ……いやいや、おっとりした人だと思ってたんだけど。
どうやら、僕が考えてたより遙かに食えない人らしい。
この調子で姉さんの事掌の上でころころ転がしてくれたら少しは楽に……。いやまて、結局僕の所にしわ寄せが全部来る気が。しかも「これからもよろしく」って、彼氏さんわかってやってるよね。
……僕、もしかしてどんどん自分の状況追い込んでない?
「……うわぁ」
嫌な汗が背中を伝った。
中々最悪な気分で、人生で十何度目かのバレンタインデーの夜は更けていったのだった――。
……も、誰か助けて。
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