幼馴染の距離
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女に振られた。
理由はいつもの如く。
「貴方は私を愛してない」
そんな言葉と、平手を一つ頂いて、エースは一月付き合った女と別れた。
ひりひりと痛む頬を撫でながら、一つため息。
「愛してない、か」
反論のしようもない。
正確に言えば、好きになろうとしているし、好きになれればいいと思っているのだが。
エースはおもむろに携帯を取り出し、かけなれた番号へダイヤルする。
応答した声に自然と頬が緩みかけるが、それを留めて哀れっぽい声をだす。
「チシャ、俺、振られちまった……」
「また!? 今度は何ヶ月よ」
呆れている声に苦笑する。また、と言われても仕方ないという自覚はある。
「えーと……一ヶ月」
「あーあ。じゃぁ、いつものとこね。私今日5限まで講義あるから、時間潰してて。サボには連絡しとくから」
通話が切れ、携帯のディスプレイには彼女の名前と通話時間が表示される。たったの50秒。
「もう少し、慰めるとかなんとかしてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
独りごちたエースは、チシャの身体が空くまでどうやって時間を潰そうかと、ぶらりと歩き出すのだった。
エースが振られたときにサボ曰くの「傷心のエースくんを慰める会」が開かれるのは毎度の事なのだが、今回の誤算はサボが居ないという事だった。
待ち合わせの居酒屋に現れたのはチシャ一人で、サボはサークルの合宿で来れないのだという。
また中途半端な時期に、と思うが、学科によっては夏休みに入っている時期なので仕方ないのだろう。
「なによ、私だけじゃ不満だっていうわけ?」
「そんな事ねぇよ! いや、ホント感謝してます、だからそれやめろって!」
ぐりぐりと拳で脇腹を抉るチシャと、それから逃げるエース。チシャは軽く笑い、じゃれるのは終わりとばかりに拳にしていた右手をひらりと振った。
そして二人きりで飲み始めたわけだが、いつもだったら滔々と出てくる決まり文句の泣き言もうまく口から出てこない。原因は、隣で普段と変わらず杯を空けるチシャの存在と、サボの不在だった。
エースに彼女が出来ると、チシャはエースと二人きりになる事を避けるようになる。ちょっとした会話もそうだし、二人で酒を飲むなどあり得ない。そして今回は前回の彼女から間が開かずに付き合った為、チシャとかれこれ半年ほど二人きりでいる事がなかった。
妙に意識をしてしまって言葉が途切れがちなエースだったが、チシャはそれを「彼女に振られた傷心故=今回はそれだけショックだった」と解釈したらしい。
「馬鹿ねー、そんなにショックなら、もっと大切にしてればよかったじゃない」
「大切にしてたって。チシャだって知ってるだろ、俺、彼女には割と尽くすタイプだぜ」
「生憎アンタと付き合ったことないから知りませーん。っていうか、それでも不安がらせるような事したんでしょ」
「えー」
不満げな声を上げてみたものの、実の所心当たりはありすぎるほどにある。
デートにも行ったし、身体も重ねたけれど、エースが最後に優先するのは兄弟達とチシャだ。
兄弟達に関しては不満げながら何も言わなかった彼女も、チシャに関しては「私とその子とどっちが大事なのよ!」と文句を言った。エースとしては完全にチシャに天秤が傾いているのだが、「次元が別だから選べない」というなんとも優柔不断な答えを返すしかなく。当然彼女がその答えに満足するはずもなく、そんな事が積み重なって平手打ちと相成ったわけだ。
それは勿論、チシャに言われずともわかっている、のだが。
せっせと自分を潰す為に酒を注いでくるチシャを横目で見やる。
お前のせいだと言ってしまえれば、どれだけいいだろうか。
全て、恋人よりも大切な幼馴染みが居るせいです、と。
そんな事を考えていたせいか、いつもよりも飲むペースが遅かったらしく、エースとチシャは潰れる前に居酒屋を追い出されていた。
「今日はとことん飲むぞー! 俺んちいくぞ!」
「はいはい、付き合いますよ」
それが「いつものこと」だからと口に出せば、反対もなくチシャが同意する。
確かに「いつものこと」なのだが、それはサボが居ての「いつものこと」で、エースは内心で動揺する。
こいつは、酒飲んで男の部屋に二人きりになるって事が、どういうことだかわかってないのか?
「ほら、行くならさっさと行くよ! 夜でも外暑いんだから」
チシャの手がエースの腕を引いた。
注意深く、先に立って歩くチシャの表情を観察するけれど、どうも特別な意図も思惑も、さらには危機感もないようで、エースは深々と溜息をつく。
結局、チシャにとって自分はそういう対象ではないのだろう。
幼い頃から共に育ってきたが故、彼女にとってエースは兄弟のようなもので、夜中酒を飲んで二人きりでいようと、色っぽいなにかを思い浮かべることはないのだ。
わかっていたことではあったが、どうにも面白くなく、自宅に着いてからはやけ酒に近い心境で次々と杯を重ねた。
チシャと密室で二人きり、という状況を、なるべく頭から追い出したい事もあって、居酒屋より速いペースで飲み続け、流石に限界に来た。
自分が潰れたことに気付いたのは、鼻を摘まれた息苦しさに意識が覚醒してからだった。
ぼんやりとした頭では何が起こっているのかすぐにはわからず、眠気が強くて瞼が開かない。
ただ、自分の頬を撫でる冷たい指が気持ちよかった。
「人の気も知らないで、ばか」
聞こえてきたのは、好いた女の声。
この指は彼女のものかと、もたらされる心地よさを甘受する。
「今に満足できれば良かったのにねぇ」
遠く聞こえる声は、自嘲の響きがあった。
どうした、何があったと問いたいのに、限界を超えて摂取した酒精は身じろぐ事すらエースに許さない。
「お休み、エース」
彼女の声は、まるで泣いているかのように震えていた。
理由はいつもの如く。
「貴方は私を愛してない」
そんな言葉と、平手を一つ頂いて、エースは一月付き合った女と別れた。
ひりひりと痛む頬を撫でながら、一つため息。
「愛してない、か」
反論のしようもない。
正確に言えば、好きになろうとしているし、好きになれればいいと思っているのだが。
エースはおもむろに携帯を取り出し、かけなれた番号へダイヤルする。
応答した声に自然と頬が緩みかけるが、それを留めて哀れっぽい声をだす。
「チシャ、俺、振られちまった……」
「また!? 今度は何ヶ月よ」
呆れている声に苦笑する。また、と言われても仕方ないという自覚はある。
「えーと……一ヶ月」
「あーあ。じゃぁ、いつものとこね。私今日5限まで講義あるから、時間潰してて。サボには連絡しとくから」
通話が切れ、携帯のディスプレイには彼女の名前と通話時間が表示される。たったの50秒。
「もう少し、慰めるとかなんとかしてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
独りごちたエースは、チシャの身体が空くまでどうやって時間を潰そうかと、ぶらりと歩き出すのだった。
エースが振られたときにサボ曰くの「傷心のエースくんを慰める会」が開かれるのは毎度の事なのだが、今回の誤算はサボが居ないという事だった。
待ち合わせの居酒屋に現れたのはチシャ一人で、サボはサークルの合宿で来れないのだという。
また中途半端な時期に、と思うが、学科によっては夏休みに入っている時期なので仕方ないのだろう。
「なによ、私だけじゃ不満だっていうわけ?」
「そんな事ねぇよ! いや、ホント感謝してます、だからそれやめろって!」
ぐりぐりと拳で脇腹を抉るチシャと、それから逃げるエース。チシャは軽く笑い、じゃれるのは終わりとばかりに拳にしていた右手をひらりと振った。
そして二人きりで飲み始めたわけだが、いつもだったら滔々と出てくる決まり文句の泣き言もうまく口から出てこない。原因は、隣で普段と変わらず杯を空けるチシャの存在と、サボの不在だった。
エースに彼女が出来ると、チシャはエースと二人きりになる事を避けるようになる。ちょっとした会話もそうだし、二人で酒を飲むなどあり得ない。そして今回は前回の彼女から間が開かずに付き合った為、チシャとかれこれ半年ほど二人きりでいる事がなかった。
妙に意識をしてしまって言葉が途切れがちなエースだったが、チシャはそれを「彼女に振られた傷心故=今回はそれだけショックだった」と解釈したらしい。
「馬鹿ねー、そんなにショックなら、もっと大切にしてればよかったじゃない」
「大切にしてたって。チシャだって知ってるだろ、俺、彼女には割と尽くすタイプだぜ」
「生憎アンタと付き合ったことないから知りませーん。っていうか、それでも不安がらせるような事したんでしょ」
「えー」
不満げな声を上げてみたものの、実の所心当たりはありすぎるほどにある。
デートにも行ったし、身体も重ねたけれど、エースが最後に優先するのは兄弟達とチシャだ。
兄弟達に関しては不満げながら何も言わなかった彼女も、チシャに関しては「私とその子とどっちが大事なのよ!」と文句を言った。エースとしては完全にチシャに天秤が傾いているのだが、「次元が別だから選べない」というなんとも優柔不断な答えを返すしかなく。当然彼女がその答えに満足するはずもなく、そんな事が積み重なって平手打ちと相成ったわけだ。
それは勿論、チシャに言われずともわかっている、のだが。
せっせと自分を潰す為に酒を注いでくるチシャを横目で見やる。
お前のせいだと言ってしまえれば、どれだけいいだろうか。
全て、恋人よりも大切な幼馴染みが居るせいです、と。
そんな事を考えていたせいか、いつもよりも飲むペースが遅かったらしく、エースとチシャは潰れる前に居酒屋を追い出されていた。
「今日はとことん飲むぞー! 俺んちいくぞ!」
「はいはい、付き合いますよ」
それが「いつものこと」だからと口に出せば、反対もなくチシャが同意する。
確かに「いつものこと」なのだが、それはサボが居ての「いつものこと」で、エースは内心で動揺する。
こいつは、酒飲んで男の部屋に二人きりになるって事が、どういうことだかわかってないのか?
「ほら、行くならさっさと行くよ! 夜でも外暑いんだから」
チシャの手がエースの腕を引いた。
注意深く、先に立って歩くチシャの表情を観察するけれど、どうも特別な意図も思惑も、さらには危機感もないようで、エースは深々と溜息をつく。
結局、チシャにとって自分はそういう対象ではないのだろう。
幼い頃から共に育ってきたが故、彼女にとってエースは兄弟のようなもので、夜中酒を飲んで二人きりでいようと、色っぽいなにかを思い浮かべることはないのだ。
わかっていたことではあったが、どうにも面白くなく、自宅に着いてからはやけ酒に近い心境で次々と杯を重ねた。
チシャと密室で二人きり、という状況を、なるべく頭から追い出したい事もあって、居酒屋より速いペースで飲み続け、流石に限界に来た。
自分が潰れたことに気付いたのは、鼻を摘まれた息苦しさに意識が覚醒してからだった。
ぼんやりとした頭では何が起こっているのかすぐにはわからず、眠気が強くて瞼が開かない。
ただ、自分の頬を撫でる冷たい指が気持ちよかった。
「人の気も知らないで、ばか」
聞こえてきたのは、好いた女の声。
この指は彼女のものかと、もたらされる心地よさを甘受する。
「今に満足できれば良かったのにねぇ」
遠く聞こえる声は、自嘲の響きがあった。
どうした、何があったと問いたいのに、限界を超えて摂取した酒精は身じろぐ事すらエースに許さない。
「お休み、エース」
彼女の声は、まるで泣いているかのように震えていた。
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