幼馴染の距離
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目の前でくだを巻いているこの男は、馬鹿だと思う。
「おい、聞いてんのかよぉ、チシャ!」
「あー、聞いてる聞いてる」
ぐでんぐでんに酔っぱらっている男、エースは、本日失恋したらしい。
というか、付き合っていた彼女に振られたのだけれど。
来るもの拒まずに告白されれば付き合う割に、情が深いのか振られればへこんで酒を飲む。
毎度毎度付き合わされるのは、彼の義兄弟のサボとチシャ。だが、今日はサボはサークルの合宿でこの場に居らず、チシャだけがくだを巻くエースに付き合っていた。
居酒屋を追い出されてのエース宅での二次会で、既に時刻はてっぺんを回って久しい。いい加減に眠くもなっていて、チシャの男のあしらいは大分ぞんざいになってきていた。
そんな彼女に、エースは酒で座った目を向けて、「心がこもってない」とぐちぐちぼやく。
「はいはい、ごめんごめん」
全く心のこもっていない調子で応え、チシャはエースのコップに酒を注いだ。さっさと潰してしまいたいのだが、なまじ強いのが面倒だった。
「大体よぉ、チシャとあいつ比べるとか、出来る筈ないだろ? チシャはさ、ずっと俺たちと一緒に育ってきたんだぜ」
この言葉も何回聞いたことか、とチシャは苦笑した。
エースが振られる理由は大体決まっていて、元カノ曰く「貴方は私を愛してない」、曰く「私とあの子どっちが大事なの」、エトセトラ。
この場合の「あの子」とはルフィだったりサボだったり、そしてチシャだったりする。
エースは血の繋がらない兄弟達を心の底から大切にしていて、その優先順位は何者にも勝る。
だから、それに納得出来ない女はどうせ続きはしないとチシャも思っている。
だが、最後の「あの子」が自分の場合に関しては、エースが馬鹿だと思っていた。
彼女にしてみれば、彼氏の側に居る女友達が、気にならない筈がない。しかも、自分より遥かに付き合いの長い、いわゆる幼馴染みという関係だ。
張り合いたい気持ちもあるだろうし、不安もあるだろう。嫉妬の籠もった視線を受けたことは一度や二度ではないので、チシャは極力エースに彼女が居る時はサボかルフィを交えない限り一緒に居ないようにしたり、色々と気を遣っていたのだ。
だが、当のエースがひょいひょいとチシャに近づく。
彼女さんが気にするからやめなさいと言っても、「だって、あいつはあいつ、チシャはチシャだろ。チシャは大事な幼馴染みなんだから、関係ねぇよ」と笑うのだ。
恋する女にその理屈は通じないと、何度痛い目を見ればわかるのだろうか。
チシャは、エースに知られぬように溜息をついた。片手は、エースのコップに酒瓶を傾けている。
そのエースが、もそりと立ち上がる。
「といれ」
「行ってらっしゃい」
子供のように宣言して、ふらふらと足下もおぼつかない様子でトイレへ向かう。その様子に、限界は近いと見て取った。
そして、トイレにしては長すぎる時間が過ぎて、チシャは立ち上がる。
案の定、エースは廊下で酔いつぶれて寝ていた。
「長かったわー……」
時計を見ればもうすぐ午前4時。いつもはサボと二人がかりで潰しにかかるので、精々12時を回る位で潰せるのだ。
潰れたエースをひいひい言いながらベッドに放り込んで、チシャは枕元の床に座り込んだ。
高いびきで寝ているエースの表情は満足げで、なんだか腹が立って鼻を摘む。
「んがっ」
眉をひそめて嫌がる様子に、くすくすと笑う。
鼻から手を離して頬を撫でる。そばかすの浮いた頬は幼さを感じさせるけれど、その骨格も肉の薄さも大人の男のそれで、昔とは違うのだと思い知る。
ただ、男女の性別など何も関係なく、ただ友達として「大好き」と言い合っていた頃とは、エースもチシャも変わってしまった。何より、チシャの心が。
「人の気も知らないで、ばか」
聞かせるつもりもなく呟く。
エースに新しい彼女が出来る度、心に一つヒビが入る。
けれどそれは深い深い場所にあって、チシャはとても上手にそれを隠す。
エースがチシャの事を大事だと言ってくれることはとても嬉しいことで、けれど同時に何度も繰り返される「幼馴染み」という言葉にヒビは広がっていく。
チシャは「大事」だけれど、「幼馴染み」だからそれ以上の関係にはならない。
そう宣言されているようで。
それはとても苦しくて、けれど幼馴染みの関係を崩すのも怖くて動くことも出来ずに、ずるずるとこの年まで来た。
けれど、それも限界がきつつある。
「今に満足できれば良かったのにねぇ」
じくじくとヒビの入った心は痛むだろうが、それでもいつか思い出に変わったかも知れない。
だが、どうしたってチシャは欲張りで、0か1かの勝負しか選択肢に上げられないのだ。
どうせ死ぬ心なら、自分で生き埋めにするよりも、エースに止めを刺して欲しい。
瞬いた睫毛が一粒だけ雫を弾いた。
少し酔ったみたいだと苦笑して目元を拭い、立ち上がる。
「お休み、エース」
電気を消して部屋を出る。こう言うとき、チシャはいつも客間を勝手に使うから、今回もそのまま客間へ向かう。
はぁ、と吐き出した吐息が重い。
詰まる胸の重さを酔っているからだと言い訳をして、チシャはそっと滲む視界を拭うのだった。
「おい、聞いてんのかよぉ、チシャ!」
「あー、聞いてる聞いてる」
ぐでんぐでんに酔っぱらっている男、エースは、本日失恋したらしい。
というか、付き合っていた彼女に振られたのだけれど。
来るもの拒まずに告白されれば付き合う割に、情が深いのか振られればへこんで酒を飲む。
毎度毎度付き合わされるのは、彼の義兄弟のサボとチシャ。だが、今日はサボはサークルの合宿でこの場に居らず、チシャだけがくだを巻くエースに付き合っていた。
居酒屋を追い出されてのエース宅での二次会で、既に時刻はてっぺんを回って久しい。いい加減に眠くもなっていて、チシャの男のあしらいは大分ぞんざいになってきていた。
そんな彼女に、エースは酒で座った目を向けて、「心がこもってない」とぐちぐちぼやく。
「はいはい、ごめんごめん」
全く心のこもっていない調子で応え、チシャはエースのコップに酒を注いだ。さっさと潰してしまいたいのだが、なまじ強いのが面倒だった。
「大体よぉ、チシャとあいつ比べるとか、出来る筈ないだろ? チシャはさ、ずっと俺たちと一緒に育ってきたんだぜ」
この言葉も何回聞いたことか、とチシャは苦笑した。
エースが振られる理由は大体決まっていて、元カノ曰く「貴方は私を愛してない」、曰く「私とあの子どっちが大事なの」、エトセトラ。
この場合の「あの子」とはルフィだったりサボだったり、そしてチシャだったりする。
エースは血の繋がらない兄弟達を心の底から大切にしていて、その優先順位は何者にも勝る。
だから、それに納得出来ない女はどうせ続きはしないとチシャも思っている。
だが、最後の「あの子」が自分の場合に関しては、エースが馬鹿だと思っていた。
彼女にしてみれば、彼氏の側に居る女友達が、気にならない筈がない。しかも、自分より遥かに付き合いの長い、いわゆる幼馴染みという関係だ。
張り合いたい気持ちもあるだろうし、不安もあるだろう。嫉妬の籠もった視線を受けたことは一度や二度ではないので、チシャは極力エースに彼女が居る時はサボかルフィを交えない限り一緒に居ないようにしたり、色々と気を遣っていたのだ。
だが、当のエースがひょいひょいとチシャに近づく。
彼女さんが気にするからやめなさいと言っても、「だって、あいつはあいつ、チシャはチシャだろ。チシャは大事な幼馴染みなんだから、関係ねぇよ」と笑うのだ。
恋する女にその理屈は通じないと、何度痛い目を見ればわかるのだろうか。
チシャは、エースに知られぬように溜息をついた。片手は、エースのコップに酒瓶を傾けている。
そのエースが、もそりと立ち上がる。
「といれ」
「行ってらっしゃい」
子供のように宣言して、ふらふらと足下もおぼつかない様子でトイレへ向かう。その様子に、限界は近いと見て取った。
そして、トイレにしては長すぎる時間が過ぎて、チシャは立ち上がる。
案の定、エースは廊下で酔いつぶれて寝ていた。
「長かったわー……」
時計を見ればもうすぐ午前4時。いつもはサボと二人がかりで潰しにかかるので、精々12時を回る位で潰せるのだ。
潰れたエースをひいひい言いながらベッドに放り込んで、チシャは枕元の床に座り込んだ。
高いびきで寝ているエースの表情は満足げで、なんだか腹が立って鼻を摘む。
「んがっ」
眉をひそめて嫌がる様子に、くすくすと笑う。
鼻から手を離して頬を撫でる。そばかすの浮いた頬は幼さを感じさせるけれど、その骨格も肉の薄さも大人の男のそれで、昔とは違うのだと思い知る。
ただ、男女の性別など何も関係なく、ただ友達として「大好き」と言い合っていた頃とは、エースもチシャも変わってしまった。何より、チシャの心が。
「人の気も知らないで、ばか」
聞かせるつもりもなく呟く。
エースに新しい彼女が出来る度、心に一つヒビが入る。
けれどそれは深い深い場所にあって、チシャはとても上手にそれを隠す。
エースがチシャの事を大事だと言ってくれることはとても嬉しいことで、けれど同時に何度も繰り返される「幼馴染み」という言葉にヒビは広がっていく。
チシャは「大事」だけれど、「幼馴染み」だからそれ以上の関係にはならない。
そう宣言されているようで。
それはとても苦しくて、けれど幼馴染みの関係を崩すのも怖くて動くことも出来ずに、ずるずるとこの年まで来た。
けれど、それも限界がきつつある。
「今に満足できれば良かったのにねぇ」
じくじくとヒビの入った心は痛むだろうが、それでもいつか思い出に変わったかも知れない。
だが、どうしたってチシャは欲張りで、0か1かの勝負しか選択肢に上げられないのだ。
どうせ死ぬ心なら、自分で生き埋めにするよりも、エースに止めを刺して欲しい。
瞬いた睫毛が一粒だけ雫を弾いた。
少し酔ったみたいだと苦笑して目元を拭い、立ち上がる。
「お休み、エース」
電気を消して部屋を出る。こう言うとき、チシャはいつも客間を勝手に使うから、今回もそのまま客間へ向かう。
はぁ、と吐き出した吐息が重い。
詰まる胸の重さを酔っているからだと言い訳をして、チシャはそっと滲む視界を拭うのだった。
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