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yes,my master


その後、リカバリーガール先生のおかげで
私の身体は順調に回復していった。
意識のある状態でのチユは
ちょっぴり恥ずかしかったけれど
疲労が凄くて実際それどころではなかった…。
けど、治癒はこれで終わり。完治だ。
その代償に朝からぐったりとして
机の上に突っ伏したまま時間が来るまで目を閉じる。

「……い、おい———」

低い声と揺さぶられる感覚に呻き声を漏らしながら
瞼を上げるとピントが合わない視界に
パシパシと瞬きをするとぼんやりした輪郭が
意識と一緒に鮮明になってきた。
そこには珍しく表情を崩した心操くん
彼は横向きで椅子に座ると背もたれに腕を乗せ
こちらとの距離を近づけた。
近めの距離にサッと目が覚める。

「お前、大丈夫か?
 もう先生来る時間だったぞ」

「あ、うん…大丈夫…あ、ありがと」

固まっていた身体を起こして乱れた髪の毛を整える
まさかここまで爆睡してしまうとは男子に
そんな姿を見られてしまったのは
女の子としてかなり恥ずかしい…。
「怪我は?」前髪を整えていると
まだこちらを向いている心操くんに問われ
反射的に下げていた視線を上に上げる。
「え、あ、うん…治った、全部」と合った視線を逸らし
寝起き顔を観察されるのが恥ずかしくて
もう整える必要はない前髪を触りながらそう、答えた。
「…そっか」と彼は頷き左手で首を触ると
「……あのさ、今度は———」と心操くんは
何か言いかけると教室の扉が開いて
先生が入ってきた。心操くんはこちらを見ると
「…何でもない、忘れて」と言うと身体を正面に向けた
何だったんだろうと首を傾げて彼の背中を見つめるが
先生が喋りはじめたため視線を移した。

HRが終わると先生に名前を呼ばれて席を立つ
先生にも怪我の心配をされたが完治していることを
説明すると安堵のため息を吐かれた。
「お前について色々話す必要があるから」と
放課後に先生のもとへと向かうことになった。
その時は流れるままに頷いたが
この時にもう少し詳しく聞いていれば
何か、変わっていたのかもしれない。

* * * * * *

放課後、応接室に案内すると先生に待機を命じられて
素直に従って先生が退室した後、ソファーに座る。
数分も経っていないうちに扉が開いた
顔を上げて扉を見ると先生と目が合う。
「待たせたな!」と言うと笑顔で
背後の人物に笑いかけ「こちらへどうぞ」
と、私のいる方へ腕を伸ばした。
その人物に、私は喉をヒュッと鳴らして息を詰める。

「———おにい、ちゃ…ん………」

震えた声で呟くと兄は仮面の笑みを浮かべる
薄ら笑いのその表情に「ヒッ」と小さな悲鳴が漏れた
身体は緊張と恐怖で強張り、兄から視線を逸らす。
兄は先生に「じゃあ、失礼します」と声をかけ
私の隣へと腰掛けてきた。兄の体重で沈むソファー。
その重さに私の心もズンッ…と深く沈んだ。
私の様子を不審に思ったのか先生が
心配そうに私の名前を呼んだ。
先生と目が合って、どうしようって迷いが生じる
しかし、言葉は上手く出なかった。
私が何かを滑らせてしまう前に兄が肩を掴む
ゆっくりと視線を上に上げると
冷たい瞳が私を見下ろしていた。
その瞳に身体がサーッと冷えていくのが分かる。

怖い。
我慢しなくちゃ。
じゃないと何をされるか分からない。

私は、顔を俯け「だい、じょうぶです…」と
何とか絞り出して先生にそう答える。
「本当か?」と再度確認をしてくる先生に
私は必死になって何度も首を縦に振る。
先生は少し納得していなさそうだったが
兄が「それで、お話というのは…?」と
人当たりの良い愛想笑いで先生に質問する。
「あぁっ、はい!」と先生は咄嗟に返事をしながらも
私にdomへの耐性が強かったこと
しかし、ちゃんとdomに反応した瞬間もあったこと
〝個性〟らしき力を使用した形跡があること
あの日に起こった出来事を一から十まで説明した。

「…へェ、妹がdomに反応、ね」

兄の声色が微かに変わった。
それは私だけが分かる兄の機嫌の変化。
自分の思い通りにいかないときに怒る
そんな時と今の声とトーンが一緒だった。
不機嫌な兄の様子に肩を丸めて膝の上の自身の手を
真っ白になってしまうくらいに握り締める。
「…あの失礼ですが、ご家族の方は…その」
先生はおずおずと聞きづらそうに
声をさきほどより潜めて慎重に
兄の顔を伺いながらそう、静かに質問をした。
少しの静寂後、兄は腰を浮かし私との距離を詰め
肩を抱き、私の手を自身の手で覆い被せてきた。
その行動は妹を大事に思う兄の姿だと
誰しもがそう感じるのであろう。
しかし、私は蛇に絞め殺されるような恐怖に包まれた
怖い。逃げられない。
「お恥ずかしながら…」
申し訳なさそうな声で、私を気遣うような素振りで
兄は私たちの家系がdom主義であること
そのせいで私は家族から冷遇されていることを
ぼんやりと仄めかしながら先生に説明した。

兄が言っていることは嘘じゃない
けれど、真実は告げていない。

家族の中で私をいじめ続けてきたのは
お兄ちゃんなのだから。

「subに生まれ…妹には〝個性〟すら無かった
 そのせいで……妹は…」

顔を伏せた兄に先生は「……そうでしたか」と
悲しそうな表情で相槌をうち、視線を下げた。
「っですが!」顔をパッと上げて
突然、大きな声で先生は前のめりになった。
「妹さんには〝個性〟があると思うんです!」と
両手を広げ、声のトーンを上げて興奮気味に話す先生。

〝個性〟我慢力
我慢することによって
力を溜めることが出来る〝個性〟

ヒーロー育成の名門である雄英が立てた仮説
それもう、ほぼ間違いないということであろう

「…妹に〝個性〟が……良かった」

巧妙に作られた妹を思う兄の表情からは
絶対に誰しも気付くことはないだろう
優しく頭を撫でるような手のひらは
私の顔を俯けさせて先生に
顔を見せないようにするためで
肩を抱き寄せる力は痛いほどに
力を込められているなんて

誰も、私のSOSには気付けやしない。

「————先生、妹と二人っきりで話せませんか?」

お願いだから、誰か気付いて。

「久しぶりに顔を見れたもので…」という兄から
逃げようとするが瞬時に肩をグイッと引き寄せられ
私の頭部に頬をつける兄。仲良さげな兄妹の完成だ。
全身で感じる兄の感触の気持ち悪さに鳥肌が立つ。
止めてよ、先生。そんな心の叫びは届かず
「はい! 構いませんよ!!」と絶望に叩きつけられた。
救けを求める手も抑えつけられる。
何も気付かない先生は笑顔のまま退室。

バタン、と閉まった扉を見つめ
もう、逃げることは出来ないのだと
私に告げている気がした。

静寂により重い空気に包まれる。
少しして兄は何も言わず私から手を離し
ソファーの背もたれに腕を置くと
気怠そうに「はぁ~~~~っ…」と長い息を吐くと
顔の動きだけで前髪を退かし、脚を組んだ。
身体を丸めて何も言わないでいると
兄は「ハッ」と私を鼻で笑った。

「よぉ、出来損ない
 兄がわざわざ学校に来てやったんだ、もっと喜べよ?」

「おかげで明日は顔面筋肉痛だぜ」とヘラヘラと笑い
こちらを揶揄いながら喋りかけてくる。
「だんまりかよ、相変わらずつまんねぇーな」
兄は組んだ足を戻すと大きく足を広げ
自身の膝に肘を起き前のめりになって
私の顔を覗き込んでくる。何も答えずに俯いた。
「チッ」と兄の舌打ちが聞こえると
乱暴に顎を掴まれ強制的に兄の顔を見ることになった
私は痛みに顔を歪めた。
そんな私の反応を見るために
兄は長い前髪を片手でかき上げて
自身の視界を良好にさせると
片方の口角を上げ「ヒヒッ」と
引き攣った笑い声を漏らす。
「出来損ないに〝個性〟があったとはなァ?」
兄は心底可笑しいという風にクツクツと喉で笑う。

「まー通りで?
 効かないから効くに反転しても
 俺のglareに反応しないワケだ?」

そう、多分私はずっと〝個性〟を無意識に使い
domの家族からのglareや命令に反抗して
ずっと我慢し続けていた、んだと思う。
中でも兄は粘着質に私を支配しようと
日々、私に命令を下し続けた。
時には痺れを切らして暴力で従わせようとしたけれど
私は一向に兄には支配されることを拒絶した。
「〝個性〟を使う」ということが出来ていたから。

「じゃァ、話は簡単だ!
 〝個性〟を使える状態から
 使えない状態にすればいーよな?」

ゆっくりと言い聞かせるように
楽しくて仕方なさそうに気分良く
興奮しながら兄はそう告げた。
その瞬間、私は兄を突き飛ばしドアを目指す
しかしすぐに背後から腕を掴まれて
兄は襲いかかってくる、咄嗟に口を開くが
その口を覆われてしまい私の悲鳴は吸い込まれた。
狂暴な振る舞いでソファーへと押し倒される
くぐもった声で兄へやめてほしいと促すが
兄は全く力を緩めない。
そのせいで呼吸が出来ずに視界に
チカチカと星が舞い始める。
それを見開かって兄は手を口から離した。
大きく口を開け咳き込みながら必死に酸素を吸う
「ヒヒッ、オイオイ
 お楽しみはまだ始まってねーぞ?」
こちらを見下した兄の姿がぼやける。
「やめて、やめてよぉ…お兄ちゃん…」
涙を溢し、震えた声で情けなく兄に懇願する。
「……ヒヒヒッ!! ヒャハハハッ!!」悪魔は笑う。
私の腕を頭の上で一つにまとめ押さえつけると
制服のネクタイを荒い手つきで解いた。
足を動かすがバタバタとバタ足するだけで
何の効果もない。兄が、glareを放出させる。
ビクッと身体が膠着した。
その瞬間に兄の瞳がスーッと細められる。

『動くな』

その言葉が鼓膜を揺らした瞬間だった
必死に暴れていたのに身体が凍ってしまった。
「…いや」言葉が零れ出る。
「やだ、やだやだやだっ」
恐慌をきたす私を無視して兄は
こちらをニヤニヤと舐めまわすように眺めながら
鼻歌交じりに兄は腕をネクタイでゆっくりと巻き付ける

「やめ…っいや…お兄ちゃ…」

『黙れ』

キュッとリードを引っ張られたかのような感覚で
声を発することが出来なくなった。
言うことを聞かない身体にパニックになり
顔面を涙で濡らす私をたまらないという風に笑い
舌なめずりをした兄はこちらへとその舌を伸ばす
生暖かいモノが目元を舐める。
暴れたいのに、叫びたいのに何も出来ない

「ハハハッ! 何だコレ、甘い…! ゾクゾクするなァ…!!」

やだ、私は支配なんかされたくない。
私に触れてほしいのはもっと優しくて温かい……。

———彼じゃなきゃ、いやだっ………。

私はそんな思いに駆られながら
唇を触る兄の指に私は思いっきり噛みついた。
「痛ェ!!」兄が声を荒げて片手を抑える
その際に兄の拘束が緩まり手が離れた。
あの時の感覚を思い出しながら精一杯暴れた
ビクともしなかった兄がソファーから崩れ落ちる
そんな兄には目もくれず一つにまとめられた手で
必死になってドアノブに触れて扉を開ける
背後から兄の怒声が響いたが無視して走り出す。

* * * * * *

廊下を息を乱しながら一心不乱に走った
走って、走って、走って、走って
何かにぶつかって勢いよく床に身体を打ち付ける
「わっごめん!? 大丈夫……!?」
のそのそと上体を起こし隣に膝をついた人物に
ゆっくりと目を見開いた。

「……———みどりやくん」

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