このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

yes,my master


自然と目が開くと辺りは真っ白だった。
静かな空間と微かな薬品の匂いに
ここは保健室なんだと察した。
察したのはいいが、何故自分が保健室で寝ていたのか
ぼやけて思考回路を使って思い返すとハッと息を呑み
ガバッとベットから起き上がる。

(そうだ、私…!!)

と、全てを思い出したと同時に
身体の全身に雷を浴びたかのような
痛みに歯を食いしばった。
あまりの痛みに泣きたい気分になり目に涙を溜める
我慢、我慢…と思いながら体を抱きしめて
深呼吸をして心を落ち着かせていく。
自分自身を抱きしめた両の拳は包帯で
ぐるぐる巻かれている。
ボロボロの手を見ながら
実習での自身の行動を思い返す。
あの時、私は私じゃなかった。
枷が外れたかのように身体が軽くて力が漲っていた
でも、その分、感情のコントロールが出来なくて
怖いものから己を守るように暴れ回った。
domに従いたくないから逃げて拒絶した
動いていないと頭の中で命令が響くから
それをかき消したくて必死になっていた。

そうしていたら嫌じゃない声がした
今まで嫌だった感覚を上書きしていくような
そんな、不思議な感覚は初めてだった。


『———おいで?』


あの瞬間を思い出すとぶわわっと熱が昂り
何とも言えない気持ちを火照る顔を両手で抑えた
しっかり、覚えてしまっている。
——緑谷出久くんの優しい声、優しい手、優しい温もり
思い出すだけで何だか頭がぼやぼやとしてしまう
麻薬にハマっちゃう人ってこんな感じなのかなと
思ってしまうほど嫌じゃなかった自分に、困る。
ベットの上で体育座りをして膝の上に腕を置いて
そこに自身の顎を乗せて、ため息を吐いた。

「どうしよう………」

「———おやまぁ!」

一人そう呟くと急にカーテンがシャッと開くと
大きな声をかけられてビクッ!と肩が跳ねて
ぎゅっとシーツを両手で握り締めた。
驚いた私に「あぁ! 驚かせたかい?」と
保健の先生であるリカバリーガール先生は謝罪して
私の様子を伺ってくる。先生の問いに首を振り
気にしていないことを伝える。

「怪我の調子はどうだい?」

「痛い、です……かなり」

「私の治癒は体力を使うんだ
 アンタ、明日から保健室に通うんだよ、いいね?」

「ハ、ハイ……」

先生の勢いに負けて素直に頷いた私に先生は笑って
グミをくれた。急にパパパッと渡すものだから
急いで両の手を広げた際に身体に痛みが走った
けど、先ほどよりは我慢できる痛みで
何とか表情には出さずに先生にはバレなかった。

全身が悲鳴を上げているが足は歩くのは問題は無かった
先生曰く、優先的に治癒したのだとか
もし足も悪かったら松葉杖や車椅子生活も痛みで不可能
だっただろうと説明を受け、サッと顔が青くなる。
もしかしなくても私、かなりまずい状態だった…?

「今日はもう休みな、回復したら説明があるだろうさ」

よく分からないまま私は先生の言葉に頷き
想い身体の痛みを耐えて自分の寮を目指す
つもりだったのだが、何故か今、私は…
緑谷くんに抱えられて自室を目指している

(どうして、こうなった……!?)

* * * * * *

心身共に冷や汗をダラダラ垂らしながら
逞しい腕に支えられて腕の中で大人しく縮こまる
私を所謂、お姫様抱っこなるものをしているのは
出来ればお会いしたくなかった緑谷出久くん。

あの後、ずっとスタンバってました!
と言わんばかりに先生が声をかけると
元気よく返事をして登場してきた彼
死ぬほど吃驚した。本当にやめて頂きたい。
いや、足が大丈夫なら歩けるとやんわりと伝えたのだが
全然二人に話しは聞いてもらえずに
いつの間にか彼の腕の中に納まっていた。
いや、何でだよ。

(いや、もう本当に何でなの…)

赤いであろう顔を俯き、右手の指先で唇を触る
彼の心臓の音がトクトクと聞こえてきて
その音に集中するように目が閉じてしまう
どうしてこう、安心してしまうのだろうか
心地よくても未知の感覚というものは
私には酷く恐ろしいものだ。
だからこそ、忘れられるように
早くこの優しさから遠く遠くへと逃げたくなる。
逃げないと、もう逃げられないような気がして
それが、私には怖かった。

「…だ、大丈夫……?」

頭上から聞こえてきた声にハッとして身体を固める
ぐるぐると思考を巡らせて黙って俯いていた私を
不審に思ったんだろう彼は立ち止まって
こちらの様子を伺っていた。
それと同時に彼の胸に重心を預けていたことに気付き
身体の力を入れて形ばかりではあるが彼との距離を離す

「…あ、だ、大丈夫です……」

「そ…っか……えと、部屋の前なんだけど」

「え…? あ…」

緑谷くんにそう言われて首を動かすと
確かに見慣れた扉の前。
いつの間に、全然気が付かなかった。
流石に彼に部屋の中まで入られるのは死ぬ
ていうか、お姫様抱っこで運ばれてた時点で無理。
今すぐこの状況から抜け出したくて
「お、おり、降ります…!」ときょどりながらも
自分の意見を伝えるとゆっくりとその場に降ろす。
まるで本当にお姫様にでもなったかのような
その繊細な扱われ方にむず痒い感覚に襲われる
「ど、どうも…」と不愛想なお礼を言い
私はせっせと一方的に自室の扉を閉めて
物理的に独りの空間を作る。
ベットに倒れ込み、痛みに悶えながらも
私は布団にくぐもった特大のため息をつく。

明日は都合よくお休みだ。
もう眠ってしまおう。
出来ればこの出来事は夢であってくれ
それが無理ならどうかあの感覚を忘却してくれ
そう願いながら現実逃避するように眠った。
3/10ページ
スキ