#13.今日の貴方はとても頑張りました
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神竜信仰が広く説かれる東の大陸には神竜の声を聞く、“巫女”の存在があった。
足の揃わぬ解放軍を一丸にするにはこの巫女の存在が不可欠である。強大なヴァルム帝国に対抗する唯一の足掛かりをつける為、イーリス同盟軍は巫女が幽閉されたミラの神樹へ軍を進めたのだった。
ヴァルム帝国軍も神竜の巫女を監視する為に堅固な守備を布いていた。屈強な重装歩兵の老将軍がクロム達の前に立ちはだかる。これまでのヴァルム軍を率いてきた将達と変わらず、皇帝ヴァルハルトへの尊敬の念が強い男で、追いつめることに成功するも辛くも敗走を許してしまうのだった。
ヴァルム兵達を蹴散らし、ミラの神樹の奪取に成功した同盟軍は早速巫女に会いに向かった。天空を覆うような広く伸びた枝葉を支える太い幹。その内部をくり貫き、神木上部に作られた神聖な神殿へ向かう唯一の道がそこにはあった。
長い回廊を歩き、たどり着いた神殿に巫女は眠っていた。
竜の少女・チキ。
長い眠りから覚めたばかりの彼女は、クロムとルキナの親子が聖王の血を受け継ぐ者と一目で見破った。
そして彼の一族が代々引き継ぎし秘宝のことも心得ていたのである。
『炎の台座』と呼ばれるイーリスの秘宝は、元は“炎の紋章”と呼ばれるものだった。炎の紋章は初代聖王が邪竜を打ち倒す際に神竜ナーガから賜ったものだという。紋章は人智を越えた力を持っていた為に紋章に在った五つの宝玉が取り外された。クロム達が所持する台座にも宝玉の一つ、『白炎』が。また『蒼炎』と呼ばれる宝玉はチキ自身が守り続けてきた。残る宝玉の内、『碧炎』はソンシンが代々受け継いできたのだがヴァルム皇帝ヴァルハルトによって持ち去られた。また、『緋炎』は西大陸フェリアにて西の王が保管していたのだというが、バジーリオの話で、残りの二つともに所在は行方知らずのままだ。
かつて倒されたはずの破滅と絶望の竜が再び復活を予期するチキは、宝玉『蒼炎』をクロム達に託す。永い眠りによって戦う力を失ってしまった彼女はそうすることしか出来ぬことを詫びた。そしてサイリの願いである打倒ヴァルムを許し、その情報は瞬く間に大陸中に響かせるのだった。
この日、チキは希望と不安、そのどちらともに出会った。
一人はかつて、自分を救いし優しい青年と似た、懐かしい雰囲気を持つ少女だった。
もう一人は、胸を掴まれるような強き竜の力を眠らせる青年だった。
かくして、徐々にその規模を増やすことに成功した解放軍だったが、敵が万全の状態を許すはずもない。斥候の情報がいち早く伝えたのは主力となるヴァルム本隊と規模を同じくする二軍が同盟軍の方へ進軍を開始するのだった。
本格的な戦いの幕開けが、きって落とされようとしていた。
皇帝ヴァルハルトが率いる北方より押し寄せる本隊、そしてサイリの兄であり、剣聖と呼ばれる武人レンハが率いる南方軍と正面よりぶつかっても数・士気共に勝ち目が薄い。そのため残る中央砦に勝機を賭け、同盟軍は進軍した。東大陸中央砦、シュヴァイン要塞を守るのは魔道を極めし戦乙女の将だった。堅牢な砦にクロム達は力を合わせて門を突破し、城塞へ進行した。
その直後、クロム達に凶報が舞い込む。要塞を取り囲む解放軍の旗が次々と燃え、代わりに新しい軍旗が翻った。解放軍の殆どがヴァルムへと寝返ったのである。裏切りの軍によって道を塞がれ、クロム達に退路は残されていなかった。前進しか道を示せなかったルフレに従い、クロム達は魔道将を討ち取る為に奔走する。
殿を務めていた本陣にも裏切りの敵兵が雪崩込んできた。形勢を返され、要塞を攻めていたクロム達との連絡が取れなくなったのと同時刻のことだった。
フェリア軍の陣内で師であるフラヴィアを待ちながら素振りを繰り返していた名前のところにまで飛び込んできた情報が解放軍の反旗である。名前は一瞬混乱を覚えたが、護衛として付き従っていたティアモに励まされ、急いで自分も荷物を纏めた。防衛に努める同盟軍の兵士とかろうじて残った解放軍の兵士達に声をかけ、すぐにでも撤退出来るよう準備を始めるのである。
ティアモと共に軍の荷造りを急ピッチで進めていく途中、セルジュが愛竜ミネルヴァと共に名前の前に現れた。彼女曰くヴィオールからの使者して来たらしく、名前に愛竜への騎乗を促すのだった。戦いの雰囲気に興奮を覚えるミネルヴァの姿を見て、騎乗を丁重に断りつつも彼からの召喚に応じる為にティアモと共にセルジュの先導に従うのだった。
同盟軍の作戦室として使われていた大天幕が今まさに折り畳まれている最中、その中心となって動く人物がいた。ヴィオールである。彼はセルジュが指示通りに名前を連れ帰ったことを労いつつ、名前の前に立った。
「大変なことになったね、名前君」
「はい…すぐ、クロム様達に連絡を…」
「しかし彼等に指示を仰いでいては遅いかもしれないな」
「え?」
「ヴァルム軍に屈した元解放軍の兵が迫ってきますわ」
「私も空から見たわ。ヴァルムの軍旗が此処を囲んでいる最中だった」
「……戦うしかありませんね」
名前もティアモの背に乗りつつ彼女と同じ光景を見ていた。つい昨日まで味方だったはずの軍勢は今では脅威に反転した。此処にはいない友の苦痛は予想出来たが、今はそれどころではない。名前は腰に下げた剣の柄を撫でて戦いを決意する。
「名前君。君は此処にいる中で身分が一番高い」
「!…それは私がみんなを…?」
「無理よ!この子は軍の指揮官として訓練を受けてきたわけじゃないわ」
「そう、ですね…無責任かもしれないけど、私では余計混乱を招くだけでは…」
「…そうだね。しかし今は火急の時だ。此処で皆を待つ為に防衛するか、此処を放棄して先進部隊を追いかけるかの判断は君がすることになる。君はどうしたい?」
「……私は、戦って追いかけるべき、だと思う」
「そうか」
三人に異論は無かった。どちらにしても難しい戦いになるのは目に見えていた。
「それでは僭越ながら、私が皆を導こうではないか」
「ヴィオールさんが?」
「うむ。華麗に、そして貴族的に!この窮地を脱して見せよう!」
「………」
「ご安心ください。こんな風体で頼りなくはありますが、がっかりはさせませんよ。私とミネルヴァちゃんが保証しますわ」
「こんなとは…セルジュ君、少し言葉が過ぎるのでは…」
「…心強いです」
「そして何故私ではなく、セルジュ君達に向かって言うのかね」
危機的状況にも関わらず、おどけてみせるヴィオールに笑みを送ると、後ろに控えるセルジュは隠れて笑みを漏らす。ミネルヴァは退屈そうに鳴き声をあげた。
「さて、冗句はさておき。名前君。さっきも言ったが今は君がこの軍の頭だ」
「は、はい」
「私はその補佐として動く。簡易なもので構わないから任命を授けてくれないかな。出来れば何か、物を貸してくれるとありがたい」
「あ…そうですね。ではヴィオールさん、此処からの指揮系統は貴方に全て任せます。お貸しできる物は……あっ、ティアモさん。私の荷物は…」
「えぇ、ちゃんと持ってきてるわ」
「ちょっと待ってください」
名前はティアモに預けていた荷物の中から丁寧に梱包した一本の弓を取り出す。
名前は包みを取り外して物の状態を確かめてからヴィオールの前に差し出した。
「…これは」
「エメリナ様から貰った大事な弓じゃない。…いいの?」
「今私が持っていても仕方がないものです。これなら私の権威を譲渡したことを一番に示せるし…エメリナ様も許してくれる…と、思います」
「大事にお預かりするよ。君の気持ちは確かに受け取った。皆を此処から無事に脱出させる為に尽力するよ」
「……壊さないでくださいね。もし壊したら…貴方の脳天をぶち抜きます」
「あら、素敵」
「な…名前君、怖いことを言わないでくれ」
「約束を破ってもぶち抜きます」
「じょ、冗談はやめたまえよ…」
「冗談じゃないのよね、これが」
「ごほん!!…ではティアモ君。戦える者を全て集めてくれたまえ。セルジュ君は要塞に向かう道程の再確認と敵の同行を探ってくれ」
「私は?」
「イーリスの奥方をこき使ってしまって良いのかね」
「構いません。…私も人を集めてきます」
「うむ、頼む。体力は残しておいておくれよ。君も立派な戦力だ」
「!…はい!」
セルジュと別れ、ティアモと共に慌ただしい陣内を駆け回って兵士に集合をかけた。その間もヴィオールが手を回したのか着々と撤退の準備は進む。
陣内の撤退準備がほぼ完了した頃、ヴィオールの前にようやく人員は揃いぶむ。現状を不安視する者、怯える者、逆に解放軍の裏切りに激怒し、好戦的な者。様々な兵士達を前にしてヴィオールは咳払いをしてから声をあげる。
「皆!隠しても仕方のないことだから敢えて知らせておこう。現状は至って最悪だ。だからこそ皆の力を合わせねばならない。安心したまえ、この私が、華麗に、貴族的に、皆を導こう!」
「………」
「………」
ざわつく兵士達がしんと静まる。明らかな不振の目がそこにはあった。ヴィオールは特に気にも止めていないのであろうが、名前は隣のティアモに目配せると彼女も苦い顔をしていた。名前はたまらなくなって、ヴィオールの隣に駆け込んだ。
「あの!!…皆さん。…大変な戦いになると思います。でも、今は私達を信じてください!要塞に戦いに出た仲間達もきっと困っているはずです。皆さんの力を貸してください。みんなで、私達で助けにいきましょう!」
兵士達は突然の名前の登場に驚いてはいたが、名前の辿々しい演説に視線が右往左往している。余計な真似だったか、と後悔で名前はたちまち顔を赤くして俯いてしまった。が、一人の拍手によって場の空気が変わる。
自警団員の一人、ベルベットである。彼女はとても険しい顔をしてはいたが、手を合わせて鳴らす音はとても大きい。その隣のリベラも柔和な微笑みを向けてからベルベットを真似た。そこからマリアベル、リヒトも同じく拍手を始め、やってやろうぜと声をあげたのはヴェイクとグレゴである。こうして活気が出てくれば、兵士達も腕をふりあげて賛同し始めた。
兵達の盛り上がりようにほっと安堵しながらも、名前は腰を曲げて仲間達に頭を下げるのだった。泣きそうな顔を隠す為にも長い間、地を見続けることになった。
「では、これより我らは要塞前で戦うフェリア軍に合流する。道は私達で切り開こう」
ヴィオールの号令に応、と大きな返事が辺りを騒がせるのだった。
足の揃わぬ解放軍を一丸にするにはこの巫女の存在が不可欠である。強大なヴァルム帝国に対抗する唯一の足掛かりをつける為、イーリス同盟軍は巫女が幽閉されたミラの神樹へ軍を進めたのだった。
ヴァルム帝国軍も神竜の巫女を監視する為に堅固な守備を布いていた。屈強な重装歩兵の老将軍がクロム達の前に立ちはだかる。これまでのヴァルム軍を率いてきた将達と変わらず、皇帝ヴァルハルトへの尊敬の念が強い男で、追いつめることに成功するも辛くも敗走を許してしまうのだった。
ヴァルム兵達を蹴散らし、ミラの神樹の奪取に成功した同盟軍は早速巫女に会いに向かった。天空を覆うような広く伸びた枝葉を支える太い幹。その内部をくり貫き、神木上部に作られた神聖な神殿へ向かう唯一の道がそこにはあった。
長い回廊を歩き、たどり着いた神殿に巫女は眠っていた。
竜の少女・チキ。
長い眠りから覚めたばかりの彼女は、クロムとルキナの親子が聖王の血を受け継ぐ者と一目で見破った。
そして彼の一族が代々引き継ぎし秘宝のことも心得ていたのである。
『炎の台座』と呼ばれるイーリスの秘宝は、元は“炎の紋章”と呼ばれるものだった。炎の紋章は初代聖王が邪竜を打ち倒す際に神竜ナーガから賜ったものだという。紋章は人智を越えた力を持っていた為に紋章に在った五つの宝玉が取り外された。クロム達が所持する台座にも宝玉の一つ、『白炎』が。また『蒼炎』と呼ばれる宝玉はチキ自身が守り続けてきた。残る宝玉の内、『碧炎』はソンシンが代々受け継いできたのだがヴァルム皇帝ヴァルハルトによって持ち去られた。また、『緋炎』は西大陸フェリアにて西の王が保管していたのだというが、バジーリオの話で、残りの二つともに所在は行方知らずのままだ。
かつて倒されたはずの破滅と絶望の竜が再び復活を予期するチキは、宝玉『蒼炎』をクロム達に託す。永い眠りによって戦う力を失ってしまった彼女はそうすることしか出来ぬことを詫びた。そしてサイリの願いである打倒ヴァルムを許し、その情報は瞬く間に大陸中に響かせるのだった。
この日、チキは希望と不安、そのどちらともに出会った。
一人はかつて、自分を救いし優しい青年と似た、懐かしい雰囲気を持つ少女だった。
もう一人は、胸を掴まれるような強き竜の力を眠らせる青年だった。
かくして、徐々にその規模を増やすことに成功した解放軍だったが、敵が万全の状態を許すはずもない。斥候の情報がいち早く伝えたのは主力となるヴァルム本隊と規模を同じくする二軍が同盟軍の方へ進軍を開始するのだった。
本格的な戦いの幕開けが、きって落とされようとしていた。
皇帝ヴァルハルトが率いる北方より押し寄せる本隊、そしてサイリの兄であり、剣聖と呼ばれる武人レンハが率いる南方軍と正面よりぶつかっても数・士気共に勝ち目が薄い。そのため残る中央砦に勝機を賭け、同盟軍は進軍した。東大陸中央砦、シュヴァイン要塞を守るのは魔道を極めし戦乙女の将だった。堅牢な砦にクロム達は力を合わせて門を突破し、城塞へ進行した。
その直後、クロム達に凶報が舞い込む。要塞を取り囲む解放軍の旗が次々と燃え、代わりに新しい軍旗が翻った。解放軍の殆どがヴァルムへと寝返ったのである。裏切りの軍によって道を塞がれ、クロム達に退路は残されていなかった。前進しか道を示せなかったルフレに従い、クロム達は魔道将を討ち取る為に奔走する。
殿を務めていた本陣にも裏切りの敵兵が雪崩込んできた。形勢を返され、要塞を攻めていたクロム達との連絡が取れなくなったのと同時刻のことだった。
フェリア軍の陣内で師であるフラヴィアを待ちながら素振りを繰り返していた名前のところにまで飛び込んできた情報が解放軍の反旗である。名前は一瞬混乱を覚えたが、護衛として付き従っていたティアモに励まされ、急いで自分も荷物を纏めた。防衛に努める同盟軍の兵士とかろうじて残った解放軍の兵士達に声をかけ、すぐにでも撤退出来るよう準備を始めるのである。
ティアモと共に軍の荷造りを急ピッチで進めていく途中、セルジュが愛竜ミネルヴァと共に名前の前に現れた。彼女曰くヴィオールからの使者して来たらしく、名前に愛竜への騎乗を促すのだった。戦いの雰囲気に興奮を覚えるミネルヴァの姿を見て、騎乗を丁重に断りつつも彼からの召喚に応じる為にティアモと共にセルジュの先導に従うのだった。
同盟軍の作戦室として使われていた大天幕が今まさに折り畳まれている最中、その中心となって動く人物がいた。ヴィオールである。彼はセルジュが指示通りに名前を連れ帰ったことを労いつつ、名前の前に立った。
「大変なことになったね、名前君」
「はい…すぐ、クロム様達に連絡を…」
「しかし彼等に指示を仰いでいては遅いかもしれないな」
「え?」
「ヴァルム軍に屈した元解放軍の兵が迫ってきますわ」
「私も空から見たわ。ヴァルムの軍旗が此処を囲んでいる最中だった」
「……戦うしかありませんね」
名前もティアモの背に乗りつつ彼女と同じ光景を見ていた。つい昨日まで味方だったはずの軍勢は今では脅威に反転した。此処にはいない友の苦痛は予想出来たが、今はそれどころではない。名前は腰に下げた剣の柄を撫でて戦いを決意する。
「名前君。君は此処にいる中で身分が一番高い」
「!…それは私がみんなを…?」
「無理よ!この子は軍の指揮官として訓練を受けてきたわけじゃないわ」
「そう、ですね…無責任かもしれないけど、私では余計混乱を招くだけでは…」
「…そうだね。しかし今は火急の時だ。此処で皆を待つ為に防衛するか、此処を放棄して先進部隊を追いかけるかの判断は君がすることになる。君はどうしたい?」
「……私は、戦って追いかけるべき、だと思う」
「そうか」
三人に異論は無かった。どちらにしても難しい戦いになるのは目に見えていた。
「それでは僭越ながら、私が皆を導こうではないか」
「ヴィオールさんが?」
「うむ。華麗に、そして貴族的に!この窮地を脱して見せよう!」
「………」
「ご安心ください。こんな風体で頼りなくはありますが、がっかりはさせませんよ。私とミネルヴァちゃんが保証しますわ」
「こんなとは…セルジュ君、少し言葉が過ぎるのでは…」
「…心強いです」
「そして何故私ではなく、セルジュ君達に向かって言うのかね」
危機的状況にも関わらず、おどけてみせるヴィオールに笑みを送ると、後ろに控えるセルジュは隠れて笑みを漏らす。ミネルヴァは退屈そうに鳴き声をあげた。
「さて、冗句はさておき。名前君。さっきも言ったが今は君がこの軍の頭だ」
「は、はい」
「私はその補佐として動く。簡易なもので構わないから任命を授けてくれないかな。出来れば何か、物を貸してくれるとありがたい」
「あ…そうですね。ではヴィオールさん、此処からの指揮系統は貴方に全て任せます。お貸しできる物は……あっ、ティアモさん。私の荷物は…」
「えぇ、ちゃんと持ってきてるわ」
「ちょっと待ってください」
名前はティアモに預けていた荷物の中から丁寧に梱包した一本の弓を取り出す。
名前は包みを取り外して物の状態を確かめてからヴィオールの前に差し出した。
「…これは」
「エメリナ様から貰った大事な弓じゃない。…いいの?」
「今私が持っていても仕方がないものです。これなら私の権威を譲渡したことを一番に示せるし…エメリナ様も許してくれる…と、思います」
「大事にお預かりするよ。君の気持ちは確かに受け取った。皆を此処から無事に脱出させる為に尽力するよ」
「……壊さないでくださいね。もし壊したら…貴方の脳天をぶち抜きます」
「あら、素敵」
「な…名前君、怖いことを言わないでくれ」
「約束を破ってもぶち抜きます」
「じょ、冗談はやめたまえよ…」
「冗談じゃないのよね、これが」
「ごほん!!…ではティアモ君。戦える者を全て集めてくれたまえ。セルジュ君は要塞に向かう道程の再確認と敵の同行を探ってくれ」
「私は?」
「イーリスの奥方をこき使ってしまって良いのかね」
「構いません。…私も人を集めてきます」
「うむ、頼む。体力は残しておいておくれよ。君も立派な戦力だ」
「!…はい!」
セルジュと別れ、ティアモと共に慌ただしい陣内を駆け回って兵士に集合をかけた。その間もヴィオールが手を回したのか着々と撤退の準備は進む。
陣内の撤退準備がほぼ完了した頃、ヴィオールの前にようやく人員は揃いぶむ。現状を不安視する者、怯える者、逆に解放軍の裏切りに激怒し、好戦的な者。様々な兵士達を前にしてヴィオールは咳払いをしてから声をあげる。
「皆!隠しても仕方のないことだから敢えて知らせておこう。現状は至って最悪だ。だからこそ皆の力を合わせねばならない。安心したまえ、この私が、華麗に、貴族的に、皆を導こう!」
「………」
「………」
ざわつく兵士達がしんと静まる。明らかな不振の目がそこにはあった。ヴィオールは特に気にも止めていないのであろうが、名前は隣のティアモに目配せると彼女も苦い顔をしていた。名前はたまらなくなって、ヴィオールの隣に駆け込んだ。
「あの!!…皆さん。…大変な戦いになると思います。でも、今は私達を信じてください!要塞に戦いに出た仲間達もきっと困っているはずです。皆さんの力を貸してください。みんなで、私達で助けにいきましょう!」
兵士達は突然の名前の登場に驚いてはいたが、名前の辿々しい演説に視線が右往左往している。余計な真似だったか、と後悔で名前はたちまち顔を赤くして俯いてしまった。が、一人の拍手によって場の空気が変わる。
自警団員の一人、ベルベットである。彼女はとても険しい顔をしてはいたが、手を合わせて鳴らす音はとても大きい。その隣のリベラも柔和な微笑みを向けてからベルベットを真似た。そこからマリアベル、リヒトも同じく拍手を始め、やってやろうぜと声をあげたのはヴェイクとグレゴである。こうして活気が出てくれば、兵士達も腕をふりあげて賛同し始めた。
兵達の盛り上がりようにほっと安堵しながらも、名前は腰を曲げて仲間達に頭を下げるのだった。泣きそうな顔を隠す為にも長い間、地を見続けることになった。
「では、これより我らは要塞前で戦うフェリア軍に合流する。道は私達で切り開こう」
ヴィオールの号令に応、と大きな返事が辺りを騒がせるのだった。