#11.だが今は違う
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この日、フェリアの港町には二国の代表者が率いる軍と、それを見送る民達で溢れかえっていた。空は快晴。ペレジアから贈られた軍資を命一杯詰め込んで、大量の船が出航していった。クロム達の無事を願う声援を背に、とうとう対ヴァルム軍と相成ったイーリス・フェリアの二軍は旅だったのだ。長い旅路になることは誰もが予想出来た。
船を先導するのは一騎の竜騎士である。彼女はクロム自警団の現団員、ヴィオールに遣える騎士セルジュという。空を行く天馬騎士達の先頭に立ってヴァルムへ向かう航路の案内を買って出たのだ。おっとりとした雰囲気とは相反した勇敢な騎士である。そして、そんな斥候役も兼ねる彼女がクロム達の乗る船にヴァルムの大軍を見つけて知らせに走ったのは大陸から出てすぐの出来事であった。ヴァルムの大軍はすでに目の前に迫ってきていたのだ。
セルジュの話では船の数事態は両軍大差のない規模の軍船が向かってきているという。しかし決定的に違うのは兵力差にあった。ヴァルム兵は一船に満員が乗船している中、対してイーリス側の軍船は数人の乗組員のみの人員構成だ。数の不利は承知の上での航海だった筈も、予想以上に戦力差は開いていたのだ。
イーリス・フェリアの指揮官達はこれに頭を悩ますも、此処でルフレが一計の奇策を構ずる。数の不利を、ペレジアから託された物資で立ち向かうという。それにはクロム自身が率いた軍で、的の指揮官撃破が必要不可欠であるともルフレは述べた。クロムは迷うことなくルフレの策を受け入れる。危険な戦いに身を投じることになるにも関わらずにだ。これには、策を立てたルフレ自身がクロムの身を案じた。
しかし、これにクロムは笑った。訝しむルフレの問いにふと昔のことを思い出したと応える。ほんの少し前に出会ったとき、行き倒れの身元不詳人物だった男が今は自分の軍師として働き、半身となり己の身を案じている。これこそ運命なのだろうとクロムは語る。しかし、ルフレは少し思案してからもっと的確な言葉をクロムに送った。
この出会いと繋がりは、仲間たち全ての“絆”の形なのだと。
ルフレの選んだ精鋭達とクロムは一際大きな旗を揺らす船へと突っ込んでそのまま接舷した。すぐさま戦いの様相へと様変わり、近くの竜騎兵、天馬騎士達が駆けつけてくる。しかし、あからさまな奇襲を予測していなかったのか、数ある船団の帆先はなかなかクロム達へ向かわない。別の奇策を怪しんだのだ。
空軍の援軍を弓使い達が一掃し、その間に精鋭達が指揮官撃破を狙う。任務遂行の早さが要となる戦いだ。ヴァルムの騎士達も動揺を払いのけ、現れ出たイーリス聖王の首を狙うべく抵抗した。しかし、クロムの傍らから現れ出た裏剣・ファルシオンの使い手がそれを阻み、返り討つ。二つの神剣が互いを守り合う姿は味方陣営の騎士達の士気を上げ、結果、ヴァルムの主翼船の拿捕に成功するのだった。
船はそのまま帆先をヴァルムの巨大戦艦へ向かう。帆を張り、風の煽りを受けて奪った船はスピードを上げた。荷積みの油樽を甲板に転がし、ぶつかる寸前で乗り込んだ騎士達は海へ飛び込む。大きな爆発と炎が舞い、それを合図にペレジアの船も一斉に動き出す。ヴァルム兵達の悲壮な悲鳴が木霊し、勝利を喜ぶ兵達が歓喜の雄叫びをあげたのはそれからすぐのことだった。
蒼海は燃え、紅く染まる光景は、後方にあった小さな船に避難させられていた名前を震撼させるには十分だった。作戦を聞かされていたとは言え、凄惨な戦場に胸が支える。泳ぎに自身のある者達がヴァルムの巻き添えにならぬように次々帰還する中にも、目の前の惨状に閉口するものも少なくはなかった。
いつまでも甲板で赤い光景を見やり続ける名前にいち早く声をかけたのは夫クロムではなかった。海からあがって濡れ姿のまま、駆け寄る従者達を押し退けているのは現フェリア王のフラヴィアである。彼女はずかずかと甲板を凱旋し、名前に呼びかけた。
「安心しな、名前。クロムもルキナも無事だよ」
「…フラヴィア様!お風邪を召します、早くお着替えを…!」
「なんだい。あたしはそんなことより、もっと別のことを言ってほしいねぇ」
「あっ…!や、あの……この度の勝利、おめでとうございます。ご無事で何よりです、フラヴィア様」
「あぁ、今帰ったよ。ヴァルムの奴らに一泡吹かせてやったさ」
「は……はい…」
嬉しそうににやりと笑ったフラヴィアに名前は思わず苦笑いを浮かべた。戦終わりにまだ、興奮が冷めぬ様子なのだ。これが戦いに身を置いてきた女傑の姿であると、名前は無意識に今の自分を貶める。戦争に従事しながら己は何をやっているのだろうか、と。
「なんだいなんだい、暗い顔だねぇ。戦いに勝ったんだ、もっと嬉しそうな顔しなよ」
「え?あ……はい。勿論嬉しいです。クロム様もルキナも…無事でよかったと思いますし……でも、こんなに大規模な被害が出るのは…初めてで…」
「まぁあんたはまだ若いし、大きな戦いって言ったら二年前のペレジアとの合戦以来だからねぇ。これくらいは普通さね。むしろわかりやすくてあたしは助かるよ。謀略暗躍なんてのは苦手だからさ」
「これが……普通…」
紅く染まる世界。船と人の燃える匂いと潮の香りが混じった黒い煙だけがそんな景色を塗りつぶす。それは、これから通る道を暗示しているかのような錯覚をもたらす。
名前は唇を噛み、押し黙る。胸がチリチリと焦がれて痛む。これからまた、己の正義を貫く為に人の生を奪いながら進むことになるのだ。その事実に覚悟が揺らぐ。
「……名前?」
「っ!…あ…!…すみません、フラヴィア様…お疲れなのに、付き合わせてしまって」
「何言ってんだい、あたしが好きであんたと話してんだよ。このあたしに下手な気遣いなんて、生意気な小娘だね」
「あ…はは…」
従者に濡れた剣を預け、小麦色の肌を柔らかな布地で拭き取らせながら、フラヴィアは名前の額をぐりぐりと拳を押しつけた。
「何考えてるか知らないけどね。何かあったんならあたしに一度話してみな。相談に乗るよ」
「あ……ありがとうございます…えっと……っ!」
口を開きかけた瞬間、わっと周りが騒ぎ始めた。二人して見やって、その原因をすぐに理解する。クロム達の帰還である。彼らも海を泳いできたのか、ずぶ濡れの姿だったが今回の勝利を祝う兵士達に取り囲まれ賛辞を受けていた。兵数の差を意にも介さず、見事に打ち破ったことが余程軍の指揮を高めたのだろう。
名前はぱっと顔色を明るくさせてそちらの方に足先を向けたが、しかしそれも一瞬だった。兵士達に囲まれ、戦いを労う皆の姿がそこにはあった。突然勢いが殺がれ、俯いてしまった名前にフラヴィアは怪訝な顔をする。しかし、そんな彼女たちの元へ軽やかな足音が近づいてきた。
「お母様!」
「…ルキナ!よかった…あぁ!こんなにずぶ濡れになって…」
「これくらい大丈夫です。…お母様もご無事で安心しました」
母の元へ一目散に駆け寄ってきた娘は、己の無事を喜ぶ母に笑みを送った。名前はフラヴィアの従事から大きな布地を借り受け、ルキナの細身を包み込む。冷たくなった身体を丹念に擦り、熱を送ってやれば、ルキナは恥ずかしそうに身をよじった。
「早く着替えないと…風邪を引いたら大変…」
「は、はい…」
「そうだね。海水に髪が傷んじゃうよ。…だけどその前に、あんたはクロムに顔見せてきな」
「え?で、でも…」
「ほら!早いとこ行く!」
ぐいぐいと背を追いやられ、名前は顔を赤くさせていたが、おずおずとした足取りでクロムの元に向かった。
「何を遠慮してるんだか」
「遠慮…?」
「あぁ。いつもあぁさ。自分の夫でさえあれなんだから…もっとどっしり構えてりゃあいいのに」
「………」
ルキナは、父と母の仲睦まじそうに言葉を交わす様子を見守った。それでもすぐにクロムは誰かしらに呼ばれて名前の元から離れてしまう。名前の表情は後背を見せる為に計れない。それから名前はすぐにこちらに戻ってきた。
「行きましょうか」
「あぁ。…暖かい湯に合たれたらいいけど、この海の上じゃ難しいかもねぇ」
「…ルキナ?」
「あ、はい!」
ルキナを顧みる名前の表情は、彼女のよく知るものに違いなかった。肩を抱き一緒に歩いてくれる幸福感を感じながら、それでもルキナは不安をくすぶらせていた。
(…この横顔は…小さいときに見たお母様と、同じ……)
ルキナは肩から感じる熱に酔いしれながらも、唇を噛み、目を伏せるのだった。
空にあがる黒煙は戦いの始まりを意味していた。燃える海を超え、クロム達はヴァルム大陸へと進む。
船を先導するのは一騎の竜騎士である。彼女はクロム自警団の現団員、ヴィオールに遣える騎士セルジュという。空を行く天馬騎士達の先頭に立ってヴァルムへ向かう航路の案内を買って出たのだ。おっとりとした雰囲気とは相反した勇敢な騎士である。そして、そんな斥候役も兼ねる彼女がクロム達の乗る船にヴァルムの大軍を見つけて知らせに走ったのは大陸から出てすぐの出来事であった。ヴァルムの大軍はすでに目の前に迫ってきていたのだ。
セルジュの話では船の数事態は両軍大差のない規模の軍船が向かってきているという。しかし決定的に違うのは兵力差にあった。ヴァルム兵は一船に満員が乗船している中、対してイーリス側の軍船は数人の乗組員のみの人員構成だ。数の不利は承知の上での航海だった筈も、予想以上に戦力差は開いていたのだ。
イーリス・フェリアの指揮官達はこれに頭を悩ますも、此処でルフレが一計の奇策を構ずる。数の不利を、ペレジアから託された物資で立ち向かうという。それにはクロム自身が率いた軍で、的の指揮官撃破が必要不可欠であるともルフレは述べた。クロムは迷うことなくルフレの策を受け入れる。危険な戦いに身を投じることになるにも関わらずにだ。これには、策を立てたルフレ自身がクロムの身を案じた。
しかし、これにクロムは笑った。訝しむルフレの問いにふと昔のことを思い出したと応える。ほんの少し前に出会ったとき、行き倒れの身元不詳人物だった男が今は自分の軍師として働き、半身となり己の身を案じている。これこそ運命なのだろうとクロムは語る。しかし、ルフレは少し思案してからもっと的確な言葉をクロムに送った。
この出会いと繋がりは、仲間たち全ての“絆”の形なのだと。
ルフレの選んだ精鋭達とクロムは一際大きな旗を揺らす船へと突っ込んでそのまま接舷した。すぐさま戦いの様相へと様変わり、近くの竜騎兵、天馬騎士達が駆けつけてくる。しかし、あからさまな奇襲を予測していなかったのか、数ある船団の帆先はなかなかクロム達へ向かわない。別の奇策を怪しんだのだ。
空軍の援軍を弓使い達が一掃し、その間に精鋭達が指揮官撃破を狙う。任務遂行の早さが要となる戦いだ。ヴァルムの騎士達も動揺を払いのけ、現れ出たイーリス聖王の首を狙うべく抵抗した。しかし、クロムの傍らから現れ出た裏剣・ファルシオンの使い手がそれを阻み、返り討つ。二つの神剣が互いを守り合う姿は味方陣営の騎士達の士気を上げ、結果、ヴァルムの主翼船の拿捕に成功するのだった。
船はそのまま帆先をヴァルムの巨大戦艦へ向かう。帆を張り、風の煽りを受けて奪った船はスピードを上げた。荷積みの油樽を甲板に転がし、ぶつかる寸前で乗り込んだ騎士達は海へ飛び込む。大きな爆発と炎が舞い、それを合図にペレジアの船も一斉に動き出す。ヴァルム兵達の悲壮な悲鳴が木霊し、勝利を喜ぶ兵達が歓喜の雄叫びをあげたのはそれからすぐのことだった。
蒼海は燃え、紅く染まる光景は、後方にあった小さな船に避難させられていた名前を震撼させるには十分だった。作戦を聞かされていたとは言え、凄惨な戦場に胸が支える。泳ぎに自身のある者達がヴァルムの巻き添えにならぬように次々帰還する中にも、目の前の惨状に閉口するものも少なくはなかった。
いつまでも甲板で赤い光景を見やり続ける名前にいち早く声をかけたのは夫クロムではなかった。海からあがって濡れ姿のまま、駆け寄る従者達を押し退けているのは現フェリア王のフラヴィアである。彼女はずかずかと甲板を凱旋し、名前に呼びかけた。
「安心しな、名前。クロムもルキナも無事だよ」
「…フラヴィア様!お風邪を召します、早くお着替えを…!」
「なんだい。あたしはそんなことより、もっと別のことを言ってほしいねぇ」
「あっ…!や、あの……この度の勝利、おめでとうございます。ご無事で何よりです、フラヴィア様」
「あぁ、今帰ったよ。ヴァルムの奴らに一泡吹かせてやったさ」
「は……はい…」
嬉しそうににやりと笑ったフラヴィアに名前は思わず苦笑いを浮かべた。戦終わりにまだ、興奮が冷めぬ様子なのだ。これが戦いに身を置いてきた女傑の姿であると、名前は無意識に今の自分を貶める。戦争に従事しながら己は何をやっているのだろうか、と。
「なんだいなんだい、暗い顔だねぇ。戦いに勝ったんだ、もっと嬉しそうな顔しなよ」
「え?あ……はい。勿論嬉しいです。クロム様もルキナも…無事でよかったと思いますし……でも、こんなに大規模な被害が出るのは…初めてで…」
「まぁあんたはまだ若いし、大きな戦いって言ったら二年前のペレジアとの合戦以来だからねぇ。これくらいは普通さね。むしろわかりやすくてあたしは助かるよ。謀略暗躍なんてのは苦手だからさ」
「これが……普通…」
紅く染まる世界。船と人の燃える匂いと潮の香りが混じった黒い煙だけがそんな景色を塗りつぶす。それは、これから通る道を暗示しているかのような錯覚をもたらす。
名前は唇を噛み、押し黙る。胸がチリチリと焦がれて痛む。これからまた、己の正義を貫く為に人の生を奪いながら進むことになるのだ。その事実に覚悟が揺らぐ。
「……名前?」
「っ!…あ…!…すみません、フラヴィア様…お疲れなのに、付き合わせてしまって」
「何言ってんだい、あたしが好きであんたと話してんだよ。このあたしに下手な気遣いなんて、生意気な小娘だね」
「あ…はは…」
従者に濡れた剣を預け、小麦色の肌を柔らかな布地で拭き取らせながら、フラヴィアは名前の額をぐりぐりと拳を押しつけた。
「何考えてるか知らないけどね。何かあったんならあたしに一度話してみな。相談に乗るよ」
「あ……ありがとうございます…えっと……っ!」
口を開きかけた瞬間、わっと周りが騒ぎ始めた。二人して見やって、その原因をすぐに理解する。クロム達の帰還である。彼らも海を泳いできたのか、ずぶ濡れの姿だったが今回の勝利を祝う兵士達に取り囲まれ賛辞を受けていた。兵数の差を意にも介さず、見事に打ち破ったことが余程軍の指揮を高めたのだろう。
名前はぱっと顔色を明るくさせてそちらの方に足先を向けたが、しかしそれも一瞬だった。兵士達に囲まれ、戦いを労う皆の姿がそこにはあった。突然勢いが殺がれ、俯いてしまった名前にフラヴィアは怪訝な顔をする。しかし、そんな彼女たちの元へ軽やかな足音が近づいてきた。
「お母様!」
「…ルキナ!よかった…あぁ!こんなにずぶ濡れになって…」
「これくらい大丈夫です。…お母様もご無事で安心しました」
母の元へ一目散に駆け寄ってきた娘は、己の無事を喜ぶ母に笑みを送った。名前はフラヴィアの従事から大きな布地を借り受け、ルキナの細身を包み込む。冷たくなった身体を丹念に擦り、熱を送ってやれば、ルキナは恥ずかしそうに身をよじった。
「早く着替えないと…風邪を引いたら大変…」
「は、はい…」
「そうだね。海水に髪が傷んじゃうよ。…だけどその前に、あんたはクロムに顔見せてきな」
「え?で、でも…」
「ほら!早いとこ行く!」
ぐいぐいと背を追いやられ、名前は顔を赤くさせていたが、おずおずとした足取りでクロムの元に向かった。
「何を遠慮してるんだか」
「遠慮…?」
「あぁ。いつもあぁさ。自分の夫でさえあれなんだから…もっとどっしり構えてりゃあいいのに」
「………」
ルキナは、父と母の仲睦まじそうに言葉を交わす様子を見守った。それでもすぐにクロムは誰かしらに呼ばれて名前の元から離れてしまう。名前の表情は後背を見せる為に計れない。それから名前はすぐにこちらに戻ってきた。
「行きましょうか」
「あぁ。…暖かい湯に合たれたらいいけど、この海の上じゃ難しいかもねぇ」
「…ルキナ?」
「あ、はい!」
ルキナを顧みる名前の表情は、彼女のよく知るものに違いなかった。肩を抱き一緒に歩いてくれる幸福感を感じながら、それでもルキナは不安をくすぶらせていた。
(…この横顔は…小さいときに見たお母様と、同じ……)
ルキナは肩から感じる熱に酔いしれながらも、唇を噛み、目を伏せるのだった。
空にあがる黒煙は戦いの始まりを意味していた。燃える海を超え、クロム達はヴァルム大陸へと進む。