#10.夜道は気をつけてね
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幸福の中に、何時だって陰りは見えていた。
動乱の時代が終わったわけではないのだ。
国を守るために。
民を守るために。
そして、愛する子らの未来のために。
戦いは続く。
久しぶりに集結されたクロム達自警団はフェリア軍と共にフェリア港へ移動していた。
事はフェリアの将・鎧兵ライミの来訪から始まる。
彼女はクロムに現フェリア王フラヴィアが急ぎ会見を望んでいると伝えた。火急の用件に、戦乱の予兆を感じたクロムの予感通り、フェリアで待っていたのは戦いの話だった。
西の大陸を支配するヴァルム帝国の横暴な侵略宣言。元々小国が犇めく西大陸を統一した後、その触手を隣大陸にまでのばしたのだ。
元は西大陸から逃れてきたという貴族ヴィオールと、そしてその従者セルジュからの情報である。
愛竜に乗って海を渡り逃れてきたというセルジュの話はヴァルム帝国の皇帝ヴァルハルトの恐るべき偉業を語り、そしてその横暴さを知らしめた。現にフェリアの港には今、ヴァルムの先兵部隊がフェリアに対して降伏を迫っているとフラヴィアは語る。彼女はバジーリオとも相談し、イーリスに助力を求めたのである。
クロムの決断は早かった。
クロムはイーリスの自警団の仲間達に呼びかけるとすぐに出兵した。
「オリヴィエさん!…お久しぶりです」
「はっはわわっ!な、名前様…!」
「…様はつけないでください。同じ自警団の仲間ですから…」
「そ、そんな…私なんかが…は、恥ずかしいですぅ…」
拠点の隅で人目を避けるようにキョロキョロとしていた踊り子のオリヴィエだったが、もじもじと手を擦りあわせて俯いてしまった。名前は眉を下げて苦笑いを浮かべる。
しかし、はたと気付いて彼女は思いだしたとばかりに顔をあげた。
「あのっ!…名前、さん…お子さんは…どうしたのです?」
「あ…えぇ…あの…乳母様にお願いしてきました」
「えっえぇ!?だって、まだ産まれたばかりの赤ちゃんでは…」
「はい。でも、戦いに連れ回すわけにはいきませんし…」
「…名前さん…わ、私が言うのもおかしいですけど…無理して戦いに出なくても…」
名前は首を振ってにこやかに微笑んだ。
戦いに出ると聞いて、名前はいの一番に準備に取り掛かった。子を成すまでは芸稽古として剣技を習い、馬術を嗜むようになったのは、クロムの傍らにいても恥ずかしくないようにと、何時だって戦の予感を名前も感じていたからだ。
屍兵が跋扈する時代。いつかは戦乱の狼煙が上がり、そしてクロムがその為に皆の前に立って剣を掲げることになるだろうと。
名前はそのとき、後ろで帰りを待つのではなく、隣で支えると決めたのだ。
愛する娘「ルキナ」が誕生してからも、その思いはより強くなっていた。
家族が欠けるわけにはいかない。自分はまだ安全でも、矢面に立つクロムは違う。
「…クロム様もリズ様も、幼少は乳母様に育てられたと聞きました。それに側にいなくても、私もクロム様もあの子のことを思わない日はないですし」
「名前さん…赤ちゃんのために戦うのですね……」
「あの、オリヴィエさんも剣を嗜まれると聞きました…もしよろしければ、時間が空いたときにでもお手合わせを…」
「はっはいっ!私でよければ…!」
「…出来れば、踊りも拝見させてくださいね」
「そっそれは…!嬉しいですけれど、恥ずかしいですーっ!」
顔を真っ赤に染め上げて頬を両手で覆うと彼女はピューッと駆けて行ってしまった。
あっと言う間に逃げてしまったオリヴィエに苦笑を浮かべつつも、名前はまた歩き出した。他の仲間達への挨拶もまだ始まったばかりだからだ。
フェリア港を襲撃したヴァルム軍の将は横暴な要求を繰り返した。
兵糧、資源、フェリア・イーリスの敗戦降伏。
そして、至宝「炎の台座」を差し出すこと。
逆らった民は容赦なくその命を奪う。
最早話し合いの余地無し。
クロムの下した決断は戦いだった。
弱き者を守り、悪しき強者を砕く。
二年の歳月で考え抜いた、人の上に立つクロムなりの答えである。
クロムの号令で戦いは始まった。
ヴァルムの先鋭達は騎馬兵を中心にした攻撃的かつ強固な部隊だった。
フェリアの精鋭達に深手を負わせ、イーリス自警団も苦戦を強いられた。参戦した竜騎士セルジュの力もあって、ヴァルムの軍を退けることに辛くも成功した。
しかし、今回のヴァルム軍は先発隊。これからも続々と精鋭部隊が押し寄せて来る。フェリアの民を守りながら戦うには分が悪い。
そこでルフレは海に出るべきだと進言する。
有力な騎馬部隊を多数所属するヴァルムとせめて互角に戦う場があるとすれば海戦だと。
しかし、強力な歩兵でのゲリラ戦を得意とするフェリアに、エメリナの意向を次いで必要以上の戦力を有しないイーリスに戦いに向く船は無い。
しかし、一見旗色悪しと思われるルフレの意見に賛成のバジーリオが一つの提案をあげた。
ペレジアの支援を要請すべし。
財力豊かで商船を持ち、西大陸とも貿易を繰り返してきたペレジアの船を用いれば、ルフレの策は具現するというのだ。
現実的に考えて、これからの戦いにペレジアの助力無しでは戦いは不利と見たフラヴィアはバジーリオの提案を受け入れる。姉の件もあって、苦い思いをしてきたクロムは眉間を寄せていたが、最早それ以外に術はないと自らがペレジア交渉に乗り出すことに決めたのだった。
クロムの出した支援要請にペレジアはすぐに応えた。ギャンレル亡き後即位したペレジアの新国王はクロム達との会見を望み、場所を孤島・屍島に定めた。
わざわざ人の出入りの無い島に呼び出すペレジアに、良からぬ思惑を感じながらも確証はなく、また、ヴァルムの侵攻を前に足踏みをしている暇はなかった。
危惧を持ちながらも一行は屍島へと足を伸ばすのだった。
ペレジア国王との会見に同席するつもりだった名前の目の前に立ちはだかったのは夫クロムである。わざわざ待っていたのか、後でどうせ合流するのに、と仁王立ちで不遜な態度を取る夫に、名前はあえて微笑みで返す。
愛馬を引いて歩き出す名前の歩幅にクロムも合わせる。
「…お前は待っていてもよかったのに」
「そういうわけにはいかないでしょう…?相手はペレジアの国王ですし。私も一緒にいることはわかっているでしょうから、挨拶しないのは失礼です」
「そうは言ってもな…お前に何かあれば、ルキナは…!」
「貴方に何かあっても、ルキナを悲しませることになります」
「……っ」
「大丈夫。私は貴方の傍から離れません。そうすれば、貴方が守ってくれるでしょう…?」
「…あぁ。命に換えても、な」
「はい。信じています…だから私も…クロム様を守らせてください」
クロムはそれ以上何も言わなかった。いつも柔順な名前が頑固に引き下がらないときはどうしようもないときだとも、彼にはすでにわかりきっていた。
だからクロムは仕方なく名前の小さな肩を抱き寄せて、少なからず感じ取っている妻の不安を打ち消してやるように努めるのだった。
どことなく生気のない慇懃なペレジア兵の案内で、古い洋館の一室に通されたクロム達は、そこで思わぬ再会を果たす。
天馬魔兵の女、インバース。
女は相変わらず妖しくも艶やかな笑みを浮かべてクロム達を出迎えた。変わらず彼女はペレジア王の側近なのだ。
そして肝心の新国王も間もなく姿を現す。
邪竜ギムレーを拝する教団の教主だと言う男。名をファウダー。
クロムもルフレも、その男を目の前にして動揺を起こす。
以前、姉王エメリナ暗殺未遂を起こした主犯格の男にそっくりなのだ。
しかしあくまでもファウダーは初対面の風で知らぬ顔である。
訝しくも、ギャンレル亡き後のペレジアが大きな混乱も無く統治されたのは紛れもなくファウダーの手腕の功績であり、その経緯があって現国王に着任した事実に間違いはない。
今はその件を捨て置くというクロムの言葉に従って、ルフレも胸騒ぎのする自身を抑えつけて交渉を進めた。
ペレジアは戦における人力は提供出来ないが、十分すぎるほどの戦船・貨物船、並びに戦にかかる費用を全て受け持つと約束した。
顔色をなかなか変えないフレデリクが驚くほどの大盤振る舞いである。
それだけの危地にあると理解してのことか、あるいは何かしらの作為があるのかはわからない。しかし、ペレジアの支援が無ければヴァルムとの戦いは乗り切れない。クロム達はありがたくその申し出を受けるのだった。
会見はスムーズに終わり、いち早く切り上げようとするイーリス勢に、ファウダーは引き留める。
もう一人、紹介したい人物がいると言うのだ。
大司祭とインバースの恭しい呼び声と共に、重そうな着衣を纏って青年と思われる人物が暗がりから現れた。深くローブを被っている為に陰が出来て顔が見えない。
イーリスの王子を前に、語らず、不遜な態度を取る人物にフレデリクが溜まらず声をあげた。
これを機に、大司祭は影を取り払う。
そこには一人の青年が在った。
クロムは目の前の存在が信じられず、隣を顧みてからもう一度青年を見やる。フレデリクも、そして後ろに控えていた名前も。同じく親愛なるイーリスの軍師を見つめていた。
「ルフレ…!?」
「……っ」
当の本人は、言葉も出ない。
目の前に現れたギムレー教団の大司祭と呼ばれる青年はまさにルフレその人といって良い。
顔・体格・声。存在そのものがルフレと同じなのだ。
問いただそうと動いたクロムに、ファウダーとインバースが立ちはだかる。突如として会見は終了し、ルフレに似た青年は薄く笑みを浮かべるとローブを被り直してまた影の中へ融けていった。
名前は、胸に引っかかりを覚えるが退席する為にこちらを向いたクロムと目が合い、ほっと、安堵を覚える。
失礼いたします、と夫の分まで頭を下げる名前に、麗しい笑い声が降り懸かる。
「夜道は気をつけてね。このご時世…何が起こるかわからないから」
「……」
インバースの言葉に、笑みを湛えていた名前は顔色を変えた。
まるで猫のように愛嬌を含んだ妖艶な笑みを向ける女性。
目を離せなかった
胸に掬う不安を増幅させる何かが彼女にはあった。
苛立ちを含んだ声で、行くぞ、と腕を引くクロムに、慌ただしくもう一度だけ頭を下げて夫に倣い歩き出すのだった。
動乱の時代が終わったわけではないのだ。
国を守るために。
民を守るために。
そして、愛する子らの未来のために。
戦いは続く。
久しぶりに集結されたクロム達自警団はフェリア軍と共にフェリア港へ移動していた。
事はフェリアの将・鎧兵ライミの来訪から始まる。
彼女はクロムに現フェリア王フラヴィアが急ぎ会見を望んでいると伝えた。火急の用件に、戦乱の予兆を感じたクロムの予感通り、フェリアで待っていたのは戦いの話だった。
西の大陸を支配するヴァルム帝国の横暴な侵略宣言。元々小国が犇めく西大陸を統一した後、その触手を隣大陸にまでのばしたのだ。
元は西大陸から逃れてきたという貴族ヴィオールと、そしてその従者セルジュからの情報である。
愛竜に乗って海を渡り逃れてきたというセルジュの話はヴァルム帝国の皇帝ヴァルハルトの恐るべき偉業を語り、そしてその横暴さを知らしめた。現にフェリアの港には今、ヴァルムの先兵部隊がフェリアに対して降伏を迫っているとフラヴィアは語る。彼女はバジーリオとも相談し、イーリスに助力を求めたのである。
クロムの決断は早かった。
クロムはイーリスの自警団の仲間達に呼びかけるとすぐに出兵した。
「オリヴィエさん!…お久しぶりです」
「はっはわわっ!な、名前様…!」
「…様はつけないでください。同じ自警団の仲間ですから…」
「そ、そんな…私なんかが…は、恥ずかしいですぅ…」
拠点の隅で人目を避けるようにキョロキョロとしていた踊り子のオリヴィエだったが、もじもじと手を擦りあわせて俯いてしまった。名前は眉を下げて苦笑いを浮かべる。
しかし、はたと気付いて彼女は思いだしたとばかりに顔をあげた。
「あのっ!…名前、さん…お子さんは…どうしたのです?」
「あ…えぇ…あの…乳母様にお願いしてきました」
「えっえぇ!?だって、まだ産まれたばかりの赤ちゃんでは…」
「はい。でも、戦いに連れ回すわけにはいきませんし…」
「…名前さん…わ、私が言うのもおかしいですけど…無理して戦いに出なくても…」
名前は首を振ってにこやかに微笑んだ。
戦いに出ると聞いて、名前はいの一番に準備に取り掛かった。子を成すまでは芸稽古として剣技を習い、馬術を嗜むようになったのは、クロムの傍らにいても恥ずかしくないようにと、何時だって戦の予感を名前も感じていたからだ。
屍兵が跋扈する時代。いつかは戦乱の狼煙が上がり、そしてクロムがその為に皆の前に立って剣を掲げることになるだろうと。
名前はそのとき、後ろで帰りを待つのではなく、隣で支えると決めたのだ。
愛する娘「ルキナ」が誕生してからも、その思いはより強くなっていた。
家族が欠けるわけにはいかない。自分はまだ安全でも、矢面に立つクロムは違う。
「…クロム様もリズ様も、幼少は乳母様に育てられたと聞きました。それに側にいなくても、私もクロム様もあの子のことを思わない日はないですし」
「名前さん…赤ちゃんのために戦うのですね……」
「あの、オリヴィエさんも剣を嗜まれると聞きました…もしよろしければ、時間が空いたときにでもお手合わせを…」
「はっはいっ!私でよければ…!」
「…出来れば、踊りも拝見させてくださいね」
「そっそれは…!嬉しいですけれど、恥ずかしいですーっ!」
顔を真っ赤に染め上げて頬を両手で覆うと彼女はピューッと駆けて行ってしまった。
あっと言う間に逃げてしまったオリヴィエに苦笑を浮かべつつも、名前はまた歩き出した。他の仲間達への挨拶もまだ始まったばかりだからだ。
フェリア港を襲撃したヴァルム軍の将は横暴な要求を繰り返した。
兵糧、資源、フェリア・イーリスの敗戦降伏。
そして、至宝「炎の台座」を差し出すこと。
逆らった民は容赦なくその命を奪う。
最早話し合いの余地無し。
クロムの下した決断は戦いだった。
弱き者を守り、悪しき強者を砕く。
二年の歳月で考え抜いた、人の上に立つクロムなりの答えである。
クロムの号令で戦いは始まった。
ヴァルムの先鋭達は騎馬兵を中心にした攻撃的かつ強固な部隊だった。
フェリアの精鋭達に深手を負わせ、イーリス自警団も苦戦を強いられた。参戦した竜騎士セルジュの力もあって、ヴァルムの軍を退けることに辛くも成功した。
しかし、今回のヴァルム軍は先発隊。これからも続々と精鋭部隊が押し寄せて来る。フェリアの民を守りながら戦うには分が悪い。
そこでルフレは海に出るべきだと進言する。
有力な騎馬部隊を多数所属するヴァルムとせめて互角に戦う場があるとすれば海戦だと。
しかし、強力な歩兵でのゲリラ戦を得意とするフェリアに、エメリナの意向を次いで必要以上の戦力を有しないイーリスに戦いに向く船は無い。
しかし、一見旗色悪しと思われるルフレの意見に賛成のバジーリオが一つの提案をあげた。
ペレジアの支援を要請すべし。
財力豊かで商船を持ち、西大陸とも貿易を繰り返してきたペレジアの船を用いれば、ルフレの策は具現するというのだ。
現実的に考えて、これからの戦いにペレジアの助力無しでは戦いは不利と見たフラヴィアはバジーリオの提案を受け入れる。姉の件もあって、苦い思いをしてきたクロムは眉間を寄せていたが、最早それ以外に術はないと自らがペレジア交渉に乗り出すことに決めたのだった。
クロムの出した支援要請にペレジアはすぐに応えた。ギャンレル亡き後即位したペレジアの新国王はクロム達との会見を望み、場所を孤島・屍島に定めた。
わざわざ人の出入りの無い島に呼び出すペレジアに、良からぬ思惑を感じながらも確証はなく、また、ヴァルムの侵攻を前に足踏みをしている暇はなかった。
危惧を持ちながらも一行は屍島へと足を伸ばすのだった。
ペレジア国王との会見に同席するつもりだった名前の目の前に立ちはだかったのは夫クロムである。わざわざ待っていたのか、後でどうせ合流するのに、と仁王立ちで不遜な態度を取る夫に、名前はあえて微笑みで返す。
愛馬を引いて歩き出す名前の歩幅にクロムも合わせる。
「…お前は待っていてもよかったのに」
「そういうわけにはいかないでしょう…?相手はペレジアの国王ですし。私も一緒にいることはわかっているでしょうから、挨拶しないのは失礼です」
「そうは言ってもな…お前に何かあれば、ルキナは…!」
「貴方に何かあっても、ルキナを悲しませることになります」
「……っ」
「大丈夫。私は貴方の傍から離れません。そうすれば、貴方が守ってくれるでしょう…?」
「…あぁ。命に換えても、な」
「はい。信じています…だから私も…クロム様を守らせてください」
クロムはそれ以上何も言わなかった。いつも柔順な名前が頑固に引き下がらないときはどうしようもないときだとも、彼にはすでにわかりきっていた。
だからクロムは仕方なく名前の小さな肩を抱き寄せて、少なからず感じ取っている妻の不安を打ち消してやるように努めるのだった。
どことなく生気のない慇懃なペレジア兵の案内で、古い洋館の一室に通されたクロム達は、そこで思わぬ再会を果たす。
天馬魔兵の女、インバース。
女は相変わらず妖しくも艶やかな笑みを浮かべてクロム達を出迎えた。変わらず彼女はペレジア王の側近なのだ。
そして肝心の新国王も間もなく姿を現す。
邪竜ギムレーを拝する教団の教主だと言う男。名をファウダー。
クロムもルフレも、その男を目の前にして動揺を起こす。
以前、姉王エメリナ暗殺未遂を起こした主犯格の男にそっくりなのだ。
しかしあくまでもファウダーは初対面の風で知らぬ顔である。
訝しくも、ギャンレル亡き後のペレジアが大きな混乱も無く統治されたのは紛れもなくファウダーの手腕の功績であり、その経緯があって現国王に着任した事実に間違いはない。
今はその件を捨て置くというクロムの言葉に従って、ルフレも胸騒ぎのする自身を抑えつけて交渉を進めた。
ペレジアは戦における人力は提供出来ないが、十分すぎるほどの戦船・貨物船、並びに戦にかかる費用を全て受け持つと約束した。
顔色をなかなか変えないフレデリクが驚くほどの大盤振る舞いである。
それだけの危地にあると理解してのことか、あるいは何かしらの作為があるのかはわからない。しかし、ペレジアの支援が無ければヴァルムとの戦いは乗り切れない。クロム達はありがたくその申し出を受けるのだった。
会見はスムーズに終わり、いち早く切り上げようとするイーリス勢に、ファウダーは引き留める。
もう一人、紹介したい人物がいると言うのだ。
大司祭とインバースの恭しい呼び声と共に、重そうな着衣を纏って青年と思われる人物が暗がりから現れた。深くローブを被っている為に陰が出来て顔が見えない。
イーリスの王子を前に、語らず、不遜な態度を取る人物にフレデリクが溜まらず声をあげた。
これを機に、大司祭は影を取り払う。
そこには一人の青年が在った。
クロムは目の前の存在が信じられず、隣を顧みてからもう一度青年を見やる。フレデリクも、そして後ろに控えていた名前も。同じく親愛なるイーリスの軍師を見つめていた。
「ルフレ…!?」
「……っ」
当の本人は、言葉も出ない。
目の前に現れたギムレー教団の大司祭と呼ばれる青年はまさにルフレその人といって良い。
顔・体格・声。存在そのものがルフレと同じなのだ。
問いただそうと動いたクロムに、ファウダーとインバースが立ちはだかる。突如として会見は終了し、ルフレに似た青年は薄く笑みを浮かべるとローブを被り直してまた影の中へ融けていった。
名前は、胸に引っかかりを覚えるが退席する為にこちらを向いたクロムと目が合い、ほっと、安堵を覚える。
失礼いたします、と夫の分まで頭を下げる名前に、麗しい笑い声が降り懸かる。
「夜道は気をつけてね。このご時世…何が起こるかわからないから」
「……」
インバースの言葉に、笑みを湛えていた名前は顔色を変えた。
まるで猫のように愛嬌を含んだ妖艶な笑みを向ける女性。
目を離せなかった
胸に掬う不安を増幅させる何かが彼女にはあった。
苛立ちを含んだ声で、行くぞ、と腕を引くクロムに、慌ただしくもう一度だけ頭を下げて夫に倣い歩き出すのだった。