#01.お前は一体何者だ?
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名前は有耶無耶に前しか見ていなかったために、地から這い出た根に躓いて倒れるまで駆け続けた。
滑り込む形で地に伏した名前は起きあがる気力を持たず、そのまま倒れ続けていたが、その状態こそが惨めったらしくてしばらくして起きあがる。また膝を擦りむいてしまった為にスカートから覗く膝小僧からは血が滲み、更に土で汚れることになった。
名前は泣いた。決してこの状態を悲観してではない、ただこの傷が痛いだけだと言い訳をしながら。でないと、先程の者達の奇っ怪な視線に負けてしまったような気持ちになる。だからそう言い訳した。
声を上げず、我慢して、それでも怒れる目からは涙がこぼれる。
ガサガサ、と草むらが人為的に揺れる音がして、名前は顔をあげた。
何かが迫り来ることに感づき、怯えからもう一度逃げ出す為に立ち上がろうとするが、うまく力の配分が足に回らず体が上下に揺れるだけだ。
またあの不気味な怪物だったら。
あの刃物を振り回す仮面だったら。
名前は体を硬くして、追跡者と出会す。
「あぁ、いた!」
「……!」
「よかった、見つかって。君、走るの早いね」
「………」
獣道を通ってきたらしい男はにこやかに名前の元へ。誰だろうか、と名前は心で呟く。
しかし、やはり見に覚えのない服装から、先程の集団の仲間ではないかと疑心が生まれると名前は眉を寄せて出来るだけの凄みを作る。
それでも青年は、少しだけ驚きはしたけれどにこやかな表情を崩さなかった。
「怖がらせてごめんね。ただ、ここら辺はまだあの化け物が彷徨いているかもしれないから。一人は危ないんだ」
「……」
「って、信じられないんだよな…うーん…兎に角、そっちに行っていいかい?」
「………」
名前は何も言わない。口を結び、難しい顔をしながらじっと何処かを見つめて考え込む。
男は急かさず、ゆっくりと近寄った。出来るだけ緩慢に。出来るだけ静かに。名前の神経を逆撫でせず、流れに添うように。
そうして確実に距離を詰めると、座り込む名前の少し離れた隣に腰を下ろした。
「苗字…だったかな。何か、聞きたいことはあるかい?」
「……」
「僕が答えられることなら、話してあげられるよ」
「……。…ここ…どこ…?」
「此処はイーリス聖王国と言うらしいよ」
「…イーリスせい…おうこく……?」
「あぁ、ごめん。らしいって言葉じゃわかりにくいよな。…でも、僕もあまり知らなくて」
「……?」
「…過去のこと、何も覚えていないんだ。記憶喪失みたいだって」
「…!」
青年は穏やかな顔をしている。嘘だとは微塵も感じない程だ。きっと真実なのだろう、とわかる。
名前は、自分のような怪しい存在へ重大な話を打ち明けたことに驚いた。いや、青年にとって秘密ではないのかもしれないが、それでも驚きを隠せない。名前は目をぱちぱちと瞬き、穴が開くほど青年を見る。青年は目が合うとはにかんだ。
「あっ、いや、そうなると僕の知っていることってそんなに無いってことになるな。あまり役に立たないね」
「……ううん…ありがとう、ございます」
「いや、そんな。…よかったら、君の話を聞かせてくれないかな。僕にわかることはあまりないかもしれないけど、一緒に考えることは出来ると思う」
「…………」
「やっぱり、難しいかな?」
「………」
少し考え込んで、名前は首を振った。信じていいのかという自らへの問いかけに悩んでみたものの、天秤はあっさりと許可の方へ傾く。まだ迷いはあるけれど、似たような状況に置かれた目の前の青年のことを信じてみたいという心が生まれたことは確かだ。
名前は、辿々しく口を開く。小さな声音で、順を追って物語を語り出した。全ておとぎ話のようなそんな話を。
青年はじっとそれに耳を傾けてくれた。
「……成程。確かに打ち明けにくい話…だな」
「信じて、くれるの?」
「信じるよ。君がそんな突飛な嘘を吐く必要はないと思うから」
「………」
「…そうなるとやっぱり、君を捕まえて突き飛ばしたっていう男が鍵を握るな…まだこの辺りに潜伏しているのか…うぅん、だけどさっきの事でこの地から離れた可能性も…いや、まずはこの世界にいるのかどうか…」
「…いな…い!?」
「………いや、いるだろう。君をわざわざこの世界に運んだ理由が明らかじゃない。恐らくはまだ目的は果たされていないはず」
「………」
名前はほっと溜息を吐いて胸を抑え込んだ。じわじわとわき上がる安堵と絶え間ない不安が揺れている。
「とにかく、此処は危険だ。一緒に行こう」
「…でも……わたし…疑われて…」
「大丈夫。クロム達ならきっと信じてくれるさ」
「………」
「怪我の治療もしなければ。さぁ、歩けるかい?」
「……」
立ち上がった青年に差し出された手を、名前は躊躇しながらも取った。力強く握り込む男の手に、頬が赤くなっていく。
その手はすぐに離れた。
「あ、ありがとう…ございます………えっと…」
「あっ!名乗ってないね。僕はルフレ。よろしく」
「…はい」
「出来る限り力になるよ。僕も、クロム自警団の一員だから」
「………」
「とは言っても、つい昨日入団したんだけどね」
「!!」
「あっ、いや、その…昨日気がついたら、記憶喪失で…ね。そんなときに、僕はクロム達に拾われたんだ」
「……」
「だから、君のことを放っておけない。他人事のようには思えないから」
「あ……ありがとう…」
「いいや。さぁ、行こう」
前を歩き出すルフレの背を追いかける形で名前も歩き出した。
垂れ下がる重そうなフードをじっと見て、名前は唇を噛みしめて、頬の熱気が止むのを待った。
「あっ!帰ってきたよ!」
「ただいま」
少女リズの嬉しそうな声音に出迎えられて、ルフレは片手をあげた。その後ろにはとぼとぼと遠慮がちに着いてくる名前の姿もある。少し泥だらけになっている。
同じく待っていたらしいクロムがルフレに向かい、口を開けた。
「遅かったな。それで、大丈夫なのか?」
「うん。大体の事情は聞いた。とても厄介な状況だよ。彼女も混乱するはずだ」
「では、詳しく話していただけますか?」
「はい。実は…」
「あ……っ」
「うん?」
リズによって服の汚れを落とされていた名前が声を上げて話し始めようとするルフレを止めた。
突然声を上げた名前にも動じず、ルフレがにこやかに声をかける。
「どうかした?君が話すかい?」
「………は…はなしたく…ない…」
「え?」
「し……しんじて…も、もらえないと…思う…」
「そんなこと!」
名前の申し出に、ルフレは強く否定した。しかし名前は下を向いたままガタガタと震えを起こす。
ルフレには記憶がない。だから常識が捻れ曲がっていても、それを寛容に受け入れてくれるだろうという打算が、名前にはあった。
しかし他の者はどうだろう。名前に取って、未知の世界の住人達にもそれなりのルールがあって、それに殉じているはずだ。心配そうににこちらを見やる少女も、後ろの二人も、常軌を逸した自分という存在へ、態度を一変させるには十分すぎるインパクトがある話だ。
恐ろしい。化け物の中に、放り込まれたような気がしていた。
手を強く握り込み、無言で暗黙を願う名前の、そんな恐怖をルフレも悟っていた。しかしそれは杞憂であるとも思う。
「……大丈夫。君が考えているような人たちじゃないよ」
「…っ…っ」
「クロムなら、きっと信じてくれるさ」
「…っ…っ…!」
「だって、僕のことを信じてくれたんだよ?記憶がない、誰かもわからない僕を」
「……」
名前は首を降り続けて拒否を表し続けていたが、ルフレのそんな言葉にだけは、動作を止めた。
それでも最後には大きく首を振って、泣き出しそうな目を瞼に覆う。
「……そうか。わかった」
「…ルフレ?」
「ごめん、クロム。僕からは話せない。そして、話せない彼女を許してあげて欲しい」
「……」
「僕の記憶喪失より、とても複雑で難しい話なんだ。彼女はそれをよくわかっているからこそ、話が出来ないだけで、悪いことをする人間じゃない。それだけは、信じてほしい」
「あぁ。わかった。ルフレがそう言うのなら、俺は信じる」
「私も私も!だって悪い人には見えないもん!」
「…私は立場上そういうわけにはいきませんので。とにかく彼女は保護という形でよろしいのですね?」
「はい。いいよね?」
「……でも…」
「その方がいい。調べるにしても、此処は危険なんだ。今は僕たちと一緒に行こう」
「…………」
名前はまた考え込んでいたが、ルフレの言うことだからと頷いて了承する。よかった、とリズが声をあげて笑った。ルフレもほっと息を吐く。まだ手を強く握りしめたまま、俯き続ける名前に、クロムが寄った。
「だが、本当に困ったときは話してくれ。力になる」
「…!……あ…さ…さっきは…すみません…」
「ん?」
「手を…」
「あぁ。いや、構わない」
「……」
名前は青年に合わせた目を、また俯いて反らした。
「そうだ。リズ、彼女さっき転んで怪我をしたんだ。治療してあげてくれないか?」
「うんっわかったよっ」
てけてけと歩き、兄を押しやって名前の前に少女が立つ。名前は突如目の前にリズが現れたことに首を二度左右に捻った。
えぃっと威勢の良い声を上げて、リズは杖を掲げる。
ぴかっと柔らかな光が杖の水晶から漏れると、次に自分の体が同じように光が灯る。名前はびっくりして後退した。
「これで大丈夫?」
「…ぇ……えっ?」
突如として鈍い痛みが引いてしまった。恐る恐る膝をさすってみると、ぽろぽろと土が落ちていくだけで傷跡がない。いや、無くなったのではなく、塞がったのだと皮膚の感触が告げた。
名前は目を見開いて静止した。どういうことだと頭が超高速で動く。
マジックなのか?いや、自分は種も仕掛けも打ち明けられていない。そもそもあの光はなんなのか?少女の起こした、あの光が確かに自分からも放たれた。いや、乗り移ったのかもしれない。
いや、いやいやいや、いや。
こんなものわかるわけがない!!
くらっと視線が揺れて、オーバーヒートを起こした頭から崩れ落ちた。
どさっと後ろに倒れ込んだ名前にきゃあっとリズは悲鳴をあげて駆け寄った。驚いたのはそれを見守っていたギャラリーも同じだ。
「おい!しっかりしろ!おい!」
「リズ様?なにをしたのですか?」
「ふ、普通に治療しただけだよぉっ!ほんとだよぉ!苗字さぁん!」
「…大丈夫、気を失っただけだ」
「うぅっよかったぁ…」
「人騒がせな人ですね」
「…いや、仕方ないと言えば、仕方ないんだろうな…はは…」
恐らく彼女の常識にない出来事だったのだろう、と事情を知るルフレだけが名前に同情するのだった。
目を覚ました名前が平謝りするリズを許しながらも、ますますその口から言葉を紡ぐことはなくなったのであった。
滑り込む形で地に伏した名前は起きあがる気力を持たず、そのまま倒れ続けていたが、その状態こそが惨めったらしくてしばらくして起きあがる。また膝を擦りむいてしまった為にスカートから覗く膝小僧からは血が滲み、更に土で汚れることになった。
名前は泣いた。決してこの状態を悲観してではない、ただこの傷が痛いだけだと言い訳をしながら。でないと、先程の者達の奇っ怪な視線に負けてしまったような気持ちになる。だからそう言い訳した。
声を上げず、我慢して、それでも怒れる目からは涙がこぼれる。
ガサガサ、と草むらが人為的に揺れる音がして、名前は顔をあげた。
何かが迫り来ることに感づき、怯えからもう一度逃げ出す為に立ち上がろうとするが、うまく力の配分が足に回らず体が上下に揺れるだけだ。
またあの不気味な怪物だったら。
あの刃物を振り回す仮面だったら。
名前は体を硬くして、追跡者と出会す。
「あぁ、いた!」
「……!」
「よかった、見つかって。君、走るの早いね」
「………」
獣道を通ってきたらしい男はにこやかに名前の元へ。誰だろうか、と名前は心で呟く。
しかし、やはり見に覚えのない服装から、先程の集団の仲間ではないかと疑心が生まれると名前は眉を寄せて出来るだけの凄みを作る。
それでも青年は、少しだけ驚きはしたけれどにこやかな表情を崩さなかった。
「怖がらせてごめんね。ただ、ここら辺はまだあの化け物が彷徨いているかもしれないから。一人は危ないんだ」
「……」
「って、信じられないんだよな…うーん…兎に角、そっちに行っていいかい?」
「………」
名前は何も言わない。口を結び、難しい顔をしながらじっと何処かを見つめて考え込む。
男は急かさず、ゆっくりと近寄った。出来るだけ緩慢に。出来るだけ静かに。名前の神経を逆撫でせず、流れに添うように。
そうして確実に距離を詰めると、座り込む名前の少し離れた隣に腰を下ろした。
「苗字…だったかな。何か、聞きたいことはあるかい?」
「……」
「僕が答えられることなら、話してあげられるよ」
「……。…ここ…どこ…?」
「此処はイーリス聖王国と言うらしいよ」
「…イーリスせい…おうこく……?」
「あぁ、ごめん。らしいって言葉じゃわかりにくいよな。…でも、僕もあまり知らなくて」
「……?」
「…過去のこと、何も覚えていないんだ。記憶喪失みたいだって」
「…!」
青年は穏やかな顔をしている。嘘だとは微塵も感じない程だ。きっと真実なのだろう、とわかる。
名前は、自分のような怪しい存在へ重大な話を打ち明けたことに驚いた。いや、青年にとって秘密ではないのかもしれないが、それでも驚きを隠せない。名前は目をぱちぱちと瞬き、穴が開くほど青年を見る。青年は目が合うとはにかんだ。
「あっ、いや、そうなると僕の知っていることってそんなに無いってことになるな。あまり役に立たないね」
「……ううん…ありがとう、ございます」
「いや、そんな。…よかったら、君の話を聞かせてくれないかな。僕にわかることはあまりないかもしれないけど、一緒に考えることは出来ると思う」
「…………」
「やっぱり、難しいかな?」
「………」
少し考え込んで、名前は首を振った。信じていいのかという自らへの問いかけに悩んでみたものの、天秤はあっさりと許可の方へ傾く。まだ迷いはあるけれど、似たような状況に置かれた目の前の青年のことを信じてみたいという心が生まれたことは確かだ。
名前は、辿々しく口を開く。小さな声音で、順を追って物語を語り出した。全ておとぎ話のようなそんな話を。
青年はじっとそれに耳を傾けてくれた。
「……成程。確かに打ち明けにくい話…だな」
「信じて、くれるの?」
「信じるよ。君がそんな突飛な嘘を吐く必要はないと思うから」
「………」
「…そうなるとやっぱり、君を捕まえて突き飛ばしたっていう男が鍵を握るな…まだこの辺りに潜伏しているのか…うぅん、だけどさっきの事でこの地から離れた可能性も…いや、まずはこの世界にいるのかどうか…」
「…いな…い!?」
「………いや、いるだろう。君をわざわざこの世界に運んだ理由が明らかじゃない。恐らくはまだ目的は果たされていないはず」
「………」
名前はほっと溜息を吐いて胸を抑え込んだ。じわじわとわき上がる安堵と絶え間ない不安が揺れている。
「とにかく、此処は危険だ。一緒に行こう」
「…でも……わたし…疑われて…」
「大丈夫。クロム達ならきっと信じてくれるさ」
「………」
「怪我の治療もしなければ。さぁ、歩けるかい?」
「……」
立ち上がった青年に差し出された手を、名前は躊躇しながらも取った。力強く握り込む男の手に、頬が赤くなっていく。
その手はすぐに離れた。
「あ、ありがとう…ございます………えっと…」
「あっ!名乗ってないね。僕はルフレ。よろしく」
「…はい」
「出来る限り力になるよ。僕も、クロム自警団の一員だから」
「………」
「とは言っても、つい昨日入団したんだけどね」
「!!」
「あっ、いや、その…昨日気がついたら、記憶喪失で…ね。そんなときに、僕はクロム達に拾われたんだ」
「……」
「だから、君のことを放っておけない。他人事のようには思えないから」
「あ……ありがとう…」
「いいや。さぁ、行こう」
前を歩き出すルフレの背を追いかける形で名前も歩き出した。
垂れ下がる重そうなフードをじっと見て、名前は唇を噛みしめて、頬の熱気が止むのを待った。
「あっ!帰ってきたよ!」
「ただいま」
少女リズの嬉しそうな声音に出迎えられて、ルフレは片手をあげた。その後ろにはとぼとぼと遠慮がちに着いてくる名前の姿もある。少し泥だらけになっている。
同じく待っていたらしいクロムがルフレに向かい、口を開けた。
「遅かったな。それで、大丈夫なのか?」
「うん。大体の事情は聞いた。とても厄介な状況だよ。彼女も混乱するはずだ」
「では、詳しく話していただけますか?」
「はい。実は…」
「あ……っ」
「うん?」
リズによって服の汚れを落とされていた名前が声を上げて話し始めようとするルフレを止めた。
突然声を上げた名前にも動じず、ルフレがにこやかに声をかける。
「どうかした?君が話すかい?」
「………は…はなしたく…ない…」
「え?」
「し……しんじて…も、もらえないと…思う…」
「そんなこと!」
名前の申し出に、ルフレは強く否定した。しかし名前は下を向いたままガタガタと震えを起こす。
ルフレには記憶がない。だから常識が捻れ曲がっていても、それを寛容に受け入れてくれるだろうという打算が、名前にはあった。
しかし他の者はどうだろう。名前に取って、未知の世界の住人達にもそれなりのルールがあって、それに殉じているはずだ。心配そうににこちらを見やる少女も、後ろの二人も、常軌を逸した自分という存在へ、態度を一変させるには十分すぎるインパクトがある話だ。
恐ろしい。化け物の中に、放り込まれたような気がしていた。
手を強く握り込み、無言で暗黙を願う名前の、そんな恐怖をルフレも悟っていた。しかしそれは杞憂であるとも思う。
「……大丈夫。君が考えているような人たちじゃないよ」
「…っ…っ」
「クロムなら、きっと信じてくれるさ」
「…っ…っ…!」
「だって、僕のことを信じてくれたんだよ?記憶がない、誰かもわからない僕を」
「……」
名前は首を降り続けて拒否を表し続けていたが、ルフレのそんな言葉にだけは、動作を止めた。
それでも最後には大きく首を振って、泣き出しそうな目を瞼に覆う。
「……そうか。わかった」
「…ルフレ?」
「ごめん、クロム。僕からは話せない。そして、話せない彼女を許してあげて欲しい」
「……」
「僕の記憶喪失より、とても複雑で難しい話なんだ。彼女はそれをよくわかっているからこそ、話が出来ないだけで、悪いことをする人間じゃない。それだけは、信じてほしい」
「あぁ。わかった。ルフレがそう言うのなら、俺は信じる」
「私も私も!だって悪い人には見えないもん!」
「…私は立場上そういうわけにはいきませんので。とにかく彼女は保護という形でよろしいのですね?」
「はい。いいよね?」
「……でも…」
「その方がいい。調べるにしても、此処は危険なんだ。今は僕たちと一緒に行こう」
「…………」
名前はまた考え込んでいたが、ルフレの言うことだからと頷いて了承する。よかった、とリズが声をあげて笑った。ルフレもほっと息を吐く。まだ手を強く握りしめたまま、俯き続ける名前に、クロムが寄った。
「だが、本当に困ったときは話してくれ。力になる」
「…!……あ…さ…さっきは…すみません…」
「ん?」
「手を…」
「あぁ。いや、構わない」
「……」
名前は青年に合わせた目を、また俯いて反らした。
「そうだ。リズ、彼女さっき転んで怪我をしたんだ。治療してあげてくれないか?」
「うんっわかったよっ」
てけてけと歩き、兄を押しやって名前の前に少女が立つ。名前は突如目の前にリズが現れたことに首を二度左右に捻った。
えぃっと威勢の良い声を上げて、リズは杖を掲げる。
ぴかっと柔らかな光が杖の水晶から漏れると、次に自分の体が同じように光が灯る。名前はびっくりして後退した。
「これで大丈夫?」
「…ぇ……えっ?」
突如として鈍い痛みが引いてしまった。恐る恐る膝をさすってみると、ぽろぽろと土が落ちていくだけで傷跡がない。いや、無くなったのではなく、塞がったのだと皮膚の感触が告げた。
名前は目を見開いて静止した。どういうことだと頭が超高速で動く。
マジックなのか?いや、自分は種も仕掛けも打ち明けられていない。そもそもあの光はなんなのか?少女の起こした、あの光が確かに自分からも放たれた。いや、乗り移ったのかもしれない。
いや、いやいやいや、いや。
こんなものわかるわけがない!!
くらっと視線が揺れて、オーバーヒートを起こした頭から崩れ落ちた。
どさっと後ろに倒れ込んだ名前にきゃあっとリズは悲鳴をあげて駆け寄った。驚いたのはそれを見守っていたギャラリーも同じだ。
「おい!しっかりしろ!おい!」
「リズ様?なにをしたのですか?」
「ふ、普通に治療しただけだよぉっ!ほんとだよぉ!苗字さぁん!」
「…大丈夫、気を失っただけだ」
「うぅっよかったぁ…」
「人騒がせな人ですね」
「…いや、仕方ないと言えば、仕方ないんだろうな…はは…」
恐らく彼女の常識にない出来事だったのだろう、と事情を知るルフレだけが名前に同情するのだった。
目を覚ました名前が平謝りするリズを許しながらも、ますますその口から言葉を紡ぐことはなくなったのであった。