#08.俺はお前を信じている
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白雲の群れがいつの間にか晴天を隠し、曇天と変化する。まるで天がこれまでの彼らを悼むようにぽつりぽつりと雨粒を落とし始めたのはそれからすぐだった。雨は勢いを増し、砂地を濡らしていく。地下に流れることもなく、雨粒は水たまりとなってぱしゃりぱしゃりと駆ける仲間達の足音を騒がせるようになった。身体は重くなり、体温を奪っていくが、誰も気にかける暇はなく。沈黙のまま、退路の先で待つ馬車を目指してバジーリオの先導に付き従った。
しかし、ペレジアの追撃部隊は容赦なく襲いかかった。手勢を率い、部隊長らしき屈強な男はクロム達に降伏を勧める。しかしこれに甘んじる心理状態とは程遠い。
ルフレは出来るだけまだ冷静に行動できる仲間を選別しつつ、怒りと放心を繰り返すクロムの補佐をどうするべきか迷った。
今のクロムに戦いを強いるのは酷なことだ。しかし退いてもくれないだろう。これ以上無理をさせない為に、誰を傍に置いておくべきか。
(やっぱりフレデリクと僕が一緒に…だけど、それじゃあリズは?……それに皆も疲れている……でも、この戦いさえ乗り切れれば…!)
ルフレは水気の膜を手で払いながら周りを見た。リズは馬上でうなだれて震えている。
寄りかかる騎士によって休ませなければ、今にも倒れ、彼女もこのまま力つきてしまいそうだった。
リズだけではない。フィレインを深く慕うスミアと、ティアモは互いに寄り添いあっていなければならないほどに傷ついている。また、エメリナの事でショックを受けているのはイーリスの貴族、騎士達も同じだ。
それぞれが疲れている。しかし打ちひしがれた仲間を鼓舞し、先導する者達だって存在していた。支え合っていければ切り抜けられる。そう理解して。
ルフレはローブを被り直し、指揮を執るクロムに向けて呼びかけるため、大きく息を吸い込んだ。
ふと、クロムの背を見つめる視線を見つける。この豪雨でなければ、泣いているのか、ただただ辛いのか判断することが出来ない程に苦悶の表情を浮かべていた。愛弓を握りしめてクロムの少し後ろを無意識になのか追っていく。話しかけようか、迷っているようにルフレには見えた。
「…苗字!」
「……!」
「苗字…」
「…っ…」
ルフレの声に二人が反応した。何かを言おうと名前は口を開くが、すぐにいつものように俯いてしまった。他の仲間達と寸分なくずぶ濡れでガタガタと震えている。クロムは急いで引き返してきて、そんな彼女を自分の日除けで被らされていた外套を使ってくるんだ。
「大丈夫か?」
「……」
「…そうか」
名前は頭を振り意志を表現した。クロムの顔に安堵の色を覗かしたと同時に、名前もほのかに顔に生気を戻した。
ルフレは躍動する心を自覚する。これで安心だ、と言わんばかりにこの場に似つかわしくない笑みを堪えられなかった。
「苗字、クロムの補佐を頼む」
「……えっ」
「いいね?…クロム、無理をするなよ。君にまで何かあったら…」
「あ、あぁ…」
ルフレはにこ、と笑いかけてから駆けていった。
残された二人はそそくさと行ってしまったルフレを見送って、顔を見合わせあった。名前は相変わらず目があった途端に目線を下げてしまうが、いつものように逃げることはない。
クロムは出来るだけ優しい声を繕って囁きかけた。
「…行けそうか?」
「……うん」
唇を噛みしめて声帯だけを震わせた名前は、下げた視線をあげてクロムの顔を覗いた。
クロムは大きく頷いてから歩き出した。名前も水たまりをかき分けるようにしてクロムの後を追う。
(…うん、ぎこちないけど、大丈夫)
ルフレは進軍していった二人を見送った。豪雨避けの為にかざしていた手を下ろして溜息を吐く。
クロムは守られているより守る方が性分に合っている。
今はどれだけ平常時に戻れるかだ。戦闘において、頭に血を上らせた状態も、気の抜けた状態も危険に変わりはない。
傍に名前を置いておくのは、彼が一人復讐にかられることを防ぐためだ。自分より他人を労る術を知る青年ならば、打たれ弱い少女を見過ごせはしないだろう。クロムの心境も考慮してしまえば、無理のない行動を取ってくれると確信していた。
ルフレも歩き出す。まだ気を抜ける状態じゃない。両頬を叩き、神経を尖らせる。
これ以上の犠牲を絶対に出さない。
それが自分の、クロム達に対する罪滅ぼしだと、ルフレは考えていた。
水分を含み重い服。視界が定まらないのは雨粒が顔を打ち、髪から流れる水滴が膜を張った。
名前は何度も顔を拭い、クロムの背を追いかける。少しだけ近くなった距離が嬉しくも胸が苦しかった。
この人を守らなければならない。
エメリナの死を真っ向から受け止めてしまったクロムに、これ以上戦ってほしくはない。身体も心も休ませたかった。
この場を作ってくれたルフレに感謝し、また、握りしめるエメリナから受けとった弓に念を込めた。
「く、クロムさま」
「…ん…?どうした?疲れたか?」
「私、が、前を歩きます」
「……」
「……」
クロムは瞬き、間延びしてしまったが為にクロムの腕を取り、歩き出した名前に引きずられた。
いつも影を落としている黒い瞳は強い輝きを放ち、クロムをしっかりと見つめていた。
返事をする間を長くもってしまったのはそんな名前の対応に驚かされたのと怯んでしまったことにある。
その目の輝きを、クロムは先程見た。
姉の決意をありありと映し出すあの美しくも力強い輝き。まるで、今にも溶けきってしまいそうな、蝋の火の強さと酷似している。
似ている、と、認めてしまえば背筋に冷たいものが走る。
ぐいぐいとクロムの腕を引く少女の力強さは何処から沸いているのか。クロムは声をかけずにはいられなかった。
「…苗字」
「……」
「苗字、待ってくれ!」
「……!」
名前はクロムの腕から手を離し、弓を構えた。クロムも前方を伺う。そこには小男がこちらを顧みながらも走り去って行く姿が。戦闘で賑やかしく、注意深く周りを見なければ背を低くして走りゆく存在に気づくことはなかっただろう。
クロムは火事場泥棒だろうと直感する。ペレジアの財を盗み終えて戦場を後にするところか。
隣の名前は矢筒から一本の矢を器用に抜き、弓に当てると何の躊躇もなく放った。
男は逃げる一方に心を傾けすぎたのか、名前の矢に気づくことはない。
ばしゃん、と前のめりで倒れた男をクロムは呆然となって傍観するしかなかった。
名前の表情は変わりない。そこに辛苦もなく、勿論享楽もなく、ただただ事務的に男の命を奪った。
これが、自分の知る弱々しい少女の姿だったろうか。クロムは目の前の名前の姿に違和感を覚えていた。
しかし、再び己の腕を取りしっかりとした歩調で歩き出す名前に、クロムはとあることに気づく。
弓使い用の手袋に覆われた指先がちぐはぐに動いている。
痛いほどに拘束する手は力の加減が出来ないのか。水気で滑りやすく、それ故に掴み損ねないようにしているのか。クロムにはそこまでわからない。わかるのは、小刻みに振動する身体を、力を加えることによって彼女が制しているのだ。
(また嘘を吐いている)
クロムは心中で呟いた。
どんなに恐ろしくても、どれほど悲しくても、表に出すことを良しとしない少女の厄介な特性だ。知られまいとしている癖、嘘の苦手な名前はすぐに態度や顔に出る。無意識の願望で助けてほしいと訴えているように。
クロムはこの声無き信号から、皆のように目をうまく反らすことは出来なかった。いつも下を向いて、あの綺麗な夜色をした瞳を伏せてしまうのが勿体なかった。
不意にまた不器用な手が放れた。弓を構え、空の一点へ矢を向ける。崖上から現れた竜騎士に向けられていた。
が、すぐに打たない。名前は歯を噛みしめ瞬いた瞬間にキリキリと引いた弦を離した。飛んでいく矢は竜騎士を追い越して地表に刺さる。
「苗字!」
「!」
雨音に隠れ、聞こえなかったのだろう。竜騎士の投げ斧は名前をしっかりと捉えていた。
クロムはファルシオンを抜き、名前に重なって、器用にも斧をたたき落とした。
「大丈夫か!」
「…ぅっ」
「……!」
傷はない。かすかに呻き声を上げた少女の濡れた顔を一見、名前を置いてクロムは竜騎士に詰め寄ると大きく跳躍し、その大きな胴体を斬り伏せた。
竜は落ちる。
クロムにとってはなんて事はない一戦だ。しかし、名前にとってはその心を揺さぶる出来事で。彼女は申し訳なさそうに唇を噛んだ。
ファルシオンを揺らして竜の血と雨粒を共に払い、膝を着いて速めの呼吸に肩を揺らす名前を迎えに戻る。
「ご…めんなさ…」
「大丈夫。…大丈夫だ、」
俺がいる。
そう続けようとしてクロムは口を閉じた。
その言葉にどれほどの信頼があるのだろう。
愛する姉も守れず、仲間を危険に曝し、弱々しい少女にまで無理をさせる己に、どんな力があるのか。
クロム様、と雨粒に隠れそうな愛しい声を耳にして、クロムははっと我に返った。
蒼白く、死人のような顔色の少女が目で語りかけてくる。
今、彼女の傍には己だけ。守ってやれるのも、助けられるのもお互い自身。
クロムはそう確認するように己を戒めると冷たい唇を引き締めて頷き返した。名前はほっとしたように小さな吐息を漏らす。
水たまりの中で膝をつく名前の肩を抱く。よろりよろりとふらつく身体を支えてやった。
なんて冷たいのか。
クロムはフェリアで過ごした夜のことを思い出す。触れ合う肩の温もりは、心をくすぐられたあの暖かさが、今は消えている。
名前はあの時、何を考えていたのだろう。そして今は。
クロムは肩を抱く手に力を込めた。少し強引に歩幅を広げ、水をかき分けながら二人で雨道を進むのだった。
しかし、ペレジアの追撃部隊は容赦なく襲いかかった。手勢を率い、部隊長らしき屈強な男はクロム達に降伏を勧める。しかしこれに甘んじる心理状態とは程遠い。
ルフレは出来るだけまだ冷静に行動できる仲間を選別しつつ、怒りと放心を繰り返すクロムの補佐をどうするべきか迷った。
今のクロムに戦いを強いるのは酷なことだ。しかし退いてもくれないだろう。これ以上無理をさせない為に、誰を傍に置いておくべきか。
(やっぱりフレデリクと僕が一緒に…だけど、それじゃあリズは?……それに皆も疲れている……でも、この戦いさえ乗り切れれば…!)
ルフレは水気の膜を手で払いながら周りを見た。リズは馬上でうなだれて震えている。
寄りかかる騎士によって休ませなければ、今にも倒れ、彼女もこのまま力つきてしまいそうだった。
リズだけではない。フィレインを深く慕うスミアと、ティアモは互いに寄り添いあっていなければならないほどに傷ついている。また、エメリナの事でショックを受けているのはイーリスの貴族、騎士達も同じだ。
それぞれが疲れている。しかし打ちひしがれた仲間を鼓舞し、先導する者達だって存在していた。支え合っていければ切り抜けられる。そう理解して。
ルフレはローブを被り直し、指揮を執るクロムに向けて呼びかけるため、大きく息を吸い込んだ。
ふと、クロムの背を見つめる視線を見つける。この豪雨でなければ、泣いているのか、ただただ辛いのか判断することが出来ない程に苦悶の表情を浮かべていた。愛弓を握りしめてクロムの少し後ろを無意識になのか追っていく。話しかけようか、迷っているようにルフレには見えた。
「…苗字!」
「……!」
「苗字…」
「…っ…」
ルフレの声に二人が反応した。何かを言おうと名前は口を開くが、すぐにいつものように俯いてしまった。他の仲間達と寸分なくずぶ濡れでガタガタと震えている。クロムは急いで引き返してきて、そんな彼女を自分の日除けで被らされていた外套を使ってくるんだ。
「大丈夫か?」
「……」
「…そうか」
名前は頭を振り意志を表現した。クロムの顔に安堵の色を覗かしたと同時に、名前もほのかに顔に生気を戻した。
ルフレは躍動する心を自覚する。これで安心だ、と言わんばかりにこの場に似つかわしくない笑みを堪えられなかった。
「苗字、クロムの補佐を頼む」
「……えっ」
「いいね?…クロム、無理をするなよ。君にまで何かあったら…」
「あ、あぁ…」
ルフレはにこ、と笑いかけてから駆けていった。
残された二人はそそくさと行ってしまったルフレを見送って、顔を見合わせあった。名前は相変わらず目があった途端に目線を下げてしまうが、いつものように逃げることはない。
クロムは出来るだけ優しい声を繕って囁きかけた。
「…行けそうか?」
「……うん」
唇を噛みしめて声帯だけを震わせた名前は、下げた視線をあげてクロムの顔を覗いた。
クロムは大きく頷いてから歩き出した。名前も水たまりをかき分けるようにしてクロムの後を追う。
(…うん、ぎこちないけど、大丈夫)
ルフレは進軍していった二人を見送った。豪雨避けの為にかざしていた手を下ろして溜息を吐く。
クロムは守られているより守る方が性分に合っている。
今はどれだけ平常時に戻れるかだ。戦闘において、頭に血を上らせた状態も、気の抜けた状態も危険に変わりはない。
傍に名前を置いておくのは、彼が一人復讐にかられることを防ぐためだ。自分より他人を労る術を知る青年ならば、打たれ弱い少女を見過ごせはしないだろう。クロムの心境も考慮してしまえば、無理のない行動を取ってくれると確信していた。
ルフレも歩き出す。まだ気を抜ける状態じゃない。両頬を叩き、神経を尖らせる。
これ以上の犠牲を絶対に出さない。
それが自分の、クロム達に対する罪滅ぼしだと、ルフレは考えていた。
水分を含み重い服。視界が定まらないのは雨粒が顔を打ち、髪から流れる水滴が膜を張った。
名前は何度も顔を拭い、クロムの背を追いかける。少しだけ近くなった距離が嬉しくも胸が苦しかった。
この人を守らなければならない。
エメリナの死を真っ向から受け止めてしまったクロムに、これ以上戦ってほしくはない。身体も心も休ませたかった。
この場を作ってくれたルフレに感謝し、また、握りしめるエメリナから受けとった弓に念を込めた。
「く、クロムさま」
「…ん…?どうした?疲れたか?」
「私、が、前を歩きます」
「……」
「……」
クロムは瞬き、間延びしてしまったが為にクロムの腕を取り、歩き出した名前に引きずられた。
いつも影を落としている黒い瞳は強い輝きを放ち、クロムをしっかりと見つめていた。
返事をする間を長くもってしまったのはそんな名前の対応に驚かされたのと怯んでしまったことにある。
その目の輝きを、クロムは先程見た。
姉の決意をありありと映し出すあの美しくも力強い輝き。まるで、今にも溶けきってしまいそうな、蝋の火の強さと酷似している。
似ている、と、認めてしまえば背筋に冷たいものが走る。
ぐいぐいとクロムの腕を引く少女の力強さは何処から沸いているのか。クロムは声をかけずにはいられなかった。
「…苗字」
「……」
「苗字、待ってくれ!」
「……!」
名前はクロムの腕から手を離し、弓を構えた。クロムも前方を伺う。そこには小男がこちらを顧みながらも走り去って行く姿が。戦闘で賑やかしく、注意深く周りを見なければ背を低くして走りゆく存在に気づくことはなかっただろう。
クロムは火事場泥棒だろうと直感する。ペレジアの財を盗み終えて戦場を後にするところか。
隣の名前は矢筒から一本の矢を器用に抜き、弓に当てると何の躊躇もなく放った。
男は逃げる一方に心を傾けすぎたのか、名前の矢に気づくことはない。
ばしゃん、と前のめりで倒れた男をクロムは呆然となって傍観するしかなかった。
名前の表情は変わりない。そこに辛苦もなく、勿論享楽もなく、ただただ事務的に男の命を奪った。
これが、自分の知る弱々しい少女の姿だったろうか。クロムは目の前の名前の姿に違和感を覚えていた。
しかし、再び己の腕を取りしっかりとした歩調で歩き出す名前に、クロムはとあることに気づく。
弓使い用の手袋に覆われた指先がちぐはぐに動いている。
痛いほどに拘束する手は力の加減が出来ないのか。水気で滑りやすく、それ故に掴み損ねないようにしているのか。クロムにはそこまでわからない。わかるのは、小刻みに振動する身体を、力を加えることによって彼女が制しているのだ。
(また嘘を吐いている)
クロムは心中で呟いた。
どんなに恐ろしくても、どれほど悲しくても、表に出すことを良しとしない少女の厄介な特性だ。知られまいとしている癖、嘘の苦手な名前はすぐに態度や顔に出る。無意識の願望で助けてほしいと訴えているように。
クロムはこの声無き信号から、皆のように目をうまく反らすことは出来なかった。いつも下を向いて、あの綺麗な夜色をした瞳を伏せてしまうのが勿体なかった。
不意にまた不器用な手が放れた。弓を構え、空の一点へ矢を向ける。崖上から現れた竜騎士に向けられていた。
が、すぐに打たない。名前は歯を噛みしめ瞬いた瞬間にキリキリと引いた弦を離した。飛んでいく矢は竜騎士を追い越して地表に刺さる。
「苗字!」
「!」
雨音に隠れ、聞こえなかったのだろう。竜騎士の投げ斧は名前をしっかりと捉えていた。
クロムはファルシオンを抜き、名前に重なって、器用にも斧をたたき落とした。
「大丈夫か!」
「…ぅっ」
「……!」
傷はない。かすかに呻き声を上げた少女の濡れた顔を一見、名前を置いてクロムは竜騎士に詰め寄ると大きく跳躍し、その大きな胴体を斬り伏せた。
竜は落ちる。
クロムにとってはなんて事はない一戦だ。しかし、名前にとってはその心を揺さぶる出来事で。彼女は申し訳なさそうに唇を噛んだ。
ファルシオンを揺らして竜の血と雨粒を共に払い、膝を着いて速めの呼吸に肩を揺らす名前を迎えに戻る。
「ご…めんなさ…」
「大丈夫。…大丈夫だ、」
俺がいる。
そう続けようとしてクロムは口を閉じた。
その言葉にどれほどの信頼があるのだろう。
愛する姉も守れず、仲間を危険に曝し、弱々しい少女にまで無理をさせる己に、どんな力があるのか。
クロム様、と雨粒に隠れそうな愛しい声を耳にして、クロムははっと我に返った。
蒼白く、死人のような顔色の少女が目で語りかけてくる。
今、彼女の傍には己だけ。守ってやれるのも、助けられるのもお互い自身。
クロムはそう確認するように己を戒めると冷たい唇を引き締めて頷き返した。名前はほっとしたように小さな吐息を漏らす。
水たまりの中で膝をつく名前の肩を抱く。よろりよろりとふらつく身体を支えてやった。
なんて冷たいのか。
クロムはフェリアで過ごした夜のことを思い出す。触れ合う肩の温もりは、心をくすぐられたあの暖かさが、今は消えている。
名前はあの時、何を考えていたのだろう。そして今は。
クロムは肩を抱く手に力を込めた。少し強引に歩幅を広げ、水をかき分けながら二人で雨道を進むのだった。