#08.俺はお前を信じている
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その日は快晴だった。
澄み切った青空に時折雲が流れゆく。何処までも砂地が広がる大地で、舗装された白っぽい煉瓦と僅かばかりの褪せた緑という色味のない景色をくっきりと太陽が明暗を分ける。
忍び寄る雨雲を予見させないほどの空だった。
いよいよ、ペレジアが発起した聖王処刑日、及び奪還作戦の前日となった。ペレジア城付近になって、クロム達傭兵団とフェリアの精鋭部隊を分けた何隊かは、それぞれ別々に行動を取っていた。ペレジア軍との無駄な戦闘を避け、かつ、霧散することで内情の漏れを減らしたのだ。互いに密に連絡を取り合いながら、これまでは思惑通りに事が運び、とうとう明日という日を迎えることになる。
綿密に作戦行動を説明するルフレの話も終わり、僅かばかりの、しかし最後の休息の時間となった。恐らくは次にじっくり休める日はフェリアに舞い戻ってからになるだろう。エメリナを助け、ペレジアを出るまでが困難に違いないのだから。
皆が散り散りになっていく中、名前も早々にその場から退散すべく足早に去ろうとした。号令をかけていたクロムと目があった気がしたが、気のせいとして流すつもりだったからだ。
そんな名前の目の前に立ちはだかった人がいた。鎧をしっかりと着込んでぴしっと背を正した男、フレデリクである。名前は顔がひきつるのを自覚しながら彼を避けて行こうとするが、もちろん彼に引き留められる。
「ちょっとよろしいですか?」
「は…はい…」
「では、少し歩きましょうか」
先導するために歩き出したにこやかな男の大きな背を見て一つ溜息を漏らす。ついて行かないわけにはいかなくなったので、名前は隠れるようにして鎧の後ろを歩き出した。
「最近、体調の方は如何です?」
「あ…はい…。なんとかついて行ってます…今は倒れてなんていられませんし…」
「その無茶で、また体を壊す可能性もありますからね。頑張りすぎるのも程々に」
「…はい」
名前はちょっと笑ってみて、相手の様子を一端も逃さないように見張った。足早に揃えた隣のフレデリクは柔和な表情をしているが、何かを言い淀んでいるよう。まだ本題を突いていないと考え、その上で名前は逃げ道も探していた。
が、その努力空しく、突如立ち止まりくるりとこちらに対面したフレデリクはこほん、と咳払いをしてから少し声音を落としてついに本題を口にした。
「苗字さんに、ご相談したいことがありまして」
「…はぁ…」
「実はこの間から、クロム様のご様子がおかしいのです」
「……」
「何か、心当たりはありませんか?」
名前は即座に首を振った。顔色を変えないように振る舞ったのが伝わらなかったか、それとも気づかない振りをしてくれたのか。フレデリクはそうですか、と一言告げて溜息を吐いた。
「…体調が悪いわけではないようですが、何やら落ち込まれているというか…憂鬱気になさっているというか…。理由をお訊ねしても、なんでもないとはぐらかされてしまいまして」
「……。…エメリナ様のこと…気になさっているのでは…?」
「そうかもしれませんね。明日は大きな戦いとなるでしょう。…もしかしたら…ということもあり得ますし…」
「や、やめてください…!」
「!」
「こ…怖いこと、言わないで…もしかしたら…なんて…」
「……。苗字さん。戦場では絶対に大丈夫、ということはないのですよ。覚悟を決められないのでは、いざというときに動けなくなります」
「……」
「明日の戦いは大丈夫ですか?」
「だ…、……ううん…わかりません……正直…あんまり死ぬこととか…考えられてないから…いざというとき…とか…考えると…」
「……」
「で、でも、…戦いは、頑張ります。…戦わないと…ほんとに…誰か死んじゃうかもしれないから…」
「…苗字さん、恐れることは、決して恥ずかしいことではないのですよ。実を言えば、私も怖いのですから」
「…ぇ…」
「親しい人々を守る為に他の命を奪い、それでも力及ばずに守りきれなかったとき…想像するだけで震えが止まりません」
「で…でも、フレデリクさんは強いから…」
「そんなことないですよ。ただ、後悔だけはしたくない、そう思えば鍛錬や自主訓練はかかせません」
「……フレデリクさんも…怖いから、がんばるの…?」
「それが全てではありませんが、そうかもしれませんね。…少しほっとしましたか?」
名前は苦笑いを浮かべつつも頷いた。フレデリクも笑い返してくれたが、次には表情を引き締めて口を開く。
「常に悲観的でいろとは言いません。ですが、想像し、どのような場面でも動けるよう訓練することが大事ですよ」
「……うん」
「…っと、話は反れましたが。クロム様のことです。…苗字さんからお話を聞いていただけませんか?」
「………」
名前はすぐに首を振ってから、考え込んでしまって俯いた。
クロムと話をしたい、という欲求が沸いたのだ。
あれからまともにクロムの顔を見ていないし、先頭に立って皆に向かって話をするくらいしか声を聞いていない。全て自分の行動の所為だと理解していながらも、クロムと対面したいなんて矛盾を抱えてしまった。
しかしそれは無理な話である、と、簡単に一蹴して名前はやっぱり頷くことはない。
「……なんで私なんですか…?」
「覚えていますか?ルフレさん達の婚約祝いをした夜なんですが…」
「……」
「クロム様と何かあったのではないかと思いまして。お話の途中で私が邪魔をしてしまったようで…差し出がましいと思いますが、貴方もその何かを気にしていらっしゃるのでは?」
「………」
「…苗字さん?」
「……ごめんなさい、もう少し、時間が…少なくても、エメリナ様を助けてから…ゆっくり考えたいんです…」
「そうですか。お話ししがたいことがあれば私も相談に乗りますので。あまり重く考えすぎないようにしてください」
うん、と頷いて名前はそのまま頭を深く下げた。フレデリクもルフレも、上に立つ立場からなのか、よくよく人に気を配ってくれる。しかし一方で感心しつつ、それでも話せぬ後ろめたさから頭が下がったのだ。
フレデリクはそんな名前の頭があがるまで待ち続けてくれた。
澄み切った青空に時折雲が流れゆく。何処までも砂地が広がる大地で、舗装された白っぽい煉瓦と僅かばかりの褪せた緑という色味のない景色をくっきりと太陽が明暗を分ける。
忍び寄る雨雲を予見させないほどの空だった。
いよいよ、ペレジアが発起した聖王処刑日、及び奪還作戦の前日となった。ペレジア城付近になって、クロム達傭兵団とフェリアの精鋭部隊を分けた何隊かは、それぞれ別々に行動を取っていた。ペレジア軍との無駄な戦闘を避け、かつ、霧散することで内情の漏れを減らしたのだ。互いに密に連絡を取り合いながら、これまでは思惑通りに事が運び、とうとう明日という日を迎えることになる。
綿密に作戦行動を説明するルフレの話も終わり、僅かばかりの、しかし最後の休息の時間となった。恐らくは次にじっくり休める日はフェリアに舞い戻ってからになるだろう。エメリナを助け、ペレジアを出るまでが困難に違いないのだから。
皆が散り散りになっていく中、名前も早々にその場から退散すべく足早に去ろうとした。号令をかけていたクロムと目があった気がしたが、気のせいとして流すつもりだったからだ。
そんな名前の目の前に立ちはだかった人がいた。鎧をしっかりと着込んでぴしっと背を正した男、フレデリクである。名前は顔がひきつるのを自覚しながら彼を避けて行こうとするが、もちろん彼に引き留められる。
「ちょっとよろしいですか?」
「は…はい…」
「では、少し歩きましょうか」
先導するために歩き出したにこやかな男の大きな背を見て一つ溜息を漏らす。ついて行かないわけにはいかなくなったので、名前は隠れるようにして鎧の後ろを歩き出した。
「最近、体調の方は如何です?」
「あ…はい…。なんとかついて行ってます…今は倒れてなんていられませんし…」
「その無茶で、また体を壊す可能性もありますからね。頑張りすぎるのも程々に」
「…はい」
名前はちょっと笑ってみて、相手の様子を一端も逃さないように見張った。足早に揃えた隣のフレデリクは柔和な表情をしているが、何かを言い淀んでいるよう。まだ本題を突いていないと考え、その上で名前は逃げ道も探していた。
が、その努力空しく、突如立ち止まりくるりとこちらに対面したフレデリクはこほん、と咳払いをしてから少し声音を落としてついに本題を口にした。
「苗字さんに、ご相談したいことがありまして」
「…はぁ…」
「実はこの間から、クロム様のご様子がおかしいのです」
「……」
「何か、心当たりはありませんか?」
名前は即座に首を振った。顔色を変えないように振る舞ったのが伝わらなかったか、それとも気づかない振りをしてくれたのか。フレデリクはそうですか、と一言告げて溜息を吐いた。
「…体調が悪いわけではないようですが、何やら落ち込まれているというか…憂鬱気になさっているというか…。理由をお訊ねしても、なんでもないとはぐらかされてしまいまして」
「……。…エメリナ様のこと…気になさっているのでは…?」
「そうかもしれませんね。明日は大きな戦いとなるでしょう。…もしかしたら…ということもあり得ますし…」
「や、やめてください…!」
「!」
「こ…怖いこと、言わないで…もしかしたら…なんて…」
「……。苗字さん。戦場では絶対に大丈夫、ということはないのですよ。覚悟を決められないのでは、いざというときに動けなくなります」
「……」
「明日の戦いは大丈夫ですか?」
「だ…、……ううん…わかりません……正直…あんまり死ぬこととか…考えられてないから…いざというとき…とか…考えると…」
「……」
「で、でも、…戦いは、頑張ります。…戦わないと…ほんとに…誰か死んじゃうかもしれないから…」
「…苗字さん、恐れることは、決して恥ずかしいことではないのですよ。実を言えば、私も怖いのですから」
「…ぇ…」
「親しい人々を守る為に他の命を奪い、それでも力及ばずに守りきれなかったとき…想像するだけで震えが止まりません」
「で…でも、フレデリクさんは強いから…」
「そんなことないですよ。ただ、後悔だけはしたくない、そう思えば鍛錬や自主訓練はかかせません」
「……フレデリクさんも…怖いから、がんばるの…?」
「それが全てではありませんが、そうかもしれませんね。…少しほっとしましたか?」
名前は苦笑いを浮かべつつも頷いた。フレデリクも笑い返してくれたが、次には表情を引き締めて口を開く。
「常に悲観的でいろとは言いません。ですが、想像し、どのような場面でも動けるよう訓練することが大事ですよ」
「……うん」
「…っと、話は反れましたが。クロム様のことです。…苗字さんからお話を聞いていただけませんか?」
「………」
名前はすぐに首を振ってから、考え込んでしまって俯いた。
クロムと話をしたい、という欲求が沸いたのだ。
あれからまともにクロムの顔を見ていないし、先頭に立って皆に向かって話をするくらいしか声を聞いていない。全て自分の行動の所為だと理解していながらも、クロムと対面したいなんて矛盾を抱えてしまった。
しかしそれは無理な話である、と、簡単に一蹴して名前はやっぱり頷くことはない。
「……なんで私なんですか…?」
「覚えていますか?ルフレさん達の婚約祝いをした夜なんですが…」
「……」
「クロム様と何かあったのではないかと思いまして。お話の途中で私が邪魔をしてしまったようで…差し出がましいと思いますが、貴方もその何かを気にしていらっしゃるのでは?」
「………」
「…苗字さん?」
「……ごめんなさい、もう少し、時間が…少なくても、エメリナ様を助けてから…ゆっくり考えたいんです…」
「そうですか。お話ししがたいことがあれば私も相談に乗りますので。あまり重く考えすぎないようにしてください」
うん、と頷いて名前はそのまま頭を深く下げた。フレデリクもルフレも、上に立つ立場からなのか、よくよく人に気を配ってくれる。しかし一方で感心しつつ、それでも話せぬ後ろめたさから頭が下がったのだ。
フレデリクはそんな名前の頭があがるまで待ち続けてくれた。