#07.これからは俺が力になるから
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騒がしい一団を抜け出すのは非常に簡単だった。成人を迎えた仲間達は酒が振る舞われて陽気にやっているし、自重した者達も仲間の幸せに酔いしれ楽しんでいる。
ただ一人、空笑いを繰り返して疲れた名前が近くにあるオアシスの辺までやってきた。
砂漠地帯の貴重な水源の水面は静かで、月明かりで非常に明るかった。
出てくるのは溜息だ。
気が付けば、はぁ、と空気の固まりを吐き出していて、その事実に気付くと一層憂鬱になれた。
手持ち無沙汰に水鏡の浮かない自分と相対するのも飽きて、いつも大事に抱えるエメリナの弓を目の前に翳す。そうすれば何時だって自分が強くなれる気がした、と、思い出したからだ。新品の時のようなピカピカ感はなかったが、弓に刻まれた紋様は多少掠れてはいたが美しい。何時まで眺めていても飽きない。
なんだかエメリナが傍にいてくれるような錯覚さえ覚えていた。あの優しい眼差しで、大丈夫ですよ、男なんてごまんと居ます、と、過剰な偶像を思い起こさせて勇気づける。
よし、これからはエメリナ様一筋だ。
名前はうんうん、と頷きながら、エメリナと対話していた。名前の中のエメリナはやっぱり優しく微笑んでいる。
(しかし明日からルフレさんとちゃんと話が出来るのかな…)
名前は、自分が一心に信頼を傾けていた存在が遠ざかったていくことの不安を感じざるを得なかった。その事実に向き合うとまた頭が重くなる錯覚を覚える。
また忘れかけた溜息を思い出した。
ざくり、と、砂をかき分ける足音を聞いて、名前は戦慄した。
昼間、戦いがあったばかりだ。
まだならず者が控えているのやも、と素早く身を翻し、湖畔を背にして周りを見渡した。いざというときは逃げの二文字のつもりで。
しかしそれは些細な杞憂でしかなかった。
月光を遮るものは無く、名前の後ろを取ったのはルフレである。彼は名前のその小動物さながらの警戒心に驚いていたが、すぐにいつものような優しい笑みを浮かべた。
「ごめん、怖がらせたみたいだね」
「あ……」
今は会いたくなんかなかった、と名前は心中吐き捨てる。どうやらルフレは酒を入れなかったらしい。素面のままということは、余計あしらうのは難しいと悟る。
「こんな時に一人になるのは危ないよ。気分でも悪くなったかい?」
「…あ…いえ」
「それじゃあどうかした?」
「……」
名前は急に目頭が熱くなってくるのを感じた。どうしてこの人はこんな時にも自分に優しくしてくれるのだろう、と、疑問がそうさせる。お前のせいだ、と口汚く罵ってみたものの、その優しさに嬉しさを見いだしてしまう自分が情けなかった。ルフレの腹中を探ってみても、名前の欲する下心は微塵もない。そんな卑しい自分が情けなくて涙を更に誘う。
「…どうかしたかい?」
「……な、なんでもないです…」
「本当?…前に僕が言ったことは覚えてるかな?」
「……うん」
かろうじて吐いた嘘は見事に破られた。諭すように話すルフレに、名前は叱られた子供のようにうなだれた。ルフレはくすりと笑った。
「何かあった?いつも以上に元気がないみたいだけど」
「……」
「…苗字?」
名前はただただ首を振るばかりだ。いや、そうするしかなかった。
言葉数少ない名前が懸命に嘘を吐いても、ルフレに通用しないのはわかりきっている。だからと言って理由を述べるのは絶対に避けたかった。
だから、言いたくない、と意思表示するしか名前には考えつかなかったのだ。
これにルフレは困る。どうして名前がいきなり口を閉じきってしまったのか理解に苦しんだからだ。
だからルフレはただただ微笑むしかなかった。
「言いたくないのなら仕方ないね。随分遠くまで来たから、君はまいっていないか心配だったから」
「……大丈夫です…私もう…そんなに、弱くない」
「……」
「だから、大丈夫」
名前は力強く言い切った。虚勢もある。しかし、それは何よりも自分の意志を表していた。名前の性根にはいつだってその精神が、考え方があった。
一人で大丈夫。
それは一種の暗示でもある。弱気な己を叱り、励ます為のもの。
ルフレは難しい顔をして何かを考えていたけれど、ふっと頬を綻ばすと首を振って名前に寄って、強ばる肩を優しく叩いた。名前は唇を噛みしめて悲鳴を飲み込んだ
「僕は変わらないよ」
「…!」
「君の味方だ。…君が強くなって、もう僕の力がいらないのだとしても。僕が君の味方だってことはずっと変わらないよ」
「…っ…どうして?…私のことなんか放っておけばいいのに…ルフレさんだって、記憶が…」
「うーん…僕は君と出会ったから…かな。なんて言えばいいのかな…。こう、繋がりのような?…記憶がないからこそ、この出会いを大事にしたいんだ」
「……私…何もお返し出来ない…」
「そんなことない。君はいつも一生懸命で、励まされるよ」
「……」
名前は首を振る。うなだれて、唇を噛みしめた。泣きそうな精神をそうして耐えてみせる。
ルフレのくれる言葉が嬉しかった。気休めも少しは入っているのだろうが、それでも彼の心がまだぽっかり空く隙間風を埋めていく。
名前は手首をすっぽり被せるように裾を手繰り寄せ、濡れる目元を荒くぬぐった。ずずっと鼻をすすり、顔をあげる。
歪んだ笑みかもしれないが、頬と口角を懸命にあげた。
ルフレはちょっと驚いていたけれど、その笑顔は変わらない。
「ありがとう、ルフレさん。…ありがとう」
「ううん、そんな」
「…私、もっと、頑張れる気がする」
「そっか。後ろ盾があるのとないのとじゃ違うからね」
少し心許ないところもあるけど、と頬をひっかきながら苦笑いを浮かべるルフレに名前はくすりと笑った。そんなことない、と首を振ってみせるとルフレの表情は照れ笑いに変わった。
「ルフレさぁん!」
「!」
「スミア!…気をつけて」
ざっくざっくと砂地を踏みしめて掛けてくる少女。片割れを探していたのだろう、ルフレの顔を見てほっと顔を綻ばしたスミアだったが、次の瞬間には足がもつれてばたんっと顔から砂に突っ込むように転がった。
慌てて二人してスミアに近寄ると、彼女は口の中の砂を吐いたり顔や服の汚れを払って恥ずかしそうに頭を垂れた。
「ご、ごめんなさい、私ったら…!注意されたばかりなのに…」
「うん、まぁ君らしいかな」
「すみません…」
「…怪我がなくてよかった」
「はい!身体は丈夫なんです!いつも転んでるから」
名前の安堵する声に返事をする彼女は自慢げに胸を張った。その姿は女の名前から見ても愛らしくて、思わずくすっと吹き出した。スミアは先程のルフレのように照れながらニコニコと笑い続ける。
「もう月もあの位置に傾いちゃいましたし、寒くなったでしょう?もうお休みしましょうってフレデリクさんが」
「そうだね。明日からはもっと大変だ。エメリナ様も助けないとね」
「はい!」
「……うん。…お休みなさい、二人とも」
「苗字さん?一緒に行かないのですか?」
先だって歩き出した名前は後ろを振り返り、首を振った。
お休みなさい、ともう一度二人に告げると深々と頭を下げる。
二人は顔を見合わせていたが、軽い口調で返事する。
名前は笑って、反転すると駆けだした。
気分は高潮などしていなかった。穏やかな心持ちもあるけれど、何処か後ろめたくもあるし、後ろに残していく爽快な感覚もあった。
名前はそうして、一つの憧れという感情を捨てた。
ただ一人、空笑いを繰り返して疲れた名前が近くにあるオアシスの辺までやってきた。
砂漠地帯の貴重な水源の水面は静かで、月明かりで非常に明るかった。
出てくるのは溜息だ。
気が付けば、はぁ、と空気の固まりを吐き出していて、その事実に気付くと一層憂鬱になれた。
手持ち無沙汰に水鏡の浮かない自分と相対するのも飽きて、いつも大事に抱えるエメリナの弓を目の前に翳す。そうすれば何時だって自分が強くなれる気がした、と、思い出したからだ。新品の時のようなピカピカ感はなかったが、弓に刻まれた紋様は多少掠れてはいたが美しい。何時まで眺めていても飽きない。
なんだかエメリナが傍にいてくれるような錯覚さえ覚えていた。あの優しい眼差しで、大丈夫ですよ、男なんてごまんと居ます、と、過剰な偶像を思い起こさせて勇気づける。
よし、これからはエメリナ様一筋だ。
名前はうんうん、と頷きながら、エメリナと対話していた。名前の中のエメリナはやっぱり優しく微笑んでいる。
(しかし明日からルフレさんとちゃんと話が出来るのかな…)
名前は、自分が一心に信頼を傾けていた存在が遠ざかったていくことの不安を感じざるを得なかった。その事実に向き合うとまた頭が重くなる錯覚を覚える。
また忘れかけた溜息を思い出した。
ざくり、と、砂をかき分ける足音を聞いて、名前は戦慄した。
昼間、戦いがあったばかりだ。
まだならず者が控えているのやも、と素早く身を翻し、湖畔を背にして周りを見渡した。いざというときは逃げの二文字のつもりで。
しかしそれは些細な杞憂でしかなかった。
月光を遮るものは無く、名前の後ろを取ったのはルフレである。彼は名前のその小動物さながらの警戒心に驚いていたが、すぐにいつものような優しい笑みを浮かべた。
「ごめん、怖がらせたみたいだね」
「あ……」
今は会いたくなんかなかった、と名前は心中吐き捨てる。どうやらルフレは酒を入れなかったらしい。素面のままということは、余計あしらうのは難しいと悟る。
「こんな時に一人になるのは危ないよ。気分でも悪くなったかい?」
「…あ…いえ」
「それじゃあどうかした?」
「……」
名前は急に目頭が熱くなってくるのを感じた。どうしてこの人はこんな時にも自分に優しくしてくれるのだろう、と、疑問がそうさせる。お前のせいだ、と口汚く罵ってみたものの、その優しさに嬉しさを見いだしてしまう自分が情けなかった。ルフレの腹中を探ってみても、名前の欲する下心は微塵もない。そんな卑しい自分が情けなくて涙を更に誘う。
「…どうかしたかい?」
「……な、なんでもないです…」
「本当?…前に僕が言ったことは覚えてるかな?」
「……うん」
かろうじて吐いた嘘は見事に破られた。諭すように話すルフレに、名前は叱られた子供のようにうなだれた。ルフレはくすりと笑った。
「何かあった?いつも以上に元気がないみたいだけど」
「……」
「…苗字?」
名前はただただ首を振るばかりだ。いや、そうするしかなかった。
言葉数少ない名前が懸命に嘘を吐いても、ルフレに通用しないのはわかりきっている。だからと言って理由を述べるのは絶対に避けたかった。
だから、言いたくない、と意思表示するしか名前には考えつかなかったのだ。
これにルフレは困る。どうして名前がいきなり口を閉じきってしまったのか理解に苦しんだからだ。
だからルフレはただただ微笑むしかなかった。
「言いたくないのなら仕方ないね。随分遠くまで来たから、君はまいっていないか心配だったから」
「……大丈夫です…私もう…そんなに、弱くない」
「……」
「だから、大丈夫」
名前は力強く言い切った。虚勢もある。しかし、それは何よりも自分の意志を表していた。名前の性根にはいつだってその精神が、考え方があった。
一人で大丈夫。
それは一種の暗示でもある。弱気な己を叱り、励ます為のもの。
ルフレは難しい顔をして何かを考えていたけれど、ふっと頬を綻ばすと首を振って名前に寄って、強ばる肩を優しく叩いた。名前は唇を噛みしめて悲鳴を飲み込んだ
「僕は変わらないよ」
「…!」
「君の味方だ。…君が強くなって、もう僕の力がいらないのだとしても。僕が君の味方だってことはずっと変わらないよ」
「…っ…どうして?…私のことなんか放っておけばいいのに…ルフレさんだって、記憶が…」
「うーん…僕は君と出会ったから…かな。なんて言えばいいのかな…。こう、繋がりのような?…記憶がないからこそ、この出会いを大事にしたいんだ」
「……私…何もお返し出来ない…」
「そんなことない。君はいつも一生懸命で、励まされるよ」
「……」
名前は首を振る。うなだれて、唇を噛みしめた。泣きそうな精神をそうして耐えてみせる。
ルフレのくれる言葉が嬉しかった。気休めも少しは入っているのだろうが、それでも彼の心がまだぽっかり空く隙間風を埋めていく。
名前は手首をすっぽり被せるように裾を手繰り寄せ、濡れる目元を荒くぬぐった。ずずっと鼻をすすり、顔をあげる。
歪んだ笑みかもしれないが、頬と口角を懸命にあげた。
ルフレはちょっと驚いていたけれど、その笑顔は変わらない。
「ありがとう、ルフレさん。…ありがとう」
「ううん、そんな」
「…私、もっと、頑張れる気がする」
「そっか。後ろ盾があるのとないのとじゃ違うからね」
少し心許ないところもあるけど、と頬をひっかきながら苦笑いを浮かべるルフレに名前はくすりと笑った。そんなことない、と首を振ってみせるとルフレの表情は照れ笑いに変わった。
「ルフレさぁん!」
「!」
「スミア!…気をつけて」
ざっくざっくと砂地を踏みしめて掛けてくる少女。片割れを探していたのだろう、ルフレの顔を見てほっと顔を綻ばしたスミアだったが、次の瞬間には足がもつれてばたんっと顔から砂に突っ込むように転がった。
慌てて二人してスミアに近寄ると、彼女は口の中の砂を吐いたり顔や服の汚れを払って恥ずかしそうに頭を垂れた。
「ご、ごめんなさい、私ったら…!注意されたばかりなのに…」
「うん、まぁ君らしいかな」
「すみません…」
「…怪我がなくてよかった」
「はい!身体は丈夫なんです!いつも転んでるから」
名前の安堵する声に返事をする彼女は自慢げに胸を張った。その姿は女の名前から見ても愛らしくて、思わずくすっと吹き出した。スミアは先程のルフレのように照れながらニコニコと笑い続ける。
「もう月もあの位置に傾いちゃいましたし、寒くなったでしょう?もうお休みしましょうってフレデリクさんが」
「そうだね。明日からはもっと大変だ。エメリナ様も助けないとね」
「はい!」
「……うん。…お休みなさい、二人とも」
「苗字さん?一緒に行かないのですか?」
先だって歩き出した名前は後ろを振り返り、首を振った。
お休みなさい、ともう一度二人に告げると深々と頭を下げる。
二人は顔を見合わせていたが、軽い口調で返事する。
名前は笑って、反転すると駆けだした。
気分は高潮などしていなかった。穏やかな心持ちもあるけれど、何処か後ろめたくもあるし、後ろに残していく爽快な感覚もあった。
名前はそうして、一つの憧れという感情を捨てた。