#07.これからは俺が力になるから
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砂漠のオアシス近郊を通りかかった際、クロム達は追われる幼女と、少女を追う男と、更に彼らを追いかける集団と出会した。
幼い少女が必死に悪漢から逃げている。その様相をクロム達が見逃す訳はない。幼女を保護せんと、男の前に立ちふさがった。
しかし、悪漢と思われた屈強そうな男は強面の顔つきとは打って変わった快男児だった。彼は手短にとある集団に捕まった少女を連れ出し逃げてきたはずが、いつの間にか自分の立ち位置が逆転していたことに嘆く。
騒動の間に、少女を再び捕らえんと集団が追いついてきた。慌てる少女を掴む男は、この状況に嘆息しながらも冷静さは失わない。携える剣と皮盾が、彼が傭兵であることを指し示していると同時に余程腕に自信があるようだ。
クロム達も戦闘準備を急ぐ。
砂に足を取られ、思うように前へ進めない。身軽な魔道士達が先を急ぐ中、騎兵や武器を抱える者達は気持ちばかりが先走るだけでなかなか足並みは揃わない。
ペレジアに竜騎士が多いのはこの為だろうか、と名前は地をかき分けながら考える。しかしこの場には彼らの姿はない。怪しい一団は儀式用の装束に身を包み、遠目からでも雰囲気は異様だ。
前方の傭兵と庇われる少女との合流を急ぐ。しかし思った以上に前に進まない。男も手練れではあったが囲まれれば、少女を庇い続けるのは難しい。
焦燥する名前の目前でその出来事は起こった。恐れていたことに、傭兵の男をすり抜けた巨漢が少女へ容赦なく斧を振り下ろす。
少女はなんとか小さな身を翻して避けたものの、危険は変わらない。
そのとき、少女はその可愛らしい顔をきっと男に向けた。抵抗を見せた少女は懐から取り出した何かをむんずと掴んで天に翳す。
瞬間、少女は光のベールに包まれてしまった。近くのルフレがあっと驚いた声が名前の耳にも入ったが、名前もそこまで意識が向かず呆然とする。
少女が在った場所から一頭の竜が、丸くなった身体の筋を伸ばして現れた。ゆらゆらと大きな竜翼を力強く羽ばたかせて風を巻き起こし、太陽によって固そうな碧の竜鱗が光る。
竜は雄叫びをあげた後、アンバランスな少女の声音をその厳つい口元から吐き出した。斧を持つならずものは、一連の騒動に目を奪われて動けず。結果、竜の吐き出した氷のように美しい砲弾を受けて吹き飛ばされた。屈強そうな男はもう動くことはない。
もう何が起きても驚かない。
名前のそんな自負は見事に打ち崩された。いや、この感覚こそは初めてではない。ベルベットと対峙した際のそれと同じだ。名前が驚いたのはギャップだと言える。見るからに幼子の少女が数倍の体躯をした竜に変貌するのだ。唖然を通り越して脳内の思考回路を打ち切られたような衝撃である。そしてそれはルフレも同じだった。
彼女はマムクートだ、とクロムは説明する。この世界に古くから住む彼女たちは戦闘力も高く、それ故なのか、稀少な種族であるという。後で知ることになるのだが、彼女たちは自分たちより遙かに長命であり、外見と年齢は合致しない。幼子に見える少女もまた然りである。
数の利はあれど、手練れの傭兵グレゴと幼き竜の少女ノノの活躍もあって、怪しい一団は蹴散らされた。率いていた司祭を始め、息絶え絶えの彼らは最後、決まったように彼らが信じる神の名を讃える。
「ギムレー様、万歳」
それは遙か昔、イーリスに伝わるナーガ伝説にて、聖王とナーガが立ち向かいし邪竜・ギムレーを信仰したギムレー教徒の集団だったことを意味している。
己の死を以て、神に供物を捧げる喜びに溢れた彼らに、名前は顔をしかめるしかなかった。
その日は珍しく緑と水場に溢れた近くのオアシスに拠点を置いた。ペレジアの城も近く、これからは下手に身動きが取れないこともあって、そこが最後の休憩地点になるとクロム達から告げられる。
敵本拠地を目の前に、いよいよエメリナ奪還の作戦は目前に迫っていることは明らかだ。処刑実行知らせは幸い聞こえてかなかったが、クロム達の動向を十中八九見張っていたペレジア軍ならば、日取りは近々発せられることだろう。
距離が縮まると同時に焦燥と祈りの回数は増えた。弓を挟んで手を合わせながら、尊敬する王の無事を願っていた名前は、もう一つだけいいかな、と信愛する軍師の声を聞いて顔をあげる。
「私事で申し訳ないのだけど、みんなに報告があるんだ。スミア」
はい、と穏やかな声をあげて駆け寄る彼女だったが、途端名前の視界から姿を消す。ドタン、と大きな物音がしたので何かに躓いてしまったのだろう。急いでルフレが駆けつけて彼女の華奢な身体を抱き起こす。
その仕草がとても優しくて、名前の心に影を落とした。気付かない振りをして、しかし眉が寄ってしまうのを抑えられずに視線を少し落とした。
嫌な予感がした。
そして不幸にもその予感は当たる。
ルフレはスミアの肩を抱き、にこやかに笑みを浮かべた。スミアも真っ赤な鼻を撫でながら赤い頬を綻ばした。
「僕、ルフレと彼女…スミアは、婚約しました」
えーっ、と、いち早く声を上げたのはリズだ。それぞれが驚愕と感嘆の声があがって辺りは騒然となった。
名前はと言えば、やはり声もなくそこに佇んでいた。目を丸く開け、幸せそうに寄り添う二人を穴が空くほど見つめている。
「こんな時だけど、みんなには報告しておきたくて。…まだ一刻を争う事態だから、僕もスミアもやることは変わらないよ」
「はい!こんな私だけど、これからはルフレさんと一緒に精一杯頑張りますから!」
キラキラと背に後光を携えたような二人は幸せそうに笑ってそう宣言する。
おめでとう、と何処からか祝辞があがると、それは巻き起こり、はやし立てる声音も混じって一層騒がしくなった。
そういう訳だから、簡素なものだけどこれから祝いの席を開く、とクロムは声を張り上げる。エメリナ救出の成功を祈る意味でもあると付け加えたのはフレデリクだった。
呆然とことの成り行きをただただ流していた名前は、少女達の手を引かれて、気付いたときには祝いの席にちゃっかり出席していた。
ただただ流れていく時間を無駄とも感じずに、思い人だったルフレの幸福そうな表情を遠くしか見つめるしかない。離れることはあっても、一生縮まることのない距離をむざむざと感じさせて、悲しみを通り越して何も感じようとさえしなかった。
こうして、名前の淡い片思いは終結を迎えることになったのだった。
幼い少女が必死に悪漢から逃げている。その様相をクロム達が見逃す訳はない。幼女を保護せんと、男の前に立ちふさがった。
しかし、悪漢と思われた屈強そうな男は強面の顔つきとは打って変わった快男児だった。彼は手短にとある集団に捕まった少女を連れ出し逃げてきたはずが、いつの間にか自分の立ち位置が逆転していたことに嘆く。
騒動の間に、少女を再び捕らえんと集団が追いついてきた。慌てる少女を掴む男は、この状況に嘆息しながらも冷静さは失わない。携える剣と皮盾が、彼が傭兵であることを指し示していると同時に余程腕に自信があるようだ。
クロム達も戦闘準備を急ぐ。
砂に足を取られ、思うように前へ進めない。身軽な魔道士達が先を急ぐ中、騎兵や武器を抱える者達は気持ちばかりが先走るだけでなかなか足並みは揃わない。
ペレジアに竜騎士が多いのはこの為だろうか、と名前は地をかき分けながら考える。しかしこの場には彼らの姿はない。怪しい一団は儀式用の装束に身を包み、遠目からでも雰囲気は異様だ。
前方の傭兵と庇われる少女との合流を急ぐ。しかし思った以上に前に進まない。男も手練れではあったが囲まれれば、少女を庇い続けるのは難しい。
焦燥する名前の目前でその出来事は起こった。恐れていたことに、傭兵の男をすり抜けた巨漢が少女へ容赦なく斧を振り下ろす。
少女はなんとか小さな身を翻して避けたものの、危険は変わらない。
そのとき、少女はその可愛らしい顔をきっと男に向けた。抵抗を見せた少女は懐から取り出した何かをむんずと掴んで天に翳す。
瞬間、少女は光のベールに包まれてしまった。近くのルフレがあっと驚いた声が名前の耳にも入ったが、名前もそこまで意識が向かず呆然とする。
少女が在った場所から一頭の竜が、丸くなった身体の筋を伸ばして現れた。ゆらゆらと大きな竜翼を力強く羽ばたかせて風を巻き起こし、太陽によって固そうな碧の竜鱗が光る。
竜は雄叫びをあげた後、アンバランスな少女の声音をその厳つい口元から吐き出した。斧を持つならずものは、一連の騒動に目を奪われて動けず。結果、竜の吐き出した氷のように美しい砲弾を受けて吹き飛ばされた。屈強そうな男はもう動くことはない。
もう何が起きても驚かない。
名前のそんな自負は見事に打ち崩された。いや、この感覚こそは初めてではない。ベルベットと対峙した際のそれと同じだ。名前が驚いたのはギャップだと言える。見るからに幼子の少女が数倍の体躯をした竜に変貌するのだ。唖然を通り越して脳内の思考回路を打ち切られたような衝撃である。そしてそれはルフレも同じだった。
彼女はマムクートだ、とクロムは説明する。この世界に古くから住む彼女たちは戦闘力も高く、それ故なのか、稀少な種族であるという。後で知ることになるのだが、彼女たちは自分たちより遙かに長命であり、外見と年齢は合致しない。幼子に見える少女もまた然りである。
数の利はあれど、手練れの傭兵グレゴと幼き竜の少女ノノの活躍もあって、怪しい一団は蹴散らされた。率いていた司祭を始め、息絶え絶えの彼らは最後、決まったように彼らが信じる神の名を讃える。
「ギムレー様、万歳」
それは遙か昔、イーリスに伝わるナーガ伝説にて、聖王とナーガが立ち向かいし邪竜・ギムレーを信仰したギムレー教徒の集団だったことを意味している。
己の死を以て、神に供物を捧げる喜びに溢れた彼らに、名前は顔をしかめるしかなかった。
その日は珍しく緑と水場に溢れた近くのオアシスに拠点を置いた。ペレジアの城も近く、これからは下手に身動きが取れないこともあって、そこが最後の休憩地点になるとクロム達から告げられる。
敵本拠地を目の前に、いよいよエメリナ奪還の作戦は目前に迫っていることは明らかだ。処刑実行知らせは幸い聞こえてかなかったが、クロム達の動向を十中八九見張っていたペレジア軍ならば、日取りは近々発せられることだろう。
距離が縮まると同時に焦燥と祈りの回数は増えた。弓を挟んで手を合わせながら、尊敬する王の無事を願っていた名前は、もう一つだけいいかな、と信愛する軍師の声を聞いて顔をあげる。
「私事で申し訳ないのだけど、みんなに報告があるんだ。スミア」
はい、と穏やかな声をあげて駆け寄る彼女だったが、途端名前の視界から姿を消す。ドタン、と大きな物音がしたので何かに躓いてしまったのだろう。急いでルフレが駆けつけて彼女の華奢な身体を抱き起こす。
その仕草がとても優しくて、名前の心に影を落とした。気付かない振りをして、しかし眉が寄ってしまうのを抑えられずに視線を少し落とした。
嫌な予感がした。
そして不幸にもその予感は当たる。
ルフレはスミアの肩を抱き、にこやかに笑みを浮かべた。スミアも真っ赤な鼻を撫でながら赤い頬を綻ばした。
「僕、ルフレと彼女…スミアは、婚約しました」
えーっ、と、いち早く声を上げたのはリズだ。それぞれが驚愕と感嘆の声があがって辺りは騒然となった。
名前はと言えば、やはり声もなくそこに佇んでいた。目を丸く開け、幸せそうに寄り添う二人を穴が空くほど見つめている。
「こんな時だけど、みんなには報告しておきたくて。…まだ一刻を争う事態だから、僕もスミアもやることは変わらないよ」
「はい!こんな私だけど、これからはルフレさんと一緒に精一杯頑張りますから!」
キラキラと背に後光を携えたような二人は幸せそうに笑ってそう宣言する。
おめでとう、と何処からか祝辞があがると、それは巻き起こり、はやし立てる声音も混じって一層騒がしくなった。
そういう訳だから、簡素なものだけどこれから祝いの席を開く、とクロムは声を張り上げる。エメリナ救出の成功を祈る意味でもあると付け加えたのはフレデリクだった。
呆然とことの成り行きをただただ流していた名前は、少女達の手を引かれて、気付いたときには祝いの席にちゃっかり出席していた。
ただただ流れていく時間を無駄とも感じずに、思い人だったルフレの幸福そうな表情を遠くしか見つめるしかない。離れることはあっても、一生縮まることのない距離をむざむざと感じさせて、悲しみを通り越して何も感じようとさえしなかった。
こうして、名前の淡い片思いは終結を迎えることになったのだった。