#01.お前は一体何者だ?
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ざくり、と、肉を断つ音が耳につんざく。
ひぃっと悲鳴を上げた名前は目を瞑ったままだ。だから聴覚の情報がそのまま脳に伝わる。
何かが風を切る音だとか。
威勢の良い声だとか。
あとはあのノイズの走ったような男の呻き声だ。これは悲鳴混じりで吐き気をまた覚える。
名前はともかく身を縮め、この場から消えることばかりを考えていた。身を潜めて、出来るならやり過ごす為に。
そのうち辺りはしん、と静まり返った。風と大地が揺れる盛大な木霊する。
後は誰かの吐息がある。
だから名前は目を開けなかった。がたがたと震える体を丸めて小さくなりながら、夢であってと願う。
「大丈夫ですか!」
「ひっ!」
声が降りかかり、名前は大層な声を上げてしまった。その事実にも名前は驚いたが相手に悪いとまでは思えない。今度は自分なのだろうか、と決められない覚悟を迫られている気になった。
跳ねる両肩を力強く掴まれ、名前は立たされた。がくんがくんと体は揺れるばかりだが近くの木に捕まって体勢を整え、ようやく視界を開く。
目の前には、見覚えのない人だ。それも違和感しか覚えない雰囲気を感じ取る。
下がっていた視線を相手のブーツから徐々にあげて、名前は顔を歪めた。何もかもが違う、と思えた。見たこともない奇怪なデザインの服を着こなし、マントが風で揺れている。更に疑心を膨らませるのは顔のマスクだ。よくある鞭を持った女王様がしていそうだった。
「あぁ、怪我を…!」
「っ…」
「ちょっと待って、今薬を出しますから」
「……!」
名前の擦り傷に気づいたらしい仮面の人は腰元に下げるポーチをゴソゴソと漁りだした。同じく視線を相手の手元に合わせていた名前は驚いて後ずさる。
片手に、刃物の光があった。
名前はまた震えを思い出して徐々に距離を取った。そのことに気づいた仮面の人が一歩踏み込む。
「どうしました?」
「…っ!」
「あっ!待って!そちらには…!…くっ!」
名前は瞬発力を利用して走り出した。暗くなっていく木々を縫って走っていたがおもむろに草むらに飛び込んで息を潜める。
追いかけてきた仮面の人らしき足音がすぐ近くまで駆けてきたが、止まることもなく過ぎ去っていく。
それでも名前は、溜息を吐くことも出来ず、そのまま目を瞑った。恐怖に疲れ、痛み、あらゆる感情を吐き出すことが出来ないまま、涙だけが流れた。
名前はそのまま地に倒れ込んで意識を手放すのだった。
耳元から声が聞こえた。
聞き覚えのない声音達は何かを話しているらしい。それも自分のことだと名前は気づいて目を少しずつ開けた。
「あっ!気がついたよ!」
「……」
「大丈夫?」
「……」
光をすぐに受け入れないように瞬きを繰り返す名前の視界に、少女の明るい笑顔が飛び込んだ。返事もなく、サッと顔色を変えた名前に少女は慌てて首を振る。
「あわわっごめんね?驚いたよねっ」
「……」
「大丈夫?怪我はない?」
「………」
名前は所々の擦り傷を思い出したが頷くことで返事をする。少女は目を細め、口角をあげてにっこりと笑むと、錫杖を大事そうに抱えつつよかった、と一言。
名前はその青空のような瞳にドキリと胸を弾ませ、ようやく声を上げた。
「あ、ありがとう」
「うんん!」
か細い声が運良く届いた少女の顔はますます輝く。名前は安堵感を覚え、ようやく一息吐いた。どっと疲れが増す。
「大丈夫なのか?」
「うん!怪我もあまりしてないって!」
「そうか、それはよかった」
「……」
少女の後ろから男の声が聞こえて名前は戦慄した。これには聞き覚えがあるような気がしたからだ。
しかし現れた青年の姿も顔の造りまで全く違う。少女を含め、トンチンカンな服装ではあったが名前を突き飛ばした男ではなかった。
名前は見下ろされる状態が居心地悪く、自分も立ち上がる。かくりかくりと生まれたての子鹿のように震えたがなんとか体勢を整えて面と向かう。
大丈夫か、と再度訪ねられて名前は同じく頷いた。
「お前は一体何者だ?この付近の住人か?」
「………」
名前はぴくり、と眉を動かした。初対面の男にお前呼ばわりはなんだ、と文句はあったが飲み込み、首を振る。
「なら旅の者でしょうか。ソワレも同じく旅の男を一人連れていましたし」
「!!」
ガッチリと固そうな物を纏う男の声にも反応してしまった。が、顔はおろか、体型はその倍は小さかったかと考える。ガッカリはあまりしなかった。
「そ、そのひとは!?」
「んっ?」
「何処!?」
「連れの者でしたか。ヴィオールはあそこに」
「…!」
初めて大きな反応を返したので最初の青年と少女は顔を見合わせる。名前も視界の端でそれを捉えてはいたけれどあまり気には出来なかった。
重そうな装甲を纏う男の指先の先を見る。そこには短い赤毛の女性と話す男の姿が確かにあった。
(…ちがう…)
顔面が蒼くなるほどに心が萎んだ。似たような服を着ていたように思うが髪色が違う。
再び俯いてしまった名前に、青年が話しかけた。
「仲間とはぐれたのか?」
「……」
首を振った。声を上げられないもどかしさに唇を噛んで苛立ちに耐える。そうすることしか出来ないほどに落ち込んでいた。
そんな名前に装甲の男が口を挟む。
「この付近の住民でもない、仲間を捜しているのでもない。なら貴女は何者です?」
「……」
その台詞はこちらの質問だ。名前は苦しい喉をあげて男を睨む。明らかに怪しいのはそちらだと思えた。
しかし口にはしない。目を伏せて怒りをやり過ごすとなんとか声を振り絞った。
「あなた、たちは?」
「私達はね!イーリスを守る自警団なんだよ!カッコいいでしょ!」
「………」
首を左右に一度ずつ傾げた。装甲の男の代わりに答えた少女は恥ずかしさをおくびにも出さず、むしろ胸を張っている。
何を言ってるの、と名前は疑問を心の中で問う。
「じ、けいだん」
「そうだ」
「……警…察?」
「ケイサツ?」
「…ちがうの…?」
少女の隣の青年が今度は妙なイントネーションで反復した。少女も装甲の男も目配せて首を傾げた。
名前は顔を歪ませた。
まるで自分の方がおかしいと言われているみたいだ。違和感ばかりが自分に張り付けられていく。
「…なぁ。名前は何という?」
「………苗字……」
「随分変わった名前だな。俺はクロム」
「私はリズだよ!」
「こっちはフレデリクだ」
「………」
「…苗字さん。詳しい事情をお聞かせ頂けませんか?」
「……でも…」
「何か力になれることがあるかもしれない。困っている奴を放り出したくはないしな」
「うんうん!そのための私達だもんねっ」
「そういうことです」
「………」
名前は迷いを見せた。居心地がすこぶる悪いのもあったが、この集団を信じていいものか判断出来ない。
名前はとうとう首を振った。いくらか考えを巡らせても話すメリットはあってもデメリットの方が大きい。何せ信じてくれるとは思えなかった。自分でも今の状態が理解不能なのだから。
名前は咄嗟に自分で何とかする、といういつもの行動パターンに出た。
「で…電話をお借りできませんか」
「うん?」
「…あ…お、お金が…。ち、近くの駅だけでも、教えてください」
「何を言っている?」
「……!」
「お金なんて取らないよ!大丈夫!でも、エキとかデンワ?って何?」
「…っ……っ」
無邪気に問いかけるリズという少女に、名前は今度こそ言葉を失った。元より口数は少ないものの、心中で吐き出される本音さえ生まれないのは久しぶりだ。
「貴女は先程から何をいっているのです?」
「………」
「…答えられない、ですか」
「………」
フレデリクと呼ばれた男が後ろに組んでいた手を崩し、顎を撫でて考え始める。名前は今頃になって異端者はどちらかを理解し始めていた。しかし、どうにも認めがたい。
「もしや貴女も記憶がない、と?」
「…!…ち、ちがう!」
「なら話していただかないと」
「……………」
「ふむ」
冷えた指先でスカートの裾を握り込み、名前は下を向いた。皺になってしまうほどに両の手は力強い。
再び黙り込んでしまった名前に痺れを切らし、装甲の男は溜息を吐いて青年の方へ体を向けた。
「如何なさいます、クロム様」
「そうだな…置いていくわけにもいかんだろうし」
「ではやはり国へ連れて帰りましょう。今回の異常現象と何か繋がりがあるかもしれませんし」
「…!」
「こいつがか?」
「えぇ。この度の出来事を何か知っていて話せないのかもしれません」
「でも、そんな風に見えないよ?」
「そう見せかけている可能性は捨て切れません。…何よりこう黙られていては」
「私、知らない…」
「……!」
「あの目玉のこと…知らない……此処が…どこかも…わからないのに…!」
「…それを信じろと?」
「………」
唇を噛んで、それ以上を飲み込む。何も言い返せないのが真実だ。男の気持ちが手に取るようにわかるからこそ。
「とにかく、貴女には私達と共に来ていただきます。ルフレさん共々、調べますので」
「…っ!」
「よろしいですね?クロム様」
「あぁ。仕方ないだろうな」
「……いや…」
「なに?」
「いや!私だってあなた達のこと、信じられない…信じたくない!!」
「お、おいおい」
「こんなとこ…もういや…もう、もう!」
「落ち着け!」
「……っ」
「ぃっ…!」
「お兄ちゃん!」
「クロム様!」
「……!」
ガサガサと頭をかきむしって唸る。そんな様子を見た、クロム青年が伸ばした手を、名前は力強く打ち落とした。残りの二人が声を上げて驚いている隙に名前は反転して、森の中へ。
陰に馴染んで行ってしまった名前に、少女はあわあわと兄と少女の消えた先を見比べる。
「あっあっ行っちゃったよ!?」
「…追いかけるぞ」
「待って!」
「…!…ルフレ」
「僕が追いかける。クロム達は待っていてくれないか?」
「……ですが」
「はい。わかっています。フレデリクさんの言いたいことは。僕と彼女には実は関係があって、イーリスにとって害にならないか心配なんですよね?」
「…えぇ」
「フレデリク!」
「大丈夫だよ、クロム。僕は彼女を覚えていないし、彼女も僕を知らないだろう。…今の彼女は普通じゃない。みんなで囲むより、落ち着いて話を聞かなくては。だから此処は僕に任せて欲しい。…信じてくれとしか、言えないけれど」
「何を言う。俺はお前を信じてる。ルフレ、任せたぞ。フレデリクもそれでいいな?」
「…仕方がありません」
「じゃあ行ってくる」
「気をつけてね!」
ルフレと呼ばれた青年はニッコリと笑い、重そうなフードを揺らして変わった少女の後を追った。
ひぃっと悲鳴を上げた名前は目を瞑ったままだ。だから聴覚の情報がそのまま脳に伝わる。
何かが風を切る音だとか。
威勢の良い声だとか。
あとはあのノイズの走ったような男の呻き声だ。これは悲鳴混じりで吐き気をまた覚える。
名前はともかく身を縮め、この場から消えることばかりを考えていた。身を潜めて、出来るならやり過ごす為に。
そのうち辺りはしん、と静まり返った。風と大地が揺れる盛大な木霊する。
後は誰かの吐息がある。
だから名前は目を開けなかった。がたがたと震える体を丸めて小さくなりながら、夢であってと願う。
「大丈夫ですか!」
「ひっ!」
声が降りかかり、名前は大層な声を上げてしまった。その事実にも名前は驚いたが相手に悪いとまでは思えない。今度は自分なのだろうか、と決められない覚悟を迫られている気になった。
跳ねる両肩を力強く掴まれ、名前は立たされた。がくんがくんと体は揺れるばかりだが近くの木に捕まって体勢を整え、ようやく視界を開く。
目の前には、見覚えのない人だ。それも違和感しか覚えない雰囲気を感じ取る。
下がっていた視線を相手のブーツから徐々にあげて、名前は顔を歪めた。何もかもが違う、と思えた。見たこともない奇怪なデザインの服を着こなし、マントが風で揺れている。更に疑心を膨らませるのは顔のマスクだ。よくある鞭を持った女王様がしていそうだった。
「あぁ、怪我を…!」
「っ…」
「ちょっと待って、今薬を出しますから」
「……!」
名前の擦り傷に気づいたらしい仮面の人は腰元に下げるポーチをゴソゴソと漁りだした。同じく視線を相手の手元に合わせていた名前は驚いて後ずさる。
片手に、刃物の光があった。
名前はまた震えを思い出して徐々に距離を取った。そのことに気づいた仮面の人が一歩踏み込む。
「どうしました?」
「…っ!」
「あっ!待って!そちらには…!…くっ!」
名前は瞬発力を利用して走り出した。暗くなっていく木々を縫って走っていたがおもむろに草むらに飛び込んで息を潜める。
追いかけてきた仮面の人らしき足音がすぐ近くまで駆けてきたが、止まることもなく過ぎ去っていく。
それでも名前は、溜息を吐くことも出来ず、そのまま目を瞑った。恐怖に疲れ、痛み、あらゆる感情を吐き出すことが出来ないまま、涙だけが流れた。
名前はそのまま地に倒れ込んで意識を手放すのだった。
耳元から声が聞こえた。
聞き覚えのない声音達は何かを話しているらしい。それも自分のことだと名前は気づいて目を少しずつ開けた。
「あっ!気がついたよ!」
「……」
「大丈夫?」
「……」
光をすぐに受け入れないように瞬きを繰り返す名前の視界に、少女の明るい笑顔が飛び込んだ。返事もなく、サッと顔色を変えた名前に少女は慌てて首を振る。
「あわわっごめんね?驚いたよねっ」
「……」
「大丈夫?怪我はない?」
「………」
名前は所々の擦り傷を思い出したが頷くことで返事をする。少女は目を細め、口角をあげてにっこりと笑むと、錫杖を大事そうに抱えつつよかった、と一言。
名前はその青空のような瞳にドキリと胸を弾ませ、ようやく声を上げた。
「あ、ありがとう」
「うんん!」
か細い声が運良く届いた少女の顔はますます輝く。名前は安堵感を覚え、ようやく一息吐いた。どっと疲れが増す。
「大丈夫なのか?」
「うん!怪我もあまりしてないって!」
「そうか、それはよかった」
「……」
少女の後ろから男の声が聞こえて名前は戦慄した。これには聞き覚えがあるような気がしたからだ。
しかし現れた青年の姿も顔の造りまで全く違う。少女を含め、トンチンカンな服装ではあったが名前を突き飛ばした男ではなかった。
名前は見下ろされる状態が居心地悪く、自分も立ち上がる。かくりかくりと生まれたての子鹿のように震えたがなんとか体勢を整えて面と向かう。
大丈夫か、と再度訪ねられて名前は同じく頷いた。
「お前は一体何者だ?この付近の住人か?」
「………」
名前はぴくり、と眉を動かした。初対面の男にお前呼ばわりはなんだ、と文句はあったが飲み込み、首を振る。
「なら旅の者でしょうか。ソワレも同じく旅の男を一人連れていましたし」
「!!」
ガッチリと固そうな物を纏う男の声にも反応してしまった。が、顔はおろか、体型はその倍は小さかったかと考える。ガッカリはあまりしなかった。
「そ、そのひとは!?」
「んっ?」
「何処!?」
「連れの者でしたか。ヴィオールはあそこに」
「…!」
初めて大きな反応を返したので最初の青年と少女は顔を見合わせる。名前も視界の端でそれを捉えてはいたけれどあまり気には出来なかった。
重そうな装甲を纏う男の指先の先を見る。そこには短い赤毛の女性と話す男の姿が確かにあった。
(…ちがう…)
顔面が蒼くなるほどに心が萎んだ。似たような服を着ていたように思うが髪色が違う。
再び俯いてしまった名前に、青年が話しかけた。
「仲間とはぐれたのか?」
「……」
首を振った。声を上げられないもどかしさに唇を噛んで苛立ちに耐える。そうすることしか出来ないほどに落ち込んでいた。
そんな名前に装甲の男が口を挟む。
「この付近の住民でもない、仲間を捜しているのでもない。なら貴女は何者です?」
「……」
その台詞はこちらの質問だ。名前は苦しい喉をあげて男を睨む。明らかに怪しいのはそちらだと思えた。
しかし口にはしない。目を伏せて怒りをやり過ごすとなんとか声を振り絞った。
「あなた、たちは?」
「私達はね!イーリスを守る自警団なんだよ!カッコいいでしょ!」
「………」
首を左右に一度ずつ傾げた。装甲の男の代わりに答えた少女は恥ずかしさをおくびにも出さず、むしろ胸を張っている。
何を言ってるの、と名前は疑問を心の中で問う。
「じ、けいだん」
「そうだ」
「……警…察?」
「ケイサツ?」
「…ちがうの…?」
少女の隣の青年が今度は妙なイントネーションで反復した。少女も装甲の男も目配せて首を傾げた。
名前は顔を歪ませた。
まるで自分の方がおかしいと言われているみたいだ。違和感ばかりが自分に張り付けられていく。
「…なぁ。名前は何という?」
「………苗字……」
「随分変わった名前だな。俺はクロム」
「私はリズだよ!」
「こっちはフレデリクだ」
「………」
「…苗字さん。詳しい事情をお聞かせ頂けませんか?」
「……でも…」
「何か力になれることがあるかもしれない。困っている奴を放り出したくはないしな」
「うんうん!そのための私達だもんねっ」
「そういうことです」
「………」
名前は迷いを見せた。居心地がすこぶる悪いのもあったが、この集団を信じていいものか判断出来ない。
名前はとうとう首を振った。いくらか考えを巡らせても話すメリットはあってもデメリットの方が大きい。何せ信じてくれるとは思えなかった。自分でも今の状態が理解不能なのだから。
名前は咄嗟に自分で何とかする、といういつもの行動パターンに出た。
「で…電話をお借りできませんか」
「うん?」
「…あ…お、お金が…。ち、近くの駅だけでも、教えてください」
「何を言っている?」
「……!」
「お金なんて取らないよ!大丈夫!でも、エキとかデンワ?って何?」
「…っ……っ」
無邪気に問いかけるリズという少女に、名前は今度こそ言葉を失った。元より口数は少ないものの、心中で吐き出される本音さえ生まれないのは久しぶりだ。
「貴女は先程から何をいっているのです?」
「………」
「…答えられない、ですか」
「………」
フレデリクと呼ばれた男が後ろに組んでいた手を崩し、顎を撫でて考え始める。名前は今頃になって異端者はどちらかを理解し始めていた。しかし、どうにも認めがたい。
「もしや貴女も記憶がない、と?」
「…!…ち、ちがう!」
「なら話していただかないと」
「……………」
「ふむ」
冷えた指先でスカートの裾を握り込み、名前は下を向いた。皺になってしまうほどに両の手は力強い。
再び黙り込んでしまった名前に痺れを切らし、装甲の男は溜息を吐いて青年の方へ体を向けた。
「如何なさいます、クロム様」
「そうだな…置いていくわけにもいかんだろうし」
「ではやはり国へ連れて帰りましょう。今回の異常現象と何か繋がりがあるかもしれませんし」
「…!」
「こいつがか?」
「えぇ。この度の出来事を何か知っていて話せないのかもしれません」
「でも、そんな風に見えないよ?」
「そう見せかけている可能性は捨て切れません。…何よりこう黙られていては」
「私、知らない…」
「……!」
「あの目玉のこと…知らない……此処が…どこかも…わからないのに…!」
「…それを信じろと?」
「………」
唇を噛んで、それ以上を飲み込む。何も言い返せないのが真実だ。男の気持ちが手に取るようにわかるからこそ。
「とにかく、貴女には私達と共に来ていただきます。ルフレさん共々、調べますので」
「…っ!」
「よろしいですね?クロム様」
「あぁ。仕方ないだろうな」
「……いや…」
「なに?」
「いや!私だってあなた達のこと、信じられない…信じたくない!!」
「お、おいおい」
「こんなとこ…もういや…もう、もう!」
「落ち着け!」
「……っ」
「ぃっ…!」
「お兄ちゃん!」
「クロム様!」
「……!」
ガサガサと頭をかきむしって唸る。そんな様子を見た、クロム青年が伸ばした手を、名前は力強く打ち落とした。残りの二人が声を上げて驚いている隙に名前は反転して、森の中へ。
陰に馴染んで行ってしまった名前に、少女はあわあわと兄と少女の消えた先を見比べる。
「あっあっ行っちゃったよ!?」
「…追いかけるぞ」
「待って!」
「…!…ルフレ」
「僕が追いかける。クロム達は待っていてくれないか?」
「……ですが」
「はい。わかっています。フレデリクさんの言いたいことは。僕と彼女には実は関係があって、イーリスにとって害にならないか心配なんですよね?」
「…えぇ」
「フレデリク!」
「大丈夫だよ、クロム。僕は彼女を覚えていないし、彼女も僕を知らないだろう。…今の彼女は普通じゃない。みんなで囲むより、落ち着いて話を聞かなくては。だから此処は僕に任せて欲しい。…信じてくれとしか、言えないけれど」
「何を言う。俺はお前を信じてる。ルフレ、任せたぞ。フレデリクもそれでいいな?」
「…仕方がありません」
「じゃあ行ってくる」
「気をつけてね!」
ルフレと呼ばれた青年はニッコリと笑い、重そうなフードを揺らして変わった少女の後を追った。