#06.……きっと、大丈夫だ
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「苗字、ちょっといいかな」
「あ…は、はい」
「君はわかっていないようだから、一度はっきり言っておくよ」
「……」
クロム達と別れ、一人帰路に着こうとした矢先のこと。追いかけてきたらしいルフレに声をかけられて名前はドキリと鼓動を強める。相手の真剣な表情に目を奪われながらも、少し怒っていることから名前はやるせない感情を我慢する為に服の裾を掴む。
「一人で無茶をするのはいい加減やめるんだ」
「……」
「君が焦っていることはわかる。そして僕達に迷惑をかけたくないのだとも理解出来る。…でもね、やっぱり一人じゃあ解決には程遠いし、今回のように余計大事になりかねない」
「反省は…してます……でも…」
「…仲間には話せない。だから協力を頼めない…そう考えているんだね?」
「………」
名前は頷くことはなかった。そういう考えもあれば、元々の自分の性格も相重なっている。そうして考慮した結果、沈黙で肯定を表したのだ。
しかしルフレは少しだけ表情を和らげて、名前の細い両肩を優しく叩く。
「だったら、事情を知る僕にだけでも話してほしい」
「……!」
「なんでもいいんだ。どうしようもなく不安なとき、辛いとき、苦しいとき…僕が力になる」
「……」
「苗字はもっと、ちゃんと話さなくちゃいけないと思うんだ。そうじゃないと…負担が大きくなるばかりだよ」
「……」
「何か話したいことが出来ればでいい。…話せば楽になるはずだから」
「……うん」
名前は素直に頷いた。そのことに満足したルフレがもう一度満面の笑みで聞き返す。
「それで、今は何か話したいことは?」
「えっ?…と…と…くには…」
「…そうか。まぁいきなり話はないかなんて言われても困るよね」
「……」
ルフレは軽い冗談の後、もう一度名前に念を押すと去っていった。
その様子をやはり黙って見送った名前だったが、いつの間にか止めていた呼吸を大急ぎで再開した。
(…ティアモさんもこんな調子だったのかなぁ…)
あの大慌てようを思い出して、もしかして自分もそうだったのか、と両頬をペタペタと叩いてみる。少しだけ熱っぽい気がしてそのまま紅い頬を覆い隠す。
まだ胸の動悸が収まらない。
最初はじわりとした喜びが、また一層大きく弾ける。朴念仁の自分なんて放置されるのが常だから、こんな風に構ってくれるのが嬉しかった。
例えそれが他意のない好意だと知っていても。
本気にならない程度の恋だ。だって名前には、
(…私には…帰る場所がある…)
現実は何時だって厳しい。名前は溜息を吐きだして、今感じる喜びさえも無かったことのようにしようとする。
だってそうしなければわからなくなるのだ。
帰りたいのか。
留まりたいのか。
此処で起こった出来事を体験し、感じ、傷ついたイーリスでの思い出も、最早名前の中ではただの幻想とは言えない。どちらも手放しがたい苦い現実だった。
名前は胸元を抑え、支えを吐き出そうとする。が、それでも一向に重い痼りは取り出されることはなかった。
抱えてしまった矛盾の理由が、あの優しいルフレの声が耳元から離れない為だと、心の何処かで名前は気づいていた。
(本気の恋なんか出来ない…片思いは……思うだけだから…それならいいよね…ルフレさん…)
早朝の出発からだいぶ時間が経った。
海沿いの道を辿るように断崖絶壁を一団は進む。休憩も無しに歩き続けた為に、疲労の色は隠せなかったが、それでも進行は止まらない。
日が傾いてきた頃のことだった。
突如ペレジア軍旗を背負った一団がクロム達の前に立ちふさがった。
戦闘準備を急ぐ傍ら、一行から抜け出してペレジア軍に身を寄せる男が一人。長年イーリスに仕えてきた神官である。挙動不審だった男は、ペレジア側へ情報を流したのだ。己の保身を見返りとして。
しかし、そんな二心を抱いた男を、ペレジアは約束を放棄し難なく切り捨てた。最初から助ける気などなかったのだろう、ペレジア人にとって憎いイーリス人を。
そしてイーリス側からは男への同情はない。ただ一人、フィレインに守られ後ろに退かなくてはならなくなったエメリナを除いて。
戦いは激化する。元々足場の悪かった崖側に、相手はペレジアが有する空軍、竜騎士達が相手だ。足場の悪いクロム達には武が悪い。
そこで皆が固まって動き、守備の低い者を屈強な戦士達で壁となって戦う方法を取った。
後方支援として、カラムの後ろで弓を引く名前だったが、現れ出た竜騎士にうっと唸る。
それでも次の瞬間には矢を引いていた。放たれた一閃は竜の鱗を何枚かはぎ取りながらも騎士の顔に突き刺さりそのまま崖下へ。しかし竜は突如主人からの命令が途切れたことで驚き慌て暴れ出した。
その竜は、投げ斧を腹に食らい、主人を追いかけていく。
「ちゃんと狙え!!」
「……」
ヴェイクの怒声に何も答えなかった。名前はちゃんと、竜騎士の頭を狙っていたからだ。
しかしそこらには騎馬、騎竜の死体が伏せている。名前の心が揺らぐ原因でもあった。
そんな名前の迷走は打ち消される。突如、崖上からの奇襲を受けてしまい、考える暇も与えられなかったのだ。
リヒトとミリエルの風魔道が竜の翼を折り、ペレジアの竜達は墜ちていく。
目を反らしたくなるような光景だった。
呆然とする名前の腕をぐい、と引く存在があった。
ルフレだ。突然の行動に驚き、心臓が打たれたような苦しさに名前は息が詰まった。
「敵は空だけじゃない」
「……っ」
「前を見るんだ。大丈夫、僕達がついてる」
「……」
ルフレの言葉に泣きたくなったが唇を噛んで我慢した。弱気を叱られたようで、それでいて励まされた気分になる。
後ろのルフレを顧みることはなく、名前は弓を引く。気恥ずかしさを一緒に手放すように。だが最後まで心臓の音だけは大きく奏でられたまま、止まることはなかった。
ペレジア軍を退け、場が鎮まった頃、一頭の白いペガサスが乱入してきた。空をあまり仰ぐこともなかった名前が目を奪われたのは、見覚えのある紅い髪と鎧を確認してしまったからだった。
(ティアモさん!)
信じがたいことに、彼女だった。
ペガサスの白い毛並みは所々汚れと血が、ティアモ自身も同じく血塗れとなって軍に合流したのだった。焦燥のまま、クロムとエメリナの方へ突っ込むようにしてティアモは降り立った。
「クロム様、エメリナ様!!すぐにお逃げください!!」
「ティアモ…何故お前が此処に!」
驚く王族の傍に控えていたフィレインが前に出て、地に突き刺した槍を杖代わりにしてもよろける部下を支えた。
フィレインから矢継ぎ早に質問が。残してきた街や部下の安否を訊ねられ、ティアモは唇を噛みしめうなだれる。彼女が抱えた悲壮感で全てが理解できる。しかしティアモは声を震わせながらもクロム達へ報告した。
イーリス城はペレジア軍に陥落。守備任務に就いた天馬騎士団はペレジア王ギャンレル率いる部隊に壊滅したと。
皆が絶句した。ペレジアの悪意の触手がこんなにも素早く、手早くイーリスへ這い渡っていたのだ。
逃げ延びてしまったティアモは、騎士として死ぬべきは自分だったと吐き出すように嘆きの叫びをあげた。守れなかった平和、そして死んでいった仲間達を思えば悔いばかりが溢れているのだろう。
しかしフィレインはそんなティアモを厳しい口調で叱りつける。
お前は生かされたのだと。
勇敢に戦い、年若いティアモを守り逃がした仲間達の為に、死ぬべきだったことはない。
だから生きろ、と彼女は命じる。
フィレインは大切な部下達の心意と自分の願いを込めて、ティアモを叱った。
ティアモは、最後の最後まで堪えていた涙がついに頬を伝い、膝から崩れ落ちた。騎士の姿を脱ぎ捨て、ただの少女となって泣き叫ぶ。控えていたスミアがそんな少女を抱きしめに走った。名前も後に続く。
ティアモの泣き声をかき分けるようにして、エメリナはその決意を表した。
城に戻ると。
すぐに血を分けた兄妹達が反対を示した。ペレジア王ギャンレルがエメリナを捕らえれば何をするかわからない。今は隣国フェリアに逃げるべきだと進言する。
しかしエメリナは柔和な笑みを浮かべながらもその意思を揺るがさなかった。
フィレインはそんな主人の気持ちを汲み取り、残った精鋭の天馬騎士達がエメリナへの同行を決める。
それでもクロムは頑なにエメリナの帰還を拒否した。ギャンレルの行動は悪意に満ちている。今ここで姉を帰せば…。そんな不安がクロムを許せなくさせていた。
しかし、そんな弟の頑固さは姉も同じである。
愛する家族のため、民のため、国のため。
いつもと変わらぬ微笑みの中に、確かに聖王の覚悟があった。
エメリナはとうとう、フィレイン達天馬騎士達を伴って自らはイーリス城へ帰還を強行するのだった。
止められなかったクロムの手に残されたのは、エメリナから託されたイーリスの至宝、『炎の台座』だけだった。
名前も着いていきたかった。エメリナもフィレインも、死地に向かうのだ。しかし、立ち上がった無口な少女が何かを言う前に、つかつかと近付いてきたフィレインが先に言葉をかける。
「スミア、名前。ティアモを頼むぞ」
「……!」
「…はい。フィレイン様もご無事で」
スミアは力強く頷き返したが、名前は唇を噛みしめてしまうだけだった。まるで釘を刺されたかのようだ。名前も首を振るしかなくなって、名前の意思を確かめたフィレインは満足そうに頷いてエメリナの元へ。
塞ぐ名前がエメリナを盗み見る。エメリナの柔和な顔つきが少しだけ強ばっている。彼女から王としての重責と緊張感が漂っているのが名前にもわかった。彼女だって怖いのだと、なんだか知らないが親近感を覚えて切なくなった。
だがふとエメリナと目が合えば、彼女はやはり変わらない微笑みを名前に送った。
まるで、大丈夫だから、と言うような。母のような暖かな安心感を与えてくれる。
胸の中の不安がにじみ出てくると共に、名前は思わず泣いてしまいそうになるのだった。
そうして、フィレインの率いる精鋭の天馬騎士達を連れて、エメリナは元来た道を引き返していった。
「あ…は、はい」
「君はわかっていないようだから、一度はっきり言っておくよ」
「……」
クロム達と別れ、一人帰路に着こうとした矢先のこと。追いかけてきたらしいルフレに声をかけられて名前はドキリと鼓動を強める。相手の真剣な表情に目を奪われながらも、少し怒っていることから名前はやるせない感情を我慢する為に服の裾を掴む。
「一人で無茶をするのはいい加減やめるんだ」
「……」
「君が焦っていることはわかる。そして僕達に迷惑をかけたくないのだとも理解出来る。…でもね、やっぱり一人じゃあ解決には程遠いし、今回のように余計大事になりかねない」
「反省は…してます……でも…」
「…仲間には話せない。だから協力を頼めない…そう考えているんだね?」
「………」
名前は頷くことはなかった。そういう考えもあれば、元々の自分の性格も相重なっている。そうして考慮した結果、沈黙で肯定を表したのだ。
しかしルフレは少しだけ表情を和らげて、名前の細い両肩を優しく叩く。
「だったら、事情を知る僕にだけでも話してほしい」
「……!」
「なんでもいいんだ。どうしようもなく不安なとき、辛いとき、苦しいとき…僕が力になる」
「……」
「苗字はもっと、ちゃんと話さなくちゃいけないと思うんだ。そうじゃないと…負担が大きくなるばかりだよ」
「……」
「何か話したいことが出来ればでいい。…話せば楽になるはずだから」
「……うん」
名前は素直に頷いた。そのことに満足したルフレがもう一度満面の笑みで聞き返す。
「それで、今は何か話したいことは?」
「えっ?…と…と…くには…」
「…そうか。まぁいきなり話はないかなんて言われても困るよね」
「……」
ルフレは軽い冗談の後、もう一度名前に念を押すと去っていった。
その様子をやはり黙って見送った名前だったが、いつの間にか止めていた呼吸を大急ぎで再開した。
(…ティアモさんもこんな調子だったのかなぁ…)
あの大慌てようを思い出して、もしかして自分もそうだったのか、と両頬をペタペタと叩いてみる。少しだけ熱っぽい気がしてそのまま紅い頬を覆い隠す。
まだ胸の動悸が収まらない。
最初はじわりとした喜びが、また一層大きく弾ける。朴念仁の自分なんて放置されるのが常だから、こんな風に構ってくれるのが嬉しかった。
例えそれが他意のない好意だと知っていても。
本気にならない程度の恋だ。だって名前には、
(…私には…帰る場所がある…)
現実は何時だって厳しい。名前は溜息を吐きだして、今感じる喜びさえも無かったことのようにしようとする。
だってそうしなければわからなくなるのだ。
帰りたいのか。
留まりたいのか。
此処で起こった出来事を体験し、感じ、傷ついたイーリスでの思い出も、最早名前の中ではただの幻想とは言えない。どちらも手放しがたい苦い現実だった。
名前は胸元を抑え、支えを吐き出そうとする。が、それでも一向に重い痼りは取り出されることはなかった。
抱えてしまった矛盾の理由が、あの優しいルフレの声が耳元から離れない為だと、心の何処かで名前は気づいていた。
(本気の恋なんか出来ない…片思いは……思うだけだから…それならいいよね…ルフレさん…)
早朝の出発からだいぶ時間が経った。
海沿いの道を辿るように断崖絶壁を一団は進む。休憩も無しに歩き続けた為に、疲労の色は隠せなかったが、それでも進行は止まらない。
日が傾いてきた頃のことだった。
突如ペレジア軍旗を背負った一団がクロム達の前に立ちふさがった。
戦闘準備を急ぐ傍ら、一行から抜け出してペレジア軍に身を寄せる男が一人。長年イーリスに仕えてきた神官である。挙動不審だった男は、ペレジア側へ情報を流したのだ。己の保身を見返りとして。
しかし、そんな二心を抱いた男を、ペレジアは約束を放棄し難なく切り捨てた。最初から助ける気などなかったのだろう、ペレジア人にとって憎いイーリス人を。
そしてイーリス側からは男への同情はない。ただ一人、フィレインに守られ後ろに退かなくてはならなくなったエメリナを除いて。
戦いは激化する。元々足場の悪かった崖側に、相手はペレジアが有する空軍、竜騎士達が相手だ。足場の悪いクロム達には武が悪い。
そこで皆が固まって動き、守備の低い者を屈強な戦士達で壁となって戦う方法を取った。
後方支援として、カラムの後ろで弓を引く名前だったが、現れ出た竜騎士にうっと唸る。
それでも次の瞬間には矢を引いていた。放たれた一閃は竜の鱗を何枚かはぎ取りながらも騎士の顔に突き刺さりそのまま崖下へ。しかし竜は突如主人からの命令が途切れたことで驚き慌て暴れ出した。
その竜は、投げ斧を腹に食らい、主人を追いかけていく。
「ちゃんと狙え!!」
「……」
ヴェイクの怒声に何も答えなかった。名前はちゃんと、竜騎士の頭を狙っていたからだ。
しかしそこらには騎馬、騎竜の死体が伏せている。名前の心が揺らぐ原因でもあった。
そんな名前の迷走は打ち消される。突如、崖上からの奇襲を受けてしまい、考える暇も与えられなかったのだ。
リヒトとミリエルの風魔道が竜の翼を折り、ペレジアの竜達は墜ちていく。
目を反らしたくなるような光景だった。
呆然とする名前の腕をぐい、と引く存在があった。
ルフレだ。突然の行動に驚き、心臓が打たれたような苦しさに名前は息が詰まった。
「敵は空だけじゃない」
「……っ」
「前を見るんだ。大丈夫、僕達がついてる」
「……」
ルフレの言葉に泣きたくなったが唇を噛んで我慢した。弱気を叱られたようで、それでいて励まされた気分になる。
後ろのルフレを顧みることはなく、名前は弓を引く。気恥ずかしさを一緒に手放すように。だが最後まで心臓の音だけは大きく奏でられたまま、止まることはなかった。
ペレジア軍を退け、場が鎮まった頃、一頭の白いペガサスが乱入してきた。空をあまり仰ぐこともなかった名前が目を奪われたのは、見覚えのある紅い髪と鎧を確認してしまったからだった。
(ティアモさん!)
信じがたいことに、彼女だった。
ペガサスの白い毛並みは所々汚れと血が、ティアモ自身も同じく血塗れとなって軍に合流したのだった。焦燥のまま、クロムとエメリナの方へ突っ込むようにしてティアモは降り立った。
「クロム様、エメリナ様!!すぐにお逃げください!!」
「ティアモ…何故お前が此処に!」
驚く王族の傍に控えていたフィレインが前に出て、地に突き刺した槍を杖代わりにしてもよろける部下を支えた。
フィレインから矢継ぎ早に質問が。残してきた街や部下の安否を訊ねられ、ティアモは唇を噛みしめうなだれる。彼女が抱えた悲壮感で全てが理解できる。しかしティアモは声を震わせながらもクロム達へ報告した。
イーリス城はペレジア軍に陥落。守備任務に就いた天馬騎士団はペレジア王ギャンレル率いる部隊に壊滅したと。
皆が絶句した。ペレジアの悪意の触手がこんなにも素早く、手早くイーリスへ這い渡っていたのだ。
逃げ延びてしまったティアモは、騎士として死ぬべきは自分だったと吐き出すように嘆きの叫びをあげた。守れなかった平和、そして死んでいった仲間達を思えば悔いばかりが溢れているのだろう。
しかしフィレインはそんなティアモを厳しい口調で叱りつける。
お前は生かされたのだと。
勇敢に戦い、年若いティアモを守り逃がした仲間達の為に、死ぬべきだったことはない。
だから生きろ、と彼女は命じる。
フィレインは大切な部下達の心意と自分の願いを込めて、ティアモを叱った。
ティアモは、最後の最後まで堪えていた涙がついに頬を伝い、膝から崩れ落ちた。騎士の姿を脱ぎ捨て、ただの少女となって泣き叫ぶ。控えていたスミアがそんな少女を抱きしめに走った。名前も後に続く。
ティアモの泣き声をかき分けるようにして、エメリナはその決意を表した。
城に戻ると。
すぐに血を分けた兄妹達が反対を示した。ペレジア王ギャンレルがエメリナを捕らえれば何をするかわからない。今は隣国フェリアに逃げるべきだと進言する。
しかしエメリナは柔和な笑みを浮かべながらもその意思を揺るがさなかった。
フィレインはそんな主人の気持ちを汲み取り、残った精鋭の天馬騎士達がエメリナへの同行を決める。
それでもクロムは頑なにエメリナの帰還を拒否した。ギャンレルの行動は悪意に満ちている。今ここで姉を帰せば…。そんな不安がクロムを許せなくさせていた。
しかし、そんな弟の頑固さは姉も同じである。
愛する家族のため、民のため、国のため。
いつもと変わらぬ微笑みの中に、確かに聖王の覚悟があった。
エメリナはとうとう、フィレイン達天馬騎士達を伴って自らはイーリス城へ帰還を強行するのだった。
止められなかったクロムの手に残されたのは、エメリナから託されたイーリスの至宝、『炎の台座』だけだった。
名前も着いていきたかった。エメリナもフィレインも、死地に向かうのだ。しかし、立ち上がった無口な少女が何かを言う前に、つかつかと近付いてきたフィレインが先に言葉をかける。
「スミア、名前。ティアモを頼むぞ」
「……!」
「…はい。フィレイン様もご無事で」
スミアは力強く頷き返したが、名前は唇を噛みしめてしまうだけだった。まるで釘を刺されたかのようだ。名前も首を振るしかなくなって、名前の意思を確かめたフィレインは満足そうに頷いてエメリナの元へ。
塞ぐ名前がエメリナを盗み見る。エメリナの柔和な顔つきが少しだけ強ばっている。彼女から王としての重責と緊張感が漂っているのが名前にもわかった。彼女だって怖いのだと、なんだか知らないが親近感を覚えて切なくなった。
だがふとエメリナと目が合えば、彼女はやはり変わらない微笑みを名前に送った。
まるで、大丈夫だから、と言うような。母のような暖かな安心感を与えてくれる。
胸の中の不安がにじみ出てくると共に、名前は思わず泣いてしまいそうになるのだった。
そうして、フィレインの率いる精鋭の天馬騎士達を連れて、エメリナは元来た道を引き返していった。