#06.……きっと、大丈夫だ
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扉の前でガチャガチャ。
ノブを回しガチャガチャ。
膝を曲げ、鍵穴から部屋を覗くようにして小さな針金を武器に少女は扉と格闘していた。
通りがかりのルフレの、回転の速い頭がぽかんと一瞬止まるようなインパクト。
何をしていたのか、と問う、青ざめたルフレの顔色を伺いながら名前はポツリと呟いた。
鍵開けだ、と聞こえたルフレが思わず聞き返してしまうほどに予想が的中してしまった。驚きで喉が乾く。
「もしかして鍵を無くしたのか?だったらクロムかフレデリクに言えばなんとかしてくれるよ?」
「い…いえ…」
「なんなら僕から話してくるよ。ちょっと待ってて」
「る…ルフレさん!」
名前は慌てて、駆け出そうとする男の袖を掴んだ。ルフレは眉を顰めて訝しげにそんな名前を見つめる。
訳を話せ。そんなルフレの意思を汲み取った名前は赤く染まった頬を隠すように、何処か違う方を見ながらぽそぽそと語り始めた。
事の始まりは、今朝から始まる。
「はぁ?それは本気で言っているのか?」
名前は大きく頷いた。目の前の目映いオレンジ色の髪をした男は、口の中で大きな飴玉を頃がしつつ顔を歪めた。
彼と話すのは初めてだった。聖王暗殺未遂事件の最中、暗殺者側だったこの男は、雇い主への不信感とクロムの交渉でその場で傭兵団入りした。
名はガイア。職業は鍵開け、盗みの知識を買われた裏方役だ。
「盗賊の弟子になんかなってどうする?」
「………」
「ははぁ。さては俺に惚れたか?だが甘い甘い。ガキは趣味じゃないんでな」
「それは違います」
「……そこははっきり言うんだな。だがな、ただ弟子にしてくれって言ってもなぁ…」
「…どうか…お願いします…私…どうしても…蛇にならなくちゃいけないんです…」
「蛇?」
「……蛇の道は…蛇に聞くのが一番…だから…だから蛇になるんです…」
「……」
ガイアには、名前の言っていることはさっぱりわからないと首を捻る。名前はもう少し言葉を足さなければと口を開く。
探し人がいること。そしてその捜索が頓挫していることを説明した。普通に酒場や宿場など、人の多い場所で聞き込みをしても大した成果はない。そこで裏の世界で掴める情報をあてにしたのだ。だが情報屋に頼むには金がない。だから名前は自分でその情報を掴める存在になれれば、と考えたのだ。
ガイアは黙って聞いてはいたが、しばらく渋い顔をして、しかし最後には溜息を吐き出した。
「そこまで言うなら仕方ない。…まぁ教えられるようなことなんてこれっぽっちもないけどな」
「あ…ありがとうございます!よろしくお願いします」
名前の顔色は一瞬だけ華やいだ。そのまま頭を下げてしまったので、本当に一瞬だったのだが、名前は確かに安堵からか笑っていた。
ガイアはあーあ、と引き受けた後悔の念が沸き起こる。哀れにも名前は、これからどんな眼に合うのかまではわかっていないようだからだ。
じゃあ部屋に案内してくれ、という言葉に素直に従って、名前はガイアを連れて自室へとやってきた。小さなポーチから鍵を探す名前の隣でガチャリと音が二度する。開けて、締め直す音だった。
「あ……あれ?」
「まずは基本中の基本。この部屋に入れ」
「か…鍵無しで?」
「あぁ。こういうのは実践あるのみだ」
「……」
「ま、頑張れ。出来たら呼びに来い」
ガイアの指先でくるくる回っていた名前の鍵はガイアの懐へ。そして、消えた鍵の代わりに新しい棒付き飴を取り出すとラッピングをはぎ取ってガイアの口の中へ放り込まれた。彼はそのままひらひらと手のひらを振って歩いていった。
「……それで君は此処で悪戦苦闘しているってわけだね」
「……」
名前は俯き、途方にくれているようだった。朝からやっていると聞いて、ルフレはちらりと窓から空を見た。もう夕方近いので、疲労は当たり前と言えば当たり前だ。
「…やっぱり、クロム達に事情を話して開けてもらおうか?」
「い…いえ…そうしたら、怒られるかもしれないし…ちゃんと鍵開け…出来るようになりたいから…」
「…うーん…」
ルフレは悩んだ。この手の攻略法は幾つか思い浮かぶ。だが、その助言を彼女に与えて良いものか、と迷った。それは生真面目な名前が喜ぶとも考えにくいし、何より恐らくの領域で考えられるガイアの思惑に反れてしまう。
結局良い手も思いつかず、この場はガイアに任せて見守るべきだとルフレは判断した。
それでも無理だけはしないようにと言葉を送り、頑張り続ける名前とは後ろ髪引かれながらもその場で別れた。
そんなやり取りから三日後。
聖王エメリナの避難に向けて、準備を進めるクロムと、その補佐をしているルフレの元にガイアが駆け込んできた。
何事か、と顔を見合わせる二人に、生気を失って焦燥する甘党男はどうやら現存の弟子を捜しているらしかった。
ルフレは驚いて声をあげる。懸念があったからだ。
「君たち、まだやっていたのか?」
「あー…すぐ根を上げると思ったんだがなぁ」
「なんだ?何をやっているんだ?苗字と何かあったのか?」
事情を飲み込めないクロムが眉を顰めて交互に二人を見比べる。ルフレはガイアを見、ガイアはルフレに渋い顔を見せる。事情を説明すれば、もっとややこしいことになりそうだと言いたげに。
そこでルフレが助け船を出す。
「苗字はガイアに人探しの手伝いを頼んでいるんだよ」
「そうだったのか。何か進展があったのか?」
「…いや。だがちょっと確認したいことがあって探しているんだが、見てないか?」
「此処には来ていないな。なぁ、ルフレ」
「僕も見ていないな。此処のことが一段落ついたら手伝おうか?」
「本当か!?恩に着る!!」
「う、うん…?」
ガイアの異様な喜びように、ルフレは苦笑いだ。よっぽどのことがあったらしい。
「ルフレ、ここは俺一人で十分だ。俺も仕事が済めば探してみる」
「わかったよ。ありがとう、クロム。それじゃあ行こうか、ガイア」
と、クロムの好意を受けて、二人して部屋を出た途端にそわそわとガイアは辺りを見回していた。どうやら名前を探しているようだ。
「何があったの?」
「…かし…」
「え?」
「あいつに俺の菓子を盗まれちまったんだよ!しかも、俺が死に際口にすると決めた、大事な飴細工!!」
「な…苗字が?」
信じられない内容だった。いや、融通の利かない名前だからこそ起こり得る出来事だとも解釈は出来る。
ガイアがそれから詳しく事情を話す。
あの鍵開けをようやくパスした名前に、次なる試練を与えたとのことだった。
此処にいる仲間の誰かから、そいつの一番大事にしているものを盗み出せ、と。
もちろんこれはガイアが仕組んだ鍵開け同様、名前の決意を挫く為の試練だった。
元々ガイアには名前に自分と同じ道を歩ませるつもりは毛頭無かった。今こそは密偵となって雇い主の為に働いているが、盗賊という身分がガイアには何処か後ろめたく、そして胸を張った過去ではないと自責する。鍵開けの手順を教えることなく乱暴に放り出したのも、そして実際に盗みをさせようとしたのも、それが「悪事」だと認識し、手を引かせる為だった。
何より、とガイアは言葉を続ける。
「あいつには盗人なんて向いちゃいない。何をやらせても真っ向に打ち込む奴は特にな」
「まぁ…そうだろうね」
「元々俺達みたいなのは何処か楽をしたい為にこんな風に落ちぶれるんだ。狡賢く、小賢しくないと生きていけない世界なんだよ。鍵開けだって、鍵を使うなとは言ったが…鍵を壊すなとまでは言っていない」
「そうか…やっぱり普通に開けたんだね」
「みたいだな。誇らしそうにしてたし……だが、まぁ此処まで本気でこられるとは思わなかったぜ…まさか俺の菓子を狙うとは」
「油断したのかい?ガイアらしくないな」
「…観念して出てきたあいつに、直接向いてないって話をしてやったんだよ。そしたら納得したような顔をしていたから…まさかあれもブラフだったとは…俺としたことが、甘かったぜ」
「あはは…それだけ本気だったんだね」
「断ったら断ったで面倒だと思ったんだがな…」
なんせ雇い主のお気に入りだから、と口をもごもごさせて飴玉を転がしつつ溜息を吐く。
そんな折りだ。
ガイア、と怒気籠もる青年の声音にビクリと二人は反応する。ガイアとルフレが振り返ると後ろで全てを聞いていたらしいクロムの姿が。
あー、と声をあげるガイアはそれだけで益々厄運が回ったとジェスチャー。
しかしルフレは頭の中で何かが閃いていた。
名前の決意を挫くのに簡単な方法を思いついたのだ。
ノブを回しガチャガチャ。
膝を曲げ、鍵穴から部屋を覗くようにして小さな針金を武器に少女は扉と格闘していた。
通りがかりのルフレの、回転の速い頭がぽかんと一瞬止まるようなインパクト。
何をしていたのか、と問う、青ざめたルフレの顔色を伺いながら名前はポツリと呟いた。
鍵開けだ、と聞こえたルフレが思わず聞き返してしまうほどに予想が的中してしまった。驚きで喉が乾く。
「もしかして鍵を無くしたのか?だったらクロムかフレデリクに言えばなんとかしてくれるよ?」
「い…いえ…」
「なんなら僕から話してくるよ。ちょっと待ってて」
「る…ルフレさん!」
名前は慌てて、駆け出そうとする男の袖を掴んだ。ルフレは眉を顰めて訝しげにそんな名前を見つめる。
訳を話せ。そんなルフレの意思を汲み取った名前は赤く染まった頬を隠すように、何処か違う方を見ながらぽそぽそと語り始めた。
事の始まりは、今朝から始まる。
「はぁ?それは本気で言っているのか?」
名前は大きく頷いた。目の前の目映いオレンジ色の髪をした男は、口の中で大きな飴玉を頃がしつつ顔を歪めた。
彼と話すのは初めてだった。聖王暗殺未遂事件の最中、暗殺者側だったこの男は、雇い主への不信感とクロムの交渉でその場で傭兵団入りした。
名はガイア。職業は鍵開け、盗みの知識を買われた裏方役だ。
「盗賊の弟子になんかなってどうする?」
「………」
「ははぁ。さては俺に惚れたか?だが甘い甘い。ガキは趣味じゃないんでな」
「それは違います」
「……そこははっきり言うんだな。だがな、ただ弟子にしてくれって言ってもなぁ…」
「…どうか…お願いします…私…どうしても…蛇にならなくちゃいけないんです…」
「蛇?」
「……蛇の道は…蛇に聞くのが一番…だから…だから蛇になるんです…」
「……」
ガイアには、名前の言っていることはさっぱりわからないと首を捻る。名前はもう少し言葉を足さなければと口を開く。
探し人がいること。そしてその捜索が頓挫していることを説明した。普通に酒場や宿場など、人の多い場所で聞き込みをしても大した成果はない。そこで裏の世界で掴める情報をあてにしたのだ。だが情報屋に頼むには金がない。だから名前は自分でその情報を掴める存在になれれば、と考えたのだ。
ガイアは黙って聞いてはいたが、しばらく渋い顔をして、しかし最後には溜息を吐き出した。
「そこまで言うなら仕方ない。…まぁ教えられるようなことなんてこれっぽっちもないけどな」
「あ…ありがとうございます!よろしくお願いします」
名前の顔色は一瞬だけ華やいだ。そのまま頭を下げてしまったので、本当に一瞬だったのだが、名前は確かに安堵からか笑っていた。
ガイアはあーあ、と引き受けた後悔の念が沸き起こる。哀れにも名前は、これからどんな眼に合うのかまではわかっていないようだからだ。
じゃあ部屋に案内してくれ、という言葉に素直に従って、名前はガイアを連れて自室へとやってきた。小さなポーチから鍵を探す名前の隣でガチャリと音が二度する。開けて、締め直す音だった。
「あ……あれ?」
「まずは基本中の基本。この部屋に入れ」
「か…鍵無しで?」
「あぁ。こういうのは実践あるのみだ」
「……」
「ま、頑張れ。出来たら呼びに来い」
ガイアの指先でくるくる回っていた名前の鍵はガイアの懐へ。そして、消えた鍵の代わりに新しい棒付き飴を取り出すとラッピングをはぎ取ってガイアの口の中へ放り込まれた。彼はそのままひらひらと手のひらを振って歩いていった。
「……それで君は此処で悪戦苦闘しているってわけだね」
「……」
名前は俯き、途方にくれているようだった。朝からやっていると聞いて、ルフレはちらりと窓から空を見た。もう夕方近いので、疲労は当たり前と言えば当たり前だ。
「…やっぱり、クロム達に事情を話して開けてもらおうか?」
「い…いえ…そうしたら、怒られるかもしれないし…ちゃんと鍵開け…出来るようになりたいから…」
「…うーん…」
ルフレは悩んだ。この手の攻略法は幾つか思い浮かぶ。だが、その助言を彼女に与えて良いものか、と迷った。それは生真面目な名前が喜ぶとも考えにくいし、何より恐らくの領域で考えられるガイアの思惑に反れてしまう。
結局良い手も思いつかず、この場はガイアに任せて見守るべきだとルフレは判断した。
それでも無理だけはしないようにと言葉を送り、頑張り続ける名前とは後ろ髪引かれながらもその場で別れた。
そんなやり取りから三日後。
聖王エメリナの避難に向けて、準備を進めるクロムと、その補佐をしているルフレの元にガイアが駆け込んできた。
何事か、と顔を見合わせる二人に、生気を失って焦燥する甘党男はどうやら現存の弟子を捜しているらしかった。
ルフレは驚いて声をあげる。懸念があったからだ。
「君たち、まだやっていたのか?」
「あー…すぐ根を上げると思ったんだがなぁ」
「なんだ?何をやっているんだ?苗字と何かあったのか?」
事情を飲み込めないクロムが眉を顰めて交互に二人を見比べる。ルフレはガイアを見、ガイアはルフレに渋い顔を見せる。事情を説明すれば、もっとややこしいことになりそうだと言いたげに。
そこでルフレが助け船を出す。
「苗字はガイアに人探しの手伝いを頼んでいるんだよ」
「そうだったのか。何か進展があったのか?」
「…いや。だがちょっと確認したいことがあって探しているんだが、見てないか?」
「此処には来ていないな。なぁ、ルフレ」
「僕も見ていないな。此処のことが一段落ついたら手伝おうか?」
「本当か!?恩に着る!!」
「う、うん…?」
ガイアの異様な喜びように、ルフレは苦笑いだ。よっぽどのことがあったらしい。
「ルフレ、ここは俺一人で十分だ。俺も仕事が済めば探してみる」
「わかったよ。ありがとう、クロム。それじゃあ行こうか、ガイア」
と、クロムの好意を受けて、二人して部屋を出た途端にそわそわとガイアは辺りを見回していた。どうやら名前を探しているようだ。
「何があったの?」
「…かし…」
「え?」
「あいつに俺の菓子を盗まれちまったんだよ!しかも、俺が死に際口にすると決めた、大事な飴細工!!」
「な…苗字が?」
信じられない内容だった。いや、融通の利かない名前だからこそ起こり得る出来事だとも解釈は出来る。
ガイアがそれから詳しく事情を話す。
あの鍵開けをようやくパスした名前に、次なる試練を与えたとのことだった。
此処にいる仲間の誰かから、そいつの一番大事にしているものを盗み出せ、と。
もちろんこれはガイアが仕組んだ鍵開け同様、名前の決意を挫く為の試練だった。
元々ガイアには名前に自分と同じ道を歩ませるつもりは毛頭無かった。今こそは密偵となって雇い主の為に働いているが、盗賊という身分がガイアには何処か後ろめたく、そして胸を張った過去ではないと自責する。鍵開けの手順を教えることなく乱暴に放り出したのも、そして実際に盗みをさせようとしたのも、それが「悪事」だと認識し、手を引かせる為だった。
何より、とガイアは言葉を続ける。
「あいつには盗人なんて向いちゃいない。何をやらせても真っ向に打ち込む奴は特にな」
「まぁ…そうだろうね」
「元々俺達みたいなのは何処か楽をしたい為にこんな風に落ちぶれるんだ。狡賢く、小賢しくないと生きていけない世界なんだよ。鍵開けだって、鍵を使うなとは言ったが…鍵を壊すなとまでは言っていない」
「そうか…やっぱり普通に開けたんだね」
「みたいだな。誇らしそうにしてたし……だが、まぁ此処まで本気でこられるとは思わなかったぜ…まさか俺の菓子を狙うとは」
「油断したのかい?ガイアらしくないな」
「…観念して出てきたあいつに、直接向いてないって話をしてやったんだよ。そしたら納得したような顔をしていたから…まさかあれもブラフだったとは…俺としたことが、甘かったぜ」
「あはは…それだけ本気だったんだね」
「断ったら断ったで面倒だと思ったんだがな…」
なんせ雇い主のお気に入りだから、と口をもごもごさせて飴玉を転がしつつ溜息を吐く。
そんな折りだ。
ガイア、と怒気籠もる青年の声音にビクリと二人は反応する。ガイアとルフレが振り返ると後ろで全てを聞いていたらしいクロムの姿が。
あー、と声をあげるガイアはそれだけで益々厄運が回ったとジェスチャー。
しかしルフレは頭の中で何かが閃いていた。
名前の決意を挫くのに簡単な方法を思いついたのだ。