#04.お空の向こうまで連れて行きますから
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名前は引き留めるフィレインを振り切って、彼女の指摘通りの疲れ切った身体を無視し、クロム傭兵団に付き従った。時折痛くなる足を庇い、歩く名前を引っ張ったのは仲間達だった。リズやマリアベル、ソワレにヴィオールが声をかけ励ました。一番驚いたのは、遅れ始める名前の背を支えるカラムの存在だ。大きな身体と着込んだ鎧が気づけば真後ろにいたのには肝が冷えたが、彼は穏やかな顔色で、謝る名前を先導してくれた。
そうして、島を渡りたどり着いた孤島は異様な雰囲気を持っていた。人気の無さはもちろん、あまりにも静かすぎる。島まで送り届けた船頭の話では人が住めるような環境ではないこと、そして話通り突如門なる建築物が現れたそうだ。意外にも、すぐに門の案内役の女性はクロム達の前に現れる。
クロム達には見覚えのある商人、アンナであった。
彼女はニコニコと笑み、久しぶりの客人を出迎えた。クロム達が今後贔屓となるだろうことを見越してか、様々な質問にもひらりと交わす女の、懇切丁寧な案内で件の門までやってこれた。
それは何処かの床や草原につながるわけでもなく、門の向こうは異様な光を放っていた。
名前には、見覚えのある光だった。
名前は意を決して女の前に立つ。険しく身体を強ばらせる名前に対し、アンナは生粋の商売人らしく人当たりの良い笑顔を向けた。
「あ、あの…此処に、黒い髪の、青い目の男がいませんでしたか?」
「あら、人を捜しているの?生憎だけど、私は知らないわね。此処に来たのもついこの間だから、もしかしたら入れ違いになったのかもしれないけれど」
「………」
名前の中の落胆は少なかった。男のことよりも、もっと大事なことを聞きたいのだ。
口を開こうとして、強烈な視線に気づき、あたりを見回す。イーリスの仲間達が心配そうにこちらを見ていることに気づき、名前は慌ててアンナを連れて一団から離れた。
ちょっと、と声をかけられ、声の届かないところまでやってきたことを確認した名前はほっと溜息を吐く。
仲間達には知られたくない。もうお別れなのに、と期待を膨らませつつも、知られる恐怖と痛みを感じてしまう。優しい人々に申し訳なさと寂しさを交えるが、名前はそれすらも無視を決め込んだ。
もうこんなところに居たくない、本音もあったのだ。
「内緒の話?」
「す、すみません……えっと…私、此処が異界の門だと聞いて…」
「えぇ、そうよ。この世界とはちょっと違う異世界に繋がる場所が此処なの。詳しい説明はみんなとしたほうが効率いいわよ?」
「…わ、私…ち、違う世界からやってきて…!」
「あら、貴方もそうなの?」
「……!…あ、あの…私、帰りたいんです…私の世界に…」
「なら此処から帰れるかもしれないわけね?いいわ、アンナさんが案内してあげる。どこの大陸かしら?エレブ?マキ=ヴァル?…それともユグドラルかしら?」
「…え?ち、違います…そんなんじゃなくて…」
「うーん…貴方アーチャーでしょう?弓を学べる場所って他にあったかしら…?大穴狙いでテリウスとか?」
「違います!そんな…そんな知らない世界じゃない…!」
「じゃあ何処?どんな場所かしら?」
名前は逐一故郷の様子を言って聞かせた。寡黙な性分故、説明するのは難しかったけれど僅かな希望は目の前の女性が握っているかもしれないのだ。
しかしアンナは聞けば聞くほど困惑の表情を浮かべた。名前を焦らせ、早口になっていくほどに、さっきまでの笑顔が曇っていく。
そうして、しばらくの沈黙の後、アンナは一言。
「…聞いたことないわ、そんな世界。本当にあるの?」
「…っ…!!」
訝しげな表情で、自分の常識を覆す少女にアンナは容赦なく疑問を叩きつけた。その言葉を真っ当に受けた名前は、全てを否定された気分になって口を噤んだ。柔らかい唇を噛み、眉を潜め、今にも泣きそうな怒り顔だ。アンナはしまった、といつものような笑みを慌てて浮かべる。
「あっ今の気にしないで!私も聞いたことがなかったから、驚いちゃって…!し、信じてないわけじゃないから…た…多分…なーんて」
「……」
「あは、あははは、はは…」
「……」
乾いた苦笑いだった。しかし名前が笑ってくれるはずもない。
とうとうそれ以降口を開くことがなくなったのだった。
名前の異変に気づかなかった仲間達はいない。
しかし声をかけても沈んだ表情をした少女は首を振るばかりで声をあげることもなかった。ルフレからの言葉にも気を漫ろとなって、名前は逃げるように一人になった。
気遣いを無碍にする行為にすまないという気持ちが生まれなかったことはない。しかし今は誰とも話せる気分ではなかった。この島までやってこれたのは、此処までくれば帰れると考えていたからだ。小さな可能性を否定せず、ひたすらに我慢して名前はやってきた。
独りよがりな希望だった。
こうなる可能性を考えなかったこともない。しかし不安になれば足が止まる、時間が減る、むしろ帰れなくなるかもしれないと思った。思うことで、今の状況を否定していたのだ。
太陽が沈み込み、暗くなる世界に今もまだ存在している自分が悲しかった。
母が恋しい。父に会いたい。
茜色から藍に変わりゆく空を仰ぎ、名前は故郷に思いを馳せながら目を細めて顔をしかめるしか出来なかった。
「苗字さん」
「……」
「お食事まだでしょう?今から一緒に食べませんか?」
「………」
優しい声音に呼ばれて、名前はそちらを見やる。ニコニコと笑むスミアだった。進んで腫れ物になった自分に、仲間達はそっとしてくれていたのに、彼女はそんなことは気にもしていないようだった。その優しさをわかっていながら、名前は向けた目を伏せてやはり首を振る。スミアは残念そうに眉を下げるだけで、その声音は未だ優しい。名前は構わずにまた空を見る。もう闇に近かった。
「空、綺麗ですね。もうすぐ星が出ますよ」
「……」
「でも、今日は雲が厚くて光があまり届きませんね」
まるで自分みたいだ、と心の中で呟く。今の心情に、スミアという光が射さない。
「苗字さん、お空が好きなんですか?」
「……」
「いつも見上げていらっしゃいますよね」
「……」
名前は頭を振って否定した。そういうわけでもない、そんなことも気づかなかった。
スミアは変わらずニコニコと笑い続けた。
「私、ペガサスに乗ってお散歩をするのが大好きなんです」
「………」
「思っていた以上に空は広くて、何処までも行ける気がして…空の向こう側には、何があるんでしょうね」
「……たしの…」
「は、はい!」
「…わたしの…故郷が……」
「えっ…」
「………」
「苗字さんの古里が、お空の向こうに…ですか?」
「………」
苗字は頷きはしなかった。もちろん否定もしない。ただじっと天を仰ぎ、唇を噛みしめる。スミアに信じてもらおうと思ったわけでもなかった。
遙かなる距離があるのだと自覚して、だから帰れないのだと理由を転換しようとしていたのかもしれない。
「では、いつか私がもっともっと上手くペガサスに乗れるようになったら」
「…え?」
「私のペガサスに乗って、一緒にお空の果てまで行きましょう!」
「……」
噛んでいた歯を解き、名前は目を見開いて暗がりでも明るく見える優しい笑顔の少女を見た。
「そ…そんなの…無理だよ…」
「えっ!や、やはり私じゃ無理ですよね…落ちこぼれだから…」
「ち……違う……空の向こうなんて…絶対届かない…だからもう…絶対帰れない…」
「帰れます!」
「…っ」
「絶対帰れます!ほら、占ってみましょう?」
「……」
「苗字さんは帰れる……帰れない…帰れる…帰れない…」
「……」
スミアは懐から取り出した一輪の花の花弁を一枚一枚丁寧にむしりだした。それはひらひらと宙を舞い、落ちていく。
名前もいつの間にか祈るような気持ちで見守っていた。
そして最後の一枚。
「…帰れる!」
「!」
「ほら、帰れますっ!だからきっと届きます!…うふふ、私の花占い、結構当たるんですよっ」
「で…も……」
「…確かに今の私じゃ無理だけど…でも!いつかきっと、お空の向こうまで連れて行きますからっ」
「……っ」
俯き、闇色に染まった地面を見た。真のしっかりした堅そうな草花は暗くひっそりとしていて、次第に滲んでいく。溜まっていく涙が一滴、そんなささやかな生命に降り注がれたのは、すぐのことだ。
傾く身体をスミアはそのほっそりとした腕で包み込んだ。声も立てず、身をただ震わせるしかなく泣き続ける名前が痛ましかった。
スミアは思う。
(まるで…ペガサスみたい…)
戦場を行く天馬は清廉ながらも強いイメージを持たれることが多い。気高い生き物だが、実際は繊細な心故に警戒心が強く、人に懐くこともあまりない。それも男には絶対に心を開かないというほどの潔癖だ。
だが、一度心に決めた主人を守る勇敢さが天馬にはある。
(私と違って苗字さんは強い人…。でも、弱さを見せたがらないところまでよく似てる)
だから放っておけない。愛馬となった天馬のように、孤高故に何処かで誰かの優しさを求めているようで。
か弱い少女を抱きしめながら、スミアは今一度名前の胸の内を引き込むようにして、密かにもらい泣きするのだった。
仲間達は何も触れなかった。
名前のあからさまだった一喜一憂の理由を聞かれても話さないことを承知していたのか、はたまたそれが優しさだと理解していたからかは愚鈍な名前にはわからない。
事情を察していたルフレには心配した、と叱られることになった。何も話さない癖だけは直せと言われはしたが、それを守れるかどうかは別だ。長年の性根を裏返すにも時間がかかるだろうと、名前はあえて約束をはぐらかした。
やるべきことはある。
それはあの青年に対する報復だ。
悲しみが怒りに変わった後、感情の矛先は原因に向けられる。
手袋を通す手のひらはすでに赤い。どうせ自分はもう後戻りが出来ないことをした。戻れても、全てを忘れて、幸せに笑えるわけがない。
名前がクロム自警団に正式に加入を決めたのは、世話になった者達への恩返しもあったが、国中を闊歩する団の活動が利用出来ると踏んでのことだった。
そうして、島を渡りたどり着いた孤島は異様な雰囲気を持っていた。人気の無さはもちろん、あまりにも静かすぎる。島まで送り届けた船頭の話では人が住めるような環境ではないこと、そして話通り突如門なる建築物が現れたそうだ。意外にも、すぐに門の案内役の女性はクロム達の前に現れる。
クロム達には見覚えのある商人、アンナであった。
彼女はニコニコと笑み、久しぶりの客人を出迎えた。クロム達が今後贔屓となるだろうことを見越してか、様々な質問にもひらりと交わす女の、懇切丁寧な案内で件の門までやってこれた。
それは何処かの床や草原につながるわけでもなく、門の向こうは異様な光を放っていた。
名前には、見覚えのある光だった。
名前は意を決して女の前に立つ。険しく身体を強ばらせる名前に対し、アンナは生粋の商売人らしく人当たりの良い笑顔を向けた。
「あ、あの…此処に、黒い髪の、青い目の男がいませんでしたか?」
「あら、人を捜しているの?生憎だけど、私は知らないわね。此処に来たのもついこの間だから、もしかしたら入れ違いになったのかもしれないけれど」
「………」
名前の中の落胆は少なかった。男のことよりも、もっと大事なことを聞きたいのだ。
口を開こうとして、強烈な視線に気づき、あたりを見回す。イーリスの仲間達が心配そうにこちらを見ていることに気づき、名前は慌ててアンナを連れて一団から離れた。
ちょっと、と声をかけられ、声の届かないところまでやってきたことを確認した名前はほっと溜息を吐く。
仲間達には知られたくない。もうお別れなのに、と期待を膨らませつつも、知られる恐怖と痛みを感じてしまう。優しい人々に申し訳なさと寂しさを交えるが、名前はそれすらも無視を決め込んだ。
もうこんなところに居たくない、本音もあったのだ。
「内緒の話?」
「す、すみません……えっと…私、此処が異界の門だと聞いて…」
「えぇ、そうよ。この世界とはちょっと違う異世界に繋がる場所が此処なの。詳しい説明はみんなとしたほうが効率いいわよ?」
「…わ、私…ち、違う世界からやってきて…!」
「あら、貴方もそうなの?」
「……!…あ、あの…私、帰りたいんです…私の世界に…」
「なら此処から帰れるかもしれないわけね?いいわ、アンナさんが案内してあげる。どこの大陸かしら?エレブ?マキ=ヴァル?…それともユグドラルかしら?」
「…え?ち、違います…そんなんじゃなくて…」
「うーん…貴方アーチャーでしょう?弓を学べる場所って他にあったかしら…?大穴狙いでテリウスとか?」
「違います!そんな…そんな知らない世界じゃない…!」
「じゃあ何処?どんな場所かしら?」
名前は逐一故郷の様子を言って聞かせた。寡黙な性分故、説明するのは難しかったけれど僅かな希望は目の前の女性が握っているかもしれないのだ。
しかしアンナは聞けば聞くほど困惑の表情を浮かべた。名前を焦らせ、早口になっていくほどに、さっきまでの笑顔が曇っていく。
そうして、しばらくの沈黙の後、アンナは一言。
「…聞いたことないわ、そんな世界。本当にあるの?」
「…っ…!!」
訝しげな表情で、自分の常識を覆す少女にアンナは容赦なく疑問を叩きつけた。その言葉を真っ当に受けた名前は、全てを否定された気分になって口を噤んだ。柔らかい唇を噛み、眉を潜め、今にも泣きそうな怒り顔だ。アンナはしまった、といつものような笑みを慌てて浮かべる。
「あっ今の気にしないで!私も聞いたことがなかったから、驚いちゃって…!し、信じてないわけじゃないから…た…多分…なーんて」
「……」
「あは、あははは、はは…」
「……」
乾いた苦笑いだった。しかし名前が笑ってくれるはずもない。
とうとうそれ以降口を開くことがなくなったのだった。
名前の異変に気づかなかった仲間達はいない。
しかし声をかけても沈んだ表情をした少女は首を振るばかりで声をあげることもなかった。ルフレからの言葉にも気を漫ろとなって、名前は逃げるように一人になった。
気遣いを無碍にする行為にすまないという気持ちが生まれなかったことはない。しかし今は誰とも話せる気分ではなかった。この島までやってこれたのは、此処までくれば帰れると考えていたからだ。小さな可能性を否定せず、ひたすらに我慢して名前はやってきた。
独りよがりな希望だった。
こうなる可能性を考えなかったこともない。しかし不安になれば足が止まる、時間が減る、むしろ帰れなくなるかもしれないと思った。思うことで、今の状況を否定していたのだ。
太陽が沈み込み、暗くなる世界に今もまだ存在している自分が悲しかった。
母が恋しい。父に会いたい。
茜色から藍に変わりゆく空を仰ぎ、名前は故郷に思いを馳せながら目を細めて顔をしかめるしか出来なかった。
「苗字さん」
「……」
「お食事まだでしょう?今から一緒に食べませんか?」
「………」
優しい声音に呼ばれて、名前はそちらを見やる。ニコニコと笑むスミアだった。進んで腫れ物になった自分に、仲間達はそっとしてくれていたのに、彼女はそんなことは気にもしていないようだった。その優しさをわかっていながら、名前は向けた目を伏せてやはり首を振る。スミアは残念そうに眉を下げるだけで、その声音は未だ優しい。名前は構わずにまた空を見る。もう闇に近かった。
「空、綺麗ですね。もうすぐ星が出ますよ」
「……」
「でも、今日は雲が厚くて光があまり届きませんね」
まるで自分みたいだ、と心の中で呟く。今の心情に、スミアという光が射さない。
「苗字さん、お空が好きなんですか?」
「……」
「いつも見上げていらっしゃいますよね」
「……」
名前は頭を振って否定した。そういうわけでもない、そんなことも気づかなかった。
スミアは変わらずニコニコと笑い続けた。
「私、ペガサスに乗ってお散歩をするのが大好きなんです」
「………」
「思っていた以上に空は広くて、何処までも行ける気がして…空の向こう側には、何があるんでしょうね」
「……たしの…」
「は、はい!」
「…わたしの…故郷が……」
「えっ…」
「………」
「苗字さんの古里が、お空の向こうに…ですか?」
「………」
苗字は頷きはしなかった。もちろん否定もしない。ただじっと天を仰ぎ、唇を噛みしめる。スミアに信じてもらおうと思ったわけでもなかった。
遙かなる距離があるのだと自覚して、だから帰れないのだと理由を転換しようとしていたのかもしれない。
「では、いつか私がもっともっと上手くペガサスに乗れるようになったら」
「…え?」
「私のペガサスに乗って、一緒にお空の果てまで行きましょう!」
「……」
噛んでいた歯を解き、名前は目を見開いて暗がりでも明るく見える優しい笑顔の少女を見た。
「そ…そんなの…無理だよ…」
「えっ!や、やはり私じゃ無理ですよね…落ちこぼれだから…」
「ち……違う……空の向こうなんて…絶対届かない…だからもう…絶対帰れない…」
「帰れます!」
「…っ」
「絶対帰れます!ほら、占ってみましょう?」
「……」
「苗字さんは帰れる……帰れない…帰れる…帰れない…」
「……」
スミアは懐から取り出した一輪の花の花弁を一枚一枚丁寧にむしりだした。それはひらひらと宙を舞い、落ちていく。
名前もいつの間にか祈るような気持ちで見守っていた。
そして最後の一枚。
「…帰れる!」
「!」
「ほら、帰れますっ!だからきっと届きます!…うふふ、私の花占い、結構当たるんですよっ」
「で…も……」
「…確かに今の私じゃ無理だけど…でも!いつかきっと、お空の向こうまで連れて行きますからっ」
「……っ」
俯き、闇色に染まった地面を見た。真のしっかりした堅そうな草花は暗くひっそりとしていて、次第に滲んでいく。溜まっていく涙が一滴、そんなささやかな生命に降り注がれたのは、すぐのことだ。
傾く身体をスミアはそのほっそりとした腕で包み込んだ。声も立てず、身をただ震わせるしかなく泣き続ける名前が痛ましかった。
スミアは思う。
(まるで…ペガサスみたい…)
戦場を行く天馬は清廉ながらも強いイメージを持たれることが多い。気高い生き物だが、実際は繊細な心故に警戒心が強く、人に懐くこともあまりない。それも男には絶対に心を開かないというほどの潔癖だ。
だが、一度心に決めた主人を守る勇敢さが天馬にはある。
(私と違って苗字さんは強い人…。でも、弱さを見せたがらないところまでよく似てる)
だから放っておけない。愛馬となった天馬のように、孤高故に何処かで誰かの優しさを求めているようで。
か弱い少女を抱きしめながら、スミアは今一度名前の胸の内を引き込むようにして、密かにもらい泣きするのだった。
仲間達は何も触れなかった。
名前のあからさまだった一喜一憂の理由を聞かれても話さないことを承知していたのか、はたまたそれが優しさだと理解していたからかは愚鈍な名前にはわからない。
事情を察していたルフレには心配した、と叱られることになった。何も話さない癖だけは直せと言われはしたが、それを守れるかどうかは別だ。長年の性根を裏返すにも時間がかかるだろうと、名前はあえて約束をはぐらかした。
やるべきことはある。
それはあの青年に対する報復だ。
悲しみが怒りに変わった後、感情の矛先は原因に向けられる。
手袋を通す手のひらはすでに赤い。どうせ自分はもう後戻りが出来ないことをした。戻れても、全てを忘れて、幸せに笑えるわけがない。
名前がクロム自警団に正式に加入を決めたのは、世話になった者達への恩返しもあったが、国中を闊歩する団の活動が利用出来ると踏んでのことだった。