#02.生涯の傷
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
少女が丹精込めて縫い合わせてくれたカーテンが風で揺れた。そこから朝の光が漏れだして名前の目覚めを促す。二度三度身じろぎながらベッドから起き上がると違和感を抱くことなく自室を見た。そこには確実に自分の安息がある。
あれから少しずつ物が増えていった。それでも部屋に色は少ない。いまは団員の男が贈ってくれた花が一輪、簡素な机に彩っている。後で水を変えなくては。その花を見るたびに、名前の気持ちを僅かに癒してくれた。
今日も一日が始まるのだと心が告げる。
[生涯の傷]
コップの水が花と共に零れてしまわないように手を固定しながら廊下を歩む。時々生理的に上る欠伸をしながら角を曲がると、同じくその角を曲がろうとしていた青年とはち合わせる。ぼんやりと、ましてや大きな欠伸をしていたものだから名前はそんな抜けた姿を見られたかと思って徐々に顔が熱くなっていくのを自覚した。誤魔化すために早口で朝の挨拶を述べる。青年、アイクは首を傾げつつ、不自然な名前に疑問を抱いたがいつものように深入りはしなかった。
「珍しいな、あんたが早く起きたところなんて滅多に見ないぞ」
「あ…はは…」
「あまり眠れなかったのか?昨日は遅かったからな」
「いいえ、ゆっくり休みましたので大丈夫です」
「そうか。それでも付き合わせて悪かったな」
名前は首を振る。昨夜のことを思い出すととても楽しかったことばかり。だからこそアイクの気遣いは無用だと素直に表した。
いままで傭兵見習いとして修行していたアイクが傭兵団の一員として迎えられたのはつい先日。そして昨日初任務から帰ってきたばかりだった。任務中でグレイルを含め不在の者もいたが、盛大とまではいかないがその祝いを開いた。お陰で就寝が少し遅れたが気にならない程度だ。
今日は旨い朝飯が食えるぞ、とアイクはほんの僅かに声を潜めつつ告げた。ぼそぼそとした声音だったがそのアイクが嬉しそうにしているのを見ると名前は複雑な気分になって曖昧に笑い返す。彼の肉親が懸命になって料理をする姿を名前は知っている。いや、アイクも知っているからこそ声を潜めたのだろうが。それから自分を起こしに来たという彼はおそらくミストの使いである。一刻も早く帰りたいと言うかのようにそわそわとしている彼の為に自分は洗顔と、自分の手にある花瓶代わりのコップの為に名前は井戸へと向かうことを話す。ちら、と名前のもとで揺れている一輪の淡い桃色をアイクは見た。彼女がいつからかその世話をしているのをゆっくり思い出して頷く。
「ガトリーさんが摘んできてくれたんです。元気が出るようにって」
「あぁ…ガトリーが。いつもマメな奴だからな。女には」
「花なんてもらったの久し振りだから。出来るだけ長く咲いていてほしいんです」
ふうん、と興味無さそうに相づちをうったアイクに先に行ってくれと告げると外へ向かう道を名前は歩きだす。その姿を見送って、アイクは頭を軽く掻くと自分は食堂へ足を向けるのだった。
賑やかな朝食も過ぎ、部屋へと引っ込んでから早々にミストが呼びに来た。朝食時、ヨファと共に野草摘みへ誘われたのだ。食用ハーブや薬草を摘みに行くという立派な仕事ではあるが団員達が少なからず揃っている今、少し遠出に出てのんびりと散策に出かけようというものだ。勿論、名前に野草の類を教えるという名目付きで。
そうして慌ただしく用意をして、ミストと一緒に砦の玄関前に行くとそこにはヨファとヨファの兄、オスカーがいた。
「あぁ、二人とも来たね。はい、君達の分のお弁当だよ」
「ありがとう、オスカー!」
「ありがとうございます」
オスカーから渡された包みからは食欲をそそるいい匂いが鼻をくすぐった。今日は主食に米を使ったから、と語るオスカーに名前は一層嬉しさが増した。パンやパイを使った食事もいいが、名前は時折出してくれる米の方をひそかに好んでいた。そのことを聞かれた覚えはないが、きっとオスカーが察してくれたのだろう。もう一度礼を言うと優しい顔をして彼は首を振った。
嬉しい手荷物が増えた後、気をつけて行ってくるんだよ、というオスカーの見送りを背に、三人で砦を後にしたのだった。
「…あー!違うよ、名前ちゃん!それは食べられない方!」
「え?あ、じゃあこっち?」
「違う違う!こっち!よく見て」
「う、うん」
ヨファの手元で揺れる若芽をよくよく観察してみても名前は自分の摘もうとした草とヨファの草がどう違うのかわからなかった。名前は頭を抱えながら真剣に葉の形や色を覚えようとするがどうにもうまく頭に入らない。
近くではミストも黙々と籠の中を埋めている。それから一度息をつき、天を仰ぐように背伸びをするときゃあきゃあ騒ぎながら採取する二人に昼食を誘った。
「…ヨファ君はなんでも知っているね…」
「へへっまあね!…こういうことしか出来ないし、僕ら…」
「そんなことないよ。家の事も頑張ってるの、みんな感謝しているよ」
「…本当はね、僕もミストちゃんもお仕事したいんだ。でも、ボーレは僕が小さいから何も出来ないって馬鹿にして…」
「…馬鹿にしたんじゃ、ないと思うな」
「そんなことないよ!」
「でも、戦いって怖いものだと思うよ。そういうところにヨファ君もミストちゃんも連れていきたくないんだよ」
「私もそう思うの。でも…やっぱり心配で…」
「……でも、でもね!ある人が言ってくれたんだ、僕には才能があるかもって!」
「才能?」
「ヨファはね、弓が使えるのよ」
「えぇ!?すごい!」
「でしょ?私もね、いつかみんなの為にキルロイから薬の使い方とか、杖を習ってるの」
「だから心配しないで。ミストちゃんも名前ちゃんも、僕が守るから!」
「…うん、ありがとう」
名前が笑みを送るとヨファは目映い笑顔を見せて兄の作った弁当を口にした。ミストが持ってきていた茶を注ぎ、昼食を再会する。団員達家族のこと、砦という住まいの小さな事件やら楽しい会話を続けながらも、名前は何処かぎこちなく思う。彼らは大好きな家族のために今出来ることを頑張っているのだろうと思えば応援したくなる。だがいつか、彼らがあの異様な戦いの場に出ることになるのだと思えば暗い心持ちを拭うことが出来なかった。とはいえ、昼食後もヨファによる薬草の教えは続き、少年少女達の無邪気さは名前の心地を忘れさせることになる。
そうしてとても楽しい一日になるはずだった。