#07.獣国にて
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ガリア王宮にて。あまり外に出ないように指示されたものの名前は止める者達を振り切ってとある事情で出かけ、しかし水場の道まで一目散に向かったまではいいものの、思い通りの道に戻れずに途方にくれていた。知り合いなど通るわけもない。見張りのガリア兵に声をかけようとしても、そのタイミングが一向に噛み合わず、名前に気づくことなくさっさと持ち場へと戻っていく様に心折られかけていた。レテから語られていたとはいえ、現実に反ベオク思考の強さを垣間見た気がした。
そんな名前に光明が指す。
「また迷子かな、お嬢さん?」
「っ!?」
そして多分に羞恥を受けることになる。
声をかけてくれたのはあの青猫の青年である。彼はにこにこと微笑ましそうに口角をあげている。名前はその優しそうな表情に頬が蒸気するのを止められない。ずばり図星だったことも作用している。か細く謝り俯いてしまった名前に、ライは肩をあげておどけた。
「ガリアに興味があるとはいえ、一人で出歩くには心細くなかったのかい?」
「い、急いでいたので…」
「ならちょっとお兄さんに付き合ってもらおうか。侵入者の取り調べも俺の仕事なんでな」
「え…っ!そ、そんなつもりじゃ…!」
「なんて、お堅くやってもしょうがない。送りますよお嬢さん。ついでにお名前を伺っても?」
「……名前です」
「俺はライ。よろしく」
差し出された手は大きかった。名前は一瞬その語り口がとても軽くてぽかんと呆けたものの、ライが手を差し伸べてくれたことが嬉しかった。そっと手を添えると力強く握ってくれた。握手を終えるとライは名前を連れて歩き出す。
「怪我の方はもう大丈夫なのか?」
「怪我…?…あぁ、あのときの。もう大丈夫です。心配していただいてすみません」
「いやいや。…しかし、いろいろあったみたいだな」
「……えぇ。でも、私よりもみんなの方が辛かったはずですから…」
「そうか。大丈夫ならいい。これから傭兵団はベグニオンへ向かうことが決まったが、名前も着いていくのか?」
「はい。もちろんです。私も団員の一人ですから」
「そうかそうか。しかし単独行動だけは避けないとな。迷子になっても、こうしていつも助けてもらえるとは限らないんだから」
「は…はい…気をつけます」
隣のライは気さくに話しかけてくれる。歩調さえ合わせてくれているのか、あまり緊張もしないで済んだ。取り留めのない話ばかりだったが答えやすいことを問うてくれているのかもしれないと名前は思う。そうして名前にも見覚えのある場所までくれば安心も出来た。レテ達が案内してくれた傭兵団の待機場所までの道のりである。
ありがとうございます、と頭を下げた名前にライはやはり大袈裟には咎めなかった。にこやかに対してくれたこともあって名前はすっかり気恥ずかしさを忘れてしまっていた。
「少し歩いただけだが、ガリアも良いところだろう?」
「はい。まだちょっとしか経っていませんが緑豊かで此処は過ごしやすいですね…レテさんやモゥディさんに聞いていたとおりでした」
「モゥディはわからなくもないが、レテから?そいつは珍しい」
「そ、そうですか?ラグズのこととか、いろいろ教えてくださったのですが…その…何分、私世間知らずで…」
「世間知らず、ねぇ。名前はクリミア生まれじゃないのかい?」
「えっ?…えっと……」
名前は初めて言葉に詰まる。どう説明しようにも答えづらいことだった。嘘を吐くにもこの人の好い青年に罪悪感が募る。幸いにも言いづらいことと察したライもそれ以上深く追求もしなかった。
「折角だしじっくりガリアを案内したいところだが、遠くまで連れ回すのは流石にな。また機会があればお誘いしようか」
「はい、是非!」
元気よく応えた名前に、ライは鼻で含み笑う。何か言いたげだったことから首を傾げたものの、ライはそれ以上話題を繋げない。傭兵団の仮宿から歩いてきたはずのベオクの青年にようやく視線を移したのだ。
「よぉ、アイク。お前も散歩かい?」
「…いや。ちょっと剣の修練に」
「ならとっておきの場所まで案内してやろうか?この迷子常習犯のようにうかうかされちゃあ困るからな」
「ら、ライさん…!」
「本当のことだろう?」
「い…言わなくても…」
「……」
「それじゃあな、名前。今度はこっちの案内だ」
「は、はい。ありがとうございました」
頬が一気に蒸気した。少なくとも団長であるアイクにしでかした失敗を知られたことが名前は気恥ずかしかった。もちろんライは八重歯を見せて笑うのみだ。その心意はわからないが、わざと話題にしたようにも見えて少し憎らしい。しかしどれだけ反論しても覆せる見込みもない。背を丸めて逃げ出すようにその場を離れるしか名前にはできなかった。
「あぁ、そうだ」
「?」
「今度此処を出歩いて迷子になったら、俺の名前を出しなよ。すっ飛んでいくから」
「も、もう!迷子にはなりませんから!!」
「はははっどうかなぁ、もう二度目だからなぁ?三回目も近いかもなぁ」
「だ、…だったらレテさんを呼びます!」
「おいおい、もれなく説教が待ってるぞ?」
「構いません!」
ライの言い忘れていたという風体の為に立ち止まったというのに出てきたのは自分をからかう言葉で。名前は憤慨に強めに足を踏み鳴らしてまた歩き出す。
「名前!」
「………」
「そんなこと言わず、呼んでくれよ。飯でも奢ってやるからさ」
「……美味しいお店、紹介してくださいね!」
「あぁ、勿論。その時は俺の有難い説教付きだけどな」
名前は思わず吹き出してしまった。そうしてひらひら手を振る相手に名前も同じく手のひらを振って、小走りに駆け出すのだった。
「…世話になったようだな」
「いいや。寧ろ俺に見つかってよかったよ。他の奴だと驚いて危うく攻撃されてたかも。…あんな奥地まで一人でよく行けたもんだ」
おまけに天敵の魔道使いだしな、と付け加えてライは深く溜息を吐いた。アイクは迷惑をかけた、と頭を下げるもライは首を振るってそれを止める。代わりに疑問を投げつけた。
「あの子は貴族出か?世間知らずとは聞いたけど」
「いや……そうかもしれんが、わからん」
「わからない?」
「……名前は一人だったところを親父に保護された。家族に捨てられたと聞いている」
「あー……そう。そうか。悪い。少し気になったもんだから」
「なにを?」
「いや。アイクは妙な感じだな、と思わなかったか?」
「……まぁ、あいつが冗談にあんな反応するとは思わなかった」
「いやいや、そうじゃなくて。いやそうか、お前も反応違う方だからわからなくても仕方ないか…?」
「何が言いたい」
「ラグズの俺に対して恐がりも区別もしないからさ。結構警戒してたんだぜ?なのにあんなに無邪気に約束してくれるとは思わなかった」
「あいつは、レテにもモゥディにもあんな感じだったぞ」
「へぇ、そうか」
無愛想に応える少年に、青年は笑って見過ごしてやる。歩き出すアイクに自分も付いていった。本当に修練をするらしく、腰にぶら下がる剣の鞘や柄をしきりに撫でている。仏頂面の横顔からでは心中を探るには難しい。普段からこうなのか、それともまた別なのか。そこまで彼が狭量ではないと思うが、とりあえずライは一言付け加えてやることにした。
「怒ってやるなよ」
「……何がだ?」
「勝手に出歩いたと思ってるんだろうが、女の子にはいろいろあるんだって」
「何を言ってる…?何か、急用があったんだろう、名前は。なんで俺が怒る必要がある」
「おっとっと」
藪蛇だったか、とライは事前にした判断に誤りがあったことを理解した。アイクはさらに眉間に皺を寄せてしまうが、追求にまで至らなかった。その胸中がいまいちライには掴めない。こういう少年だったのか、という驚きだけだ。
しかしその答えはアイク自身が口に出す。
「ただ……驚いた」
「うん?」
「あいつ、いつもすみませんとしか謝らないから……ミストとかの前だったら、違うんだろうが…あんたと話している時は、なんだか、雰囲気が違う気がして…」
「………ふぅん」
アイクにはライが意味深に相づちを打ったように思えた。言うんじゃなかった、という後悔が募り始める。目が合うとにた、と笑った気がした相手に、今度はきちんと敵意を向ける。
「なんだ。何かおかしいか」
「いやいや。何もおかしくはないさ。団員に気を配るっていうのも立派な仕事の一つだしな」
「……ライ」
「うん?」
「顔が笑っているぞ」
ぱちくり、と異色の瞳が瞬く。それから相手がふふ、と漏らした笑みにアイクの機嫌はますます下がっていく。名前もこんな気分だったのだろうか。だとしたら彼女にも少し同情が出来た。
そんな無愛想な少年の肩を軽く叩いてライは言う。
「お前の団は面白いな、アイク。お前も含めてさ」
「…誉め言葉として受け取っておく」
「もちろん、誉めていますとも。物好きなベオクは嫌いじゃない」
「………」
「ただ用心はしておいてくれ。お前たちが良くても俺達の方だってそうじゃないやつが未だに多いんだから」
「あぁ…そうだな」
ライの最初の言葉を思い出す。出会っていたのが隣の変わり者で名前は本当に運が良かったのだろう。相手が己に危害を及ぼすかどうかなんて、ラグズにもベオクにも難しい判断だからだ。人は不安があればどんな卑怯な手を使っても相手を排除したがる。特に異種族であるが故に顕著に。どちらもがそうなのだ。ベオクが彼らを半端な“半獣”と蔑むようにラグズだってベオクを非力な“ニンゲン”とあざ笑う。
だがその必要性がアイクには見いだせなかった。どちらも何も変わらないように思う。誇りを以て国を愛する者、戦いを嫌い厭う者。種族の垣根を見ていない者。自分たちと何ら変わりない感情を、思いを持っている。
「あの子は特に危うい」
「……」
「気をつけて見ておけよ。そうじゃないと、何処かに拐かされるかもしれないぜ」
言ってほしくない冗談に、アイクは不可解そうに首を捻る。ライの忠告は何処か以前ミストが抱いた不安とよく似ている。そんな気がしていた。
だが何故だろうか。二人が楽しげに話す様子が頭に在った。自分も冗談でも言えれば、彼女はもっと違う反応をしたのだろうか。
ただ、胸の中で何か燻って、それがいつまでもこびり付いて離れそうもなかった。
エリンシア姫を連れて、グレイル傭兵団はべグ二オン帝国へ。そのために、まずはデインによって奪われたクリミアの港町を目指す。その道のりが戦い無くして往くには難しいものになると、誰もが理解していた。