#07.獣国にて
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ラグズは大きく分けて三種に分かれる。獣牙族、鳥翼族、竜鱗族。クリミアやデインに居住する人間とはまた別の種族である彼等に共通するのはその名の獣に化身出来るということだ。化身することで彼等の戦闘力は上がり、また特殊な能力を有する一族も在るという。
ガリアは獣牙族の国家である。猫、虎、そして獅子の三種族が共存している。レテは猫、モゥディは虎の民とそれぞれが紹介した。
「ガリアから南には竜鱗族の国ゴルドアが。その南、海を跨いで鳥達は鴉と鷹がそれぞれ総べるキルヴァス・フェニキスが在る。まぁ、ガリア程ではない」
「ラグズの人たちはみんな一緒に住んでいるわけではないのですね」
「王同士が会合を行うことはある。…だが友好関係を結べているとは言い難いな」
「悲しイことダ…。同じラグズだトしても手を取りアうのは難しイなんテ…」
「仕方がない。ゴルドアは閉鎖的で誰も寄せ付けず、キルヴァス・フェニキスどちらもが船を襲い海賊行為に及んでいると聞く。野蛮的で同じラグズとして恥ずかしい奴らだ」
「…全然違うんですね」
種族が違うということは文化も違うのだろう。ガリアが最終的に友和を結んだのは人間ことベオクの国家クリミアだったのだから、現状は特に複雑な気がした。国家同士のやり取りにモゥディはともかく、レテのようにベオクへの嫌悪は拭いきれていない。そしてそれはまた逆も然りと言える。
それでも、レテもモゥディも、あの猫の男性も。自分にとても友好的に接してくれる。考えれば、恐ろしい体験をいくつもしたが、そこに関わったのはベオク達だった。明確にあったのは悪意である。だからだろうか、ラグズの彼等にシノンが言ったような侮蔑も、ヨファの抱えている恐怖も、名前にはいまいち理解できなかった。
透き通る青空はまるで彼等を出迎えてくれたような心地になる。風も心地よく、散策するには良い天候だった。懐かしさに浸るティアマトの晴れやかな横顔を見て、アイクもなんだか不思議な心地がした。この長閑な空気は、クリミアにいた頃と何ら変わりない気もした。彼女は自分もミストもガリアを知っているはずだという。そういえば父もまた、この地に精通している節があった。なら、それは何時の事だろう。アイクに覚えが無ければ、ミストにだって同じことだった。ぼんやりと、そんな疑問に馳せてしまう。
「……あいつ、すげぇ馴染んでるな…」
不意にぽつりと呟いたボーレの一言にアイクは首を傾げる。関心の先に、先行するラグズ達とその隣でふんふんと聞き役に回る少女の姿がある。ボーレの隣でヨファもまた、怖くないのかなとぽつりと零す。オスカーがそんな弟達を窘める。
「確かに人見知りの名前にしては珍しいけどね。良いことじゃないか」
「そうね。初めてガリアへ来たのでしょうけど、波長が合ったのかしら」
「…………」
ティアマトの言葉に何か返そうとした矢先、アイクは袂を引っ張るミストに気づいて其方に意識を向けた。ミストは出発してから思うことがあったのか口を開くことがなかったものの、ようやく話せるほどには気分がよくなったらしい。なんだ、と問いかけたものの、ミストはきょろきょろと周りを気にして小声で答えた。
「名前ちゃんなんだけど…」
「…話したいのなら呼んでやろうか?」
「ううん、大丈夫。…でも、お誘いがあったら、ガリアの人になっちゃいそうだから…」
「……」
「そんなことないよね?大丈夫だよね?」
それは、いいことじゃないのか。
アイクは咄嗟にそんな返答が出たのに言葉には出来なかった。そもそも名前が決めることだし、干渉することもない。昨夜、彼女が戦いに出ることを許しはしたもののこれから先の事まで考えていなかった。確かに今、自分達に添っていた時分よりもラグズ二人と共に歩いている方が彼女は楽し気に思えた。ミストの言う不安が、言わずとも少しわかる気がした。
ティアマトがアイクを呼ぶ。話題に上った先行する彼らが呼んでいるという。アイクはミストの疑問に答えることも出来なくてただ細い肩を叩いて覇気を送るしかなかった。
レテとモゥディがアイクを出迎えると、彼らは休憩の必要性を問うた。というのも隣で歩いていた名前自身が疲れを見せていたのだ。少女の脆弱な様子にレテはヤキモキし、モゥディは心配そうにほかの団員たちの様子を伺う。アイクもまた浮かない顔色の魔道士に苦い表情を見せる。彼女は決まって大丈夫と言うが、疲労が溜まって足が重いらしくレテによって叱咤されていた。そんなことで戦えるのか、という言葉こそアイク自身が投げかけたかったが、代弁したレテに名前はやはり大丈夫だと笑ってみせた。
そんなやりとりがモゥディによって中断させられた。辺りの異変に気づいて険しい表情を見せ、レテもまた鋭い視線で鉄臭さを嗅ぎ取った。二人の異変にアイクもまた予感が走る。デインの追っ手がガリアの地を身勝手にも占拠していたのだ。ガリア兵の二人が怒りを示すのも無理はなかった。アイクは急いで団員たちへ報せに戻る。その際、おろおろとガリア兵の二人を見比べていた名前の手を引いた。彼女は一度悲しそうに目を伏せたものの、次には強ばった表情でアイクに付き従った。ようやく事態を理解したらしい。
行けるのか、とアイクは一度尋ねる。名前はその答えにもちろんです、と高揚した声音で応えた。抱える荷物からくすんだ紅い背表紙の魔道書を取り出して怒り顔の名前にアイクは何故か安堵してしまうのだった。
ガリア兵であるレテ・モゥディの助力もあり、デイン兵を退けることが出来た。彼女たちとの連携は拙いものではあったが、概ねをアイクの指示に沿って動いてくれたのだ。それだけではない。デイン兵の傍ら、ならず者の集団が海上より現れる。ベオクであるにも関わらず、ガリアの地を踏み荒らすその様にそちらにも手を割かねばならなかったが此処に心強い仲間が合流してくれたのだ。何時かの日、海賊に襲われていたところをグレイル傭兵団によって救われた天馬騎士・マーシャである。空からの牽制によって敵方の行動範囲を狭め、巧みな槍術で大いに勝利に貢献してくれた。デインに追われている状況、かつ大国ベグニオンの天馬騎士だったマーシャが一時の感情で貧乏傭兵団に加入することはないとアイクは説得したものの、マーシャは退かない。義理を果たす名目もあるが、彼女には彼女の理由があって放浪を決めたのだ。そして女性一人の旅よりも、団に在籍することの方が安全であると言う。そこまで理由づけられては断る術などなかった。
そして新たな団員も誕生した。戦いの号令が終わった矢先、飛び出してきた少年少女たち。ヨファは弓を持ち、ミストは杖を携えて戦闘に加わった。戻れ、という家族からの命令にどちらも今度こそ首を縦に振らなかった。生と死が入り乱れる戦場に恐ろしい目にあわせるわけにはいかない。しかしそんな優しさよりも彼女たちは失うことの方が恐ろしかったのだ。死ぬときは一緒だとミストは言う。何よりももう無事を信じて待つことが出来ない。前例を作った名前のやり方を真似たのだと、ミストもヨファも語る。弓使いの抜けたばかりだ。遠距離より支援可能な者が加わるだけでどれほど助けられるか。また怪我人を薬と神官一人でまかなってきた現状、杖使いが増えるのは喜ばしい。アイクも、そしてオスカーもボーレも、もうこの二人を止めることは現状出来なかったのだ。
傭兵団は仲間を増やしつつも、確実に強くなっていく。そこに慢心はない。デイン兵の誰もが抱えたその心の隙に穴をこじ開けることでグレイル傭兵団が勝利を掴むことが出来たからだ。しかし追っ手がこれほど大々的に活動している事実は疲弊を抱えるばかりでもある。戦闘に不慣れな団員がいる中で何度も同じ戦闘を繰り返すわけにもいかなかった。
彼らは案内人の元、ガリア王宮へと急がれた。
無事目的地にたどり着いた後は話が早かった。エリンシア姫と再会を果たしたグレイル傭兵団は雇い主であるエリンシア、団長のアイクを始め、ティアマト・セネリオの両名と共にガリアの獅子王カイネギスと謁見を果たした。カイネギスは亡きグレイルと知己の間柄であることを告げ、死者を悼む。アイクも知らなかった過去のこともカイネギスは話してくれた。グレイルが何かを抱え込み、そしてそのためにガリアを去ってしまったことも。
彼は友とも呼んだ男の息子たちにこれからの安寧を約束してくれた。だが、アイクはこれを丁重に断った。グレイルを倒した漆黒の騎士なる仇を前に剣の教えを受け、かつ血を分けた息子が退けなかった。だからといって無謀に相手に挑むことも出来ない。アイクは私事で団を率いる責任まで放棄することもない。新米傭兵である己を助け、着いていくことを決めた団員達がいることを彼はよく理解していた。冷静に現状を考え、受け入れ、しかし満足することもない。強さを求め、今は経験を積むべし。何時かくる、機会の為に。
カイネギスもまた不作法ながらも嘘のない少年の決意に満足げに頷いた。獅子王はそこで一つの提案をする。ベグニオンへ向かうエリンシア姫への護衛である。
ガリア・クリミア間で結ばれた同盟もまだ浸透もなく。反ラグズ思考が強いデインによってクリミアは狙われたのではないか。そしてその火種が今度はガリアにまで向けられている可能性が出た。まだまだ根強いベオクへの不信感によってガリアが表立って彼女を保護することも出来ず。実際にアイク達はガリアへの領土侵攻を目の当たりにしてきたばかりだ、デインの動きは、戦争を求めているように思えた。そこでエリンシア姫直々に宗主国ベグニオンへ出向き、後ろ盾をもらうように提案したのだ。祖国奪還の為の第一歩に、ベグニオンの助力は必須でもある。
アイクはこの仕事を請け負った。団員も少なくなった今、わざわざ仕事と銘打ってくれたのである。受けない手はなかった。
次の目的地はベグニオン。ガリアを出てクリミアへと舞い戻り、海路を辿るこの道が、長いものとなるのは明白だった。