#05.獣牙の兵士
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樹海を進む傭兵団がガリアへ入国する間際。グレイルは隊形を組みなおす為に進行していた団を一度止める。樹海を抜ければようやくガリアに入る。その前にデインの追撃を交わすことはこれ以上出来ない為だ。対抗策を打ち出す為、グレイルはセネリオに意見を求めた。対してセネリオは一つの策を提案する。
隊を二つに分け、敵をかく乱する別動隊と、その隙にエリンシア姫を連れて強行突破する本隊の二部隊である。戦えない者もいる中で、犠牲を最小限で留める為にはこの方法しかないと推した。戦力の分散に加え、危険性の高い別動隊の負担を考えて反対の意見もあったが最終的にはこの進言よりも優位な意見が出ることもなく、グレイルもまたセネリオの策に最終判断を下した。
別動隊はグレイルが率い、部隊の機動も考えてシノン、ガトリーの少数精鋭が付く。残る団員はティアマトが補佐に着き、アイクが本隊の指揮を任された。
グレイルは別れる前に傭兵団員達に語り掛ける。
誰も死ぬな。
難しい戦場へ向かうはずのグレイルの言葉はとても力強かった。誰もが不安を抱えていたはずなのに、なんとかなるような気がするほどに。
「俺達は一つの家族だ」
だから誰も悲しませぬために生き延びろ。
グレイル傭兵団団長の言葉に鬨の声を上げるわけにはいかなかったが、誰もがその言葉を胸に戦場へ向かうのだ。
樹海の最先端、国境近くまで本隊は進み、そこにはデイン兵達が姿があった。国境付近に警備があることは想定の範囲内ではあったが、デイン兵達の数までは予測通りというわけにはいかなかった。なかなか厚い防衛を前にしてアイク達はまた立ち止まることになる。別動隊が動いている今、踵を返して警備の薄い地点を探すというわけにもいかない。時間をかけては何時追手に気づかれるかわからない上に危険も高まるばかり。
そこでセネリオはもう一度陽動作戦を進言する。幸いにも樹海を抜けた先は川が流れ、橋が一本通っている。地形の利点を活かし、この橋でデイン兵を足止めし、その間に防備が薄くなった別所から非戦闘員が国境を越えるというものである。
考えている暇はなかった。アイクとティアマトによる判断により、本隊はまた別れることになる。エリンシア姫もまた自分も戦うと名乗りを上げるが、アイクは彼女の勇気を敢えて止めた。己の為に命を懸ける傭兵団員達に己も生きた心地がないだろうこと、しかし、雇い主であるエリンシアを危険に晒すことは絶対に許されない。ミストもヨファもまた、家族と離ればなれになることに不安を隠しきれないでいたが、グレイル団長の鼓舞があったことでやる気に満ちている。
それは#name#も同じだ。
戦いに出ていく仲間たちと別れて茂る森の中、足音を極力消して進みながら名前は考える。必死に息を抑えて自分と手を繋ぎ前方を警戒するヨファも。そんな自分達と離れないように道無き獣道を覚束ない足取りではぐれない様に駆けるミストとエリンシアも。心中は己と同じ不安を抱えている。仲間の無事を祈り、しかし自分達の身だって安心は出来ない。何時追手の兵士たちに見つかるかわからないのだ。それでも前に進めたのはグレイル団長が勇気を分けてくれたからだと思う。
誰も欠けてはいけない。ミストもヨファも、エリンシアも守る。この中できっと戦えるのは自分だけだから。
名前は旅立ちの前に味わった苦渋をようやく晴らす場を見つけた気がしていた。ずっと喉元に引っかかっていた何か。震えて止まらない手は、ヨファのものか自分のものかまだ分からなかったが、空いたもう一つの腕で抱える赤い表紙の本からは、何時だって熱が籠っているように暖かかった。
セネリオが立てた作戦が功をそうした。陽動部隊としてアイク達が国境を牛耳るデイン兵達を引き付けている間に四人は別の場所から国境を越え、無事に脱出してきた仲間たちと合流する。デイン兵の妨害を潜り抜けて振り切ってきたアイク達と逸れることはなかった。しかしどれだけ待てども別動隊のグレイル達が姿を見せない。
アイク達はまた決断する。ガリアへ入国した今、別動隊と合流すべきだと。これに意を唱えたのはエリンシア姫である。彼女はアイク達が再び危険を冒すことに反対したのではない。引き返す彼らと共に行くことを主張したのだ。だがこれもアイクによって反することが出来なかった。そしてそれは名前達も同じである。ミスト達もまたエリンシアと共にガリア王宮を目指すようにと指示された。ミストとヨファは仲間達と同じく戦うことが出来ない身の上に歯噛みすることになる。
非戦闘員であることに対し、納得し難い心地を抱えながらもアイク達とまた別行動を取ることになり、四人はまたしばらく意気消沈していた。デイン兵の残党がいるかもしれない。そんなことも忘れてしまうほどに。
草を踏む僅かな足音にまず気づいたのはミストだ。急いで三人を近くの茂みの中に引き込む。何が何かわからないままに退避行動を取ったものの、すぐに緊張の糸が引き締まることになる。ガチャガチャと金属音が擦りあうそれは、まさかガトリーのものではない。二人分の気配から会話まで聞こえるほどになれば四人は生きた心地を奪われたようなものだった。
両の手で己の口を塞ぐ名前は同じく口元を隠して何かを一心に見つめるミストを見た。すぐ隣でエリンシア姫に抱き締められながら混乱気味に目を白黒させるヨファ。そして少年をぎゅうっと抱えて青ざめた形相で口唇を振るわせて声なく祈り出すエリンシア姫。彼女たちは沈黙でこの場をやり過ごそうと耐えた。だが願い空しくも男たちの会話が絶望に突き付ける。
「おい、本当に聞こえたのか?」
「間違いない、何処かにいるはずだ」
何かを探している。はっきりとわかってしまったからには四人は更に追いつめられていた。見つかるのも時間の問題だ。別動隊を迎えに出たアイク達がすぐにでも戻ってくれたのなら、それはもう奇跡の部類だ。
どうしよう。泣くヨファの恐ろし気な一言に、名前はもう答えを示すしかなかった。
名前が肩から下げている荷物をさりげなく置いた。気付いたミストが彼女を止めるには気づくのが遅すぎた。抱えていた本を一層強く抱いた名前がエリンシア姫に告げる。
「私が、引き付けます。この子達を、お願いします…!」
「まっ…!待って!」
エリンシア姫の引き留める言葉さえ全て耳には入らなかった。名前が飛び出してから、デイン兵との距離を計った際にまだ距離があった。しかし突然現れた少女に対し驚きはあったもののさすがに訓練を受けた兵士である。駆け出した名前を追いかけ始める。
幸いにも、置いていかれたミスト達はその場で留まってくれたのだった。
名前は走った。木々の間を縫うように出たらめに。時折幹にぶつかりながらも森の中を駆ける。しかし元々の体力の無さに加え、ここ数日の行軍による蓄積した疲労が祟ってそれほどのスピードが出ない。その証拠にデイン兵の追跡は次第に距離を縮めて、ついには少女の腕を取るまでに至る。
小さな悲鳴を上げた名前は、しかしその手を振り解くには力が足りなかった。デイン兵は苛ついた声で少女を罵倒した。
「手こずらせやがって!この餓鬼が!!」
「他の奴等はどうした?お前一人じゃないだろう、えぇ!?」
「……!」
「このっ」
ぎゅっと目を瞑ってしまったばかりに名前は左頬に衝撃が走ったことに何の身構えも出来なかった。気づいた時には地面に叩き付けられている。口の中が切れたのだろう、血の味がした。それもまた初めてではないが、この恐怖に慣れることは無い。全身が震えあがり、背を丸めて身体を守ろうとする。デイン兵の蹴りが入ったのはそれからすぐだ。痛みはストレートに神経を駆け巡った。咳と共に悲鳴が盛れる。涙が滲み出た。
「おい、殺すな。餓鬼は餓鬼でも使い道くらいあるだろうが」
「何だよ」
「何なりだ。此処を何処だと思ってる?クリミアにいつ戻れるかわかったものじゃないしな」
「へっ!まぁそれもそうか。ケダモノに盛るわけにもいかねぇ。まぁ、多少しょんべん臭いのは我慢してやる」
「おい、今からかよ」
「こんな機会もう無いだろうよ」
ガチャガチャ、と装備を取り外しているのだろう重そうな腰当が落ちたのを狭い視覚で確認した名前は背筋に悪寒が走っていた。髪を掴まれ強引に顔を上げさせられたそこには、見たくないものが迫り、その奥で下卑た笑いを浮かべる男たちがいた。
ぎゅっと握った腕の中の本が、急激に熱したのは次の瞬間。ぼうっと炎が髪を掴む男に纏わりついた。野太い悲鳴を合図に自由になった名前は地面を転がりながらも逃げようと身悶えるもすぐに別の兵士に取り押さえられる。
「此奴、魔道書なんか持ってやがる!!」
「いや、いやぁ!!」
「畜生っこの餓鬼、暴れるんじゃねぇ!!!」
炎に巻かれていた兵士の足が腹を強く突く。ぎゃっと悲鳴を上げた名前に怒れる兵士が更に剣を抜いた。
「ちょっと勿体なくねぇか?」
「うるせぇ!!もう容赦しねぇぞ!!」
「…まぁいいか。どうせプラハ将軍に見つかったら同じことだしな」
短く呼吸を繰り返して激痛を流そうと震える名前に呆れたような声を挙げていた兵士が首根っこを掴んで後ろ首を晒す。そこに、冷静さを欠いたデイン兵がすかさず剣を振り下ろした。
しかし、その刃が首を落とすことは出来なかった。