#04.不穏な光
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慌しく準備を始める団員達についていけず、おろおろと周りを見比べる名前の前に、一人の少年が立った。
「貴方は魔道士見習いとのことですが」
「え?あ…は、はい」
「ではこれを」
「え?」
押し付けられた赤い背表紙の本に、名前はどきりと心臓を強く打つ。見覚えがあった。忘れがたい悪夢のようなひととき。全てを燃やそうとした原因の本とよく似ていた。指先が震えて落としそうになったのをなんとか堪えることが出来た。
「ファイアーの書です。この間見受けたところ、炎の詠唱は勉強したのでしょう」
「でも私、まだ全然…」
「あたりまえでしょう。風で炎が出せますか」
意味を理解するのに時間がかかった。顔から火が噴くほど恥ずかしくなって視線を逸らしたが、そんなことは関係ないセネリオは抑揚のない声音で言葉をつづける。
「では僕と一緒にサポートに出てください」
「え?」
「すぐに戦闘になります。この状況です。実戦で覚えるのが一番早い」
「わ…私も?」
セネリオの表情が変わる。名前は失言に気づき口を閉じた。これから始まる戦いを望んだのは名前も承知のはずだったのだ。背筋が冷えていく感覚が気持ち悪くて、書を持つ手が震えた。
「…貴方は自分の置いた状況を理解出来ないのですか?」
「……」
「戦えないのなら最初からそう言いなさい。中途半端でくだらない正義感で僕らを振り回して、恥ずかしくないのですか」
「……っ」
「セネリオ」
「…アイク」
「名前は傭兵になりたいわけじゃない。無理させることはないだろう」
「……」
「そうですね。今は猫の手も借りたい程でしたが。まあいいでしょう」
興味をなくしたようにセネリオは名前から離れていった。代わりに名前の前にはアイクが立つ。ふさぎ込む名前の様子を伺った。名前は下を向いて、手渡された重い本の紋様を見ている。指先が少し震えているのを隠すために強く握りしめながら。
「すまんな。あいつ、言葉が少しきつくて。誰にでもそうだから、あまり気にすることはないぞ」
「…ごめんなさい…足手まといで…」
「いや、そんなこと…」
「…でも…戦うって…私も…」
「あんたはあの王女を助けたかっただけだろう?」
「……」
「そうじゃないのか?」
「…うん…」
「大丈夫だ。俺たちが外のやつらをなんとかする。心配するな」
「…すみません…」
名前はアイクに顔を向けると青年は深く頷いた。アイクはおもむろに震える指先の方に手を伸ばす。無意識の行動にはっと気づいて、慌てて腕をもう少し上方に向けた。名前の頭を掴むようにして左右に動かすとゆらゆらと少女の頭は揺れてから気恥ずかしそうに名前は頬を綻ばす。アイクも恥ずかしくなって唇を噛み、それ以上を語らずに足早にセネリオの向かった方へ急いだのだった。
戦いが始まったのはそれからすぐだった。薄暗い地下室で、上から聞こえる喧騒に身を震わせるしかなかったが、同じく避難していたミストやヨファを前に弱音は許されなかった。結局返すことが出来ず、胸に抱えきりの魔道書がほのかに名前を勇気づけるように暖かく感じた。それでも先程投げかけられた言葉が脳内に繰り返し木霊する。
『中途半端で下らない正義感』
セネリオの言葉を否定したい。そう願う自分さえ名前には不敬だと思えた。
「あの…」
「えっ」
「お顔の色が……。大丈夫ですか…?」
「あ、あ、は、はい」
優しい少女の声音に強張るばかりの神経が緩んでいく。素っ頓狂な悲鳴に近い返事だったが、彼女はくすりとも笑わずに心配そうに名前をみつめていた。もういちど大丈夫です、と身振り手振りで伝えると彼女はほっと安堵しながらも暗い面持ちが消え去ることはなかった。
クリミアの遺児、エリンシア。美しい顔立ちの少女は憂いも伴ってその存在が儚い。彼女は今、自分の近衛達に続いて己の為に戦いが巻き起こる状況に心を痛めていた。
「大丈夫ですよ!」
「あ…」
「お父さんとお兄ちゃん達がきっと追い払ってくれますから!」
「うん。みんな強いんだよ!」
「…はい…」
ミストとヨファの二人に励まされ、エリンシアは頬を上げた。二人の溌剌さに触発され、名前もまた心が多少軽くなるようだった。
しばらくして、外の喧騒が静まり始める。砦の中で息を潜めていた四人の元へ、一つの足音が向かってきたのはそれからすぐ。戸が開かれるまで緊張の糸が張り詰めていたが、すぐにそれは解かれる。グレイル自身が四人を迎えに来てくれたのだ。ミストはすぐに父親の元へ駆け寄ってその安否を確かめた。グレイルもまた娘の無事に微笑んだが、すぐに判断を下す。
「この砦を放棄し、俺達はこのままガリアへと目指す。ミスト、ヨファ、名前。お前達も急いで荷造りを済ませるんだ」
「えっあ…」
「出ていくの?」
「あぁ。すぐに準備を始めてくれ」
「うん!」
ミストとヨファもまた気持ちの切り替えは早かった。慌てる様子なく自分達に出来ることを確認し合い、行動を起こした。ミストが食料の確保を申し出て名前も手伝ってほしいと願う。名前はまだ呆然とした心地だが、言われるがままに作業の手伝いを了承した。またこれに手を貸したのがエリンシアだ。世話を任されていたアイクからの勧めもあって、彼女もまた何かしている方が落ち着くだろうと了承してくれるのだった。
日頃から備蓄していた食料を日持ちのするものとそうでないものとに分け始めてから、ミストと名前は宮廷暮らしと聞いていたエリンシアの手際の良さに驚く。すごく助かった、とミストが礼を言うとエリンシアは嬉しそうに微笑んだ。
「こういったことは躾けられてきましたから。慣れているんです」
「でもお姫様なのに…」
「うん。やってもらうのが普通なんじゃないかなって…あ!ごめんなさい、私、馴れ馴れしくて…」
「いえ。どうか、そのままで…。私には身分はあってないようなものですから…今は特に気にして欲しくありません」
「でも…」
「お願いいたします」
「…わかりました!これからガリアまで一緒なんだもの、仲良くしてくださいね!」
「は…はい!喜んで…!」
「名前ちゃんも!ね?」
「う、うん」
ミストに言われるがままに頷いてみると、エリンシアは青い顔色ながらもやはり何処か嬉しそうだった。
ふと、エリンシアがミストの胸元から淡い蒼い光が漏れていることに気づく。慌てだすミストにエリンシアと名前は顔を見合わせて首を傾げる。ミストもまた見られてしまったこともあり、二人なら話してもいいかとすぐに隠そうとすることさえ止めて、胸元に隠した装飾具を取り出す。
それは青銅のメダリオンだった。ミストが大事そうに両の手で収めている。蒼い炎のような光を発しながら。
「だ、大丈夫なの?」
「うん。全然熱くないよ。こんなことなかったんだけど…最近になってこんな風に光るようになっちゃって」
「不思議ですね…。でも、なんだか綺麗…」
「……」
「あ!駄目!!」
「…えっ?」
「ごめんなさい、お父さんから誰にも見せちゃダメって言われてるの。だから二人とも内緒にしておいてね?」
怒られちゃうから、と指を立てる少女に、うっとりと炎のような光に見とれるエリンシアは優しく微笑み了承した。無意識に指を伸ばした名前も慌てて首を縦に振る。
名前はそれから空を泳ぐ己の手を見る。何故自分の手が蒼い炎に触れようとして動いたのかもよくわからなかったからだ。指先は既に自分の意思が通っていて、先程とは違って指示を逃すことなどない。
名前ちゃん、とメダリオンを既に隠し終えたミストに現実に呼び戻される。名前は胸にわだかまった不安さえ忘れて、脱出の準備を少女たちと共に進めるのだった。