#03.覚悟を背負え
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「シノン!?」
「…げっ!」
「貴方、何してるの?」
「なんでもねぇよ!…チッ」
出入り口が開くとシノンとはまた違った紅く目映い色の髪をした女性が驚きの声を上げた。思わぬところでティアマトに見つかりシノンは舌打ちを打った。彼女もところどころで名前を可愛がっている。そして先程の説教をするような声音での質問の仕方。シノン自身も非を認めはしたが今の状況で、それを説明するのは面倒だ。なんでもない、と強引に言葉を押し込めて入れ違うようにその場をシノンは後にするのだった。
待ちなさい、とティアマトは追おうとしたが名前も彼女を引き留めた。シノンの険悪さ、自分に対する威圧がなくなったことをなんとなくだが感じとれた。彼が何を考えているのかよくわからなかったが、あの慰めは本心だろう。だからティアマトの誤解を解かなくてはと引き留めたのだ。先程のことを説明すると彼女は少し考えて、名前の持つ皺の入ったハンカチと出入り口の扉を見比べた。それからふっと溜息を吐くと優しく微笑む。
「…ごめんなさいね。悪い人じゃないのよ…誤解しないであげてちょうだい」
「…はい。大丈夫です…なんとなく、…私の方こそ、誤解ばかりで…」
支離滅裂とした言葉だと自分でも思った。しかしティアマトは追求せず聞いてくれるので名前はありがたかった。自分の言葉に理解を示してくれるのだ。充血した目を幾度か擦りつつ、ハンカチを丁寧に畳んだ。黒いシミが着いてしまった。洗って返さねばならない。そしてようやく気づいたのだ。シノンもティアマトも仕事に出ていたはずなのに、おかえりの一言も送っていないことに。
「帰っていらっしゃったのですね。お出迎えもせずに、すみません」
「いいのよ。熱心にやっていたのでしょう。…誰かさん達も貴方のその熱意を見習ってほしいわ」
「あはは…」
「でも。逸る気持ちで勉強しても、なかなか頭には入らないわよ?」
「す、すみません…」
「……ミストとヨファが、なかなか構ってくれないと愚痴っていたわ。また、面倒を見てあげてね?」
「…はい」
「そうそう。貴方におみやげよ」
「えっ」
ティアマトはその手に持っていた包みを名前に手渡した。名前は開けて良いですか、と嬉しそうに訪ねるのでティアマトは勿論、と笑って頷いて見せた。いつも遠慮がちに佇む少女の姿はそこにはない。その姿が見られただけでもティアマトは満足していた。
「…手袋、ですか?」
「えぇ。生地が厚いからとても丈夫なものよ。…ただ、ちょっと、デザインは女の子向けじゃないわね」
「いいえ。すごく嬉しいです、ありがとうございます」
早速包帯の上から贈り物の手袋を填めて目の前にかざした。少し大きいかしらとティアマトが訪ねたが、包帯の厚みもあって丁度いいくらいである。何度も甲と平を見比べた。そして指を曲げてフィット感を確かめる。
「ありがとうございます」
「いいえ。…いいのよ。大事にしてくれれば」
ティアマトは少し複雑そうな、それでいて困った顔をするので名前は首を傾げる。それから少し考えていたようだが、ティアマトは口元に手を添えて誰かに聞こえないように小声で何事かと告げる。
「…実はそれ、アイクのおみやげなのよ」
「え!なんでアイクさんが?」
「貴方の包帯姿、痛々しいからって」
「アイクさんが気にしなくてもいいのに。そ…そんなに醜いでしょうか」
「そうじゃないわ。…きっと、包帯を隠してあげたかったんだと思う」
「あ……ありがとうございます。大事にしますね」
「そうしてあげて。ただ、アイクには本当のことを貴方に話したのは内緒ね?自分で渡せばいいのに、なんだかんだと言い訳して…」
「あはは、はい。わかりました」
人差し指をたてて唇の前にかざして見せるティアマトの姿に笑って了承した。それから、ティアマトが自分達に対して買ってきたという菓子があるから休憩にしましょうという誘いを受ける。勿論、嬉しいお誘いを断る理由は、今の名前にはなかった。
ティアマト隊が帰還して次の朝。深夜近くに帰還したグレイル隊の一人、ボーレとそれからアイクは二人で朝の修練に励んでいた。今朝の朝食当番はオスカーで、腹空かしもかねている。アイクは黙々とこなしていたが、さすがに疲れが残っていたらしいボーレは素振りを終えた後大きく伸びをしてどっかと斧を地に刺した。どうやら小休止らしく、アイクも同じく動きを止めた。
「かぁーっ!さすがに団長との仕事後の訓練は辛いぜ」
「そんなに親父は厳しいのか?」
「まぁなぁ。勉強になるし、やりがいはあるけどよ。そういやお前はまだなんだっけ?グレイル団長と組むの」
「…あぁ。まだない」
「そうか、楽しみだなぁそりゃ。団長のことだから特にきっついぜぇ」
「望むところだ」
「…あん?」
「どうした?」
「あぁ。おーい、名前!」
「……」
アイクの返答にある方向に指を立てるのみで対象物を逆に呼び寄せてしまった。名前はボーレとアイクに対して片手を少しあげて手を振る。それから二人のところへと足を向けた。
「よぉ。早いな。寝呆すけのお前が」
「最近起きれるようになったんです。…まだ、時間の感覚がおかしいですけど」
「まだ勉強してるんだっけ。あんまり根詰めるなよ。名前が頑張ってるのにって、俺達まで巻き込まれちまうぜ。なぁ、アイク」
「ん?…あぁ、そうだな」
ボーレの茶化しに名前は胸の前で両手を絡めつつ恥ずかしそうに俯いた。相変わらず困ったように笑ってすみません、としか返答がない。
アイクの目は、名前の手に覆われる皮の手袋に注がれていた。名前と目があうと名前はぎゅっと拳を作ってから微笑んだ。勿論その笑顔に何の理由もないとアイクは思う。
「そうだ、シノンさん、見かけませんでした?」
「シノン?さぁ…見たか?」
「いや。この時間ならまだ寝ているんじゃないか?」
「部屋にいらっしゃらなかったので。…じゃあ何処かでかけたんでしょうかね。お邪魔してしまってすみません」
「いいって、いいって。なんかあったのか?」
「あぁ、ええっと…」
「…名前」
「え?」
「あっちからシノンとガトリーが」
ガトリーを引き連れて砦の出入り口からゆっくりと歩いている。どうやら飲みに出掛けていたようで、今帰宅したのだろう。よお、と頭をかきながら三人に近づいてきたが、少し距離が縮んだだけで二人から酒の臭いが。
「何こんなところで乳繰りあってんだ。邪魔だ邪魔だ」
「また飲みに出てたのか?」
「そりゃあ、金も入ったばかりだしな」
「はあぁ…でももうすっかり財布が寂しいっす」
「なんだ。ガトリーはもう給金使い果たしたのか?早いなー」
「そう嘆くな。今度は俺が奢ってやるよ」
「約束っすよー!」
「あの、シノンさん」
「あぁん?」
「昨日はすみません。これ、ありがとうございました」
名前が差し出したのは昨日シノン自身が貸したハンカチだ。綺麗に洗われ、折り目正しくたたまれている。あぁ、とそのまま受け取ったがふと名前のその手に違和感を覚える。包帯だったそこには見覚えのない手袋で覆われていた。
いや、正確には見覚えがあった。昨日の賊退治の帰り、立ち寄った露店商で売りに出されていた皮の手袋。記憶をよくよく探るとその前で黙々と商品を漁っていた少年が一人存在していた。何を迷っているのか、と苛立たされたので鮮明に覚えていたのだ。
ちら、とその少年を見れば、顔を少ししかめているよう。無愛想が印象づけられている彼だが反吐が出そうになるくらいの長年の付き合いがあるので少年の微妙な表情を見分けられた。
何乳繰りあってんだ。もう一度心中で毒づき、それからいいことを思いついたとシノンはほくそ笑む。
「お前、まだ書取とかちんたらやってんのか」
「えっ…は、はい。それくらいしか出来ないので…」
「けっ、しゃあねぇ。今日は俺様が特別に指導してやるよ」
「えっ」
驚きの声を上げたのは名前だけではない。後ろで何事かと見守っていたガトリーも同じく驚愕の表情を浮かべていた。
「で、でも、お忙しいのでは?」
「なんだ。俺じゃあ不服だってのか?」
「そ…そんなこと…」
「…よし。じゃあ朝食食ったらあの部屋に来い。遅れんなよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「おい、お前等、食事時までにはその汗臭ぇのなんとかしとけ。飯がまずくなる」
人のことがいえるのか、とボーレが一言突っついたが、うるさいと一喝するとシノンは一人歩きだした。ぽかんと残りのメンバーは見送っていたがふとガトリーが意識を取り戻し慌ててその後を追った。それから次に名前も井戸に水を汲みにいくとかでその場を後に。
「…シノンって名前のこと邪険にしてなかったっけ?」
「……知らん」
「だよなぁ。まぁいいか。それよりよ、俺達も買い物でもいかねぇ?俺、新しい腰巻きでも買うかな」
「…俺はいい」
「なんで。お前、そろそろ小手の買い換えしたかったんじゃないのか?」
「もう金がない」
「はぁ?お前も?何買ったんだよ」
「別にいいだろ、ボーレには関係ない」
「ったく。それが先輩に言う台詞かぁ!?ちょっとは貯金とかしとけよ、新人!」
ボーレの言葉にうるさい、とはねつけ、アイクは足取り荒く歩きだした。後ろでは気に食わないとばかりに文句が聞こえたがアイクは振り返るわけにはいかなかった。少しだけ頬が紅潮したようで、そんな変化を後ろの彼にだけは悟られたくなかったからだ。