雨と無知
翌日、わずか数時間だけであったが、数日ぶりに青空が見える時間があった。昨夜までびしょびしょに濡れていた屋根瓦が、陽を浴びてキラキラと輝いている。
昨日の爆発音の正体は、松野家からわずか300メートルほど離れた地点に落ちた雷であった。奇跡的に何かが燃えるなどといった被害は出なかったようであるが、地域によっては一時的に停電したらしい。
チョロ松は、マスクをしてベランダの柵によりかかっていた。少し湿ってはいるが、やっと外に出れたという開放感がたまらなくて、少しでも多く太陽の光を浴びたいと思った。風は生暖かい。玄関の引き戸がガラガラと音を立てるのが聞こえたので下をのぞき込むと、十四松がバットを持って足早に出かけていくのが見えた。そのすぐあとに一松が玄関から出てくると、3匹の猫が寄ってくるのが見えた。トド松はスマートフォンで電話をしているのだろう、大通りの方へと歩いていった。おそ松はパチンコのチラシを持って、意気揚々と出かけていった。
「調子はどうだ、ブラザー」
「まあまあだね」
背後から現れたカラ松を見やることなく、チョロ松は答える。一晩寝たらだいぶ喉の痛みは和らいで、熱っぽさは完全に吹き飛んだ。
「フッ……それはよかった」
カラ松はチョロ松の隣に立ち、兄弟たちの後ろ姿を見て微笑んでいた。
「昨日のあれ、何なの」
チョロ松は雲の隙間から見える青い空を見上げながら言った。
「題して、松野チョロ松モノマネ選手権」
カラ松はチョロ松の顔を見てニヤリとした。
「接戦だったろう?」
「全っ然」
チョロ松は顔を横に振ってため息をついた。
「みんな甘いね。僕はあんなに甘くないよ」
「そう、その通りだぜブラザー」
カラ松はパチンと指を鳴らす。チョロ松は怪訝そうにカラ松を見る。
「チョロ松は、チョロ松にしかできないんだ。オレがやっても意味がない。どうやら弟たちは怖がっていたようだ」
「……僕はずっと怒る役ってこと?」
「まぁ、そういうことだな」
カラ松は前髪をサラリと梳く。
「……オレの場合は、なんだが。オレが考えるオレと、兄弟の考えるオレが重なっていることを知った。オレは、今までどおりでいかせてもらうぜ」
カラ松はチョロ松の肩に右手をぽんとのせた。
「チョロ松、お前が思ってるよりずっと、皆の中でのお前の存在は大きいぞ」
「……どういうこと?」
チョロ松はマスクをずらして、眉をひそめながら聞いた。
「うまく言葉で表せないが、皆待ってるらしいんだ。『チョロ松のツッコミ』とやらをな」
カラ松は右手でパーカーのポケットをごそごそと探ると、1つのロリポップを取り出した。青地に金色に光る星がプリントされた包装紙で包まれていた。カラ松はそれを慣れた手つきで取ると、水色の丸い飴が現れた。
「普通の飴でよければ」
チョロ松は差し出された飴とカラ松を交互に見つめ、小さく礼を言って受け取った。口に含むと、爽やかなラムネの味が広がった。
カラ松はどこからともなくアコースティックギターを取り出し、両腕を広げて深呼吸をし始めた。こうやって太陽の光や風のにおいを全身で受け止めることによって、メロディが「下りて」くるのだと、カラ松から聞いたことがある。
「……今日の一曲、聞かせてよ。カラ松兄さん」
「フッ……今日の曲はブラザーに捧げよう。今日は特別だぜぇ?なにせ、数日ぶりに光の架け橋がこの暗黒の地へと」
「その代わり、僕が気に入らなかったらやり直しね」
「うっ……いいぜ、全力でやらせてもらう」
カラ松はギターを奏で始めた。音楽の知識は少しも持ち合わせていないが、心地の良いメロディであることくらいは、チョロ松にも伝わってきた。リズムに合わせて右足をパタパタと上下させる。マスクの下で微笑みながら、カラ松の奏でるメロディに耳を傾けた。
それからというもの、チョロ松はたいそうこの曲を気に入ったらしく、雨上がりの日はこの曲をよくリクエストしたという。
雨と無知/終
昨日の爆発音の正体は、松野家からわずか300メートルほど離れた地点に落ちた雷であった。奇跡的に何かが燃えるなどといった被害は出なかったようであるが、地域によっては一時的に停電したらしい。
チョロ松は、マスクをしてベランダの柵によりかかっていた。少し湿ってはいるが、やっと外に出れたという開放感がたまらなくて、少しでも多く太陽の光を浴びたいと思った。風は生暖かい。玄関の引き戸がガラガラと音を立てるのが聞こえたので下をのぞき込むと、十四松がバットを持って足早に出かけていくのが見えた。そのすぐあとに一松が玄関から出てくると、3匹の猫が寄ってくるのが見えた。トド松はスマートフォンで電話をしているのだろう、大通りの方へと歩いていった。おそ松はパチンコのチラシを持って、意気揚々と出かけていった。
「調子はどうだ、ブラザー」
「まあまあだね」
背後から現れたカラ松を見やることなく、チョロ松は答える。一晩寝たらだいぶ喉の痛みは和らいで、熱っぽさは完全に吹き飛んだ。
「フッ……それはよかった」
カラ松はチョロ松の隣に立ち、兄弟たちの後ろ姿を見て微笑んでいた。
「昨日のあれ、何なの」
チョロ松は雲の隙間から見える青い空を見上げながら言った。
「題して、松野チョロ松モノマネ選手権」
カラ松はチョロ松の顔を見てニヤリとした。
「接戦だったろう?」
「全っ然」
チョロ松は顔を横に振ってため息をついた。
「みんな甘いね。僕はあんなに甘くないよ」
「そう、その通りだぜブラザー」
カラ松はパチンと指を鳴らす。チョロ松は怪訝そうにカラ松を見る。
「チョロ松は、チョロ松にしかできないんだ。オレがやっても意味がない。どうやら弟たちは怖がっていたようだ」
「……僕はずっと怒る役ってこと?」
「まぁ、そういうことだな」
カラ松は前髪をサラリと梳く。
「……オレの場合は、なんだが。オレが考えるオレと、兄弟の考えるオレが重なっていることを知った。オレは、今までどおりでいかせてもらうぜ」
カラ松はチョロ松の肩に右手をぽんとのせた。
「チョロ松、お前が思ってるよりずっと、皆の中でのお前の存在は大きいぞ」
「……どういうこと?」
チョロ松はマスクをずらして、眉をひそめながら聞いた。
「うまく言葉で表せないが、皆待ってるらしいんだ。『チョロ松のツッコミ』とやらをな」
カラ松は右手でパーカーのポケットをごそごそと探ると、1つのロリポップを取り出した。青地に金色に光る星がプリントされた包装紙で包まれていた。カラ松はそれを慣れた手つきで取ると、水色の丸い飴が現れた。
「普通の飴でよければ」
チョロ松は差し出された飴とカラ松を交互に見つめ、小さく礼を言って受け取った。口に含むと、爽やかなラムネの味が広がった。
カラ松はどこからともなくアコースティックギターを取り出し、両腕を広げて深呼吸をし始めた。こうやって太陽の光や風のにおいを全身で受け止めることによって、メロディが「下りて」くるのだと、カラ松から聞いたことがある。
「……今日の一曲、聞かせてよ。カラ松兄さん」
「フッ……今日の曲はブラザーに捧げよう。今日は特別だぜぇ?なにせ、数日ぶりに光の架け橋がこの暗黒の地へと」
「その代わり、僕が気に入らなかったらやり直しね」
「うっ……いいぜ、全力でやらせてもらう」
カラ松はギターを奏で始めた。音楽の知識は少しも持ち合わせていないが、心地の良いメロディであることくらいは、チョロ松にも伝わってきた。リズムに合わせて右足をパタパタと上下させる。マスクの下で微笑みながら、カラ松の奏でるメロディに耳を傾けた。
それからというもの、チョロ松はたいそうこの曲を気に入ったらしく、雨上がりの日はこの曲をよくリクエストしたという。
雨と無知/終