七宮なのはの構造について

七宮なのはという人間の構造について。


七宮なのはという人格を作っているのが「私」だから、全てこれは「私」の話でもあり、七宮なのはの話でもある。この2つは切り離せない。
まあいままでの七宮の人生経験とか生きてた環境の話だから、七宮なのはについてというか私の自語りになるかもしれないですが、これを読むと斎藤一との関係性が構造的に理解できるようになります。あと七宮なのはをどの世界線で扱おうとしてもブレなくなります。ですが!七宮の自語りみたいな何かを読みたくないやつはとりあえずもうここで読むのをやめよう。自己投影だから自己分析みたいなもんなんだこれって。ガチで自語りだな。逃げてね。
それでは一旦注意書きを雑に置いたところで!論理厨のみんな〜!準備はいいか!!!!𝕃𝕖𝕥'𝕤 𝕘𝕠!

注意書きに書いた通り、これは性格の話ではない。内面の話ではない。生きるために形成された構造の話だ。そこを踏まえて欲しい。ここで扱うのは、七宮なのはがどういう構造で生きているかの、その話。
彼女の行動や距離感、恋愛に対する態度は、性格の結果ではない。それは、ある経験を経て形成された生存のための構造なのだ。
ここでは、七宮なのはという人格を「どういう人か」ではなく、「どういう回路で成立しているか」という観点から書いていきます。ここで読者が共感できるかどうかは、あんまり重要ではないです。むしろ人によってはガチで意味わかんないかも。ごめん。そこに関しては先に謝っておきます。

本題
七宮なのはという人間は、恋愛を思考から切り離しています。その理由は、恋愛に失敗したからでも、恋愛ごとで傷ついたからでもない。それは、恋愛というものが自分の意思と無関係に貼られる可能性のあるラベルだ、ということに早い段階で気づいてしまったからなのです。
時は中学時代に遡る―――
私はカスみたいな中学校に居たんですね。そこで、私が嫌いなのかなんなのか知らない人が、私の名義で、私の好きでもない人に、ラブレターを書いて、告白していたんです。訳わかんねえな。まあなんで気づいたかってある日、靴箱にお断りのお手紙が入っていたからなんですが。ガチで意味わかんなくて首捻って、色んな人に聞いて判明しました。まあそこまではいいんですよ。そういう悪質なイタズラってどこにでもありますから。私じゃないってわかったのにも関わらず、相手の男子と一部の周りは、「七宮は自分/その人のことが好き」と思っていたんですよね。はあ。めちゃくちゃ嫌な思いをしました。その結果、私という人間は、フィクションの恋愛はともかく、現実の恋愛が嫌になりました。
その結果どうなったかって?私の中で、恋愛というものは、「感情の自然な発露」ではなくなりました。
好意は、誤解される可能性がある。誤解は、訂正できないまま定着することがある。そしてその結果は、本人の意思とは無関係に背負わされる。
そう理解したとき、恋愛は感情ではなく、危険物として再定義されたのです。
だから私はXperia―――ではなくて。他人の感情を、安易に恋愛に分類しなくなりました。好意が向けられていても、親切にされていても、距離が近くても、それを「恋愛だ」と名付けない。それは鈍感さではない。否定でもない。誤ったラベルを貼らないための、意図的な保留です。
この回路は、傷ついた結果として形成されたのではありません。生き延びるために、極めて合理的でした。感情を即座に恋愛に変換しなければ、誤解は最小化できる。責任を背負わされることも減る。自分の意思を、自分の管理下に置き続けることができる。
こうして私は、恋愛を嫌ったのではなく、恋愛を思考の外に置くという選択をしました。無自覚に、無意識に。ある種の防衛反応だったのだと思います。

つぎに、七宮なのはという人間は、人を信じやすくはありません。
むしろ、その逆です。基本的に人を疑っている。相手の言葉をそのまま受け取らず、1歩引いた位置で観察する。ですが、それは冷淡さではありません。先程述べた通り、感情の名義を奪われた経験から来る、防衛としての慎重さゆえです。
だから、七宮なのはの信頼ゾーンは異常なほど狭いのです。
・長時間一緒にいても問題が起きないか
・感情を押し付けてこないか
・距離を詰める理由を勝手に作らないか
・沈黙を破ろうとしないか
・期待を向けてこないか
こうした条件を、明文化も自覚もしないまま、長い時間をかけて確認し続ける。多くの人間は、この時点で弾かれるでしょう。
恋愛前提で踏み込んでくる相手。感情の反応を求めてくる相手。「特別」を要求する相手。
それらはすべて、信頼ゾーンの外側で止まる。
ですが、もちろん、この狭いゾーンを通過する存在もいます。
問題はここからです。七宮なのはは、一度信頼ゾーンを通過した相手に対して、それまで張り巡らせていた防御を、ほぼすべて解除します。
性別を見ない。恋愛の可能性を見ない。距離感を測り直さない。生活に踏み込ませる。時間を共有する。弱っている姿を見せる。……などなど。
ですが本人は、それを「無防備」と認識する感覚が全くないのです。
七宮なのはにとってそれは、「特別扱い」ではない。「甘え」でもない。ただ、信頼できる相手の前で、通常運転に戻っているだけなのです。
このON/OFFの切り替えは、外部から見るとあまりに極端に見えるでしょう。
信頼ゾーンの外では距離があり、中に入った途端、距離が消える。
ですがこの構造は、本人にとっては一貫しています。危険な領域では防御する。安全だと判断した領域では防御しない。それだけのこと。
問題は、この「安全判定」が必ずしも世界の危険度と一致しないところでしょうか。
七宮なのはは、信頼を「利用される可能性」として再評価しません。一度通した相手が、その無防備さをどう扱うかという視点を、ほとんど持たない。
ここが、七宮なのはという構造の最も危うい部分でしょうね。
彼女は人を信じないのではない。信じたあとの危険を想定しないのです。
ちなみにですが、この構造は、常に事故を起こしていたわけではないんですよね。ここが怖いところで。
高校時代、私は複数の男子と、恋愛関係を前提としない友人関係を築いていたんですよ。そこに、踏み込みはなかったし、期待の押し付けもなかった。無言の境界線が、確かに存在していたのです。
私は当時、それを特別な配慮だとは思っていなかった。それが標準だと認識していました。後になって理解したことですが、それは環境側の倫理が高かっただけのこと。いやー環境って怖いねマジで。
この構造は守られていたのではない。許容されていた。
この経験があったからこそ、彼女は「自分の構造が危うい」という自覚を、長く持たなかった。持てなかった、ともいうかもしれないが。だから七宮って男女の友情は成立すると本気で思ってるんだけど本当に環境の良い高校でよかったね

ここまで述べてきた通り、七宮なのはの構造は、誰とでも成立するものではない。
信頼ゾーンは極端に狭く、一度通過すると防御を解除する。しかも本人にその自覚がない。
この構造のもとで恋愛関係が成立するようになるためには、極めて限定された条件が必要になります。
まず、先に踏み込まないこと。
好意を理由に距離を詰めない。関係性を言語化しようとしない。「特別」という立場を要求しない。
次に、ラベルを貼らないこと。
距離の近さを恋愛に変換しない。無防備さを、好意の証拠と解釈しない。相手の行動に、意味を付与しすぎない。
さらに、触れない自由を尊重すること。
相手が拒否していないからといって、踏み込んでいいわけではない。沈黙や保留を、欠落や不完全さとして扱わない。
そして最後に、それでも離れないこと。
踏み込まない。期待しない。ラベルを貼らない。だが、距離を取らない。
この四点は、同時に満たされなければならない。どれか一つでも欠ければ、この構造は破綻します。
ここでようやく登場、斎藤一は、この条件をすべて満たしているんですよ。
彼は、踏み込めないから踏み込まないのではない。踏み込めるが、踏み込まない。距離を詰める力を持ちながら、それを行使しない。相手の無防備さを、好機としてではなく、預かり物として扱う。七宮なのはの信頼を、獲得すべき報酬だとは考えない。消費できるものだとも思わない。ただ、壊さない。
高校という例外的な環境では、この役割は「集団の倫理」が担っていました。
ですが、個人と個人の関係において、この倫理を単独で維持できる人間は、ほとんど存在しませんよね。まあリアルの友人にいるんだけどさ
斎藤一は、それを個人で引き受ける。七宮なのはを変えようとしない。矯正しようともしない。安全な形に作り替えようとも思わない。ただ、それを自分が引き受けることで、関係を成立させる。
だからこれは、相性の話ではない。好みの話でもない。構造の要求に、耐えられるかどうかの話だ。
七宮なのはにとって、斎藤一は「理想の相手」ではない。彼は、この構造が壊れないように、最後まで立っていられる、ほぼ唯一の存在でした。
そもそも七宮なのはは、この構造に耐えられる人間としか、恋愛ができないのです。

ここまで述べてきた通り、七宮なのはは、恋愛ができない人間ではありません。感情が欠けているわけでも、他者を好きになれないわけでもない。
ただ、恋愛というものを安全に扱えない構造を持っているだけ。
彼女は、恋愛が、本人の意思と無関係にラベル化され、修正不能な物語として定着しうるものだと知っている。だからこそ、感情を即座に恋愛へ変換しない。信頼ゾーンを極端に狭く設定し、一度通過した相手には無防備になる。その危うさを、本人は自覚していない。
この構造は、一般的な恋愛環境ではしばしば破綻する。
だがそれは、七宮なのはが未熟だからでも、臆病だからでもない。構造と環境の相性が、極端に悪いだけだ。
条件が揃えば、この構造は壊れない。
踏み込まないこと。
ラベルを貼らないこと。
触れない自由を尊重すること。
それでも離れないこと。
それらが同時に満たされるとき、七宮なのはの関係性は、誰よりも深く、静かに定着する。
恋に落ちる、というより、戻ってしまう場所ができる。
だからこれは、恋愛を拒否する人の話ではない。
恋愛を、主権を保ったまま成立させるために、極端な条件を必要とする人の話だ。
そして斎藤一は、その条件を満たし続けられる、ほぼ唯一の存在だった。
それだけのこと。
なので七宮なのはにとっての斎藤一とは、居場所なのです。

以上!ここまで読んでくれてありがとう!4000文字超あるよ!うわーまじかやべー草
以下読まなくていい腑に落ちターンのぼやき
ある程度は七宮なのはとして書いてきたけど結局わたしのことだからさ、これって。
私って斎藤一を好きになったのは今までの推しの傾向と違って多分すごく本当に偶然の出来事だったんだけどね?
もともとはただ推してただけなのに、斎藤一の解釈が深まる度に、この人だったら、って無意識で思うようになった結果、斎藤一の夢女子になったのか!?
そしたら斎藤一だけにしか夢女子にならなかったのって、今までの推しの中に、解釈した上で、この、私の大丈夫かどうかの基準を全て満たすキャラが居なかったから!?というか斎藤一みたいなやついなかったしね!?!!?そこに関しては必然か、斎藤一って今までの推しの傾向と合わないんだから
そして今も斎藤一だけなのはそういう理由なんだな!?
なるほど最初から最後まで全部繋がりました。 これ私の人生構造と過去の経験のせいです。ああ 夢女子をしたくてしてる訳じゃないのもそういうことか。はい。
好きで一途なわけじゃなくて、構造的にそうならざるを得なかったからわたしは斎藤一だけの自己投影夢女子なんですよ
はーーーーーすいませんガチで面白い 点と点が線で繋がる感覚
なんで夢やってて自己理解と自己分析がめちゃくちゃすすんでんだよ 異常だよ
というか私ってさ、こうやって見ると偶然斎藤一に転げ落ちなければ今でも普通のオタクだったんじゃね!?と思うなどしましたね 落ちたのは偶然なのに、ここまで狂ってるのって偶然じゃなくて必然だったんだ〜すげ〜ガチで面白い