夕星市怪異事件簿
【夕星市ローカル掲示板】
No.2381
夕星高校の裏の道、夜歩くと足音ついてくるらしい
No.2382
それ聞いたことある
振り返ると近づくらしい
No.2383
いやそれ去年もあったよな
No.2384
終電逃して通ったけどマジで誰もいないのに音した
No.2385
>2382
3回振り返ったら死ぬって聞いたけど
No.2386
怖ぇ〜あそこしばらく通らないようにしようかな
No.2387
終電と言えばだけど、夕星駅の終電の話知ってる?
*****
「ちょっと遅くなっちゃったな……」
そう呟きながら上履きを脱いで靴を履く。昇降口から出て空を見あげれば、あたりはすっかり暗くなっていた。
スマホの時計を確認する。現在時刻は19時半。だが、この季節のその時間はかなり暗く、女子生徒がひとりで歩くにはそこそこ危険であった。
まあ、家まではそう遠くないし。早歩きすればなんとかなるだろう。そう思って校門を出る。街灯は少ないけれど、高校の裏の道を通って行けば少しは早い。
ひんやりとした空気を頬に感じながら、少し早めを意識して歩く。
――後ろで、足音がした。
最初は気のせいだろうと思った。この道を通る人はあまり居ない。この季節、この時間帯となると尚更だ。なんとなく気味が悪くて足を早める。すると、足音も早くなった。
振り返る。――誰も、いなかった。
また歩き始める。すると、先程よりも少し近くで足音が聞こえる。……そういえば。最近学校で「ヒタヒタさん」という話が噂になっていた。
――うちの高校の裏道さ、出るらしいよ
――え、何が?
――ヒタヒタさん!あのね、追いつかれると殺されちゃうんだって!
――え〜なにそれ、本当にいるの?
――掲示板でも実際に足音がしたって人がいたんだって!
――ふぅん……
どうやらあの妙な噂は本当だったらしい。追いつかれると殺される、か……。先程振り返ったら少し近づいてきた。つまり、振り返ってはいけない、ということだろうか。…にしても、ここから街灯のある大通りまではそこそこある。出来れば早く通り過ぎてしまいたいところだが。足音は私と同じペースで着いてくる。つまり、走ったところで相手も走るのだから、このまま歩いていってなんの問題もないだろう。振り返りさえしなければ良いのだ。そう、振り返らなければ。
そう考えて歩き出すと、やはり後ろから足音は着いてくる。対処法は分かっていても、気味が悪いものは気味が悪い。
足を少しだけ速める。
ヒタ、ヒタ――後ろの足音も同じように速くなる。気味が悪くて、今度は歩幅を少し小さくしてみる。
ヒタ。
ヒタ。
……同じだ。まるで、私の歩き方を真似しているみたいに。
背筋がぞくりとした。
ヒタ、ヒタ――
後ろから続く足音を聞きながら、ただ前だけを見て歩く。振り返らない。振り返らなければ、近づかない。そう思っていた、その時。……足音が、止んだ。
思わず足を止めそうになる。後ろにいるはずなのに、音がしない。さっきまで、あんなにはっきり聞こえていたのに。背中に、視線のような気配を感じた。
――後ろにはまだ、何かがいる。
振り返っちゃダメ。振り返ってはいけない、と思う。
その時、カシャン、と音がして咄嗟に振り返る。
――何もいなかった。でも、いる。見えなくても感じ取れる。さっきまで遠かった気配が、すぐそばにある。
……急がなきゃ。
そう思って足を速める。早足で、でも走らずに。
ヒタ。
ヒタ、ヒタ。
足音が戻ってきた。2、3歩後ろくらいだ。さっきより、ずっと近い。
その時。
——肩に、何かが触れた気がした。
思わず振り返ってしまった。
振り返った瞬間、それが視えた。
輪郭だけの、影のような何か。人の形をしているような、していないような。ぼやけて、揺らいで、でも——その手に握られたものだけが、嫌にはっきりと見えた。
――まずい。逃げなきゃ。
それを見た瞬間身体が勝手に走り出す。本当に、アレに殺される。
走る。ひたすら走る。でも、足音はついてくる。さっきより速く、さっきより近く。角を曲がる。まだついてくる。息が上がる。足がもつれる。
——捕まる。
そう悟った瞬間、声が出た。
「たすけ、」
その瞬間。風が、吹いた。
「……了解」
低い声が、すぐ隣から聞こえた。振り返る間もなく、何かが私の前を通り過ぎる。
刃が、煌めいた。
そして——足音が、消えた。
一瞬のことに何が起きたか分からず、隣にいる人物を見る。
スーツに、ロングコート。鈍色の髪。こちらに背を向けたまま、刀を携えている。
――人、だろうか。いや、でも。
「……あんたが僕を呼んだの?」
振り返った男と目が合う。
呼んだ、というのは一体どういう意味だろう。助けを求めたのは確かだけれど、見知らぬ人間が突然現れて刀で何かを斬った、という状況を、どう処理すればいいのかわからなかった。
「助けは確かに、呼んだけど…」
男は少し考えるような間を置いてから、
「……なるほど、無意識召喚か」
独り言のように呟いて、刀を収める。
「とりあえず、説明が必要そうだね」
「はあ……」
「歩きながら話そうか。帰る途中だったんでしょ?」
促されるまま、歩き出す。
彼が言うには、私はどうやら「視える」体質であること。その体質を持つ者がたまに、彼のようなサーヴァントと呼ばれる存在を召喚してしまうこと。召喚してしまった以上、この街を脅かす怪異を退治しなくてはならないこと。そして彼は、あの時私の助けに応じた——私のサーヴァントであるらしかった。
話を聞き終える頃には、自宅の前に着いていた。……正直、まだ半分くらいしか飲み込めていない。
「あ、そういえば君の家は——」
「サーヴァントなんだから霊体化するよ」
先回りするように言って、彼はすっと姿を消した。
——いや、消えてはいないらしい。気配はまだ、すぐそこにある。なんとも言えない気持ちのまま、玄関のドアを開けた。
「……ただいま。」
ドアを開けると、母親から遅かったじゃないと出迎えられる。委員会で、と軽く説明をしてからご飯を食べた。サーヴァントってご飯いらないのかな。とりあえずお風呂まで済ませて自室に戻ると、彼はロングコートを脱いで私のベッドに腰掛けていた。
「用事は済んだ?」
「……済んだけど…君ってご飯とか食べないの」
「ああそれ?あんたから魔力を貰ってるから問題ないよ」
「ふぅん、ならいいけど。…そういえば、名前は」
「斎藤一」
「……斎藤一、ね。私は七宮なのは」
「なのはちゃん」
「まー好きに呼んだら。私はもう疲れたから寝るけど」
「はいはい、おやすみ」
*****
翌朝。
スマホのアラームで目が覚める。通知が、一件。
見覚えのないアプリから——
【協会より:契約を確認しました】
【怪異報告書】
案件番号:YS-001
地区:夕星市・夕星高校裏通り
怪異名称:ヒタヒタさん
分類:追跡型怪異
発生要因:地域内SNSおよび学生間の噂の拡散により形成されたと推定。
特徴:
・対象の背後に出現
・振り返り行為に反応して距離を縮める
・歩行速度を模倣する
・接触距離に到達した場合、生命危険度が高いと推測
対処:サーヴァント(斎藤一)による斬撃により消失。
被害:なし
担当者:七宮なのは
備考:当該怪異は噂拡散により再発生の可能性あり。地域掲示板にて同種情報を継続監視。
追記:夕星駅終電に関する噂も同掲示板にて確認。
調査優先度:低 → 中
夕星市怪異対策協会
No.2381
夕星高校の裏の道、夜歩くと足音ついてくるらしい
No.2382
それ聞いたことある
振り返ると近づくらしい
No.2383
いやそれ去年もあったよな
No.2384
終電逃して通ったけどマジで誰もいないのに音した
No.2385
>2382
3回振り返ったら死ぬって聞いたけど
No.2386
怖ぇ〜あそこしばらく通らないようにしようかな
No.2387
終電と言えばだけど、夕星駅の終電の話知ってる?
*****
「ちょっと遅くなっちゃったな……」
そう呟きながら上履きを脱いで靴を履く。昇降口から出て空を見あげれば、あたりはすっかり暗くなっていた。
スマホの時計を確認する。現在時刻は19時半。だが、この季節のその時間はかなり暗く、女子生徒がひとりで歩くにはそこそこ危険であった。
まあ、家まではそう遠くないし。早歩きすればなんとかなるだろう。そう思って校門を出る。街灯は少ないけれど、高校の裏の道を通って行けば少しは早い。
ひんやりとした空気を頬に感じながら、少し早めを意識して歩く。
――後ろで、足音がした。
最初は気のせいだろうと思った。この道を通る人はあまり居ない。この季節、この時間帯となると尚更だ。なんとなく気味が悪くて足を早める。すると、足音も早くなった。
振り返る。――誰も、いなかった。
また歩き始める。すると、先程よりも少し近くで足音が聞こえる。……そういえば。最近学校で「ヒタヒタさん」という話が噂になっていた。
――うちの高校の裏道さ、出るらしいよ
――え、何が?
――ヒタヒタさん!あのね、追いつかれると殺されちゃうんだって!
――え〜なにそれ、本当にいるの?
――掲示板でも実際に足音がしたって人がいたんだって!
――ふぅん……
どうやらあの妙な噂は本当だったらしい。追いつかれると殺される、か……。先程振り返ったら少し近づいてきた。つまり、振り返ってはいけない、ということだろうか。…にしても、ここから街灯のある大通りまではそこそこある。出来れば早く通り過ぎてしまいたいところだが。足音は私と同じペースで着いてくる。つまり、走ったところで相手も走るのだから、このまま歩いていってなんの問題もないだろう。振り返りさえしなければ良いのだ。そう、振り返らなければ。
そう考えて歩き出すと、やはり後ろから足音は着いてくる。対処法は分かっていても、気味が悪いものは気味が悪い。
足を少しだけ速める。
ヒタ、ヒタ――後ろの足音も同じように速くなる。気味が悪くて、今度は歩幅を少し小さくしてみる。
ヒタ。
ヒタ。
……同じだ。まるで、私の歩き方を真似しているみたいに。
背筋がぞくりとした。
ヒタ、ヒタ――
後ろから続く足音を聞きながら、ただ前だけを見て歩く。振り返らない。振り返らなければ、近づかない。そう思っていた、その時。……足音が、止んだ。
思わず足を止めそうになる。後ろにいるはずなのに、音がしない。さっきまで、あんなにはっきり聞こえていたのに。背中に、視線のような気配を感じた。
――後ろにはまだ、何かがいる。
振り返っちゃダメ。振り返ってはいけない、と思う。
その時、カシャン、と音がして咄嗟に振り返る。
――何もいなかった。でも、いる。見えなくても感じ取れる。さっきまで遠かった気配が、すぐそばにある。
……急がなきゃ。
そう思って足を速める。早足で、でも走らずに。
ヒタ。
ヒタ、ヒタ。
足音が戻ってきた。2、3歩後ろくらいだ。さっきより、ずっと近い。
その時。
——肩に、何かが触れた気がした。
思わず振り返ってしまった。
振り返った瞬間、それが視えた。
輪郭だけの、影のような何か。人の形をしているような、していないような。ぼやけて、揺らいで、でも——その手に握られたものだけが、嫌にはっきりと見えた。
――まずい。逃げなきゃ。
それを見た瞬間身体が勝手に走り出す。本当に、アレに殺される。
走る。ひたすら走る。でも、足音はついてくる。さっきより速く、さっきより近く。角を曲がる。まだついてくる。息が上がる。足がもつれる。
——捕まる。
そう悟った瞬間、声が出た。
「たすけ、」
その瞬間。風が、吹いた。
「……了解」
低い声が、すぐ隣から聞こえた。振り返る間もなく、何かが私の前を通り過ぎる。
刃が、煌めいた。
そして——足音が、消えた。
一瞬のことに何が起きたか分からず、隣にいる人物を見る。
スーツに、ロングコート。鈍色の髪。こちらに背を向けたまま、刀を携えている。
――人、だろうか。いや、でも。
「……あんたが僕を呼んだの?」
振り返った男と目が合う。
呼んだ、というのは一体どういう意味だろう。助けを求めたのは確かだけれど、見知らぬ人間が突然現れて刀で何かを斬った、という状況を、どう処理すればいいのかわからなかった。
「助けは確かに、呼んだけど…」
男は少し考えるような間を置いてから、
「……なるほど、無意識召喚か」
独り言のように呟いて、刀を収める。
「とりあえず、説明が必要そうだね」
「はあ……」
「歩きながら話そうか。帰る途中だったんでしょ?」
促されるまま、歩き出す。
彼が言うには、私はどうやら「視える」体質であること。その体質を持つ者がたまに、彼のようなサーヴァントと呼ばれる存在を召喚してしまうこと。召喚してしまった以上、この街を脅かす怪異を退治しなくてはならないこと。そして彼は、あの時私の助けに応じた——私のサーヴァントであるらしかった。
話を聞き終える頃には、自宅の前に着いていた。……正直、まだ半分くらいしか飲み込めていない。
「あ、そういえば君の家は——」
「サーヴァントなんだから霊体化するよ」
先回りするように言って、彼はすっと姿を消した。
——いや、消えてはいないらしい。気配はまだ、すぐそこにある。なんとも言えない気持ちのまま、玄関のドアを開けた。
「……ただいま。」
ドアを開けると、母親から遅かったじゃないと出迎えられる。委員会で、と軽く説明をしてからご飯を食べた。サーヴァントってご飯いらないのかな。とりあえずお風呂まで済ませて自室に戻ると、彼はロングコートを脱いで私のベッドに腰掛けていた。
「用事は済んだ?」
「……済んだけど…君ってご飯とか食べないの」
「ああそれ?あんたから魔力を貰ってるから問題ないよ」
「ふぅん、ならいいけど。…そういえば、名前は」
「斎藤一」
「……斎藤一、ね。私は七宮なのは」
「なのはちゃん」
「まー好きに呼んだら。私はもう疲れたから寝るけど」
「はいはい、おやすみ」
*****
翌朝。
スマホのアラームで目が覚める。通知が、一件。
見覚えのないアプリから——
【協会より:契約を確認しました】
【怪異報告書】
案件番号:YS-001
地区:夕星市・夕星高校裏通り
怪異名称:ヒタヒタさん
分類:追跡型怪異
発生要因:地域内SNSおよび学生間の噂の拡散により形成されたと推定。
特徴:
・対象の背後に出現
・振り返り行為に反応して距離を縮める
・歩行速度を模倣する
・接触距離に到達した場合、生命危険度が高いと推測
対処:サーヴァント(斎藤一)による斬撃により消失。
被害:なし
担当者:七宮なのは
備考:当該怪異は噂拡散により再発生の可能性あり。地域掲示板にて同種情報を継続監視。
追記:夕星駅終電に関する噂も同掲示板にて確認。
調査優先度:低 → 中
夕星市怪異対策協会
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