短編集まとめ
夜の森に、新たな噂が立ったらしい。
―――剣を持った影がいる、と。
それを聞いた時、魔女は特に驚かなかった。
窓の外、森の奥はいつも通り夜に沈んでいる。
彼女は机に向かっていた。分厚い書物を開き、淡々と文字を書き連ねている。日付も、名前もない。ただ事実だけが並ぶ頁。
――対価。願いの内容。結果。
書き終えると、彼女はそれを閉じた。見返すことはしない。記録は、記録でしかなかった。
書物を閉じてからほどなくして、気配が増えた。音もなく、風も立てず。影だけが洋館に溶け込む。
「……噂、変わったみたい。」
ただ、事実を確認するように。彼女は静かにそう呟いた。
影は何も言わない。言う必要も、義理もなかった。
「…必要としていたから」
短く、そう呟いた。
彼女は咎めることはもちろん、頷きもしなかった。
ただ視線を外し、空間からものを取り出した。
―――黒いコート。
夜と同じ色をした、輪郭の曖昧なそれ。
彼女はそれを手に取った瞬間、ほんのわずか一瞬だけ――表情が緩んだ。
笑った、と言うほどでもない。口角が、ほんの僅かに上がっただけ。自分でも気づいていないような、短い微笑み。
そして、そのまま何事もなかったように、影の近くの椅子の背に掛けた。
「必要になったら、それを持って行って」
命令、ではない。許可でもない。まるで、判断そのものを手放すように。
「貴方のことが必要な人にだけ、見えるように」
彼女はそう言うと、影から視線を外した。
影はしばらく動かない。そのコートは、彼女が与えなかった「役割」であると理解していた。同時に、それが彼女から与えられる最後の、そして唯一の形である、とも。
――影は、コートを手に取った。
影がコートを羽織ると、世界の輪郭が少しだけぼやけるような気がした。
「……あんたの前では?」
問いかけると、彼女は少しだけ間を置いて、ゆっくりと口を開く。
「…必要はないでしょう」
理由は言わない。理由は聞かない。
影はその答えにただ静かに頷き、コートを羽織ったまま洋館から去った。
夜は変わらない。でも、噂はもうじき変わる。
――夜の森には願いを叶える魔女がいる。
――剣を持った影が、案内することがある。
――――影は、誰にでも姿を見せない。
―――剣を持った影がいる、と。
それを聞いた時、魔女は特に驚かなかった。
窓の外、森の奥はいつも通り夜に沈んでいる。
彼女は机に向かっていた。分厚い書物を開き、淡々と文字を書き連ねている。日付も、名前もない。ただ事実だけが並ぶ頁。
――対価。願いの内容。結果。
書き終えると、彼女はそれを閉じた。見返すことはしない。記録は、記録でしかなかった。
書物を閉じてからほどなくして、気配が増えた。音もなく、風も立てず。影だけが洋館に溶け込む。
「……噂、変わったみたい。」
ただ、事実を確認するように。彼女は静かにそう呟いた。
影は何も言わない。言う必要も、義理もなかった。
「…必要としていたから」
短く、そう呟いた。
彼女は咎めることはもちろん、頷きもしなかった。
ただ視線を外し、空間からものを取り出した。
―――黒いコート。
夜と同じ色をした、輪郭の曖昧なそれ。
彼女はそれを手に取った瞬間、ほんのわずか一瞬だけ――表情が緩んだ。
笑った、と言うほどでもない。口角が、ほんの僅かに上がっただけ。自分でも気づいていないような、短い微笑み。
そして、そのまま何事もなかったように、影の近くの椅子の背に掛けた。
「必要になったら、それを持って行って」
命令、ではない。許可でもない。まるで、判断そのものを手放すように。
「貴方のことが必要な人にだけ、見えるように」
彼女はそう言うと、影から視線を外した。
影はしばらく動かない。そのコートは、彼女が与えなかった「役割」であると理解していた。同時に、それが彼女から与えられる最後の、そして唯一の形である、とも。
――影は、コートを手に取った。
影がコートを羽織ると、世界の輪郭が少しだけぼやけるような気がした。
「……あんたの前では?」
問いかけると、彼女は少しだけ間を置いて、ゆっくりと口を開く。
「…必要はないでしょう」
理由は言わない。理由は聞かない。
影はその答えにただ静かに頷き、コートを羽織ったまま洋館から去った。
夜は変わらない。でも、噂はもうじき変わる。
――夜の森には願いを叶える魔女がいる。
――剣を持った影が、案内することがある。
――――影は、誰にでも姿を見せない。
