短編集まとめ
今日は七夕祭りだ。
今年のお祭りはちょっと、いやかなり、自分にとって一大イベントであった。……今回の今回は、本当にデートなのだから。
準備を終え、全身鏡の前でくるりと回ると、薄水色のワンピースの裾がひらりと靡いた。柄でもなくリボンのついた肩出しワンピースを着て、友人に綺麗にヘアセットとメイクを施してもらい、普段は億劫だからとなかなかしないコンタクトにした自分の姿を見て。ああずいぶんと浮かれているな、とか、柄にもないことをしているな、とか、似合ってなかったらどうしよう、とか。色々なことが頭を巡る。そういった考えを打ち消すように少し頭を振って、
「大丈夫、きっと、可愛い」
そうぽそりとつぶやく。
それを聞いた友人は
「当たり前じゃない、私がしたんだから。ちゃんと自信持ちなさい?」
と少し自慢げに、どこか言い聞かせるように答えた。
「そうだね、だって、メルトリリスがやってくれたんだもんね、自信持たなきゃ」
「そうよ。こういうのっていくら可愛くても自信が無いと。可愛いものも可愛く見えないのよ……ほら、用意が出来たなら早く行きなさい?遅れるわよ?」
「……!それは良くない!行かなきゃ。ありがとう、メルトリリス!」
友人の言葉に勇気づけられ、今回のために少し履き慣らしたサンダルを履いて、彼女の家を後にした。
「……上手くいくといいけど。いい加減に、報われて欲しいもの」
誰もいなくなった部屋でメルトリリスは静かに1人、友人の恋の行方を応援していた。
*****
―――7月某日、17時、鳥居の前で。
そう約束したのを頭の中で反芻し、浮かれた気持ち半分、緊張半分で神社の階段を上る。着いて欲しいような着いて欲しくないような、そんな感情を抱えながら上り切ると、待ち合わせに使う人が多いのか、それなりの人が鳥居の前で屯していた。
キョロキョロと当たりを見回して、約束の人物を探す。
もしかしてやっぱり、冗談だったのかなあ、なんて少し思いかけたところで、
「なのはちゃん、こっちこっち」
と、後ろから声がかかった。その声を聞いて、ああ冗談ではなかったんだ、と安堵する。
期待半分、緊張半分で恐る恐る振り返ると、声の主は、
「ごめんね、分かりづらいとこにいて。」
そう言って目を細めた。
少しだけ上を向いて相手の方を見ると、目が合ってしまい、恥ずかしくなって急いで逸らした。
「べつに…人も多いし、見つけられなかった私も悪いから」
髪をいじりながらそう答えると、
「そっか……じゃあ、そろそろ行く?」
と、こちらに手を差し伸べた。
「……えっ」
「人、多いから…はぐれないように繋いだ方が良いかと思ったんだけど、嫌だった?」
少しこちらを覗き込むようにそう言われる。
「い、嫌だなんて全くそんなこと微塵も言ってないじゃないですか!!!!」
むう、と頬をふくらませて咄嗟にそう答えると
「じゃあ、いいんだね」
と言って彼は私の手を取った。
触れた手から、じんわりと熱が伝わる。
まさかこんなことになるなんて思っていなくて、そもそも都合の良い夢でも見ているのだろうかと現実を疑ってチラリと自身の手を見るが、しっかり相手と手は繋がれていた。そうしていると私は暫く固まっていたのか、
「どうしたの?」
と声がかかって我に返った。
「な、なんでもない!」
そろそろ行こ、と照れ隠しのような誤魔化しをして、相手の手を引っ張った。
*****
一緒に屋台を回りながら、ぽつぽつとある風鈴の屋台を見る。他の屋台にはこれやりたい、と声をかけられても、風鈴の屋台は見かけたとて声をかけられなかった。
―――この神社にはとあるジンクスがあった。
―神社にある棚に、想い人と風鈴を飾ると幸せになれる―
真偽は不明だが、私は柄にもなくその手の話題が好きで。実はやってみたいと思っていた。でも流石に、ようやくデートに漕ぎ着けたのに、初手からそれは高望みすぎるのかな、なんてちょっと思ったりして、気後れしていた。
そんなこんなで気後れしている間にお祭りも終盤に差し掛かっていた。でもせっかくだし、もしかしたらこんなの今回だけかもしれないし、と思い、玉砕覚悟で「あの」と声を出しかけたところで、とある屋台の前で彼の足が止まる。私もそれにつられて立ち止まると、それは風鈴の屋台であった。
「買わない?……風鈴」
「…へ?」
その言葉に驚いて少し間の抜けた声が出る。何回か屋台と彼とを見比べて、
「……いいの?」
とようやく言葉を絞り出した。
「いいも何も、これここの醍醐味でしょ?それくらい僕も知ってるよ」
買ってあげるから選びなよ、と促されて大小様々な風鈴が吊り下げられているのをまじまじと見る。
私が目を奪われたのは、透明なガラスに夜空の描かれた小さめの風鈴であった。どうやらかなりの時間それを見ていたのか、
「それが好き?」
「……うん、でも」
「"自分で買う"?」
「…そう、だって、悪いし」
「悪いも何も、よく考えてみなよ。僕が年上なんだから、そもそも年下の女の子にこういうのでお金出させるほうがかっこ悪いでしょ?」
僕の顔を立てると思って、と言うので、じゃあ……と大人しくその綺麗な風鈴を手に取る。
――チリン、と涼やかな音がした。
横で彼も似たような風鈴を手に取ってそれを購入し、風鈴棚へと向かう。
最初は飾ろうと思っていたが、せっかく、初めて買ってもらったものだ、手離したくない、という思いもあって、棚に近づくにつれそれは次第に強くなっていった。
実際、お守り代わりのような感じで持ち帰り、来年それを飾りに来てまた新しい風鈴を買う――そんな人もいるらしい、と聞いている。……それでも良いか、と思い直した。ここで飾ってしまうよりかは今日の思い出として、家に飾って眺めておきたい。そう考える私はちょっと欲深いだろうか、いや、好きな人に買ってもらったものはきっと誰だって手元に置いておきたいし、ここって縁結びの神社だし、お守り代わりに持ち帰ろう、とだけ決めて。
「僕はこれ、飾っちゃうけど…なのはちゃんはどうするの?」
風鈴を棚のちょっと高い位置に掛けながら彼は私にそう尋ねる。
「私は……持って帰ろうかな、って。」
せっかくだし、といってちょっと笑うと
「そっか。……じゃあ来年、その風鈴、飾りに来よっか」
「……うん!」
そう答えて、へへ、と笑う浮かれた私は、彼から自然に取り付けられた来年の約束には、家に帰って風鈴を見るまで気が付かなかった。
今年のお祭りはちょっと、いやかなり、自分にとって一大イベントであった。……今回の今回は、本当にデートなのだから。
準備を終え、全身鏡の前でくるりと回ると、薄水色のワンピースの裾がひらりと靡いた。柄でもなくリボンのついた肩出しワンピースを着て、友人に綺麗にヘアセットとメイクを施してもらい、普段は億劫だからとなかなかしないコンタクトにした自分の姿を見て。ああずいぶんと浮かれているな、とか、柄にもないことをしているな、とか、似合ってなかったらどうしよう、とか。色々なことが頭を巡る。そういった考えを打ち消すように少し頭を振って、
「大丈夫、きっと、可愛い」
そうぽそりとつぶやく。
それを聞いた友人は
「当たり前じゃない、私がしたんだから。ちゃんと自信持ちなさい?」
と少し自慢げに、どこか言い聞かせるように答えた。
「そうだね、だって、メルトリリスがやってくれたんだもんね、自信持たなきゃ」
「そうよ。こういうのっていくら可愛くても自信が無いと。可愛いものも可愛く見えないのよ……ほら、用意が出来たなら早く行きなさい?遅れるわよ?」
「……!それは良くない!行かなきゃ。ありがとう、メルトリリス!」
友人の言葉に勇気づけられ、今回のために少し履き慣らしたサンダルを履いて、彼女の家を後にした。
「……上手くいくといいけど。いい加減に、報われて欲しいもの」
誰もいなくなった部屋でメルトリリスは静かに1人、友人の恋の行方を応援していた。
*****
―――7月某日、17時、鳥居の前で。
そう約束したのを頭の中で反芻し、浮かれた気持ち半分、緊張半分で神社の階段を上る。着いて欲しいような着いて欲しくないような、そんな感情を抱えながら上り切ると、待ち合わせに使う人が多いのか、それなりの人が鳥居の前で屯していた。
キョロキョロと当たりを見回して、約束の人物を探す。
もしかしてやっぱり、冗談だったのかなあ、なんて少し思いかけたところで、
「なのはちゃん、こっちこっち」
と、後ろから声がかかった。その声を聞いて、ああ冗談ではなかったんだ、と安堵する。
期待半分、緊張半分で恐る恐る振り返ると、声の主は、
「ごめんね、分かりづらいとこにいて。」
そう言って目を細めた。
少しだけ上を向いて相手の方を見ると、目が合ってしまい、恥ずかしくなって急いで逸らした。
「べつに…人も多いし、見つけられなかった私も悪いから」
髪をいじりながらそう答えると、
「そっか……じゃあ、そろそろ行く?」
と、こちらに手を差し伸べた。
「……えっ」
「人、多いから…はぐれないように繋いだ方が良いかと思ったんだけど、嫌だった?」
少しこちらを覗き込むようにそう言われる。
「い、嫌だなんて全くそんなこと微塵も言ってないじゃないですか!!!!」
むう、と頬をふくらませて咄嗟にそう答えると
「じゃあ、いいんだね」
と言って彼は私の手を取った。
触れた手から、じんわりと熱が伝わる。
まさかこんなことになるなんて思っていなくて、そもそも都合の良い夢でも見ているのだろうかと現実を疑ってチラリと自身の手を見るが、しっかり相手と手は繋がれていた。そうしていると私は暫く固まっていたのか、
「どうしたの?」
と声がかかって我に返った。
「な、なんでもない!」
そろそろ行こ、と照れ隠しのような誤魔化しをして、相手の手を引っ張った。
*****
一緒に屋台を回りながら、ぽつぽつとある風鈴の屋台を見る。他の屋台にはこれやりたい、と声をかけられても、風鈴の屋台は見かけたとて声をかけられなかった。
―――この神社にはとあるジンクスがあった。
―神社にある棚に、想い人と風鈴を飾ると幸せになれる―
真偽は不明だが、私は柄にもなくその手の話題が好きで。実はやってみたいと思っていた。でも流石に、ようやくデートに漕ぎ着けたのに、初手からそれは高望みすぎるのかな、なんてちょっと思ったりして、気後れしていた。
そんなこんなで気後れしている間にお祭りも終盤に差し掛かっていた。でもせっかくだし、もしかしたらこんなの今回だけかもしれないし、と思い、玉砕覚悟で「あの」と声を出しかけたところで、とある屋台の前で彼の足が止まる。私もそれにつられて立ち止まると、それは風鈴の屋台であった。
「買わない?……風鈴」
「…へ?」
その言葉に驚いて少し間の抜けた声が出る。何回か屋台と彼とを見比べて、
「……いいの?」
とようやく言葉を絞り出した。
「いいも何も、これここの醍醐味でしょ?それくらい僕も知ってるよ」
買ってあげるから選びなよ、と促されて大小様々な風鈴が吊り下げられているのをまじまじと見る。
私が目を奪われたのは、透明なガラスに夜空の描かれた小さめの風鈴であった。どうやらかなりの時間それを見ていたのか、
「それが好き?」
「……うん、でも」
「"自分で買う"?」
「…そう、だって、悪いし」
「悪いも何も、よく考えてみなよ。僕が年上なんだから、そもそも年下の女の子にこういうのでお金出させるほうがかっこ悪いでしょ?」
僕の顔を立てると思って、と言うので、じゃあ……と大人しくその綺麗な風鈴を手に取る。
――チリン、と涼やかな音がした。
横で彼も似たような風鈴を手に取ってそれを購入し、風鈴棚へと向かう。
最初は飾ろうと思っていたが、せっかく、初めて買ってもらったものだ、手離したくない、という思いもあって、棚に近づくにつれそれは次第に強くなっていった。
実際、お守り代わりのような感じで持ち帰り、来年それを飾りに来てまた新しい風鈴を買う――そんな人もいるらしい、と聞いている。……それでも良いか、と思い直した。ここで飾ってしまうよりかは今日の思い出として、家に飾って眺めておきたい。そう考える私はちょっと欲深いだろうか、いや、好きな人に買ってもらったものはきっと誰だって手元に置いておきたいし、ここって縁結びの神社だし、お守り代わりに持ち帰ろう、とだけ決めて。
「僕はこれ、飾っちゃうけど…なのはちゃんはどうするの?」
風鈴を棚のちょっと高い位置に掛けながら彼は私にそう尋ねる。
「私は……持って帰ろうかな、って。」
せっかくだし、といってちょっと笑うと
「そっか。……じゃあ来年、その風鈴、飾りに来よっか」
「……うん!」
そう答えて、へへ、と笑う浮かれた私は、彼から自然に取り付けられた来年の約束には、家に帰って風鈴を見るまで気が付かなかった。
